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3章【王子の記憶】
6.焦がれた追憶
しおりを挟むぱたぱたと書類を運ぶユークリッドに、どうして侍従として働く事を決めたのだろうとアレクシスは内心疑問に思っていた。
──ランスロットに聞いたところ、ユークリッドが前世を思い出したのは3階の客室に入ってかららしい。
クリストファーも最初のうちは神子に似ているという印象は一切なく、あの部屋に立ち入ってからの雰囲気が妙に似ていると感じて動揺したと言っていた。
事情が事情だ。ロズウェル家に居場所がないなら、ランスロットが新たな働き先なり手助けをしようと申し出たが、ユークリッドは自分の意思で当初の予定通り侍従としての立ち位置に留まった。
───自分がメソメソしているうちに神子…いいや、ユークリッドと距離を縮めたランスロットに嫉妬心が少々顔を出したが、こんな自分には嫉妬をする資格もないし、例え生まれ変わりでも現在の彼はユークリッド・ロズウェルだ。
父を嫌悪していたように、その息子である私も嫌悪していただろう。それなのに目的の為とはいえ相手をしてくれた黒い髪の青年に、死ぬ直前まで一切の憎しみを出さなかった神子に、恋心を抱くなど…
…やめろ。名前も知らない神子とは違う存在だ。アレクシスはそう念じて何度も自分に言い聞かせた。
(───それに神子は、あんなに生き生きとした姿を見せた事はなかったな。)
ハキハキと喋り、クリスの指導を素直に聞き入れて働く姿は好感が持てる。一生懸命なユークリッドに神子の面影は少しもない。
それなのに、彼は神子なのだ。本人も認める、違う世界を生きていた彼なのだ。同じなのに、全く違う。
(ユークリッドの存在が神子に抱いた罪悪感に許しを与えてくれるかと言えば、それも違う。ユークリッドは今もこの世界を憎んでいる。生まれ変わっても。)
───彼は、私との日々もやはり嫌悪していたのだろうか。肯定されるのが怖くて確認もできない。
(神子様、どうしたら貴方を救えたのでしょうか)
大切に大切にしながらも、何度も何度も縋っては泣いてしまう記憶へと語りかけた。
これは、忘れたくない大切な記憶。
───初めは、ただの興味だった。
10歳のアレクシスは座学を終え、少し外の風に当たろうと城の中を移動中していた。
第三王子として生きる自分が神子に出会ったことは全くの偶然だったのだ。
この国に神子が降臨されたと大騒ぎだった割に、姿を見せないと城内でも噂になっていた。もちろんアレクシスも神子に会ったことはない。
神子はお披露目とか、デビュタントのような事もないのかと不思議には思っていたが
神子についての座学はまだ未修なので子供の自分には参加資格のない夜会などがあったのだろうとアレクシスは納得していた。
そんな噂には聞いていたが一度も見たことすらなかった神子が、頭から足まで真っ白な布に包まれて、護衛騎士が寄り添いながら目の前をゆったりと歩いていたのだ。───実際のところ、拘束具のせいで騎士に支えられながらゆっくりと移動するのがやっとだったようだが、この頃のアレクシスは何も知らなかった。───
かろうじて見える手首から先だけが、包み込む布に負けないくらい白く、男性らしいしっかりとした形なのに華奢にも感じる。
幼い子供だったアレクシスには珍しい存在というだけで興味の対象だ。初めて出会えた神子と会話をしてみたかったが冷たくあしらわれ、相手にしてもらえずに終わった。その日は少ない会話から聞こえた声を何度も思い返した。
次の日、国王である父に神子の公務の時間を聞き出して、終わった頃合に神子の居る客室へと向かった。
神子の世話を担当している侍従を通して訪問の許可を得て、部屋に入ると正面に見える長椅子に凭れた黒髪の男がそこには居た。
この男が神子なのだろう。私より年上ではあるが、今年で20になった次兄より若く見える。白い肌にややがっしりとした体つきが男だと認識させた。
昨日見た多くの布に包まれたような衣装とは違って、薄いガウンを羽織るだけの装いは何故だかそわそわと落ち着かなくなって、見続けると居心地が悪くなる。神子という特別感がそう思わせたというのもあるが。
──………誰?
かろうじて聞き取れる声量で問いかけられたシンプルな疑問。
神子は昨日と同じ、掠れた声で、ゆるりと頭ごと視線を向けてきた。
私に向ける瞳は頭よりも黒く、引き込まれそうな感覚に目を逸らせないのに逸らしたくなるようなモゾモゾとした違和感を胸に感じる。
慌てて「昨日、お会いしたアレクシスです」と返せば、ゆっくりと頭を傾け、「あぁ、王子…」とだけ呟いて、興味が失せたと言わんばかりに目を伏せて、脚を組む。
視線を外されて内心がっかりしたが、表に出さずに持ち前の人懐こさで食らいついた。
「神子様、宜しければ私と話をしませんか?」
「………なんの」
鬱陶しそうにしながらも、返事は返してくれる。なら今はそれ以上求めなくていい。
安心してもらえるように、精一杯の笑顔でハッキリと答えた。
「神子様の話や、私の話をするのです。」
こうして、たった半年のかけがえのない日々が始まった。
「それで、先生の足を思い切り踏んでしまって。私の身長では大人である先生との身長に釣り合わないからどうしようもないけど、痛がる姿を見ると申し訳なかったです」
「…そう」
その日、あったことは何でも話した。
10歳のアレクシスの日常は座学、剣術、社交ダンスなど王族として身に付けなければならない教養の為に習い事ばかりだ。
二人居る兄達は公務で忙しいし、父も優しいが国王というのは忙しいらしく同じ城内に居ても滅多に会えない。
一緒に居ても神子から話をしてくる事は無いし、態度だけ見れば聞いてるかどうかも分からない。だが短い返事だけはくれる。
この短い返事だけでも声が聞ける事実が嬉しかった。アレクシスにとっての神子の存在は日に日に大きくなっていた。
たまには庭を歩いたり出来ないのかと話せば神子の護衛騎士が「陛下からの許可を」と口を出し、国王陛下──アレクシスの父は、父としては優しいが、神子のことに関しては厳しく、どんな事だろうと許可が下りることはなかった。
「神子は未だ混乱の最中にある。時間をかけて療養しているところだからもう少し待ってあげなさい」と。繰り返し返された。
アレクシスは信頼している父の言う事だからと大人しく聞き入れ、少しでも元気になるといいなと常に明るく笑顔で神子の元に通った。
神子はいつも気怠げに長椅子に座っているか、此処でない何処かを見ているように立ってぼうっとしている事が多い。
気怠げであっても、神子の背筋は常に綺麗に真っ直ぐで美しくさえあった。
アレクシスはとにかく色んな話をした。返事こそ返してくれるが、いくら願っても名前は呼んでもらえず、興味も示されず、面白可笑しく一日の事を話そうが表情筋が動くことも無い。
父上は混乱の最中と言っていたが、落ち着いたら笑顔を見せてくれるだろうか。この方はどんな顔で笑うのだろうか。
とにかく笑顔が見たかった。アレクシスの顔を、見てほしかった。
──こんなに焦がれる想いは初めてだ。
偶に神子と目が合うだけで、私の胸はギュッと縮こまるような痛みとも言えない感覚を味わった。
その感覚は不快でなく、繰り返す毎にもっと欲しいと神子の姿から目を逸らせなかった。寂しさを紛らわせたくて始めた毎日の日課は、執着へと変化した。
──そうして私が話をして、神子が短い返事をする日常に、ある時、変化が訪れた。
いつものように神子の部屋に入れば、普段と同じ様子なのに神子の顔が、頬が大きく腫れている事だけが日常から外れていた。
神子が光の魔法で多くの貴族を癒しているのは聞いているが、自分には効果がないのだと初めて知らされた。いや、神子自身も知らなかったらしい。
問えば父がしたと返されて、あの優しい父が人を殴る姿など想像出来なくて混乱した。
それでも神子の言葉を疑う事もしたくないと思っていた。
混乱した私を気にすることなく、普段は変化のない神子が、ふと思いついたように僅かに表情を変化させた。
喜びでなく、怒りでなく、恐怖でなく、悲しんでいる訳でもない。全てが静止しているような、不思議な表情だった。
──黒い瞳が僅かに光を宿した気がした。
神子を訪ねた後に父に会いに行き、神子の事を話した。父は最初こそ苦虫を噛み潰したような顔をしたが、光の魔法の話に驚き、
「混乱した神子が暴れたので抑えようとしたら誤って手が当たってしまった。それは申し訳ないことをした」と悲しんだ。
……悲しんでいるように、わざと見せた気がした。優しい父親がなんだか違うものに見えそうになって、幼い子供でしかないアレクシスは拒絶した。信じている、と自分に言い聞かせた。
父との話を切り上げて自室に戻ることにした。
そうして自室に戻る途中、普段は外の公務で忙しくしている兄のランスロットに会った。
「ランス兄様!今日は公務では」
長兄であるランスロットは三男のアレクシスと歳が離れていて、既に成人しているし王太子の立場だ。
人間離れをした美貌の持ち主なので、近寄り難いと言われるランスロットは氷の貴公子と社交界で呼ばれているが
会えば気さくにやり取りをする仲なのでアレクシスはランスロットの事が大好きだ。
アレクシスの身長に合わせて屈むランスロットの肩から、サラサラとした金髪が流れる。
「アレク、神子様が怪我をしたと聞いたが」
「そうなんです!頬が大きく腫れていてとても痛ましくて、父も悲しんでいました」
「───お前は、父が美しいと思うか。」
アレクシスの頭を無でるランスロットが、静かに尋ねてきた。
「美しい…それは、見た目の話では、ないのですよね」
ランスロットは言葉少なく、その少ない言葉に多くの意味を含ませる人だ。
「…私達王族は、この国に対して責任を持たなければならない。持てなければ、ならない」
「国に対しての責任…」
まだ幼いアレクシスの頭ではランスロットの求める答えを得ることが出来ず、この人と会話をした後は何を伝えたかったのかとうんうん唸っている事が多い。
「そうだな。少しだけ見せよう。明日の朝に迎えに行くから用意しておくといい。」
それだけ言って、ランスロットは去って行ってしまった。元々忙しい人なのだ。
残されたアレクシスは、撫でてもらった頭に触れながら考えていた。
───美しいとは、何を示すのだろう。
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