4 / 61
1章【始まりと記憶】
3.心から笑えた瞬間
しおりを挟むこの環境を変える必要がある。安心して野放しに出来るくらいの信頼を得る必要がある。
信頼を得るには、相手に取り入るべきだと一切の抵抗をせず、口答えもせず、積極的に公務に協力する姿勢を見せ続けるしかない。
相変わらず大した事の無い疲労を癒しに来ている国王が、胡乱な目でこちらを見ていた。
「随分と従順になったものだ」
「…痛いのは、嫌ですから。」
国王が殴ったという経緯は都合のいい理由付けになった。
暴力を恐れて従う。そう思わせれば不自然じゃない。
「ふ、最初から殴っておけば良かったな。…いや、神の使いともあろう神子に手を上げてしまったのは畏れ多い事をした。」
───神なんて信じていないくせに。
俺の顎に手をかけて、上を向かせる国王の目は加虐的に輝いている。恐れる俺を見るのはさぞ愉しいことだろう。
「…私はあまりにも反抗的でした。もし殴られるでなく斬られていたらと思うと、とても怖かったのです。」
こちらから目を伏せて視線を外し、国王自ら斬りつけた司祭の事を匂わすとニヤリと口元を歪めて満足気に部屋を去って行った。
「神子様、公務のお時間です。」
「…わかってる」
何にも逆らわない。公務も嫌がらず、無心で力を使い続ける。
一切の油断をせず、目的に向かって動く事こそが希望に繋がるんだと自分に言い聞かせて日々を消化した。
「神子様、今日も公務お疲れ様です」
「ありがとう王子。今日も話を聞かせて欲しい」
国王と通じている王子の相手も蔑ろにしない。全てが信用に繋がるから。
態度を軟化させた俺に、驚きながらも嬉しそうに笑みを浮かべて俺の座る長椅子の対面に座り、今日あったことを話す王子に相槌を打つ。
「…神子様、その……やはりお名前は、教えて貰えないのですか?」
「……前の世界の名前は、捨てたんだ。神子であり、それ以上もそれ以下もない。」
「そう、ですか……私の名前は」
「知ってる。知ってるけれど、これは神子である存在としての線引き。俺は誰の名前も呼ばない。」
「………わかりました。」
従順に、信用を得るために。
それでも決して、これだけは。お前らの世界の人間に名前を呼ばせたりしない。呼びたくもない。
ひたすら従順に過ごせば、公務中の拘束が徐々に減っていった。そうしているうちに公務中の猿轡も外された。外れたところで公務中に言葉を発することは無かったが。
他所の世界の貴族なんて欠片も興味がわかない。
──日々を消化する中で、王子は変わらず日参し、国王も日々の疲れを癒しに来る。
部屋から出ることもなく、何を求めることもない。
信頼されるには相応の時間がかかるものだと、元の世界で習ったから。
「…窓の外を…開けなくてもいいので、窓の外を見てもいいですか?」
始めは騎士に囲まれながら見る外の景色。
やはり中世のようだ。庭園と、高い高い城壁が見える。危ないからと言われれば素直に従い、娯楽のない部屋での楽しみと称して頻繁に外を眺めた。
ゆっくりと信用を得る。そうして次第に騎士の数は減り、俺との距離も開いていく。
「神子様、今日は庭園で今年一番に咲いた花を摘んできました。」
「ありがとう王子。…うん、いい香りだ。
「気に入ってくれました?」
外をよく眺めると知った王子が、最近は毎日一輪ずつ花を持ってきていた。
ぱっと花開くような笑顔で俺の反応を喜ぶ。
「真っ赤な花は、神子様の白い肌に映えますね。」
「そうかな。」
元々、弓道部なのもあって日焼けはあまりしてなかったが。ここに来て公務以外で出歩くことも無い日々に、肌は白く、筋肉は落ちて細くなった。
王子の話から推測するに、花が散り、また咲くくらいには月が巡っている…ここに来て、半年くらいか。
意識をすると鼻ガツンとしてしまう。
(駄目だ。悲しむな。コイツらに感情を見せてやるのも勿体ない)
少しの感情だって分けてやらないんだと背筋に力を入れ直した
俺のそんな心情なんて知らない王子はにこにことしながらしばらく話し、不意に思い出した!と手を叩いて見せた。
「神子様にプレゼントを用意したのでした。取ってきてもいいですか?」
「いいよ。どうせ公務も終わって暇だから」
「すぐに戻りますね!」
早足で部屋を辞した王子の背中を見送り、花の香りを嗅いでいると、この時間には珍しく国王が部屋に入ってきた。
「神子、癒しを。………なんだこの臭いは」
「この、花の香りです」
「私は好まない香りだ。」
珍しく、国王の顔が不快に歪む。
「申し訳ございません、すぐ換気しますね。」
足早に窓に向かい、自ら換気をする。
何気なく外に目を向けて、また国王に目線を移した。
「……この世界に、季節はあるのですか?」
「ほう、珍しく興味を示したな。」
「先程、王子が今年最初の花を摘んできたとおっしゃったので。……本当に、良い景色ですね。」
換気を待つ為に窓辺に座り、再び景色を愛でると王もこの世界の気候を説明し始めた。どうでもいい情報に興味深そうな反応を返す作業にも慣れたものだ。
───部屋の外からパタパタと足音が聞こえる。
「お待たせしましたっ………父上、いらっしゃったのですか」
「アレクシスか。王族たるものそのように廊下を走っては…」
───王子が部屋に駆けつけたことにより、騎士達や国王からの意識が逸れた。
…………あぁ、今だ。やっと来た。この一瞬を待ち侘びていた。
次の瞬間にこちらに注意を向けたが、もう遅い。
俺は最初から最後までこの瞬間だけを狙ってたんだ。ざまあみろ。
「お前らの思い通りになんかしてやらねぇよ、ばーか」
この世界に来てから、初めて心からの笑顔を出して窓の外へと倒れた。
僅かに残った恐怖心が身体の落ちる感覚に怖気付くが、それ以上に喜びが勝った。
もう死んでもいい。死んで、次の人生でもいい。俺を帰してくれ。世界に、帰してくれ。元の世界へ────
思考は途中で途切れて、終わった。
───そうして。俺の一生は幕を閉じた。
284
あなたにおすすめの小説
姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました
彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。
姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
冤罪で追放された悪役令息、北の辺境で幸せを掴む~恐ろしいと噂の銀狼将軍に嫁いだら、極上の溺愛とモフモフなスローライフが始まりました~
水凪しおん
BL
「君は、俺の宝だ」
無実の罪を着せられ、婚約破棄の末に極寒の辺境へ追放された公爵令息ジュリアン。
彼を待ち受けていたのは、「北の食人狼」と恐れられる将軍グリーグとの政略結婚だった。
死を覚悟したジュリアンだったが、出会った将軍は、噂とは真逆の不器用で心優しいアルファで……?
前世の記憶を持つジュリアンは、現代知識と魔法でボロボロの要塞を快適リフォーム!
手作りスープで将軍の胃袋を掴み、特産品開発で街を救い、気づけば冷徹将軍から規格外の溺愛を受けることに。
一方、ジュリアンを捨てた王都では、破滅の足音が近づいていて――。
冤罪追放から始まる、銀狼将軍との幸せいっぱいな溺愛スローライフ、ここに開幕!
【オメガバース/ハッピーエンド/ざまぁあり/子育て/スパダリ】
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる