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3章【王子の記憶】
7.未自覚な罪、未熟な恋
アレクシスには兄弟が居る。
長兄ランスロットは王太子だ。成人していて既に公務も行っているので忙しく、次兄のヴィルヘルムも騎士として遠征する事が多いのであまり会えない。
自分も王族として受けなければならない教育があるし、妹のリナリーはまだ幼い。
アレクシスはいつも一人で居ることが多く、寂しいと感じる事も多かった。だから僅かな時間でも相手をしてくれる父が好きだった。
年の離れた兄達は基本会えないし、母親も違うが仲は良いと思っている。
そんな忙しい長兄が、朝から弟を連れて城内を歩いていた。
───正しくは、使用人の使う通路を歩いていた。
城の中は、貴人の使う廊下とは別に使用人の通路が整備されている。アレクシスがここを歩くのは初めてだった。
忙しそうにすれ違う使用人に肩を縮めて精一杯通りやすいようにとスペースを作りながら歩く。アレクシスが歩くべき場所じゃないから申し訳なさが大きくなって心許ない。
しかしどういう訳かランスロットは慣れているようだ。すれ違う使用人も何も反応しない。貴族の中でランスロットが歩けば全ての人が見惚れて立ち止まる程の美男子だし、仮にも王太子なのだが。
普段と違う道は現在どこを歩いているのかさっぱりわからない。段々と不安が膨らんできたアレクシスがひたすらランスロットの後ろを着いて歩いていると、ある所でピタリとその足を止めた。
「───ここからは、ひと言も発言してはならない。それを肝に銘じて目に焼き付けておくといい。」
ランスロットがそう言って静かに開けた扉の向こうでは、離れた所で複数の貴族が談笑していた。社交の経験が薄いアレクシスにもわかる高位貴族達だ。
使用人用の扉は貴族達には見えないように隠れた所にあるので、こちらに気付いた様子はない。
狭い視界から周りを見渡すと、ここは城内に複数ある広間のひとつだと分かった。
後ろに立っていたランスロットがそっと顔を近づけてアレクシスにだけ聞こえる声で話してきた。
「あそこを見ていろ。」
ある一点を指差す。
(あれは…天蓋?広間にベッドがあるの?)
中が一切見えない、白い布に金の刺繍が入った分厚いカーテンで覆われた天蓋の前に、一人の貴族が跪いて何やら話をしている。
控えている騎士が天蓋の紐を引き、僅かに開かれた天蓋から、白い手が差し出され、その掌が光で輝いた。
────神子だ。
光を当てられた貴族は感激したように立ち上がり、何かを言っている。騎士がまた紐を操作してすぐさま神子は隠された。残された貴族は何度も礼をしてから去って行った。
これは、神子の公務をしている広間だったのかとアレクシスは興奮して飛び出しそうになる声を抑えた。
本当に光の魔法が存在するんだと感動していた。
一人が終わればまた次の貴族が光の魔法で癒しを求める。
時折ちらりと見える神子は、いつか見た多くの布に包まれた衣装の中で姿勢正しく椅子に座っているようだ。
その姿を食い入るように見つめ、どれくらい経ったのか。
ランスロットが肩を掴んで促したことで覗き見は終わりを告げた。
自室に戻る使用人用通路で「あの光景を、忘れないでおけ」とそれだけ言ったランスロットは自室まで見送るとそのまま公務に行ってしまった。
事情を聞かされていたらしく、今日は座学だけにしましょうと部屋で待機していた侍従のクリストファーに促され、神子の公務が終わる時間までは座学に集中することにした。
この時のアレクシスは、光の魔法という奇跡を目撃した感動で胸がいっぱいになっていた。
何も知らない者の目線とはいえ、この感動すら後におぞましく思うことになるとはこの時は想像もしていなかった。
ランスロットが隠れて連れて行ったくらいだから誰にも言わない方がいいだろうと、神子の公務を見たことは誰にも教えなかった。父にも、神子本人にも。
───それよりも心を震わす出来事があったのもあるが。
「10歳で公務に向けての勉強か。凄いな」
まだ腫れている頬が気になりながらも今日の座学について話している時
神子が初めて、相槌以上の反応をしてくれたのだ。
まともに話をする神子は、普段聞く掠れた声の面影なく透き通るようで柔らかな発音が耳に心地よい。
感動に打ち震える私を見て居心地悪そうに目を伏せて髪を掻き上げた。指の隙間からこぼれ落ちる艶やかな黒髪がランスロットのサラサラだけど細い髪とはちがい、しっかりとした髪質をしているんだと気付く。またひとつ神子の事を知った。
会話を終わらせてはならない。たった今、言葉を貰えて感動したのにもう次が欲しい。高鳴る胸を外からグッと押さえ付けて、回らない頭で必死に言葉を紡いだ。
「神子様は、とても美しいです」
必死に出した言葉がこれとは、失敗したと自分でも思う。神子の頬は今も痛々しく腫れているというのに。
昨日、ランスロットと話をして美しさとは何を示すのか考えていたせいだ。
口走ってしまった言葉に頭がカッと熱くなるが、神子はきょとん、と目を見開いてこちらを見ていた。
───なんて日だ。声だけでなく神子の新しい表情まで見れた。
見開かれた目は普段の様子より格段に幼く見せていた。
神子はすぐに気を取り直して表情を戻したが、美しいと言ったことに対しての返答は無い。それでも良かった。
──美しさとは。
昨日は答えが出せなかった。今も父を美しく思うかという問いには答えられないが、これだけは確信した。
────神子は、美しい。
見た目というか、孤高ともとれる振る舞いというか、分からない。分からないけど神子こそが神だと仰いでしまいそうになるくらい輝いて見えていた。
またある日、返事を返してくれるようになった神子に会うのがますます楽しくなって今日は何を話そう、神子が喜ぶ事はなんだろうと四六時中考える程にこのひと時を楽しんでいた。
──依存していた。
「今まで、外を見たことが無かったのですか?」
「恥ずかしながら。この城の庭園は色とりどりの花が植えられていて、いくら見ても飽きない」
穏やかな口調で話をする神子に、じわりとした幸福感を感じる。
表情こそ変化はないが、窓を見ている神子の目は期待を込めるような熱さがあった。
父からの外出許可はまだ下りないが、時間をかけていつか一緒に庭園を歩ければいい。
(せめて、花に触れるだけでも出来れば嬉しいかな)
外の話をした次の日から、私は神子の部屋に行く前に庭園に出る習慣ができた。
その日、花を1輪選んで神子への手土産にする。
ありがとうと受け取り花の香りを楽しむ神子にアレクシスも笑顔が零れる。
それに、花を直接手渡すことで神子の手に触れる事が出来るからその都度胸は高鳴った。。
神子の手に一瞬触れるだけで、全身が痺れるような感覚と心臓が大きく跳ねる息苦しさを感じた。もっと触れたいと欲求が膨らんだ。
その感覚は決して不快でなく、むしろ心地良ささえあった。まだ小さな身体に芽生え始めた感情は、甘酸っぱいものではなくどこかドロドロとしたものだった。
こんな花があるんだ、と関心を向けてくれる事も嬉しい。
外に出られない代わりに、毎日せっせと花を届けた。
──ある日のことだ。
庭師に「育てるのが難しかったがやっと咲いた」という花を貰った。
薄桃色の花弁が五枚の小さな花が、太めの茎に無数に集まり球状になっている。
一輪で飾ってもらうには不格好だろうかと思いつつ、それを持って神子の部屋に向かった。
すると、いつものように花を受け取る神子の様子が普段とは異なった。
おもむろに球状になった花の中からひとつだけちぎり取って、じっと見ている。
「───…似てる」
ぽつりと呟いて、瞳が揺れた。
似てるとは、神子が来る前の世界の事だろう。初めて見る郷愁の表情に、私の心は今までにないざわめきを起こしていた。
神子が帰ってしまうのではないかと、不安になった。しかしこの不安は、間違っている。そう思ったから今は神子の気持ちを大事にしようと少し間を置いて、これに似た花があるのかと問いかけた。
ハッとしてちぎり取った花をテーブルに置いて、なんでもないと神子は外を向いた。
毎日花を手に、神子の部屋に通う。
神子の心を震わせた日のことは触れず、変わらず花を届けては話をしていた。
最近は窓を開けて風を感じるのが気持ちいいと言っていて、父も外出を許可する日は近いだろうと話をしていた。
その後、神子が気にしていた花はまた咲いたかと庭師に聞いたが本当に育てるのが難しく、ここの環境に合わないのだろう。あれ以降は一輪も咲いていないと返された。
瞳を揺らす神子はあまり見たくないが、故郷を思い出すことが悪い事とも思えない。
アレクシスは侍従を通して密かに装飾技師を呼びつけて、あの花に似たブローチを作ることにした。
球状になった花ではなく、その中のひとつだけをブローチにする。シンプルだが、白い衣装を纏う神子にとても似合うだろう。
だからその日、あまりにも熱心にデザインを考えていた私に「王子も想い人が出来たのですか」と軽口を飛ばした装飾技師の言葉に大きな衝撃を受けた。
───想い人。
言われてみれば、すとんと胸に収まった。
神子は私の想い人だったのだ。
装飾技師は近くに控えていた侍従に軽口を窘められ、大人しく私の要望を聞いて去って行った。
試作を重ね、ひと月ほどで納得のいくブローチが仕上がった。
早く神子に渡したかったが習い事を疎かにする訳にもいかない。集中してこなして、剣術の稽古の帰りに庭園に寄れば「今年最初の花が咲いたところです」と香り高い可憐な赤い花を庭師に渡され、少しでも綺麗に咲いているうちに渡さねばと神子の部屋に向かった。
表情はなくとも花を喜ぶ神子に安堵して、ブローチを取りに一度自室に戻った。
これを渡したらどんな表情をするだろうか、喜んでくれるだろうか。
逸る気持ちを抑えきれず、廊下を駆け足で神子の部屋に向かってしまった。
────戻った神子の部屋には窓辺に座る神子の姿と、少し離れた所に父が居た。
父が私の行動を窘めようとした時。吐き出すように笑う神子の姿が視界に入る。
「お前らの思い通りになんかしてやらねぇよ、ばーか」
頭から冷水を浴びせられたような衝撃だった。
決して見ることの叶わなかった、なによりも見たかった満面の笑みを浮かべた神子は、背中から寝そべるように、窓の外へと身を投げた。
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