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3、伯父
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「私はおまえの父親の兄だ」
セシリアがショックで口も利けず、また怯えた眼差しで自分を見ていることに気づいた男性は、馬車の中で自ら素性を明かした。
父の兄――伯父だと告げられ、本当かとセシリアは男性の顔を凝視する。
「おまえの父――ユージンが住み込みのメイドと駆け落ちしてもう十年以上経つ」
住み込みのメイド、というのは母のことだろう。
「まったく。いくら美人だからといって平民……しかも使用人と駆け落ちするなど、とんだ恥晒しだった。不出来な弟だったが、最後まで我がダウニング伯爵家に泥を塗る人間だったな。向こうが縋って来ても、絶対に関わるまいと思っていたのに……」
とそこで伯爵はセシリアの顔を見て、気まずそうに咳払いした。いくら迷惑をかけられたとはいえ、セシリアの目の前で両親を悪く言ったことに罪悪感を覚えたのだろうか。
「だがまぁ、今は感謝している。おまえのおかげで我が家は利益を逃すことなく、さらに繁栄する道が開けたのだからな」
「……わたしは家へ帰りたいです」
「それは無理だ」
「どうして?」
やや怒気を孕んだ声で返しても、伯爵は肩を竦めるだけであった。
「おまえを連れ出すことは、今までおまえの保護者であった二人も納得してくれている。おまえも去り際の二人の様子を見ただろう? おまえが私と行くことに、なんら反対せず、引き留めることもしなかった」
それが答えだ、と言われ、セシリアは頭の中が真っ白になる。
叔母夫婦に見捨てられた事実を受け入れきれなかったのだ。
「私は二人にも同情している。妹が突然駆け落ち同然で帰ってきて、ろくに仕事もしたことのない貴族の男を邪魔に思い ながらも気にかけてやり、二人がぽっくり亡くなったかと思えば、まだ幼かったおまえの面倒を見なくてはならないとは……さぞ大変だったろう」
セシリアが何も言えずにいると、伯爵は少々声を和らげて、融通の利かない子どもに言い聞かせるようにして続けた。
「おまえを引き取る代わりに、幾ばくかの金を贈ると約束した。生活が苦しそうだったからな。これも人助けだ。おまえはそのことに反対するのか?」
叔母たちには小さい子どもがまだおり、どの子も今が食べ盛りだ。金はいくらあっても困らないだろう。
(ずるい……)
そんなことを言われてしまえば、セシリアはもう帰ると言えなかった。帰ってはいけないのだと思った。
叔母夫婦からすれば、厄介者がいなくなり、さらに金までもらえるのだ。黙って見送るのも道理だった。
「そう悲観するな。これはおまえさんにとっても、素晴らしいことだ」
セシリアには伯爵の言っていることが何一つわからなかった。理解したくないと思った。
もう話を聞きたくないと俯くセシリアに、伯爵もそれ以上言葉を聞かせることはなかった。
◆
途中で宿を借りて休みながらの道中は、年若いセシリアにとって非常に苦痛を感じる旅となった。伯父とはいえ、これまで全く面識のなかった男性である。御者と、彼の従者に女性の使用人が一人ずつおり、部屋も当然別々であったが、それでも食事をする際は伯爵と顔を見合わせなければならず、ひたすら気まずく、食事の味などまるでわからなかった。
心身共に疲弊が増す中、馬車に揺られて三日が過ぎた頃。
でこぼこ道に自然豊かな景色から、舗装された道路や隙間なくぴったりと立ち並ぶ建物が見えてきた。それまで萎れきった花のように項垂れていたセシリアも、道路を忙しなく行き交う人々の多さに目を丸くした。伯爵が王都へ着いたことを端的に説明する。
馬車は喧騒から外れ、立派な外観をした高級住宅街に入り、そのうちの一軒に止まった。
「ここが私の家だ。今日からおまえが住む場所ともなる」
馬車から降りたセシリアは呆然と伯爵の屋敷を見上げる。まるでお城みたいだった。
「さぁ、中へ入るぞ」
ぼうっと突っ立っているセシリアをよそに、伯爵はさっさと中へ入ろうとする。今さら逃げ出すこともできないので、言われた通りついていく。
「お帰りなさいませ、旦那様」
中へ入ると、ずらりと並んだ使用人たちが一斉に頭を下げてきたのでセシリアはびくりとする。伯爵は見向きもせず、脱いだ帽子を家令と思われる男に押しつけていた。
「あなた。その方はどなた?」
階段から、伯爵と同じく上等な衣服に身を包んだ女性がゆったりとした動作で下りてくる。「あなた」と呼んでいることから、恐らく伯爵の妻なのだろう。美しい人であったが、セシリアを見つめる瞳は冷たく、蔑んでいるように見えた。
「急にどこかへ慌ただしく出かけたと思ったら、そんな子どもを拾ってきて……一体何を考えているのです?」
「まぁ、そう言うな。タバサ!」
伯爵は妻をとりなしつつ、女性の名前を呼んだ。一人のメイドが返事をしながら前へ進み出る。
「セシリアを綺麗にしてやってくれ。話はそれからだ」
「かしこまりました」
タバサと呼ばれたメイドはセシリアの方へ歩み寄ると、「こちらへどうぞ」とどこかへ案内しようとする。セシリアが伯爵を見れば、彼は早く行けと顎でしゃくる。セシリアは諦めたようにとぼとぼと歩き出す。その際蛇のように鋭い眼光を注いでくる伯爵夫人の視線に居たたまれない気持ちになった。
セシリアがショックで口も利けず、また怯えた眼差しで自分を見ていることに気づいた男性は、馬車の中で自ら素性を明かした。
父の兄――伯父だと告げられ、本当かとセシリアは男性の顔を凝視する。
「おまえの父――ユージンが住み込みのメイドと駆け落ちしてもう十年以上経つ」
住み込みのメイド、というのは母のことだろう。
「まったく。いくら美人だからといって平民……しかも使用人と駆け落ちするなど、とんだ恥晒しだった。不出来な弟だったが、最後まで我がダウニング伯爵家に泥を塗る人間だったな。向こうが縋って来ても、絶対に関わるまいと思っていたのに……」
とそこで伯爵はセシリアの顔を見て、気まずそうに咳払いした。いくら迷惑をかけられたとはいえ、セシリアの目の前で両親を悪く言ったことに罪悪感を覚えたのだろうか。
「だがまぁ、今は感謝している。おまえのおかげで我が家は利益を逃すことなく、さらに繁栄する道が開けたのだからな」
「……わたしは家へ帰りたいです」
「それは無理だ」
「どうして?」
やや怒気を孕んだ声で返しても、伯爵は肩を竦めるだけであった。
「おまえを連れ出すことは、今までおまえの保護者であった二人も納得してくれている。おまえも去り際の二人の様子を見ただろう? おまえが私と行くことに、なんら反対せず、引き留めることもしなかった」
それが答えだ、と言われ、セシリアは頭の中が真っ白になる。
叔母夫婦に見捨てられた事実を受け入れきれなかったのだ。
「私は二人にも同情している。妹が突然駆け落ち同然で帰ってきて、ろくに仕事もしたことのない貴族の男を邪魔に思い ながらも気にかけてやり、二人がぽっくり亡くなったかと思えば、まだ幼かったおまえの面倒を見なくてはならないとは……さぞ大変だったろう」
セシリアが何も言えずにいると、伯爵は少々声を和らげて、融通の利かない子どもに言い聞かせるようにして続けた。
「おまえを引き取る代わりに、幾ばくかの金を贈ると約束した。生活が苦しそうだったからな。これも人助けだ。おまえはそのことに反対するのか?」
叔母たちには小さい子どもがまだおり、どの子も今が食べ盛りだ。金はいくらあっても困らないだろう。
(ずるい……)
そんなことを言われてしまえば、セシリアはもう帰ると言えなかった。帰ってはいけないのだと思った。
叔母夫婦からすれば、厄介者がいなくなり、さらに金までもらえるのだ。黙って見送るのも道理だった。
「そう悲観するな。これはおまえさんにとっても、素晴らしいことだ」
セシリアには伯爵の言っていることが何一つわからなかった。理解したくないと思った。
もう話を聞きたくないと俯くセシリアに、伯爵もそれ以上言葉を聞かせることはなかった。
◆
途中で宿を借りて休みながらの道中は、年若いセシリアにとって非常に苦痛を感じる旅となった。伯父とはいえ、これまで全く面識のなかった男性である。御者と、彼の従者に女性の使用人が一人ずつおり、部屋も当然別々であったが、それでも食事をする際は伯爵と顔を見合わせなければならず、ひたすら気まずく、食事の味などまるでわからなかった。
心身共に疲弊が増す中、馬車に揺られて三日が過ぎた頃。
でこぼこ道に自然豊かな景色から、舗装された道路や隙間なくぴったりと立ち並ぶ建物が見えてきた。それまで萎れきった花のように項垂れていたセシリアも、道路を忙しなく行き交う人々の多さに目を丸くした。伯爵が王都へ着いたことを端的に説明する。
馬車は喧騒から外れ、立派な外観をした高級住宅街に入り、そのうちの一軒に止まった。
「ここが私の家だ。今日からおまえが住む場所ともなる」
馬車から降りたセシリアは呆然と伯爵の屋敷を見上げる。まるでお城みたいだった。
「さぁ、中へ入るぞ」
ぼうっと突っ立っているセシリアをよそに、伯爵はさっさと中へ入ろうとする。今さら逃げ出すこともできないので、言われた通りついていく。
「お帰りなさいませ、旦那様」
中へ入ると、ずらりと並んだ使用人たちが一斉に頭を下げてきたのでセシリアはびくりとする。伯爵は見向きもせず、脱いだ帽子を家令と思われる男に押しつけていた。
「あなた。その方はどなた?」
階段から、伯爵と同じく上等な衣服に身を包んだ女性がゆったりとした動作で下りてくる。「あなた」と呼んでいることから、恐らく伯爵の妻なのだろう。美しい人であったが、セシリアを見つめる瞳は冷たく、蔑んでいるように見えた。
「急にどこかへ慌ただしく出かけたと思ったら、そんな子どもを拾ってきて……一体何を考えているのです?」
「まぁ、そう言うな。タバサ!」
伯爵は妻をとりなしつつ、女性の名前を呼んだ。一人のメイドが返事をしながら前へ進み出る。
「セシリアを綺麗にしてやってくれ。話はそれからだ」
「かしこまりました」
タバサと呼ばれたメイドはセシリアの方へ歩み寄ると、「こちらへどうぞ」とどこかへ案内しようとする。セシリアが伯爵を見れば、彼は早く行けと顎でしゃくる。セシリアは諦めたようにとぼとぼと歩き出す。その際蛇のように鋭い眼光を注いでくる伯爵夫人の視線に居たたまれない気持ちになった。
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