【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折

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4章【炎と氷】

11.色とりどりの街

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花畑よりもよっぽどカラフルだな、と道行く人々を眺めてぼんやりとするユークリッドの姿があった。

(感覚がどんどん前世に引っ張られていってる気がする…)

青や黄色、緑に赤…どういう遺伝子をしているのか、この世界の人々の髪色は多種多様でカラフルだ。
以前はそんな事を気にしたこともなかったのに、今は不思議だと感じる。この世界では当たり前の事なのに。

──本を開き、文字を目で辿る。
今日は休暇を与えられたので、折角だから街を歩いてみようと城から外出してみたものの…
どうしたら良いかわからなくなってカフェで本を読む事にしたのだ。

(本ってか、神子の手記だけど…)

名前等の記載はなく、何代前かも分からないが、この手記を残した神子の時代は転移後も割と自由が効いたようだ。城どころか街も出て、あちこち移動していたらしい。

「疫病が流行った遠い村に光の魔法で癒しに行った、か…」

自由を許されていたら、この世界を大嫌いになる事もなく神子という立場を許しただろうか。
……いや。許せなかった、かもしれない。元の世界に返してと、毎日懇願して過ごしたかもしれない。
少しだけ涙が滲みそうになって、堪えた。感情を表に出すのは、みっともないから。

───由緒正しき家系であるロズウェル家に恥をかかせるな。ユークリッド・ロズウェル。

自分にそう言い聞かせて、堪えて、でも…と疑問が湧き上がる。前世の自分の感覚では、この在り方がどうにもおかしいと感じるからだ。
なんだか存在が上塗りされているようで、でも上塗りされる前の自分という人間があまりにも空虚で、ユークリッドには何が正しいか判断出来ない。

性格や思考が前世に乗っ取られて本来のユークリッド・ロズウェルが消えたのかといえば、そうでもない。
前世を思い出すまでのユークリッドは、良くも悪くも他者に興味を持たなかった。というよりは…全てを諦めて、生き抜ければそれでいいと思っていた。
自分というものがない。だから自分を持っている前世の側面が強く出る。それが一番的確な分析だと思う。

立ち居振る舞いは常に気を使うように、誰の不快にもならないように、いつでも笑顔で静かに控えておかなければならない。みっともない姿は見せられない。寂しいなど、贅沢な考えは切り捨てねばならない。

そう教師から教え込まれ、半ば洗脳のように立ち居振る舞いを叩き込まれたユークリッドに対して、家族は「人形のようで気持ち悪い」とますます会わなくなったっけ。
いったい、どうしたら良かったのか。

「……教会の、泉の底…」

──心がずっしり重くなる時は別の事に集中するべきだ。
誰にも聞かれない声量で手記を音読する。こちらに集中しろと自分に訴えるように。




「泉の底に、何があるんだ?」
「ッ────ヴィルヘル、」
「シッ。お忍びだ。」

小声を聞かれた上に、びっくりして名前を呼ぼうとしたら口を塞がれたユークリッドは心臓をバクバクさせながら顔を上に向けた。
目の前に立っているのは錆猫のような髪色をしているヴィルヘルムだ。街中で、気軽に見掛けることは有り得ない王族の人間だ。

「な、なんで、なにしてるんですか!!」
「静かにしろって。たまたま通りかかっただけだ。見覚えのあるちっこいのが座ってたから相席しようと思ってな」
「………たまたま通りかかる身分ですか」

小声で文句を言うユークリッドなど気にせず席に着いたヴィルヘルムは「なんだ酒はないのか」とがっかりして紅茶を注文した。お忍びと言うからには変装しているつもりらしい、シャツとズボンのシンプルな服が筋骨隆々の身体を引き立てて逆に目立っている。

「それ、ラン…兄貴が渡したやつだろ。俺は読めなかったが流石神子だな」
「その呼び方はやめてください。私は関係のないただの人間です。」
「おう。ならそうだな…ユーク、だったな?俺はヘル兄さんって呼んでくれ」
「なんでそのあだ名を……いえ、情報が共有されているのは当たり前ですね」
「弟がどうしたらユークともっと仲良くなれるか聞きに来てるからな。俺は剣を合わせてりゃ仲良くなるぞって言ったら話に来なくなった。」
「………」

何をしているんだアレクシス。そうツッコミたくなったがユークリッドは堪えた。
聞けば、ランスロットとヴィルヘルムの執務室(ヴィルヘルムが書類仕事を嫌がって逃げるから強制的にランスロットの側に置かれているらしい)に顔を出しては相談や惚気を言っているという。そんなアレクシスの姿は想像出来ない。

「ア…あの人アレクシス、いつも激務なのにどこにそんな時間が…」
「そりゃそっちの仕事が終わって…墓場に行った後だな。あとは朝。剣の練習がてら話す事もある。」

仕事してるか、墓場に行くかの二択だけだと思っていたアレクシスの知らない姿を知って驚いた。
早朝に剣の練習をしてから執務室で書類仕事、休憩時間や終業後に墓場に通い、全て終われば二人の兄を訪ねていたらしい。
「規則正しいよな。」と熱い紅茶を事も無げにゴクゴク飲んでヴィルヘルムは言い放った。髪だけは錆猫のように見えるけど猫舌ではないらしい。

アレクシスは一見病弱そうに見えていたが、書類仕事だけでも体力を使い切って夜にはヘロヘロになっているユークリッドとは大違いだ。
もっと鍛えなければと反省していると、ヴィルヘルムは「それより」と残った紅茶を一気に飲み干し、大きな体を屈めてユークリッドに迫った。

「泉の底、何があるって?」
「………お兄さんにはまだ言ってないんですけど」
「お兄さんだと誰かわかんねぇな。いいから教えろ」
「一番上のお兄さんランスロット!私にこれを依頼してきたお兄さんに一番に教えるべきだと言ってるんです!」

ユークリッドは固いねぇとニヤニヤ笑うヴィルヘルムにカチンときた。だが、忘れてはいけない。この人は国王陛下の弟だ。下手な事をして後から不敬だと難癖をつけられる可能性だってある。

…気軽に接してしまう、すぐに気を許してしまう独特の空気感のある人は厄介だ。

「はぁ。耳を寄せてください。」
「おう。」
「……泉の底に、神子を呼ぶための魔法陣があるそうです」

小さな声でヴィルヘルムの耳元に向かって囁いた。魔法陣という言葉に馴染みがないらしく、なんだそれ?という顔をしているヴィルヘルムに手記のとあるページを開いて見せた。

「この絵のようなものがあって、魔法を発動させるために必要なんです」
「ふん…?これがないと神子が召喚が出来ないって事か? 」
「そういうことです」

こんなもんがなぁ、不思議だなどとブツブツ言いながら魔法陣の絵をじっと見ているヴィルヘルムを横目にカップの中の紅茶を飲み干したユークリッドは立ち上がり、手記も閉じて回収した。

「それでは、私はこれで」
「まぁ待てユーク。俺と散歩しようぜ」
「はぁ…」

気が緩んでいるのだろうか、露骨に嫌そうな顔をしてしまったらしく一瞬驚いた後に豪快に笑うヴィルヘルムを前に気まずくなったユークリッドは言っても聞かなそうな大男を前に諦めた。

「兄弟ってことでいけんだろ。ほら、ヘル兄さんって言ってみな」
「父と子くらい年齢差あるはずですけど……あぁもう、ヘル兄さん!その大きな身体で迫られると怖いから離れて下さい!」
「ガハハ!あんまり小さいからなぁ!本当に成人してんのか?」
「してるから働いてるんですって…」

自分の胸より下に頭がくるユークリッドの小ささに「俺の息子もこれくらいのがいてなぁ」と上機嫌に頭を撫で回すヴィルヘルムに、子持ちだったの?!と驚きと、王族の家系も把握していないとは…と内心へこんだユークリッドは
活気のある街中で存在感のあるヴィルヘルムとやや目立ちながら歩き出した。
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