神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)

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2章【王子と侍従】

4.あれから16年



まずは状況を整理しなければならない。



昨日、ユークリッドは前世を思い出した。

そして次の日の今日、前世で一番関わりのあった第三王子にバレたというか、カマをかけられてあっさりとボロを出してしまって…謝られ、泣かれた。

第三王子はもう泣きに泣いた。大人の大号泣って、物凄く居た堪れないと知った。ユークリッドは身の内に積もる恨み辛みがあったが勢いに押されて何も言えなかった。
これは幼い子供に背負わせるには大きすぎるトラウマだった自覚があるから、というのもあるけれど。

ようやく涙も少し落ち着いた現在は、執務室にある応接テーブルを挟んだ向かいに王子は座っていてユークリッドも居た堪れない感情のまま逃げることも出来ずに無言で座っている。

(侍従見習いとしてここに居るのに、目の前に座るって、どうなのこれ…)

やはり第三王子の侍従である事に当時から変わりなかったクリストファーから「とりあえず状況を整理したいので座って下さい」と王子と引き剥がされて椅子に座るよう指示された。
整理したいとか言っておいてクリストファーは執務室から出て行ったが。どうしろと。

王子は今、大きな手で顔を覆っていて話が出来そうもない。そもそも口から出る言葉はごめんなさい、すまなかったの二種類のみだ。だいぶ混乱しているらしい。

自暴自棄になりかけたユークリッドも、これには冷静になるしかない。

王子の目からはいつまでも涙が溢れるし、グズグズと鼻も啜ってて「確かに26歳なんだよな?」と記憶を確かめたくらいだが、間違いなく、あの幼かった王子で。

───それだけ、懐いてたんだろうな。

演技でも、仲良くしていたのは目の前の王子ただ一人だ。
前世では身体的にも精神的にもギリギリの状況で王子に気を向ける余裕なんて無かった。
でも前世を思い出すまでのユークリッドとして生きた15年の日々があったから…時間が落ち着かせてくれた分、王子ほど感傷に浸りそうにないというか。
…もしかしたら、前世の記憶を思い出して再び心を閉ざした部分はあるかもしれないけど。

それにユークリッドとしての15年は、それはそれで苦労した。これが異世界転生でユークリッドの身体を乗っ取った形だったら本気で同情していた。

(はぁ。イケメンは泣いて鼻を真っ赤にしてもイケメンか。)

身動きの取れない状況で、ただ王子を観察するくらいしかないユークリッドは改めて王子の顔の良さを評価していた。少なくとも自分はこんなに格好よく成長は出来ないだろう。
人の顔を評価するなど不躾だが、心の中でのみ行われている行為に責められる者もいる訳がない。

まず濡れた目が色っぽい。でも目の下にクマのが気になった。肌が白いから目立ちやすいのか、寝不足がすぐ表面に表れるのは不便そうだ。
王族は人々への露出が多い立場だから、体調不良の素振りを見せようものなら即座に貴族間で話題のネタになる。 

顔は少年らしいふっくらとした感じがなくなっているが、輝かしい金髪と青い瞳、それに面影が確かにあの王子だ。

金髪は前世で因縁のある国王と同じだから存在がチラついてムカムカするけれど、親子なのだから仕方ない。

顔は母親似だったか。王后を見たことはないけど、成人した姿は国王にはそんなに似てないなという印象だ。


───もし顔が似ていたら恨み辛みを込めて殴っていたかもしれない。まぁ、栄養の足りていない細すぎる腕では大したダメージも与えられないけれど。


王子は今も目を伏せている。

王子の姿が時の流れを実感させる。この世界に来なければ、32歳だろうか。どんな人生を歩んでいたか想像もつかない。


(──悲しい、な。)


ユークリッドがしみじみ考えていると、いきなり執務室の扉がバン!と派手な音付きで勢いよく開いたから心の底からびっくりして身体が跳ねた。

開いたドアからは大柄で錆猫を思わせる茶色がかった黒髪に金色の髪がまだらに混ざる大男が険しい顔で入ってきた。

あまりの迫力にユークリッドは身体が縮こまったが、大男は全く気にすることなく王子に大股で歩み寄る。


「アレク!よくわからんがクリスから話は聞いた!………うおっ」
「ヴィル、いい加減にしろ。考えなしに突撃するな。…………アレク、泣いているのか」


大男で隠れていたが、後ろにも人が居たようだ。

もう一人の男は背は高いがスラッとしてサラサラと揺れる金髪が眩しい。顔は彫刻か絵画かというくらい整っていて、いや整いすぎて生気を感じないレベルだ。美しすぎるなんて感想を抱いた経験は初めてだ。


(というか片方は肖像画で見たことあるよ。…まじかー)


心の声を抑え、立ち上がって礼をしようとすると麗人に手で制される。美しい男は所作まで美しい。

「いい。そのまま。それよりも今はアレクが泣いている事だ」
「悪いな…えーっと、神子?ランスはアレク第一なんだ。」
「…は、畏まりました。国王陛下」


美しい男は、現在この国で最も高い地位に居る。ランスロット国王陛下その人だ。貴族達が見栄を張って実物より美しく描かせがちの肖像画が、まさか肖像画より美しい存在と出会うとは思わなかった。

───そうだ。国王って代替わりしてたんだ。……んん?国王と一緒に居るでっかい武人みたいな……

状況と、国王陛下が「ヴィル」と呼んでいたことからようやくユークリッドは察した。


「ヴィルヘルム王弟殿下っ?!」
「おう。知ってるのか」
「…ヴィ、ヴィル兄上が名前…先にっ」


さらっと応えられてこの国で最も強い権力がこの執務室に集まった事実に困惑したが、何故かアレクシス王子の方が取り乱してユークリッドの困惑は極まった。…そうだ。頑なに名前を呼ばなかったんだと気が付く。

「……ヴィルヘルム。」
「俺のせいかよ!……あー、これじゃ収拾つかねえ。とりあえずアレク泣き止ませるぞ。アレク、墓行くか?」
「……本人が目の前に居るんじゃないのか…………しかし、そうだな。アレク、墓に行こう」


はか?……墓場ってことか?


「…………行く」
「よし。そこの神子、お前も付き合ってくれ」
「……はい」

ヴィルヘルムの視線がユークリッドに向き、有無を言わせない威圧感を感じる。神子ではないと言える空気でもない。

やっぱり、解放はされないよなぁともう半ば諦めを込めて頷いた。










王城の敷地の一角に、それはあった。美しく整えられた庭を通り過ぎ、小さな門をくぐると幾つもの石…墓石が等間隔に配置されている。

王子──アレクシスは、墓場につくなり一人でフラフラとひとつの墓に向かい、しゃがみこんだ。

墓の入り口に取り残されたユークリッドは、隣に立つランスロットから説明を受ける。


「ここは、歴代神子の墓場だ。神子の名前がこの世界の文字と神子の世界の文字で掘ってある。…其方のは何も書いていないが」


墓場に向かう途中で、ランスロットから敬称も敬語もいらないから名前で呼べと言われたがユークリッドには恐れ多すぎて丁重に断った。

それでも食い下がるランスロットに「お前もお前で執着しすぎなんだよ」と割って入ったヴィルヘルムは大柄な見た目とは裏腹に取っ付きやすく人懐っこい空気感で少し安心する。

だがヴィルヘルムも名前で呼べとちゃっかり要求してくるのでしがない子爵のユークリッドももうお手上げだ。


───思い出してすぐは死んでやるって気持ちが強かったが、今はユークリッドだし立場的にアウトだが、名前くらいならと最終的に頷いた。


「悪いな。アレクも元々限界まで気を張ってて余裕が無かったんだ。今のアレはキャパオーバーってやつだな。戦場で時々見るやつだ。」
「はぁ…私は見ての通り騎士にはなれないのですが、大変なんですね」
「ロズウェル家から三男が侍従見習いとして城入りしたのは把握していたが…まさか神子だったとは」

ランスロットとヴィルヘルムに挟まれて、左右から話を振られるユークリッドは立場的に困っていた。
立ち話をするには豪華なメンバーすぎる。

二人ともアレクシスにはついて行かないんだなと姿が小さくなった当の本人を眺めていると、ランスロットがコホンと小さく咳払いをした。

「……まず、疑うようで悪いし君にとっては思い出したくもない事しかないが、確かめさせてくれ。
神子の衣装は、何だったか?」

白い服、って答えるべきか。……いや、この目はそこを聞いている訳じゃなさそうだ。

前世の記憶が心を凍らせる。すっと温度が下がったように、声が低くなる。


「……………鉄と革です。拘束具。」


吐き捨てるように言えば、二人は息を呑んでユークリッドを見た。

「…………本当に、間違いないんだな。これは、かなり限られた人間しか知らない事だ。ましてや辺境のロズウェル家には…」

辺境で悪かったなと言いかけたが、そんなに思い入れもないので触れないことにした。

「思い出さずに、ただのユークリッドとして一生を終えた方が幸せでしたが。…あの客室で思い出しました。」
「…そうか。」

眉を顰めるランスロットに溜息をつきそうになるのを抑えてアレクシスを見ると…墓を、抱き締めている?
あまりに異様な光景に息を飲んでいると、ヴィルヘルムが誤魔化すようにガリガリと頭を掻きながら話した。

「あー、あれは神子、お前の墓だ。アレクは朝と昼の休憩、時には夕方。仕事以外の時間は墓場で過ごす。あれは墓石相手に、冷たいから温めるんだとよ」
「……いつから、ですか」


知りたくないのに、口が動く。ユークリッドの言葉は震えていた。

「死んで半月くらいか。アレクは神子を想い人だと言って、ずっとあぁして過ごしてきた。16年だ。」

ヴィルヘルムが事も無げに話すが、墓石を抱き締めたり撫でたり…あれは、あれはもう、既に…
首を振り、現実を逃避しようとするが上手くいかない。狼狽えて心にしまうべき言葉さえ判断できない。

「……狂ってるんじゃ、ないのか」
「どうだろうな。ここ数年は狂人と呼ばれて貴族連中にすら遠巻きだ。街じゃ『亡霊王子』だったか?よく歌われてる」

亡霊王子。辺境地にある子爵家でもそのタイトルは聞いたことがある。
誰が始めたか様々な吟遊詩人が歌う、定番で有名な歌だ。

───あれが、アレクシス。

16年、ユークリッドを想い続けたアレクシス王子の姿は狂っているとしか言いようのないものになってしまった。


「まぁ、本人は『最後だけ違う』としか言わずになんと言われようが無視して墓場通いを続けてるがな。」
「最後…?」

あの歌の最後はどんな歌詞だったか思い出そうと考えていると、ランスロットが話を割った。


「出来るならユークリッド、私とも改めて話をして欲しい。………王族に関わるのも、この城に居るのも嫌なのは分かるが、知って欲しい事がある。

……これを託してくれた先代神子の願いも、聞いて欲しい。」

「……え、それって」
「先代神子の名前だ。」


ランスロットが手に持って見せているのは、日本語で「さくら」と書かれたキーホルダーだった。

驚いたが、一度死んで既に神子ではなくなった自分に何を伝えようというのか。
正直に言えば王族は今でも信じていないし、城からも直ぐに出て行きたいくらいだ。
…でも、アレクシスを放っておく事も、出来ない。

「…………聞く。聞きます、話。アレクシス王子があの状態で、後味悪すぎてこのままサヨナラなんて、出来ません。」

ユークリッドは…神子はとっくに転生してここに居るのに王子は墓しか見えてない。


(なぁ、どうして墓石なんてあっためてるんだよ。)


毎日花を届けてくれた王子は、もう狂って手遅れになったのか?
王子はあの頃、毎日欠かさず神子の元に来て何を感じていたんだ?

───あの時、神子だと確信して抱き締めてきた王子は、俺よりも、よっぽど身体が冷たかったぞ。


やるせない気持ちでいっぱいになったユークリッドの拳が、無意識のうちに力いっぱい握られて震えた。
こんなに泣かれているなんて思ってなかった。こんなに長い年月、あの花のような屈託ない笑顔を奪っていたなんて、知りたくなかった。


隣に立つランスロットとヴィルヘルムは何も言わず
ただ静かに二人を見ていた。

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