【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)

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群章【兄と弟】

2.それぞれの心の中

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血の繋がった兄と初めて喋って、これでもう二度と会えないなんて嫌だから
おかわりはもう大丈夫だと断られても必死に引き留めて話をした。

兄はとても真面目な人で、会話を重ねるうちにユークリッドはすっかりフリードリヒを好きになっていた。
たった一回の会話で単純だと言われるかもしれない。ユークリッドに見せているのは仮面だけで、本当は不誠実な人かもしれない。


(でも、不誠実なのはアレクシスもだ。)


心の中にモヤモヤしたものが渦巻いている。
不信感が反発心に変わり、見えているものを、自分の目を信じたいと今朝まで大好きだけで埋め尽くされた伴侶に壁を作った。

それに、追い詰められている立場でも背筋を伸ばして先を見ている兄を応援したい。

「兄様、次はこっち!」
「ユークリッド、待ちなさい。部屋の外とはいえ私は部外者だから執務室のような重要な場所に…」
「やだ!」
「や、やだ…?」

最初にランスロットを訪ねて言いたい事を言って去ったユークリッドは、迷わず伴侶の待つ執務室へと向かい扉を勢いよく開けると、その場でハッキリと宣言をした。




「俺、家出します!」




いつもの執務室で真っ青になるアレクシスに容赦なく宣言するユークリッドの右手には、実の兄であるフリードリヒの手が握られている。

自分の立場でここまで来ていいのかと困惑している兄と、
完全に腹を立てて自分の伴侶を睨み付けている義理の息子の姿を見て察したクリストファーが
固まっている主に代わって入口に立っている兄弟へと歩み寄った。

「おやおや。そうですね…ユークリッド、家出するなら良い機会です。レヴァン侯爵領に行ってきなさい」
「クリス!」

アレクシスの悲鳴に近い呼び声が背後から聴こえるが、長年主に仕えてきたクリストファーは動じない。
手の繋がれた先を見て、なるほどと頷いた。

「仲直りが出来たなら、お兄さんも連れて行っていいですよ。」
「あの、しかし私は子爵領の引き継ぎ業務が…」
「不在の間は私の方から人を寄越しましょう。少しくらい期間が伸びても大丈夫です。可愛い息子の我儘を聞くのも父の役目ですからね」
「父…」

フリードリヒは複雑そうな顔をしているが、グッと口を引き結んで頷いて見せた。
対するユークリッドはというと、いつものクリストファーの笑顔にホッとしたが、すぐに目を吊り上げてアレクシスへと厳しい視線を投げていた。

「兄様も連れて、レヴァン領に行きます。……俺、怒ってるから!当分はアレクシスの顔見ないから!行こう兄様!」
「待って、ユーク!」

伴侶の呼び掛けも無視して背中を向けるユークリッドがどれほど怒っているかは、フリードリヒにしか見えていない表情が物語っている。
王族と侯爵を前に礼ひとつ出来ず、次から次へと怒涛の如く行動する弟に完全に巻き込まれたフリードリヒは大困惑のまま弟に引っ張られて城内を練り歩く。

かつて怯えてばかりいる印象しか持っていなかった弟は、思いのほか負けん気が強く行動力に溢れていて
あれよあれよと言う間に兄弟でレヴァン侯爵領に行く事が決定していた。










「……まぁ、気持ちはわかるけどよ」

そして移動中の馬車の中。
ユークリッドとフリードリヒは隣同士で座り、その対面にヴィルヘルムが座って怒り心頭のユークリッドから話を聞いていた。

「ヘル兄さんだって、知ってたんだろ?!」
「まぁ、知ってたが…とにかく落ち着け。アレクはユークリッドを傷付けたくなくて黙ってたんじゃないか?」
「知らないうちに一家離散して全員の消息が分からなくなってる方が遥かに嫌だし傷付くから!」

どれだけ冷遇されようと、元は家族だった人達だ。
オーグストが今も牢屋に入っていたことすら知らされていなかった。
何も言えないほど、そんなに信用出来ないかって悔しさと、ただ優しく囲おうというやり方に納得出来ない気持ちが混ざりあい、怒りとなってアレクシスに牙をむいた。

「そうだなぁ…」

珍しく興奮しているユークリッドに、ヴィルヘルムもどう対応したものかとひたすら唸る。

ヴィルヘルムとしては絶望的な表情のアレクシスといい、逆に表情は出さないがユークリッドに責められてショックを受けていたランスロットといい、気になる事は多かったが
まぁ、クリストファーがいるし任せるしかない。冷却期間というのも大事だろうとヴィルヘルムは護衛がてら同行して目の前の兄弟を眺めている。

見慣れた小柄のユークリッドもだが
ユークリッド程は小さくなくとも、身長が高いと言うでもなく体型も華奢な兄が馬車で身を寄せ合う様はなんというか、小動物が二匹という感想しかない。

「あー…あのよ、フリードリヒ。考えたんだが…」
「はい」

話しかければ姿勢を正してこちらに集中するフリードリヒに、ヴィルヘルムも悪い気はしない。
ユークリッドが短時間でこんなに懐いてしまったのだから悪い奴ではないだろうと思いつつ、馬車で話を聞きながら考えていた事を口にする事にした。

「オーグストは騎士団で預かるのはどうだ?少しは武器も使えるんだろ」
「確かに剣は使えますが…」
「北の国境線にある領地が人手不足でな。性根を叩き直すにはぴったりの場所だ。そこに配置して俺が時々見てやる。」
「それは…確かに。甘ったれたオーグストには良い環境と言えます。でも、良いのですか?」

任せろ、と頼もしく頷くヴィルヘルムに頷き返し、礼儀正しく頭を下げるフリードリヒを見て、隣に座るユークリッドも一緒に頭を下げた。

「…人手不足の所に送り込むだけだぞ。頭上げろ二人とも。酔うぞ」

そう言われて同時に顔を上げた二人の頭をヴィルヘルムがガシガシと荒く撫でた。
ユークリッドは慣れているが、フリードリヒはあまり経験のない事に驚いて頭がガクンガクンと撫でる手に振り回される。
満足した手が離れた頃にはフリードリヒの綺麗にセットされた髪がボサボサになっていた。

「な、なんですか…?」
「お前みたいなやつは、すーぐ背負いたがるからな。ユークリッドの兄ならお前も俺の弟だ。…困ったら頼ってこいよ」

ニヤッと笑うヴィルヘルムは身体も大きいし顔も少し怖いけど、とても人情味のある優しい兄だ。
ぽかんとその顔を見ていたフリードリヒはお礼を言おうとして、言葉を詰まらせた。

「兄様、髪…」
「あぁ、本当だ髪が…」


髪を整えてあげようと手を伸ばしたユークリッドは、髪に触れるのをやめて自分より少しだけ大きな兄を抱き締めた。

「ッ…」
「……」

ヴィルヘルムは何も言わず、ただフリードリヒを見ている。

堰を切ったように、ボロボロと大粒の涙を零す兄に自分は何が出来るのだろうか。
兄の心の中は兄にしか分からない。兄の苦しさは理解してあげられない。

ユークリッドには何も分からないけれど、それでも何かをしたいと思った。
だから、しゃくりあげて顔を上げられなくなった兄を今はただ無言で抱き締めた。

ずっと堪えて、ただひたすら強がって生きる辛さは、ユークリッドも知っていたから。
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