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群章【兄と弟】
4.血の繋がった兄弟
一方、客室に通されたユークリッドはというと、既にホームシック状態に陥っていた。
広々とした部屋には必要なものが全て揃えられている。クリストファーがユークリッドの滞在用にと用意してくれていたらしい。
クローゼットにもサイズがぴったりな服が沢山詰め込まれていた。
「うぅぅぅ…」
ベッドの上でごろりと寝返りを打つ。
ユークリッドが一人で寝るには広すぎるサイズで、本当はアレクシスと一緒に泊まれるようにと配慮してくれていたのだろう。
(当分って、どれくらいだろ)
自分で宣言しておいて、既に後悔している。
でも今回のことは許せそうになかった。自分が知らないまま、全てが終わるところだった。
ランスロットを問い詰めたら、ロズウェル家に関しての最終決定権はアレクシスにあったと聞いて
つい、カッとなってしまったんだ。毎日一緒に居たのに、全部ひとりで決めたんだって。
「……でも、俺にそんな権限、ないじゃん」
結婚したからって、アレクシスと同等の権力を握ったわけじゃない。
全てを知る権利を得た訳じゃない。
(でも、俺だって元がついてもロズウェル家の三男だし。こんな時まで除け者にしなくてもいいじゃん…)
でも、でも。
自分を擁護したりアレクシスの気持ちを慮ったり。
ゴロゴロと転がりながら唸っていても気は晴れず、モヤモヤは広がるばかりだ。
何度も何度も思考は往復する。
レヴァン侯爵領は遠くて、色々考えることや、怒ることがあって、レヴァン侯爵家の見学もして。
「……つかれた」
もういい。なにも考えたくない。寂しいなんて、認めたくない。
(俺、そんなに弱くない。だってずっと離れに一人で暮らしてたし。一人の時間も好きだし。)
広すぎるベッドの角で丸くなって、疲労困憊のユークリッドは眠りに落ちた。
「ユークリッド、疲れは取れたかな?二人の食事の好みが分からないから色々作らせてはみたが…」
「ありがとうございます。いただきます」
こんな時に限って悪夢を見て疲れは取れなかったが、もてなしてくれている相手を煩わせたくもない。夜にまたちゃんと寝たらいい。
ユークリッドは並べられた豪華な食事に礼を言って、既に席に着いていたフリードリヒの隣に腰掛けた。
フリードリヒは風呂に入ったらしい。ボサボサだった髪が真っ直ぐに流れていて、ユークリッドのようなくせっ毛ではないのだなと少し寂しくなった。
着ていた訪問着だけしかない荷物も無しの状態で無理やり連れて来てしまったが、服を借りたらしく少し大きめのシャツに身を包んでいる。セドリックの服だろうか。
「フリードリヒは野菜が好きなんだね。畑で長く話し込んでいたけど、育てるのも好き?」
「…旧ロズウェル領は農地が多く、よく領民と相談をして野菜の改良をしてきました。」
「それでか。詳しそうだったから感心したよ。」
美味しいのかな、と興味が湧いてフリードリヒが手を付けている料理と同じ物をユークリッドも食べてみると、香辛料がたっぷりと使われていてユークリッドには辛すぎた。
一瞬動きが止まったが、二人は話を続けていて気付いてなさそうなのでホッとする。
残すのはいけない、と表情に出さないよう気を付けて咀嚼していたら、フリードリヒがユークリッドの前にある皿ごと取り上げてしまった。
「辛い物は苦手なのか?」
「…あ、えっと、」
「ユークリッド、苦手なものは無理して食べなくていいんだよ。どんなものが好きかな?」
頑張っていたつもりなのにフリードリヒとセドリックから指摘されてバレバレだったと恥ずかしくなる。
フリードリヒはそのままユークリッドの皿を自分の所に置き、
「ミルクティーを飲んでいたから牛乳は大丈夫だな?」とクリームで煮られたお肉の皿をユークリッドの前に置いた。
何も言っていないのに、セドリックも心配してユークリッドの様子を伺っている。
「慣れない物を食べて口が痛いんじゃないかな」
「ユークリッド、先に果実水を飲みなさい」
隣の兄からは直接世話を焼かれ、目の前の兄からはどんな味が好きか事細かく質問され
困りながらも賑やかな晩餐の時間にユークリッドは寂しさが少しだけ和らいでいた。
「あの…兄様、相談が」
「ユークリッドか」
フリードリヒは隣の部屋に泊まることになったと聞いて、セドリックにおやすみの挨拶を済ませたユークリッドはすぐに訪ねた。
「…何を書いてるのですか?」
「今日、教えてもらった事をまとめている」
机に向かっている兄の隣に立つと、びっしりと書き込まれたメモをノートに清書しているところだった。
フリードリヒはすぐに立ち上がり、どこかに行ったので邪魔してしまったかとユークリッドは申し訳なく思ったのも束の間、椅子をもうひとつ運んで来て、自分が座っていた椅子の隣に置いて元の席に着いた。
やっぱり、この人のこと好きだなとユークリッドは有り難く腰掛けて兄の作業を眺める事にした。
「気候は多少違うが、帰ってから役に立つかもしれない知識はなるべく残しておきたいんだ。終わるまで相談は待ってもらってもいいか?」
「それは大丈夫です!畑はよく知らないけど、面白いです」
その場で書き殴ったメモを熱心に読み込む弟に、どうせ読むなら清書の方にしたらいいのにと思いつつ
机に向かっている時に誰かが隣に座っているのは初めてだなと緩む口元にすら心地良さを感じてフリードリヒはペンを再び動かし始めた。
「兄様、頼りになる人物はどうしたらなれるのでしょうか」
「…頼りにされたいのか?」
こくこくと頷くユークリッドに、今朝のやり取りを思い出した。
(単純に、ユークリッドが若すぎるから公務はもっと時間をかけて段階を踏んで教えられる予定なのだろうが…)
自分も十九年しか生きていない身で偉そうな事は言えないが、伴侶になったとはいえ十五歳は早すぎる。
それに同じ年頃の男よりも小柄なユークリッドだ。働かせる方が罪悪感を抱く見た目をしている。しかしそこを指摘しても納得はしないだろう。
(…これもまた、ロズウェル家の犯した罪か)
疲れやすく、小柄なだけでなく細すぎる身体
肌艶は良くなったが、子爵家で見掛けたユークリッドは死人と変わらないくらい儚い外見をしていた。
自分の意思など存在しない、人形のように周囲に従い生きていた弟を、正直、ひとりの人間として意識してこなかった。
──散々心を砕き、寄り添ってきた領民達と同じ人間であることに変わりなかったのに。
「いや、頼られたいというか、対等になりたいというか…」
「対等か……そうだな。喧嘩をするといい」
「へ?喧嘩?」
ぽかんとする弟の顔を、今日だけで何度見ただろう。
赤い吊り目を持つ自分とは真逆の、緑色で少し垂れた目に怯えが滲み出ない事を祈って手を伸ばす。
迫害されて生きてきたのに、素直に頭を撫でられて「へへ」と照れたように笑うユークリッドに
ちゃんと王城で愛されて生きているのだなと安心した。
…それと同時に、情の深さが心配になった。
今、この状況は弟が苦しみ生きた分の咎が、私達に降り掛かっているだけなんだと気付いて欲しい。むしろ当然の報いを受けているのだと、笑ってくれていい。
もし、今回の騒動が全てが終わった後にユークリッドがロズウェル家の行く末を知る事となっていたとしても
本来はさして問題にもならない事のはずだった。
なのに、弟は激昂して伴侶に別居を言い出すほど大きな事と認識している。
(苦しめた者達の末路を聞いて嘲笑うくらいで良かったのに。…でも、それが出来ないから、お前はとても苦しむのだな)
過ぎ去ったことと、関心さえ向けなくてもいい事に。
弟は血の繋がり以外に何も残らなかった場所にさえ、心を割く人間なのだと知らなかった。
本当に、血の繋がり以外にユークリッドのことを何も知らなかった。
「怒りは本心をさらけ出す。自分の本質を炙り出される。…それを伴侶にぶつけ、ユークリッドも伴侶からぶつけられて、互いを知るんだ。」
「自分の本質…」
最も、政略結婚なら必要のない事だが、今朝の様子ではそれはないだろう。
「…婚姻関係になった事のない私が言うのもおかしいが」
「それは!…俺が勝手に相談したから」
唇を尖らせて下を向く弟に笑ってしまった。
本音のユークリッドは口調も少し荒いが、伴侶が側に居ない事に寂しいと思ってか時々泣きそうな顔をして
ただの日常の動作にさえ、伴侶を意識して隣に居ない事にショックを受ける。
──全ての行動で、伴侶からちゃんと愛されているのがわかる。
うんうん唸っている弟の頭をもう一度撫でて、この場を終わらせることにした。
「今日はもう寝なさい。何か思いついたら明日また話せばいい」
「う……フリードリヒ、お兄様…」
「なんだ?」
「一緒に寝てくれない、かな…ベッドが大きすぎて…」
「……」
───前言撤回。甘やかしすぎだ。
「ひとりで寝なさい。」
「兄様ぁ」
「あれくらいの大きさのベッドは普通だろう」
「俺がいつも寝てるベッドはもっと小さくて、あと、兄弟で一緒に寝たっていいじゃないですか!」
憧れてたんです!と言われてしまうとフリードリヒも困った。
ユークリッドは子爵家で一人だけ離れに暮らしていたのだ。誰からも愛されなかった反動で今こうして甘えてきていると思うと罪悪感に押されてしまう。
「………今夜だけ、だからな。」
「やった!兄様ありがとう!」
子爵家でなく、前世のトラウマで未だに広いベッドに一人で寝るのが苦手なユークリッドは
滞在中毎日フリードリヒに添い寝をお願いして毎晩兄を困らせることになる。
この時のフリードリヒはそれを全く想像していなかった。
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