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群章【兄と弟】
5.群像の数日間
しおりを挟む「添い、寝…………」
「すっかり仲良くなったようですね」
苦笑いして手紙を読み上げるクリストファーは、げっそりとした顔で聞いていたアレクシスに苦笑いした。
(まさかここまで距離が縮まるとは。殿下も可哀想に…)
息子に報告の手紙を書くように要請したところ、毎日しっかり二人の様子を見てくれているらしい。
ユークリッドは普段通りだが、フリードリヒについても面白い報告が綴られていてクリストファーは「ふむ」と少し考えた。
──一方、ユークリッドが家出してからまともな睡眠もとれていないアレクシスは報告にヤキモキしていた。
自分は添い寝なんて全然してもらえないのに、ユークリッドはフリードリヒと毎日同じベッドに寝ていると聞くといても立ってもいられなくなってアレクシスは立ち上がりかけたが、クリストファーが「まだですよ」とそれを窘める。
当分顔を見たくないと言われて、大人しく反省していたアレクシスとは反対にユークリッドはレヴァン侯爵家で毎日楽しそうに過ごしている。
いや、楽しんでいるのは良い事だ。実の兄とも和解出来て、ちゃんと眠り、食事もとれている。ユークリッドの健康はなによりも優先したい。
(だがこれは……浮気だろう……)
ほとんど関わった事がないと言っていた兄にどうしてそこまで構うのか。
子爵家に対する処分は適切なものだった。それをユークリッドに伝えなかったのが問題となったが、因縁しかない家にそこまで感情を割くとも思っていなかったのだ。
「ふむ。…ユークリッドは、前世で良い親子関係を築いたのでしょうね」
手紙を読んでいるクリストファーがポツリと呟いた。
「…前世か」
「えぇ。ロズウェル家でのユークリッドの扱いを考えると、家族に対しての情など沸くはずもないでしょう。
──知らなければ、望まないものです。」
「……」
確かに、前世の神子は完全に心を閉ざしていたので読み取れる情報もなかった。
だが、例え死んで魂だけになったとしても元の世界に帰りたかったのだとアレクシスは知っている。
どうしても帰りたかった世界、血の繋がった家族への執着。
「…次男が来た時も、止めても会いに行きたがったな」
「この世界だけを知る私達とは違う感覚を持っているのでしょう。…フリードリヒもなかなか面白い子のようですが」
「うん?」
因縁のあるロズウェル家の元後継者であり、ユークリッドを冷遇していた家族のひとり。
急激に懐いたと思ったら毎晩ユークリッドと共に寝ているという兄に思う所はあるが
クリストファーが評価する人間というのは気になる。
「連日、隠れて鍬を振って手に豆が出来た上に潰れて血まみれだから、多少の怪我は大目に見て欲しいと監督役の息子がお願いしてきました。
案外、突拍子のない行動力は血筋かもしれませんねぇ」
好奇心旺盛なユークリッドも影響を受けそうですねとクスクスと笑うクリストファーに、ユークリッドが大怪我をする前に迎えに行かなければとアレクシスは再び立ち上がった。
「これは仕方ありませんね」と、クリストファーも今度は止めなかった。
「フリードリヒ!!また君は隠れて畑に来て!!」
「チッ…」
鍬を取り上げられてフリードリヒは舌打ちをした。
ユークリッドが読書に夢中になっている今、畑仕事の練習をするチャンスだったのにと汗で貼り付いた髪を額から手でかき上げた。
「君達兄弟と居ると寿命が縮む思いだ…また父上に報告をしないと」
「どうせ平民になる身だ。これくらいの怪我は日常茶飯事だろう」
「まだギリ子爵でしょうが。目が離せないったら…」
セドリックとすっかり仲良くなったフリードリヒは、血の滲んだ包帯に巻かれた手をセドリックに差し出して大人しく手当てを受け入れた。
兄弟の滞在二日目から、セドリックの服のポケットには怪我の手当をする道具一気にが常に入るようになった。こうしてフリードリヒが豆を潰す度に手当をしてやっている。
「なんでそんなに畑仕事をしたがるかな…」
「……」
この数日でフリードリヒもかなり素直になった。
素直になった分、わかりやすくなったなと初日は何故かボサボサだったがセットするのをやめて自然に流している髪を撫で付ける。
余所行きのフリードリヒも好ましかったが、少し大きなセドリックの服を身に纏って自然体で振る舞う今の姿は、なんとも言えない良さがある。
頭を撫でるのもすっかり癖になってしまった。ユークリッドはふわふわだが、フリードリヒはサラサラだ。
「……セドリックだから、教える」
都合が悪い時に唇を尖らせて拗ねたような顔をするのもまた、兄弟一緒だなと苦笑いしつつ続きを促した。
キョロキョロと周りを伺って話が聞かれないようにと配慮するあたり、本当に秘密にしている事を教えてくれるようだ。セドリックは数日間で信頼を得られたことに喜ばしい気持ちにもなる。
「…旧ロズウェル領内で、行き場がなかったら受け入れると言ってくれた農民がいるんだ。農作業に人手はあればある程いい。なるべく早く役に立ちたいから練習をしている」
「………うん?」
没落貴族とはいえ、元貴族の、しかも後継者として生きた者が率先して農民になる予定だとは誰が予想するだろう。
普通は、どこかの貴族の家に入って教師なり職に就く。フリードリヒは教養もあるし、当たり前にその予定だと思っていたからセドリックは大層驚いた。
「剣も握ったことないのに、鍬を握って毎日耕すつもりだったんだ?」
「あぁ。皆、こんなに苦労していたんだな。領地の見回りで土が硬いから耕した方がいいなどと上から目線で指導していたのが恥ずかしい。」
包帯でぐるぐる巻きにされた両手を見て、ギュッと握り締めたフリードリヒの拳をセドリックの手が解く。
「…また血が滲んでしまうよ。貴族として生きた俺達が平民として生きるだけでも相当大変だと思うけど、どうして農民になる事を選んだのかな?」
かたや王族、かたや平民。数奇な運命の分かれ道に立つ兄弟はセドリックにとって予想外なところばかり見せてくる。
農民になると堂々と宣言するフリードリヒがどれほど本気なのか、セドリックは確かめたくなった。
「確かに、慣れていないから身体があちこち痛いが…農作物を育てるのは、人々の命を支えていると言っていいじゃないか。
より美味しい野菜を育て、誰かの糧になる。ロズウェル領は農地が多い。何代も受け継ぎ、土壌を維持している人々が大勢いるんだ。
自由に生きろと言われて、まずなってみたいと思ったのがそこだった。」
──本当に、ロズウェル領を愛していたのだと伝わってくる。
赤い瞳はキラキラと輝き、「レヴァン領に来て野菜をもっと美味しく作る可能性を見出せたから試したい」と続けるフリードリヒは、とても全てを失う直前の人とは思えない。
「……作物を育てたいなら、ウチでも出来るよ。領地の引き継ぎが終わったらレヴァン侯爵領に来ない?」
握ったままのフリードリヒの両手をゆるく握り直した。
たった数日で傷だらけになったこの手は、元はどんなに美しかったろう。
セドリックは、目の前の男に少なからず好感を抱いている。新しくできた弟の実の兄が農民として生きるなど、とても許容出来ないのもあるが。
フリードリヒにとっても悪い話じゃないはずだ。
領地経営しかやってこなかったと本人は言うが、それは特別な能力があると言っていい。レヴァン侯爵領の運営補佐だって出来るだろう。
「は?嫌だが」
そんなセドリックの甘い考えは、数秒で見事に打ち砕かれたのだった。
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