買われた平民娘は公爵様の甘い檻に囚われる

りつ

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4、貴族の血

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 セシリアは生まれて初めて他人に自分の身体を洗われた。

 最初は当然恥ずかしくて、そんなこと嫌だと断ったが、タバサは「旦那様のご命令ですので」と微笑を湛えたまま容赦なくセシリアの身体を洗ってきた。

 途中からセシリアは自分が犬猫にでもなった心地で黙って泡だらけになり、ぬるま湯を頭から浴びた。そして触り心地のよいタオルで水気を拭きとられ、今までつけたこともない下着を着せられた。

「苦しいわ……」

 ぎりぎりと胸元や腹を締めつけられ、さすがに不平をこぼす。このままメイドが自分を締め殺そうとしているのではないかとすら思った。

「我慢なさってください」

 しかしやはりタバサはセシリアの意見を無視し、きつく紐を縛り上げると、その上にまたいくつかの肌着を着せ、滑らかなシルクのブラウスに腕を通させた。

 下は暗い青地のスカートで、その下にはフリルがたっぷりとついたペティコートを着ている。これで服は完成のようだ。

「髪は下ろしますね」

 服を着ている間にタオルを巻いて乾かした髪を、一度櫛を通しながら全体を梳かれる。
 そして慣れた手つきでピンを差して、いくつかの髪型にされた後、これがいいというように半分ほど結って、あとは後ろで流す髪型にされた。  

 鏡に映る自分をぼんやりと見つめていたセシリアはタバサに促されて、もう一度伯爵たちのいる部屋へ連れて行かれた。二人は何人も座ることができるソファに向かい合う形で腰かけていた。

 伯爵はセシリアの姿を見て、驚いた声を上げた。

「おお。やはり身なりを整えれば、それなりに見られるじゃないか」
「あなた。外見はいくらでも取り繕えるものですよ。中身がお粗末では、かえって我が家の恥となりますわ」

 伯爵夫人の声は冷たく、セシリアの何もかもが気に入らないという感じであった。

 セシリアは縮こまった様子で俯くことしかできなかった。

(わたしだって好きでこんな格好しているんじゃないわ……)

 反発する心もあったが、怖いという気持ちの方が強かった。

 何も言わないセシリアに代わって、伯爵がやれやれといった調子で妻に言う。

「イライザ。おまえの気持ちもわからんでもないが、さっきも言ったように、これは伯爵家がさらに繁栄するために選ばなければならない道なんだ。多少のことくらい、目を瞑ってくれ」
「それはそうですけれど……こんな子がヨランダの代わりを務めるなんて、公爵様にも悪いですわ」
「なに。礼儀作法はこれから身につけさせればよい。道中見ていて思ったが、最低限の食事のマナーは身についているようだ。セシリア。おまえ、宿屋で新聞を眺めていただろう? 読み書きもできるのか?」

 ロビーの所に置いてあったのを物珍しさから手に取ったところを見られていたようだ。

「少しなら……父に、教えてもらったので」

 伯爵は「そうか!」と喜んだ表情をする。

「ユージンのやつ、よくやった。あいつは最期にようやく私たちのために実のあることをしたんだ」
「……あの、一体どういうことでしょうか」

 話がさっぱり見えず、けれどとても困難なことを伯爵が自分にさせようとしていることを感じ、とうとうセシリアは訊いてしまう。

「セシリア。おまえには私の娘、ヨランダの代わりにハーフォード公爵家のクライヴ殿と結婚してもらう」
「……え?」

 知らない人名に、結婚という言葉が出てきて、セシリアはまず戸惑い、その意味を何とか理解すると、真っ青になった。

「無理です! そんな、け、結婚だなんて……わたしにはできません!」

 しかも相手は貴族である。よくわからないが、伯父たちの会話から、ダウニング伯爵家より上の相手だと推察できた。そんな相手に平民である自分が嫁ぐなど……無謀すぎる。絶対に無理だと思った。

「どうぞもう一度よくお考えください。わたしではなく、あなた様のお嬢様を嫁がせてください。どうかお願いいたします」

 必死にセシリアが懇願しても、伯爵は首を縦に振らなかった。

「ヨランダは王太子の妃として嫁ぐことが決まった。だから代わりにおまえが選ばれたのだ」
「そんな……」

 つまり伯父は、もともと公爵家へ嫁ぐはずだった娘のヨランダが王太子妃になり、公爵家とそのまま縁が切れることを惜しんで、どうにかならないかと考えた。

 そしてそこで、十八年前に使用人と駆け落ちした弟の存在を思い出し、ひょっとすると年頃の娘がいるかもしれないと思い、わざわざ辺鄙な田舎まで足を運び、セシリアを見つけ出したというわけだ。

「あちらも、王太子の意向ゆえにヨランダを譲り渡さなければならないことは重々承知の上だ。だがそうは言っても、公爵家の当主が婚約者を奪われたというのは社交界で話の種になってしまうだろう。もともと伯爵家の娘の誰かを娶るつもりだったということにすれば、それなりに外聞は守られるはずだ」
「そんなこと……」
「セシリア。おまえには確かに卑しい血が流れている。だがそれは半分だけだ。もう半分には、間違いなく高貴な血が流れている。私たちと同じ、貴族の血がな。その血をおまえは買われ、公爵家へ嫁ぐ名誉を得るのだ」

 セシリアはその日から、ダウニング伯爵家の娘となった。

 逆らうことは許されなかった。

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