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5章【神子と少年】
15.自由に生きる未来を。
しおりを挟む隠し部屋とは言うが、意外にも明るく清潔感のある部屋だった。小さな本棚に大小様々な本が並び、1人用の机と椅子が設置されている。
神子に関する物は全て破棄してしまおうと画策した前国王から辛うじて隠し通せた物の保管場所だと、ランスロットはユークリッドを一つしかない椅子に座らせた。
(あ。この間、借りてた手記もここにあったんだ。)
本棚に並ぶ本を興味深く観察していると、ランスロットは机を椅子替わりにして浅く腰掛けた。
服は着崩さないしどこを見ても常に隙のないランスロットが机に座る事もあるのかと内心驚いていると、長い腕が本棚に向かって伸ばされた。
「…もう、40年近く前になる。先代の神子の話だ」
ユークリッドがこの世界に来たのが16年前、その時点で20年は経過していたということだ。
「かなり間があるけど…その神子は長生きだったんですか?」
「長生き…だろうか、次の神子が召喚されるまで10年の空白があったのは確かだが…」
あれは、自分が3つの歳でヴィルヘルムも産まれたばかりだったと、以前手渡された手記よりもボロボロになっている1冊の本を手にしてランスロットは語り始めた。
──ユークリッドと同じように、神子が召喚されたと城に連れて来られたのが始まりだった。
前国王陛下…父の一目惚れだったそうだ。ヴィルヘルムを産んだばかりで体が弱っていた正妃に不満もあったのか、父はその神子に執着し、閉じ込めた。
「わざわざ別棟まで建てて、閉じ込めていたらしい。」
「誰も止めなかったんですか」
「父は圧政を強いていて従う貴族達だけを優遇していたようだ。全て後から記録を調べて分かった事だが」
ページを開くだけで崩れてしまいそうなくらい古びた本をゆっくりと開いて見せたランスロットに、ユークリッドも身を乗り出して覗き込んだ。
「…この世界の文字で書かれていますね。」
「ずっと閉じ込められていたから、文字を学んで日記を書いていたと聞いた。」
「陛下はその神子と関わっていたのですか?」
拙いけど、ちゃんと勉強したのだろう。全ての文がこの世界の言葉で書かれている。
『今日は温かかった』、『鳥の声が聴こえた。どんな鳥だろう』など、そんな短い文だけの日記だ。
「私は…侍従から逃げて隠れていた時に知り合い、話をした」
「…え。」
常に冷静沈着、真面目で勤勉な国王陛下という評価を城の内外から聞いていたユークリッドは意外な一面に驚いて目を丸くした。
人形のように整った顔は相変わらず動きを最低限にしていて表情に変化がまるで見られない。冗談ではないよな…と反応に困った。
「生まれついての王太子だから、物心つく前から教育は始まっていた。…幼い私は、時々それが苦しかったんだ。」
───ある日、侍従から逃げて、逃げて逃げて、隠れた。
広い王城のあちこちに植えられた低木は上手いことランスロットを隠してくれていた。
壁に背をつけ、葉の生い茂った低木で息を潜めていると、壁の向こうから話しかけられたのだ。
『そこに誰かいるでしょ?』
驚いたランスロットは逃げようとしたが、声の主に引き止められた。
『お願い、裏に小さな窓があるの。そこまで来て』
「…それが、神子だったと」
ランスロットの表情からは感情が読めない。
そこで、アレクシスのように神子に会いに来るようになり、この日記を貰ったのだと言うランスロットはパラ…と、手の中にある本のページをめくった。やはり簡単な一言日記が多いようだ。
「……ここだ。」
「………」
他愛のない日記が続き、やがて途切れて白紙のページになって、しばらくめくると急にびっしりと文字が埋め尽くされたページが出てきた。
日本語で書かれているそれを、ユークリッドは口に出して読まなかった。
───帰りたい。
どうしてこんな目にあわなきゃいけないの?
神子ってなんなの?私じゃなきゃいけないの?
王様が怖い。もうやだ。帰りたい。
今日も王様が来る。きっと明日も明後日も来る。私を道具みたいに思ってるくせに。
お願い帰して。光ももうすぐ無くなるから。
──やっぱりもう駄目みたい。私もう帰れない。光が消えちゃった。時間がない。悔しい。何も残せなかった。帰りたかった。
「…やはり、良い事は書かれていないようだな。」
難しい顔をして文字を目で追うユークリッドに、ランスロットは少し諦めたような声色で吐き出した。
同じような気持ちを味わっていた神子が自分以外にも居たんだという事を知って、どういう気持ちを抱くのが正しいのかわからない。わからないが…
(やっぱり、気持ち悪い奴だ)
間違いなく前国王への嫌悪感は増した。
これが目の前にいるランスロットや、アレクシス達の実の父親なのだから複雑だ。もう死んでいるし、感情の行き場がない。
「…なんでこの世界に、神子が必要なんですか」
「神の意思は私には分からない。だが、そうだな…昔は、疫病が流行ったり、天災で人が多く傷付いた時に神の使いが救ったという伝説が様々な形で残され、世界各国で語り継がれている」
そっと本を閉じ、元の位置にしまうランスロットを目で追いながらユークリッドは考えた。
異世界転移をした主人公が世界を救う話で考えるなら、『よくある話』と言えるだろう。
「だが、父は世界…国を救う意思はなかった。先代の神子を独占し、反感を買って立場が危うくなる事を恐れると有力な貴族から第二妃を娶り、アレクシスが産まれた。
そしてユークリッドの前世も…王の権威を保つ道具として貴族達に与えられた。」
───権威の為の道具。それが自分の前世。
気を抜くと真っ黒な感情にのまれそうになる。何度も何度も嫌いになる。憎くなる。
(でも……アレクシスが、泣いてるから)
ユークリッドは下を向きそうになって、アレクシスの涙を思い出し、顔を上げた。
目の前では表情の変わらないランスロットが静かに向き合っている。
「先代の神子さんは、知り合った陛下にこの本を託したんですか?」
「いや、その前に先代とは何度か壁越しに話をしていた。私がまだ子供だったから他愛のない話ばかりだったが」
日本語で書かれていた『光ももうすぐ無くなるから』の記述を思い出した。
以前もランスロットと話をしていたが、先代の神子は光の魔法がなくなる前に察知していて、自分の価値が危ぶまれたからランスロットに日記を託した。どうやって察知したのだろう。
「陛下が読めないところは、あのページだけでした?」
「あぁ。他の部分は何度も読んだが…書いた内容を父に監視されていたのかもしれない。他愛のない内容の日記だけだった。」
ユークリッドが他に何か情報を掴むことは出来ないだろうかと考えていると、目の前にある氷のような透き通った目がそっと瞼に閉じこめられた。
「先代の神子…サクラの願いを叶える為、王になり、ヴィルヘルムまで巻き込んで出来る限り調べたが未だ掴めないことばかりだ。」
異世界からもたらされる光の魔法以外に魔法の存在しない世界で、魔法について調べるなんて無茶苦茶だ。手掛かりなんて掴めるはずがない。
それでも世界を変えたくて、ランスロットはもがいてきたのだとユークリッドは膝の上に置いた手を強く握り締めた。
(──あの時、知っていたら。死なないでランスロットと話が出来ていたら。未来は変わったのかもしれない。)
そんな今更な事ばかりを考えてしまう自分が嫌だ。
あの時の判断を間違いだなんて思いたくないのに。
「……アレクシスは、父親に懐いていた。優しい父親だと思っていた。だからこそ」
───神子の死と、父の裏切りに耐えきれなかった。
言葉を続けなくても伝わってくる。ここで父親の本当の姿を知ったアレクシスが、変わってしまった。
心壊れたその原因にはユークリッドにもあるのだと、記憶を取り戻してからずっと心の奥に刺さっていた。
例え誰も、前世の死を責めなくても。
前世とは違う、ユークリッドのクセが強くて細い毛にランスロットの手のひらが乗せられた。
「ユークリッド、この部屋にある書物はどれも歴代の神子達が書いたものだ。それは私に読めない物も多い。サクラの日記のように、読んでいて苦しくなる事ばかりかもしれない。」
「…」
「それでも、私は読んでほしいと思っている。…私の代で神子を終わらせ、忘れさせたい。」
──あぁそうか。
父親が死んで、神子を脅かす存在が居なくなっても神子に関する物は全てこの隠し部屋にしか置いていない理由をユークリッドは理解した。
この世界が神子を忘れること。それがランスロットの目的だ。
全てを消し去り、いずれ、神子達の墓も無くなるのだろう。それまでにアレクシスにも立ち直ってもらいたいんだ。
神子と、決別させたいんだ。
「言いたいこと、わかった。ここにある物は全部読むよ。少しでもヒントになるものが見つかれば報告するし、本当に…本当に神子が召喚されない世界になったら、俺もここを離れて静かに生きる。」
───自分は神子だと知られているから、全て終わったら誰にも知られない場所に行こう。アレクシスが神子の事に区切りを付ける為に、俺の存在はない方がいい。
そう、ユークリッドは決意を新たにしてランスロットに約束した。
「ユークリッドには申し訳ないと思っている。手伝わせておいて追い出そうなどと」
「いいんだ。だって俺は神子じゃなくてユークリッド・ロズウェルだから…しがない子爵家の、余計な三男は消えても誰も気付きませんよ。だから私も気にしません。自由に生きてやりましょう。」
ユークリッドは子爵家で身に付けた笑顔で臣下に戻った。どんな時でも笑顔を絶やさず、ロズウェル家の恥にならないようにと泣かず、怒らず、悲しまずに生きてきた。
自由が得られるだけ幸せだ。神子をなくして、自由まで得られるなら。
…アレクシスが笑って生きられるなら、それでいいんだ。
───誰も気にしないなんて、そんな事はない。
そう口にしかけて、ランスロットは固く口を閉ざした。
氷の自分にはその資格がないと、理解していた。
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