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第三章 楽将するは我にあり
十一話 朝焼けの中で(5)
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八月に始まり、閏八月・九月を超えて、十月末。
見積もりの五ヶ月より、一ヶ月早い四ヶ月で、金森軍は飛騨国全域を制圧し終えた。
乗り気ではない長近と違い、失地挽回に燃える飛騨亡命組と、国取りの好機を活かしたい金森可重の働きが大きかった。
長近は飛騨の政務を可重に任せると、京都に飛騨制圧完了の報告をしに寄る。
「お疲れ様だぎゃあ。見積もりより一ヶ月も早いとは、見事だぎゃあ」
この頃、秀吉は優しい。
佐々成政への処分は激甘で、助命だけでなく、所領もちょびっとだけ残して認めてあげた。
陳情した織田信雄の顔を立ててあげた点を差し引いても、寛大な処置だ。
徳川家康と真田家の戦も仲裁し、「度量の大きな天下人」を演出している。
そんな売り出し中の天下人が、わざわざ人払いをしてまで、真面目な顔で質問してくる。
「内ヶ島の領地は、本当に全て据え置きでいいのか?」
金森長近の脳裏に、?マークが浮かぶ。
「はい、そういう約束ですから」
「…飛騨の忍者は、日本一だのう。一番大切な情報は、売らぬままか」
「飛騨征伐で力を貸してくれただけで、充分です」
欲の薄い長近の目を、強欲で名高い男の両眼が見据える。
「内ヶ島氏理は、鉱脈探しを得手としておる。姉小路が奴を生かしていたのも、それが大きい。飛騨の山々から、金銀銅鉛を引き摺り出して得るには、奴を上手く利用するだぎゃあ」
「はあ」
長近は、話は理解したが、話の大きさは理解していない。
気のない反応に、秀吉も毒気を削がれる。
「飛騨一国は、米の出来だけ見れば三万八千七百石だが、鉱山の恵みも入れたら旨味が凄いだぎゃあ」
「直轄地になさいますか? 自分は越前大野で満足ですので」
可重や牛丸が聞いたらブチ切れるだろうが、長近は平然と投げて寄越す。
「この羽柴秀吉、家来の手柄を横取りはしないだぎゃあ」
近衛家から関白職を借りパクした男に言われても、安心感はない。
「自分が育てた越前大野は横取りしますよね?」
意地悪な物言いをすると、秀吉は視線を逸らしながら、
「そこかあ、そこに話を運んで来るのか~」
と挙動不審になる。
「誰に渡したくて、自分を飛騨に引っ越しさせるつもりですか?」
「…従兄弟の、勘兵衛」
青木勘兵衛重吉。
秀吉の母の妹の子で、現在は秀長に仕えている。
この頃から頭角を表し、江戸時代の軍学者・山鹿素行が「秀長の家臣の中で、筆頭」とまで評している。
身内から秀長に次ぐ「使える男」が出て来たのを喜びつつ、増やしてやる所領を考えると越前大野になってしまった。
「勘兵衛には、秀長の補佐に専念させたい。それには、既に整っている楽土みたいな所領を与えておきたいだぎゃあ」
もの凄くすまなそうにしているように見える顔で、秀吉は長近に懇願する。
「引っ越せ」の一言で済む力関係なのだが、秀吉は義理を通した(言われてからだが)。
納得しつつ、長近は注文を加えておく。
「飛騨の開発や町作りに、大量の職人や農閑期の民草を引き抜いて行く事が、数年続きます。そこは青木殿に承知させて下さい」
後任者に対して、新規事業は暫く出来ないという宣告なので、結構な申し送りではある。
「はい分かりました、勘兵衛にはよく言って聞かせます。出来る奴だから、一度で分かってくれる奴です、心配しないで」
言質は取ったので、長近は今度こそ所領の越前大野に戻る。
越前大野に戻って寛ごうとすると、青木勘兵衛重吉から、感謝状らしき書状が届けられた。
仕事が早い。
近く訪れる移封に関しての感謝と気遣いと人材引き抜き承知の件なのだが…
「…これ、読める?」
書状の署名の部分が、字が汚くて、読めない。
青木姓の下の、名前の部分が、解読不能なまでに汚い。
書状を持って来た者に中身を見せると、慣れているのかスラスラと解説する。
「うちの主人は悪筆でございます。自覚はあるので、文は祐筆に任せますが、署名だけは自ら気合を入れて書き込みます」
気合を入れても、読めない字では、意味が無い。
書き直させようかとも思ったが、後任者に悪感情を抱かせるのも気が引ける。
「うん、これはこれで、偽造防止になるね。絶対に真似が出来ないし」
長近は、妥協した。
これは長近の神経が細かいのではなく、本当に解読不能なレベルの悪筆であったので、後世の歴史学者たちも「読めないよ!」と断言している。
現代の歴史学者は、朝廷に残る公文書を参照して、「青木勘兵衛の下の名前は、重吉」だと突き止めている。
妙なトリビアのネタを持つ人物だが、以後の長近との関係は良好で、千宗易に弟子入りもしている。
文武両道の、立派な武将なのだ。
悪筆だけで人を判断してはいけない。
今度こそ越前大野に戻って寛ぎつつも、長近は飛騨の忍者に内ヶ島氏理の動向について最新情報を求める。
冬が来て積雪で道が閉ざされる前に、
「祝 内ヶ島の所領安堵決定おめでとうパーティー」
の開催を、十一月三十日に行うという情報を聞かされて、長近は少しだけ思案する。
内ヶ島の一族郎党を集めての、大規模宴会の開催である。
疑心暗鬼の強い者なら、
「一族郎党を全て集める?! 謀叛の兆しか!?」
と浮き足立って探りを入れたり、出陣の準備をする所だが、長近は
「ふーん。平和だね」
と聞き流す。
「ひと足先に、戦の無い世を、楽しむ訳だ」
それでお終いなので、報告した飛騨の忍者も安堵する。
天下人に唆されても、交わした約束を破ったりしない。
こういう人だからこそ、飛騨の忍者たちは、招き入れたのだ。
天正十三年(1585年)
十一月二十九日。
真夜中。
マグニチュード8クラス(推定)の大地震が、飛騨から伊勢湾にかける断層で、引き起こされた。
天正大地震と呼ばれる。
飛騨は、震源断層の最有力地とされている。
見積もりの五ヶ月より、一ヶ月早い四ヶ月で、金森軍は飛騨国全域を制圧し終えた。
乗り気ではない長近と違い、失地挽回に燃える飛騨亡命組と、国取りの好機を活かしたい金森可重の働きが大きかった。
長近は飛騨の政務を可重に任せると、京都に飛騨制圧完了の報告をしに寄る。
「お疲れ様だぎゃあ。見積もりより一ヶ月も早いとは、見事だぎゃあ」
この頃、秀吉は優しい。
佐々成政への処分は激甘で、助命だけでなく、所領もちょびっとだけ残して認めてあげた。
陳情した織田信雄の顔を立ててあげた点を差し引いても、寛大な処置だ。
徳川家康と真田家の戦も仲裁し、「度量の大きな天下人」を演出している。
そんな売り出し中の天下人が、わざわざ人払いをしてまで、真面目な顔で質問してくる。
「内ヶ島の領地は、本当に全て据え置きでいいのか?」
金森長近の脳裏に、?マークが浮かぶ。
「はい、そういう約束ですから」
「…飛騨の忍者は、日本一だのう。一番大切な情報は、売らぬままか」
「飛騨征伐で力を貸してくれただけで、充分です」
欲の薄い長近の目を、強欲で名高い男の両眼が見据える。
「内ヶ島氏理は、鉱脈探しを得手としておる。姉小路が奴を生かしていたのも、それが大きい。飛騨の山々から、金銀銅鉛を引き摺り出して得るには、奴を上手く利用するだぎゃあ」
「はあ」
長近は、話は理解したが、話の大きさは理解していない。
気のない反応に、秀吉も毒気を削がれる。
「飛騨一国は、米の出来だけ見れば三万八千七百石だが、鉱山の恵みも入れたら旨味が凄いだぎゃあ」
「直轄地になさいますか? 自分は越前大野で満足ですので」
可重や牛丸が聞いたらブチ切れるだろうが、長近は平然と投げて寄越す。
「この羽柴秀吉、家来の手柄を横取りはしないだぎゃあ」
近衛家から関白職を借りパクした男に言われても、安心感はない。
「自分が育てた越前大野は横取りしますよね?」
意地悪な物言いをすると、秀吉は視線を逸らしながら、
「そこかあ、そこに話を運んで来るのか~」
と挙動不審になる。
「誰に渡したくて、自分を飛騨に引っ越しさせるつもりですか?」
「…従兄弟の、勘兵衛」
青木勘兵衛重吉。
秀吉の母の妹の子で、現在は秀長に仕えている。
この頃から頭角を表し、江戸時代の軍学者・山鹿素行が「秀長の家臣の中で、筆頭」とまで評している。
身内から秀長に次ぐ「使える男」が出て来たのを喜びつつ、増やしてやる所領を考えると越前大野になってしまった。
「勘兵衛には、秀長の補佐に専念させたい。それには、既に整っている楽土みたいな所領を与えておきたいだぎゃあ」
もの凄くすまなそうにしているように見える顔で、秀吉は長近に懇願する。
「引っ越せ」の一言で済む力関係なのだが、秀吉は義理を通した(言われてからだが)。
納得しつつ、長近は注文を加えておく。
「飛騨の開発や町作りに、大量の職人や農閑期の民草を引き抜いて行く事が、数年続きます。そこは青木殿に承知させて下さい」
後任者に対して、新規事業は暫く出来ないという宣告なので、結構な申し送りではある。
「はい分かりました、勘兵衛にはよく言って聞かせます。出来る奴だから、一度で分かってくれる奴です、心配しないで」
言質は取ったので、長近は今度こそ所領の越前大野に戻る。
越前大野に戻って寛ごうとすると、青木勘兵衛重吉から、感謝状らしき書状が届けられた。
仕事が早い。
近く訪れる移封に関しての感謝と気遣いと人材引き抜き承知の件なのだが…
「…これ、読める?」
書状の署名の部分が、字が汚くて、読めない。
青木姓の下の、名前の部分が、解読不能なまでに汚い。
書状を持って来た者に中身を見せると、慣れているのかスラスラと解説する。
「うちの主人は悪筆でございます。自覚はあるので、文は祐筆に任せますが、署名だけは自ら気合を入れて書き込みます」
気合を入れても、読めない字では、意味が無い。
書き直させようかとも思ったが、後任者に悪感情を抱かせるのも気が引ける。
「うん、これはこれで、偽造防止になるね。絶対に真似が出来ないし」
長近は、妥協した。
これは長近の神経が細かいのではなく、本当に解読不能なレベルの悪筆であったので、後世の歴史学者たちも「読めないよ!」と断言している。
現代の歴史学者は、朝廷に残る公文書を参照して、「青木勘兵衛の下の名前は、重吉」だと突き止めている。
妙なトリビアのネタを持つ人物だが、以後の長近との関係は良好で、千宗易に弟子入りもしている。
文武両道の、立派な武将なのだ。
悪筆だけで人を判断してはいけない。
今度こそ越前大野に戻って寛ぎつつも、長近は飛騨の忍者に内ヶ島氏理の動向について最新情報を求める。
冬が来て積雪で道が閉ざされる前に、
「祝 内ヶ島の所領安堵決定おめでとうパーティー」
の開催を、十一月三十日に行うという情報を聞かされて、長近は少しだけ思案する。
内ヶ島の一族郎党を集めての、大規模宴会の開催である。
疑心暗鬼の強い者なら、
「一族郎党を全て集める?! 謀叛の兆しか!?」
と浮き足立って探りを入れたり、出陣の準備をする所だが、長近は
「ふーん。平和だね」
と聞き流す。
「ひと足先に、戦の無い世を、楽しむ訳だ」
それでお終いなので、報告した飛騨の忍者も安堵する。
天下人に唆されても、交わした約束を破ったりしない。
こういう人だからこそ、飛騨の忍者たちは、招き入れたのだ。
天正十三年(1585年)
十一月二十九日。
真夜中。
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