【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)

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4章【炎と氷】

10.茎と葉だけ

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「無理です。恐れ多すぎます。私は子爵家の三男で…!」
「おや。身分が気になるようなら、私の養子に入りますか?」
「クリスさん?!」
「ははっ失礼、子爵家とはほぼ断絶状態と窺っていましたから…うちは侯爵家ですから、養子になれば使用人の中で口出し出来る者も居なくなりますね。ユークリッド・レヴァン…うん、響きも悪くない。」
「そんな簡単な話じゃないでしょう!!」

コロコロと笑うクリストファーにからかわれているのだと気が付いて頬を膨らませたユークリッドを見て、アレクシスは堪らず息を噴き出した。

今日は三人で休憩しようと執務室で三人揃ってお茶を飲んでいる中で、ついつい「あの嘆願書が」「もっとこうした方が」など仕事の話になってしまって休憩にならないと全く関係のない話を考えた末、アレクシスがユークリッドに要望を出した。

「ユークリッド、私に対してもっと気軽には…出来ないだろうか 」
「気軽に、ですか?」
「庭師とは砕けた口調で話してるだろう。私もあれがいい」
「王族にそれは不敬ですよ!!」

何を言っているというのか。立場というものがあるだろうとユークリッドは大反対したがアレクシスも引かず、身分を持ち出したユークリッドにクリストファーが乗っかった…という話だ。

墓場での一件以来、ユークリッドはアレクシスの墓通いに付き添うようになった。
侍従頭のクリストファーは本来とても忙しい立場で、アレクシスに仕える使用人が少なすぎるから執務室での仕事まで請け負っているのだとか。

「王族に直接仕えるのは高位貴族が多いですからね、侍従頭もそれなりに高位でないと従わないもので…まぁ、肩書きだけです」とは言ったがアレクシスの執務のサポート以外にも他の使用人達の調整役を担っているのをユークリッドは知っていた。

「そういえばユークリッドは、子爵家でどう呼ばれていたんだ?」
「どうって…ユークリッド・ロズウェルですけど」

二人からじっと顔を凝視されてユークリッドはなんだか居心地が悪いなと視線を落として紅茶をひと口飲んだ。

「…ユークリッド、家族からどう呼ばれていたか、ですよ」
「?」
「愛称はないのかい?」

二人から気を遣われているようだが、ちゃんと意味はわかっている。

「だから、ユークリッド・ロズウェルと呼ばれていたんです。ロズウェル家の人間である事を忘れず、恥をかかせないよう…」

子爵家では本館でなく離れで育ったユークリッドは、家族との交流も滅多になかった。
稀に会うと「恥をかかせるなユークリッド・ロズウェル」と決まって言われ、自分は恥だから一人だけ離れに居るのかと思って勉強やマナー指導を頑張っていたものだ。

───これは前世を思い出したからこそ思う事だけれど、ユークリッド自身、貴族というものはこういう環境が普通なんだと思い込みすぎていた節がある。

ユークリッドは紅茶のカップを置いて立ち上がり、アレクシスの机へと向かった。

「……なんで泣いてるんですか。」
「…すまない」

アレクシスの涙で潤んだ目元にハンカチを当てると、それを受け入れるように瞼が閉じられて長いまつ毛が輝いて、思ったより長いんだなとユークリッドは関係ない事を考えていた。

「どうにも私は涙腺が弱くて、困っている」
「…」

それは、心の傷の深さもあるだろうとユークリッドは思ったが口には出さなかった。






「いらっしゃい殿下。それにユークリッドくん。最近はクリストファーさんじゃなくなったねぇ。」

庭師のじいさんは孫に接するみたいに優しい面持ちでアレクシスとユークリッドを歓迎した。
今世で甘やかされた経験の薄いユークリッドはすぐに懐いて毎日じいさんと話をするのも楽しみにしている。
アレクシスはパタパタと花壇に駆けるユークリッドを微笑ましく後ろから眺めていた。

「今日はほら、この白い花がちょうど満開になったところだ。」
「わぁ!なんだか摘むのもったいないなぁ…」
「一番綺麗な時を一番大切な人に送るもんだ。また綺麗な花を育てるからの」

しょんぼりとしたユークリッドの頭をぽんぽんと優しく叩く庭師の姿は祖父と孫のようだ。
とっくに引退していても良い歳なのに、アレクシスの墓通いに添える花が必要だからと毎日せっせと花壇の手入れをしている庭師のじいさんから白い花を受け取ったユークリッドは、すぐにアレクシスの元に戻ってその花を手渡した。

「ありがとう。ユークはここでおじいさんと待っていてもいいよ」
「ダメです。ちゃんと離れたところで見てますから」

困った顔で笑って「恥ずかしいな」と呟くアレクシスが墓場に向かうのを少し後ろで歩きながら、ユークリッドは小さく痛む胸をそっと押さえた。

(王子の気持ちは、ただ懐いた人に対するもので済まされない…よな)

誰も明言しないけど、ユークリッドは薄ら気付いていた。
まだ小さい子供だったと記憶している当時の王子がどういう訳か神子に恋心を抱いていたのではないのかと。

──そしてその恋心を、今も抱いているのではないかと。

途中で立ち止まり、墓に向かうアレクシスと一歩ずつ距離が遠くなる。
ユークリッドは墓場には入らない。入り口で見守るだけだ。
姿が小さくなったアレクシスは名前のない墓石の前に膝をつき、花を添えて「お待たせ」と言わんばかりに墓石を撫でた。

(いつも何か話してる。墓の下の神子に…神子は、俺なのに)

死んだ後の亡骸も、魂も、元の世界には戻らずに今もここに居る。アレクシスはそれを理解している。
無駄死にだったとは思わない。あのまま生き続けるのは、きっと、もっと、辛かった。
後悔はしていない。今もこの世界が大嫌いだから。

…なのにアレクシスが好きなのは、死んだ神子だけなのだと実感する度に、胸の奥は痛みを訴えてくる。
自分がどうしたいのかは教えてくれないくせに、膿んだようにジクジクと痛んでる。

(王子の心を救えたら、この痛みの答えが得られるだろうか)

死んだ神子は戻らない。だけど幼い王子のまま、心を止めてしまったアレクシスをどうにか…解放、してあげたい。
ユークリッドは神子だけど、神子にはなれない。

一度もこちらを振り返らないアレクシスに、ユークリッドの表情が見られることはない。
だから、貴族としては失格だけど今この一瞬だけは、感情を表に出してもいいよな、そうユークリッドは少しだけ力を抜いて、考えた。


──アレクシスの瞳には映らない。
アレクシスの一番大切な人に送る為に咲いた花。
その花を切り取った後の、茎と葉だけになった姿が今の自分みたいだと感じていたユークリッドの表情など。

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