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群章【兄と弟】
3.糸目の親子
しおりを挟む「それじゃ、俺はオーグストの対応もあるから帰るぞ。侯爵家から出る時は護衛つけてもらえ」
「分かりました。オーグストをよろしくお願いします」
「ありがとうヘル兄さん」
手櫛で無理矢理まとめたが、髪が乱れてしまった状態で相変わらず礼儀正しく礼をするフリードリヒの頭を撫でようとしたヴィルヘルムの手はユークリッドに阻止された。
「…悪い。小さいもんを見るとつい、」
「小さ…?」
「ヘル兄さんにとっては大抵の人が小さいから!」
自分が小さいとは自覚していないフリードリヒがぽかんとしている顔がユークリッドに似ていて、なるほど兄弟だとヴィルヘルムは笑った。
「お前も考えすぎるなよ」といつまでも怒っているユークリッドの頭をわしわしと手でかき混ぜて、髪がすっかりぐちゃぐちゃになった二人を降ろした馬車は来た道を戻って行った。
「…さて。改めまして、ようこそいらっしゃいました。新しく弟になったユークリッド様、フリードリヒ様」
「…私は、身分としては平民になるので敬称は不要です。」
ヴィルヘルムを見送って、レヴァン侯爵家の屋敷前で待ち構えていたクリストファーの息子、セドリック・レヴァンが二人を歓迎した。
髪が大変なことになっている二人にはリアクションをとらず、綺麗な礼をする彼はオリーブ色の髪に細目から覗く黒い瞳がクリストファーと全く同じ色彩で、
顔のつくりも前世で見た事があるクリストファーの若い頃によく似ているなとユークリッドは思った。
フリードリヒが自分の立場を考えて申し出た事に、セドリックがにこりと笑顔を作ったら黒い瞳は見えなくなった。
(笑顔までクリスさんにそっくりだ。)
クリストファーの息子だし、養父が勧めたことなら悪いことにはならないと思っているユークリッドは既に親近感が湧いている。
兄の隣で礼をしていたユークリッドは「あ、」と思い出したように城から預かった手紙を出し、セドリックに差し出した。
急ぎで書かれたクリストファーの手紙を読んだセドリックは「なるほど」と呟いてすぐ懐にしまう。
「さて!ここでは気を抜いて、旅行だと思ってお過ごし下さい。フリードリヒ、敬称が不要なら私のこともセドリックと呼んでほしい」
「……それは、身分が」
「いいからいいから。荷物は使用人が運ぶから、まずは屋敷を案内しようか。髪は…よし!いいね。さぁ二人ともおいで」
ササッと自ら二人の髪を撫で付けて整えたセドリックが二人の肩をがっしりと抱いて屋敷へと案内した。
その勢いに呑まれたユークリッドは歩幅の違うセドリックに慌てて早歩きでそれに合わせて「兄様、大丈夫?」とセドリックを挟んで向かい側を歩くフリードリヒを気遣う。
(どうなっているんだ、これは)
困惑しているフリードリヒにとって、今日は本当に予想出来ないことばかりだった。
クリストファーは早いうちに王城で働き始めたので、レヴァン領には幼少期以外ほとんど来ていないらしい。
「ユークリッドの部屋は用意するように言われてあったけど、父はたまに来ても客室に泊まっているんだ」と説明するセドリックに
逆では…?とユークリッドの頭の上にはハテナが浮かんでいた。
広い屋敷内を三人で歩いているうちに、少しずつ緊張の解けてきた兄弟の様子を見ていたセドリックは、小さな弟の変化に気が付く。
「おや、ユークリッドは疲れたかな。いつでも寝られるように用意してあるから、先に休むといいよ。お風呂も使用人に言ったらすぐに入れるからね」
「……すみません。セドリック…兄上?」
「あぁ、兄上でもお兄ちゃんでもいいよ。好きに呼んで」
馬車での移動疲れもあるが、相変わらず体力のないユークリッドにレヴァン侯爵家の屋敷は広すぎた。
心配されないように頑張っていたが、疲れが隠しきれなくなったところで無理はいけないとセドリックの指示でユークリッドは使用人に連れられて先に休む事になった。
「さて、フリードリヒはまだ大丈夫だね?次は外を案内しようと思うけど」
ずっと居心地が悪そうに案内を受けていたフリードリヒはセドリックの申し出にも迷いを見せていた。
「体力は問題ありませんが…私は本当に客人で宜しいのでしょうか」
「父上からの指示もある。気にせず好きなように過ごしたらいいよ。期間は…ユークリッドの気が済むまで、なんだろう?
弟を持ったのは初めてだが、怒って家出とは可愛らしいね。」
「……」
関わり合いのなかった弟がどんな性格かを把握していないフリードリヒには何も返事が出来ず、黙ってしまった。
常に笑っているようにも見える細目のセドリックはその様子をじっと見て、少ししてそっとフリードリヒの肩を抱いて外へと歩み出した。
「畑……!」
レヴァン家に来て初めてフリードリヒの目が輝いた瞬間は、屋敷の敷地内にある小さな畑を見つけた時だった。
「畑に興味があるのかな?」
「あ…進路で、関係があって」
「ふーん。…ここは厨房で使うちょっとした野菜を育てているんだ。庭師が趣味で育てている野菜もあるよ」
明らかに目が輝いているフリードリヒに思うところがあるセドリックは、近くに居る使用人を呼び付けて植えている作物の説明を任せる。
するとフリードリヒはおもむろにポケットを探り出した。
何かと思えば小さな紙の束と炭で作られた簡易なペンを取り出し、熱心に話を聞きメモをとっている。
(進路…ねぇ)
子爵家は没落して一家離散と聞いているが、目の前の男は何を考えているのやら。
セドリックは静かに見守ることで相手の情報を得られないかと観察を決め込んだ。
「これは…私の領地より果実は小ぶりだが、色が濃いな」
「あー、これはあえて与える水を減らしてて…こうすると身がギュッと締まるんですよ。ひとつ食べてみます?」
「いいのか?!」
あまりに興味津々なフリードリヒにつられて使用人が提案すると一層目が輝いた。
土には直接触れていないとはいえ、洗ってもいない作物を使用人から手渡しされて迷わず口に放り込んだフリードリヒに少し離れて見守っていたセドリックは驚いて固まっている。
「んむ…濃い…!土にも何か工夫が?」
「それはですね…」
「ちょ…っと!フリードリヒ、落ち着こうか。今着ているのは訪問着だろう?土がついては大変だ」
土に触れようとしゃがんだ所をセドリックに両肩を掴まれて阻止され、驚いたフリードリヒの手から紙の束が地面に落ちた。
すかさず拾い上げた使用人が「どうぞ」と差し出してセドリックが受け取ると、ミルクティー色の後頭部しか見えないセドリックから小さな声で「申し訳ございません…」と明らかに落ち込んだ声が漏れ出る。
セドリックが受け取った紙の束は、めくるまでもなく書き込みがびっしりとされているのが分かる。どれも作物についての内容ばかりだ。
(うーん…粗暴…?素朴じゃなくて…?)
没落したロズウェル子爵家の粗暴な長男と噂は聞いていたが、セドリックには噂と目の前の男があまりに結び付かない。
「あの、セドリック様」
「…なにかな?」
「私は没落した身なので、もっと雑に扱って頂いて結構ですので…」
つまり、客人扱いされたくないと。
弱々しくそう告げるフリードリヒに、どう返そうかと考える。
(──父からの手紙には、兄も弟も丁重にもてなすようにと指示が書いてあったしなぁ)
「うーん…_貴方も俺も、ユークリッドの兄だろう。せめてこの地に滞在してい間だけは兄として振舞ってみない?」
「…」
迷ったような空気はあったが、どうにか頷いたフリードリヒにほっと息をついて内心で父親に文句を垂れた。
(急に弟が出来たと思えば……父上、後で見返りは要求しますからね)
知らぬ間に増えた弟が伴侶と喧嘩して家出してきたばかりか、初対面の弟の実の兄まで一緒によろしくと簡素な手紙に書かれているのを読んだ時は、手紙を握りつぶさないように意識する必要があった。
その兄の行動が予想外の方向に動きすぎるし扱いにくい。これなら本当に粗暴な方が抑えつければ済む話な分、楽だった。
(元々ロズウェル子爵家の後継者のはずだが…なんとも風変わりな男が来たものだな)
領地に引き篭っていても情報は集められる。特に父の人脈の広さが情報収集に特化しているので噂話や流行を調べるのに困ったことがない。
…なのに。今現在、目の前の男が得体の知れない存在すぎて扱いに困っていた。
土を調べるのは諦めたものの、引き続き使用人から作物の話を聞き出しているフリードリヒに
これは大変だぞ…とセドリックは天を仰いだ。
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