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3章【王子の記憶】
8.愚かさが憎い
しおりを挟む取り乱して窓に駆け寄るアレクシスを侍従がしがみつくように押し留め、すぐに下に人を向かわせろと檄を飛ばした。
叫ぶ少年には神子の消えた窓以外、目に入らなかった。
───神子は即死だった。
信じられない事実に、まともに機能しなくなったアレクシスは城を上げて盛大な葬儀まで行われたと父から聞いたが記憶には残っていない。
気付けば神子の部屋に向かい、神子がいつも座っていた長椅子を眺めていた。
気怠げに座り、ポツポツと返事を返すか、返しもしない神子がこちらの話に興味を持ったように相槌を打ってくれるようになったのを、心から喜んでいた。…喜んでいたのは私だけだったとアレクシスは自覚した。
「油断させようと、私と仲良くなったフリをしたんですよよね。神子様」
決して表情には出ないけど、興味を示してくれて嬉しかったのに。それでも恨みたいという気持ちは不思議となかった。
ショックで言うなら、死んだ事の方がよっぽどショックだ。恨まれたって、嫌われていたって生きてる方がいいに決まってる。
「どうしたら、死なないでいてくれたんですか……」
教育を受けて、この国の役に立てる人間を目指すべきなのに。気力が出ない。
ぼんやりと座っていると楽しかった記憶が黒く黒く塗り潰されるような感覚が、最初に出会った頃の神子の姿に重なった。
───神子様、この世界に来た事は、こんなに苦しかったのですか。
堂々巡りで思考を重ね、神子の居た半年をひとつひとつ思い返す。そんな日々が続いていた。色とりどりの花を送ったのに、記憶の中でそれはどれもこれも色褪せている。
父は、いつの間にか私に会いに来なくなった。いいや、いつも私から会いに行ってたんだったか、父から会いに来てくれたことは────
「父を、父の国王としての在り方を、今も美しいと思うか」
神子の居なくなった部屋に、静かに声が響く。
この声は、こんな事を言うのは、一人しかいない。
いつまでも落ち込んでいる自分が後ろめたくて、顔を合わせにくいなと振り向かないまま口を開いた。
時々ひとりごとを言うくらいしかしなくなった唇は、カサカサに乾いて喋りにくい。
「………ランス、兄様」
「この部屋を片付けるそうだ。父上からアレクを説得するように申し付けられた。
……お前に、私の知る神子の全てを背負う覚悟はあるか」
『神子の全て』。その言葉に反応してランスロットに顔を向けると、強い眼差しが射抜く。
────全て。
毎日神子と話をしていたアレクシスよりも、ランスロットは知っている。兄は決して嘘をつかないと知っているから。
アレクシスの視界に光が戻ってきた気がした。どんなものでも、どんな現実でもいい。神子の事を知れるなら。
神子の苦しみだって、恨みだって、私は知りたくて仕方ないのだから。
「あります。神子は、私の想い人です。」
そう口にすれば脳が動き出し、神子への想いで温度を感じなくなっていた身体が熱を取り戻した。
背負えるなら、なんだって背負う。
───幼いアレクシスはそれが出来ると思っていた。
神子を喪った事実にはまだ向き合いきれていないけれど、神子の反応を見逃さないよう、神子のことをほんの僅かでも知れるように見続けてきたんだという自負だけはある。そう、確信していた。
キッパリと返せば、珍しく驚いた顔になった長兄が「アレク、お前は…」と呟いた。
───本当は、アレクシスには伝えない予定だったのだろう。光の魔法を使う神子の姿さえ見せる気がなかったのだと後のアレクシスは考えている。
幼い弟は、兄へ精一杯の覚悟を見せた。
自分から言い出したのに、眉を顰め、苦しそうに顔を歪めたランスロットは
少しの沈黙の後にアレクシスの言葉を受け入れた。
「…想い人なら…尚更、これから知る事は地獄と思え。」
一体、神子の身に何が起こっていたのか、ランスロットは何を知っているというのか
──それほどに厳しい事が待っているのかと、知らなかった自分に対して失望した。
言うが早いかランスロットは私の手を掴んで立たせ、そのまま神子の使っていた部屋に続き間として存在している使用人の控え室へ向かった。
使用人の部屋は、世話をされる側としてはまず立ち入ることのない領域だ。開かれたドアの向こうはあまり物がなく整理されていて、休憩のための椅子や備え付けられたクローゼットと木箱が複数積まれていた。
ランスロットはクローゼットの扉に手を掛けると、最後の確認とばかりにアレクシスに振り返った。
こくりと頷き返せば、ランスロットの方も覚悟を決めたようにクローゼットに向き直る。
「…これが、神子の公務で使う衣装だ。」
ランスロットがクローゼットを開け放てば、神子が公務で着ていた真っ白の衣装が目に飛び込んだ。布は分厚いがこうしてクローゼットに収まっているのを見ると、思ったより使用された布は多くない。
別段、おかしなところはなさそうだとアレクシスは首を傾げた。
「…衣装は、これも含まれる。」
ランスロットは戸惑いなく、今度は積まれた木箱に向かい、蓋を開けると革のベルトや鉄の鎧のような物が入っていた。
「これは鎧…ですか?」
「拘束具だ。衣装の下に装着し、公務の時は椅子に固定する。」
「え?」
「最近は外していたらしいが……あった。」
俄に信じ難い言葉に固まるアレクシスには目もくれず、クローゼットから小さい箱を出しては中を調べていたランスロットが、ある物を取り出した。細長く革で出来た…
「これ、は…」
「猿轡だ。最低限、口から呼吸が出来るようになっていて唸っていた時は鼻を塞いだと聞く。最初の数日で神子も諦めたが、ずっと使用はされていた。
腕はこの器具で固定して、常に手を翳した状態にすれば後は目の前に跪けば光の魔法は勝手に発動するというカラクリだ。」
──なんだこれは。
これではまるで拷問じゃないか。
恐怖心か、怒りか、全身が震えた。
神子は人として扱われて居なかったと言うのか。
目の前が赤くなる。頭が沸騰するように熱い。
頭で考えるより早く、口が動く。
「ランス兄様は…ランス兄様!あなたはこれを知っていて!!」
ランスロットに食って掛かる。こんな事は初めてだった。こんなに激昂したのは、初めてだった。
「───知らなかったぞ。俺も、ランスも。」
私の激昂に返したのは、ランスロットではなかった。
振り返れば扉の所に第二王子ヴィルヘルムが立っていた。
遠征に出ていた次兄と会うのは久しぶりになるけれど、挨拶をする余裕もない。
「連れて来たぞ。」
「来たか。…アレク、落ち着いて、ひとまず隣の部屋へ。神子の地獄はこれだけじゃない。」
──もう既に嫌だと思った。
神子を失ったばかりか、私と過ごした神子の時間すら否定される思いだった。
それでも神子の事を知らずにいられない。あの死に際の笑顔の理由を知りたい。全てを、知りたい。
ふらふらと、隣の部屋へ足を動かした。
「──ランス。…アレクまで巻き込んだのかよ。まだ10歳だぞ。」
「…アレクは、誰よりも神子に接していた。」
「だからこそだ。綺麗な思い出だけ残しちゃならなかったのか。…もう少し大きくなってから知らせる手もあったろ」
隣の部屋では先に控え室を出たヴィルヘルムがランスロットに苦言を呈し、近くには一人の騎士が直立不動で待機していた。
「……ヘル兄様、私が望みました。想い人の全てを知りたいと」
「アレク!…想い人たって……神子は男だろ」
「男でも!!っ…神子は、私の、想い人です。」
拳を強く握りしめて言い切った。見兼ねたランスロットが「今は話を聞くことが先だ」と騎士に視線を寄越す。
直兄より大柄のヴィルヘルムは頭をボリボリと掻きながらチッと舌打ちを打った。これはヴィルヘルムが怒りの感情を誤魔化す時の癖だ。
「スマン。…気を取り直して、コイツは神子に付いていた騎士だ。皮肉だが、神子が死んだ今になってやっと口を割った。」
ヴィルヘルムが促せば、コクリと頷いて騎士は口を開く。
「………全て、お話します。」
固い顔をした騎士は膝をついて、首を差し出すように項垂れた状態で語りだした。神子がこの世界に来てから死ぬまでを。
「………ここまでとはな。」
ぽつりと呟くランスロットに、覇気は感じられなかった。
想像を絶する生活だった。
家畜だと、道具だと自らを評する神子は、私と出会った頃にはすっかり諦めた後だった。だからいつ行っても無気力にただ座ってぼんやりとしていたのだ。
辛く苦しい生活の中、本当に、私の事も一切信用していなかった事実に嫌でも気付かされた。
二人で話したあの優しい時間は、私を通して父を油断させる為だけに行われていたに過ぎなかった事が確信的になった。
全てを話尽くした騎士は、ブルブルと震えながら締めくくる。
「……最期に、神子様は、笑顔で身を投げてこの世を去られました。」
「それが、全てか。」
「はい。……思えば、陛下に手を上げられた時から死ぬ為の準備をするように行動されておりました。私達を、陛下を信用させ、隙を作るように…」
話しながらも、チラチラと騎士が視線をよこすのは隙を作るために使われたアレクシスの顔。
到底受け入れられない事実ばかりだ。でも、神子とのやり取りの全て、それが事実だと納得しか出来ない。
───嫌でも最期の笑顔を思い出す。
嬉しそうに、安堵するように、死への恐怖など何も感じないように。まるでベッドに背中を沈めるように倒れていった神子の姿を。
騎士から話を聞いて、三人の間には沈黙が残った。
しばらくして最初に口を開いたのはヴィルヘルムだった。
「……クソ。何もかも間に合わなかった。親父はそこまで隠蔽工作に長けてるのか?」
苦々しい顔で吐き捨てる。隠蔽工作。その言葉と父の姿を照らし合わせる。
知りたくなかった事実ばかりだ。むしろアレクシスのこれまでの短い人生に真実はあったのかと疑う程に。
底なし沼に沈むように、どんどん肩が落ちていくアレクシスを食い止めるように、ヴィルヘルムがアレクシスの頭をガシガシと撫でた。
気持ちは晴れることはない。だが、まだ終わりではないはずだとアレクシスは無理矢理姿勢を正した。
「神子には悪いが、もう少し耐えてもらって…ヴィルが戻った時に騎士から詳しく探りを入れてもらう手筈だった。
…まさかここまで酷いとは思わず、準備が整うより先に神子が限界を迎えていた───これは完全に私の力不足だ。
」
そう言って顔を歪めるランスロット
二人の兄を見て、怒る気にはならなかった。
愚かにも神子が死に近付くのを手助けしたのは私と、父だから。
───父を、美しいと思うか
「………こんなの、美しくない。」
「アレク落ち着け」
「アレク、それは…」
二人の兄から止められても、ランスロットの言う『美しい』の意味とは違ったとしても、私が得た答え、私が決めた答えは変わらない。
「美しくない。何の為に神子はこの世界に呼ばれたんですか。何故、拷問のような毎日を送らなければならなかったんですか。
───父上は、父上の在り方は、美しくない!!
私はっ、全て終わってからっ!神子を失って初めて知った!
……………私だって、美しくなかった」
子供だから仕方ないなんて言葉に甘えたくなかった。
もっと状況をよく見ていたら気付けた筈なんだ。優しい父の言うことを信じようとして違和感に目を逸らしたのは私だ。
力があれば。神子を守れる力が、全てを見通し判断出来る力があれば。
悔しい。無力が悔しい。愚かさが悔しい。
悔しがるしか出来ないアレクシスに、弟にはもう抱えきれないかもしれないと戸惑ったランスロットは口を開きかけて、閉じ、…もう一度、開いた。
「ヴィルヘルム、この騎士はお前に任せる。…アレクシス、辛いのは理解する。だが、まだ、知らなければならない事がある。」
こうして、アレクシスは知る事になる。ランスロットが背負う覚悟を。
神子達のことを。
───…
「────殿下、アレクシス殿下」
「…………クリスか。どうした、ユークリッドはどこへ…」
ぼんやりとしていて仕事の手が完全に止まっていたようだ。執務室を見渡すと、書類運びをしていた小柄な侍従見習いの姿はなくなっていた。
長年、私を世話してきたクリストファーが心配して声を掛けてきたのかと状況の把握に務めていると、私の目の前の書類を片付けながらクリストファーは返事をした。
「休憩に出ております。…殿下、やはりロズウェルは別の所に配置した方が…」
「王城で最も人手不足な部署は私の侍従だ。変更はしない」
新たな書類に目を通す。
街にある水路の設備が老朽化しているので修繕をして欲しいという嘆願書か。これは調査をしなければならない。専門家を派遣して…いや
「クリス。この書類に記載のある水路はどのあたりにあるか分かるか?」
「それは…二年程前に大規模の修繕をした場所が、その地域だったと…過去の記録をお持ちしますね。」
「派遣した業者のデータも頼みたい」
足早に執務室を出て行ったクリストファーを見送り、次の書類に手を掛ける。
反論させまいと話を切り上げて追い出してしまったな…とアレクシスには少しの罪悪感こそあるが、自分でもユークリッドを側に置こうと決めた自分の心と、それを受け入れたユークリッドの気持ちが分からないのだ。
「休憩ありがとうございました。ただいま戻りました……クリスさんが居ない…?」
執務室の扉を開けた状態でキョロキョロとクリストファーを探すユークリッドに手招きをして扉を閉じさせた。
「クリスは資料を取りに行かせた。ユークリッドもそのうち頼むだろうから後で保管場所を教わるといい」
「はい。…あの、殿下。急ぐ必要のありそうな書類の分類をクリスさんに教わったので私なりに分類したのですが…」
「あぁ、確認しようか」
「先にクリスさんに確認してもらうべきだとは思いましたが…」と自信が無さそうに書類の束を渡すユークリッドの初々しさに可愛らしいなと内心微笑ましくなる。
────ユークリッド、本当に、貴方が神子なのか?
自分から勝手に確信を持って暴いたのに、あまりにも違いすぎる少年を疑うどこまでも愚かな自分の心は蓋をした。
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