変人な同僚と一夜を過ごしてしまった魔術師さん

さか【傘路さか】

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 一度お泊まりを許したら、帰るのが面倒になると互いの家に泊まるようになった。俺の家には少し裾の長い寝間着が増え、彼が泊まりに来るとそれを渡す。

 そうやって過ごしていれば一度の間違いくらい起こりそうなものだが、数度泊まってもアルヴァは俺に手を出してきたりはしなかった。

 酔った、と服を着せてもらったりしたが、ついでに触れようともしてこない。彼と過ごす時間は重なるごとに過ごしやすくなっていくが、俺の気持ちが重くなるのに対して、アルヴァには少し距離を置かれている気がするのだ。

 結界の改修については、希望者を集めて研修に行ったアルヴァからの説明があり、全員で改修箇所を挙げた。

 話し合いで警備的に重要な場所の術式が決まり、俺と魔力の多いメルクが手分けをして王宮に結界を張りに散っている。術式の取り纏めはアルヴァがしているため、結界を張る時には彼が必ず同席していた。

 そうなると、自然とアルヴァとメルクの会話が増えてくる。

「あ、ねえアルヴァ。明日張る結界についてなんだけど、今いい?」

「ああ、何だ?」

 今日も気軽にメルクがアルヴァに声を掛け、彼もそれを受けている。

 二人はいつも気兼ねなく会話をしており、時おりアルヴァの口元に笑みが浮かんでいるのも見掛けた。

 俺と過ごしてくれるのは嬉しいが、たまに上の空になるし、その割にはメルクと楽しそうにしている。始まってすらいないのにもう駄目かも、と溜め息をつきたくもなるのだ。

 身体を重ねてみないか、と誘って、きっぱり断られたら諦めもつくだろうか。妙な考えが浮かんでは、同僚という関係性が押し留めた。

 メルクと話を終えたアルヴァは、そのまま俺の元に近寄ってくる。

「ディノ、そろそろ結界を張り直しに行くか」

「行く。ちょっと待って」

 アルヴァの声にはっと我に返る。荷物を鞄に詰め、展開する術式を書いた紙を持ち上げた。

 魔術だけは失敗したくないのだが、最近は気持ちがとっちらかっている所為か、メルクと結界の失敗数が変わらないくらいにまで落ちている。メルクが結界を張る人員に選ばれたのは魔力が大きい為で、失敗しても張り直せる、ことを期待されてのことだ。

 それなのに魔力も少なく、張り直せる回数の少ない俺がメルクと同じだけ失敗しているのだから、アルヴァにも気にされているようだった。

 今回の張り直す箇所は、王宮の中枢と大廊下を繋ぐ扉の結界だ。

 着くなりアルヴァが既存の結界を手際良く解除していく。その背を見守りながら、今から展開する術式を読み込んだ。

 術式は魔力を込め、扉に埋め込むことになっている。結界が解かれた扉の前に立ち、指先に魔力を灯して慎重に書き付ける。

 魔術だけに専念しようと無理に頭を埋めたが、背後にアルヴァがいる為にそれも叶わない。指先の魔力がぶれ、ばちん、と術式に跳ね返された。

「…………っ、痛! ……あ……。ごめん」

 書き込んでいた術式が途切れる。跳ね返された指先が痺れ、庇うように握り込む。駆け寄ってきたアルヴァは、握った拳を両手で掴んだ。

「大丈夫か!?」

 触れた部分から、魔力が伝うのを感じる。

 嫌な感じはせず、彼が自分の身体のように俺の身体を魔術で探れているのを意外に思った。自分の身体と違って、他人の身体を魔術的に探る行為は医療魔術の範疇で、専門外のはずだ。

「……皮膚の下に傷は付いてはいないようだから、少し様子をみるか」

「なんで、俺の身体への探知魔術、上手くいくの?」

 茫然と尋ねた俺の言葉に、アルヴァが苦い顔になった。眉を顰め、その反応はなんだと顔を覗き込む。

 うう、と濁った声を漏らす彼を促すと、ようやく答えが返ってきた。

「君を、……抱いた時に、怪我をしないように色々と魔術を使って……。どうやら、俺は君相手なら、治癒魔術のようなことも出来るらしい」

「え……っと、そうなんだ……」

 確かに初めてのことをした割に、怪我はなかった。魔術的な補助までしてもらっていたのは初耳だが、今回のことといい、手間を掛けたのだなと肩を落とす。

 失敗して魔力も減ってしまっているし、指先の痺れで正確に結界が張り直せる自信もない。

 指を摘まんで動かしてみたが、痺れた感覚は消えなかった。

「アルヴァ。指先が治るまで、待ってもらえるか?」

「ああ、いや。今日の予定ならメルクに張り直してもらって、他を調整する。彼を呼んできてくれ」

「……ああ。分かった」

 当然なはずの選択に失望した。一度だけこっそりと唇を噛むと、逃げるように足早にその場を去り、職場に戻ってメルクを呼ぶ。

 彼は俺が魔術を失敗したことに眉を動かすが、結界の張り直しにはすぐ付き合ってくれることになった。

 二人で並んで廊下を歩いている間、つい俺が早足になってしまって、メルクに文句を言われた。ローブの裾を引かれ、端のほうで立ち止まる。

 気遣いのない俺に怒っているのかと、慌てて謝罪の言葉を口にした。

「ごめん。失敗したから、早く張り直ししなきゃって……」

「アルヴァが守っているんなら、一日だって結界なしでも大丈夫。それよりさ、ディノ。魔術の調子悪いよね? 自覚ある?」

「……それは。勿論ある」

 しゅんと項垂れると、背伸びしたメルクがわしわしと頭を撫でた。怒ってないよ、と言う声音は優しくて、更に頭が下がった。

 アルヴァが手を出さないことに焦っているのも、メルクとの仲を妬いているのも、ただ俺がひとりでから回っているだけだ。

「ディノの魔術がいつもは安定しているのは、心理的に落ち着いているからだよ。自分の有り様を落ち着けさせるのが上手いの。魔術に躓いたら必死で勉強するし、アルヴァがどれだけ出来る人だって、嫉妬しないで素直に尋ねられる」

 自分よりも小さな肩に顔を預けて、力不足に項垂れる。支える腕はちいさいけれど力強くて、話しながらずっと撫でてくれた。

「でも、恋ってどんな人だって揺れるんだよね。そりゃ、そんな中でも知識を使って上手く魔術を使える人はいるけどさ。ディノは違うよね。魔術を織る技術の根底が心に由来しているから、心が揺れたらぜんぜん上手くいかなくなっちゃう」

 そうかも、とがさがさの声で小さく同意した。メルクはそれを知っていて、心の方を落ち着かせようとしてくれている。

 彼に嫉妬していた自分が恥ずかしくて、消え入りたくなった。

 それでも、言葉に出さなければこのまま駄目になってしまう気がして、必死で口を開く。

「……アルヴァ、を、恋人にしたい、と。俺、思ってると思うんだけど」

「あはは、変な言葉。……つづけて?」

「でも、最近あんまり触ってくれなくなったから。あ、飽きられたかなって」

「別に、飽きられてないでしょ」

 目尻に涙が浮かんでしまうのを、メルクは裾を伸ばして拭ってくれる。視線が合う度に笑ってくれるのが心強かった。

 でも、とぐずぐずと最近のことを話すと、メルクは納得したように声を上げた。俺には見えていないものが、彼には見えているようだ。

「そもそも一晩寝たとして、ちゃんと付き合いたい、って言いながら次からもすぐベッドに誘ってくる男。ディノは信用しないでしょ」

「それは、嫌かも……」

「いま距離をはかってるのは、アルヴァなりの気遣いだよ。距離詰めたいんならはっきり言って、自分から詰めな。じれったいことばっかしてるんだから」

 優しく涙が拭われ、赤みが落ち着くとメルクは俺の背を押して結界の場所まで案内させた。

 道中で術式の説明をして、場所が近付いてくるとメルクから職場に追い返される。

「仕事あるから帰らせたって言っておくから。目元、見せたくないでしょ」

「ありが……とう」

 手を振って別れ、時間を掛けて職場に戻った。

 それでもまだ目元は熱をもっており、職場に入るなり目ざとく見つけたらしい課長に、喉が渇いた、と給湯室に誘われた。時間を掛けて珈琲を淹れさせられ、その場で立ったまま二人で飲んだ。

 結界に失敗しちゃって、と誤魔化すと、失敗しすぎて慣れるほど試行するように、と知ってか知らずか助言を受けた。課長は魔術の事を言ったのだろうが、確かに気持ちを伝えて失敗するくらい、話をしなければ恋愛関係なんて作れない。

 目の腫れが元に戻って課長と職場に帰ると、無事に結界を張り終えた二人から報告を受けた。

「ディノ。ついでに今日のぶん、全部終わらせてきたよ!」

「メルクは失敗はあるが、魔力が多いのは羨ましいな」

「褒めるのか貶すのかどっちかにして」

「……魔力が多くて羨ましいな」

 アルヴァであってもメルクの勢いには敵わないようで、口で打ち負かされてすごすごと机に逃げ帰っていく。その様子に笑いながら、俺も自分の席に戻った。

 帳面の端を破り取り、『今日うちに来てほしい』と書き付ける。資料を取りに席を立つついでに、アルヴァの机に紙片を滑り込ませた。

 残した視線の先で、アルヴァの指が紙片を摘まむ。

 それから先の仕事は安定して、魔術の失敗をすることはなかった。終業の鐘が鳴った時、何もかもから解放されたような清々しささえあった。

 アルヴァが終業後の片付けを始めたのを視界の端に留め、俺も同じくらいの速度で荷物を纏める。

「お疲れ様でした」

 挨拶をすると、てんでばらばらに返事があった。

 職場を出て、職場の出入り口が見える位置で近くの壁に凭れた。職場の扉から、すぐに長身の見知った顔が出てくる。

 手を挙げて合図を送ると、相手も俺を見つけて手を振った。中間地点で合流して、そのまま王宮の廊下を歩く。

「今日、ごめんな。魔術失敗して」

「失敗くらいで謝る必要はない。俺は何枚窓を割ったと思う?」

「説得力あるなあ」

 王宮を出た外はもう既に寒く、指先はすぐに冷えた。やだな、と思いながら、同じく寒そうな掌に視線を向ける。

 手を繋ぎたいな、と思って、でも付き合ってもいないしな、と自嘲してこっそり笑った。

 息を吐けば、目の前で炎のように白く揺らめく。寒さが強くなったように思えて、和らげるべく足を速めた。

「寒いし、俺の家のほうに行かないか?」

 ぽつり、と振り返ったアルヴァが言う。別にどちらの家でも良くて、自分の家に誘う方が誘いやすかっただけだ。

「アルヴァがいいんならいいよ。じゃ、そっち行こ」

 身体の向きを変えると、彼の手が俺の手を掴んだ。くい、と引かれ指先に熱が籠もる。

 アルヴァは何も言わなかったし、俺もそれを指摘しなかった。

 でも、いずれ承諾だとか何もかも抜きにして、ただ繋ぎたい時に手が取れる間柄になりたかった。




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