ノースキャンプの見張り台

こいちろう

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2.南門

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  川上小学校も中町小学校も、通学路は南門を通ることに決まっている。でも、川上小学校のほとんどの男子は、たいがい学校に近い鉄条網の抜け穴をくぐって、うっそうとした草っぱらをかき分けながら登校する。たびたび鉄条網にズボンやシャツをひっかけて母親から叱られる。遅刻しそうであせっているときなんか、引っかき傷から血をたらしながら登校する。南門を通らなきゃいけないきまりはよく知っているのだ。でも、南門を回ると通学時間が二倍かかってしまう。だからみんな通学路を守らない。遅刻をしちゃいけないから、鉄条網の抜け穴をくぐって登校しているんだ。

 北門の前に大川があるように、南門の前にも南大川がある。でも、こちらの大川は、名前とは違って狭い狭い小さな川だ。昔は北門の方の大川と同じくらいの大きな川だったのだそうだ。今は、川を埋め立ててしまって、細い水路になっている。だから南大川じゃなくて南小川だ。
 南門から北門まではまっすぐだ。どちらも濃緑の軍隊色の門があるけれど、扉はずっと開けっぴろげられていて、閉まっているのを見たことがない。
 シューイチの家は南門を入ってすぐの所にある。引っ越してきた次の日に、一人で監視塔の下から上を見上げていたら、ユーイチが突然やってきた。
「上にのぼってみたいんじゃろう?」
「だめだよ。立入禁止って書いてあるじゃないか」
「上へあがったら気持ちがええんよ。ぼくは去年引っ越してきたんじゃけど、もう何回ものぼったよ」
「だめだなあ、危険だから禁止になってるんだぞ。ちゃんと決まりは守らなきゃいけないよ。きみ何年生だい?」
ユーイチはちょっと小柄でたいがい低学年くらいに見られてしまう。シューイチもずっと年下の子かと思っていたのだ。
「えっ!きみ五年生か?それならもういけないことくらい分かってるだろ!」
「ちぇっ、面白うないのう」
 ユーイチはちょっと不満げな顔をしたが、すぐにまた話しかけてきた。
「この間、南門のすぐそばの家に引っ越してきた子じゃろ?どこから来たん?へえ!横浜から来たんか。ふんふん、六年生か。中町小の」
 シューイチのことを、まるで昔から知っていたみたいにどんどん話しかけてくる。こんなしつこいやつ、シューイチは苦手だ。
「これ、すごい高いじゃろう。こんなすごい見張り台を見たのは初めてじゃろ?」
「見張り台なんて横浜にだっていくらでもあったし、これくらいたいした高さじゃないしさ」
ユーイチは、シューイチからそう言い返されてかなり傷ついたみたいだ。
「この見張り台の悪口を言うのも禁止なんでえ!悪口を言うたら大グモのバチがあたるんじゃ」
わけの分からないことを言いながら、そのままどっかに行ってしまった。
 ユーイチはやさしい子だし、百番地では人気者だ。ただ、知ったかぶりで、自分のことをひけらかすところがある。どこにでも顔を出しては余計な口をはさんんでくる。おしゃべりなんだ。おまけに、年上の子だって初めての子だって、見かけたらまるで友だちみたいな言葉使いで、なれなれしくつきまとっては話しかけてくる。シューイチの方からすれば面倒くさいやつだ。

 シューイチは六年生。中町小学校に通っている。この四月に引っ越してきたばかりで、百番地のことはよく知らない。父親の仕事の関係で、横浜からこの町に引っ越してきた。
 横浜にも進駐軍のキャンプ地があって、外国の兵隊さんがたくさん住んでいた。大きな基地があって、そこの兵隊さんが暮らす町があちらこちらにあったのだ。キャンプ地ってみんな同じだ。厳重な門と有刺鉄線でまわりの町とはしゃ断されていた。入ったことはないが、いかめしい濃緑色の門と有刺鉄線が境界になって、まるで違った世界がその中にはあるような感じがした。
 横浜ではそんなキャンプ地のすぐ近くに住んでいた。でも、シューイチだって進駐軍のキャンプ地だった所に住むのは、この百番地が初めてだ。
 南門の前の南大川、いや南小川にかかった短い橋のたもとに立派な石造りの親柱が残っていて、『みやまえばし』と書いてある。南小川が南大川だったときに、そんな名前の立派な橋があったらしい。その親柱からシューイチの家の前にかけては、土手沿いに小さな松林がある。昔はもっとたくさんの松が広がった、立派な松林だったのだそうだ。
 その松林の下では、ヒロくんがいつも松ぼっくりを探している。ヒロくんは、かさの開いた松ぼっくりより、堅くてあおい松ぼっくりの方が好きだ。だけど、あおい松ぼっくりはまず落ちていない。初めて出会ったとき、シューイチはたくさん落ちているかさの開いた茶色い松ぼっくりを拾ってヒロくんに渡してやった。でもすぐに放り捨てられた。絶対、堅くてあおい松ぼっくりじゃないとだめなのだ。
 やっと見つけたあおい松ぼっくりを、一つずつ空にかざしては、じっと見ている。何か難しい研究でもしているのだろうか。
 ヒロくんは中町小学校の四年生。『ことばの教室』に通っている。四年生のクラスで算数の計算は一番速い。でも、言葉が出ないのだ。だから、一日のうち何時間か、ことばの教室で特別に授業を受けている。シューイチが中町小学校に転校して一番最初に知り合った子だ。
 ヒロくんの家は、川と埋め立て地をはさんだ向こう側のバス通り筋にある。細長い商店街の、一番はずれにある仕立屋さんだ。だから、シューイチの家とは松林があって、南小川があって、埋め立て地があって、だいぶ離れてはいるが、ちょうど正面にあるお向かいだ。
 シューイチの家の窓からは、ヒロくんの家がよく見える。埋め立てる前は、ヒロくんの家は川のすぐ側に建っていた。今は、埋め立て地の上に縁側だけが突き出していて、垣根がない。植木も何もないから丸見えだ。シューイチの家の方をじっと見ているヒロくんをよく見かける。縁側に立っていつも百番地の方を見つめているのだ。
 シューイチとは小学校の登校仲間だ。ことばの教室の藤田先生から、
「ヒロくんをよろしくたのむね」
そう言われている。
『よろしくたのむね!』
そう言われたって登校する時一緒になるくらいで、学校にいる間は学年もクラスも違うし、下校時間だって違う。家に帰ったところで遊ぶわけでもない。だから、たのまれてもちょっと困る。最初はそう思っていた。
 それに、ヒロくんにはカナコさんというお姉さんもいる。クラスは違うが同じ六年生だ。だから二人で登校すればいいはずだ。でも、いつの間にかシューイチとヒロくんの二人で登校するようになったのだ。
 シューイチが転校してきてすぐのことだった。学校に行く途中、腹ばいになって、道ばたの横にあるミゾをじっとのぞき込んでいる男の子がいた。あんまりのぞき込んでいるので、背中のランドセルがずり落ちて、溝にはまってしまいそうだった。
「あぶないよ。落ちちゃうぞ」
そう言って、シューイチは男の子の体を抱き起こした。本当に危なっかしかった。
「危ないなあ。ランドセルごと頭からミゾの中に落っこちるぞ」
でも、その男の子は、
『なんで?』
とでもいう風に、キョトンとした顔で、シューイチの方を振り向いた。
 それがヒロくんだった。そのあと一緒に学校まで歩いたが、何を聞いても何を話しても、ヒロくんは全然返事をしない。でも、時々シューイチの方を見ては、二コ二コ笑いながら一緒に歩いた。
 それから、毎日登校中にヒロくんと一緒になった。相変わらずいつもの場所で、いつものように腹ばいになって、ミゾの中をのぞき込んで、まるでシューイチが通って声をかけるのを待っているみたいだった。
 そのうちに、ヒロくんの家が分かった。
「なんだ、ちょっと離れてるけどお向かいさんだったのか」
それで、登校の通りすがりに声をかけて、いつも一緒に登校するようになったんだ。
 ヒロくんはいつもマイペースだ。学校に行くときは、ヒロくんには特別なルールがある。必ず同じ場所でミゾをのぞきこんで、牛小屋の周りを回って、時々「モオー」っと挨拶して、何かの石碑の前で座り込んで、両手の親指と人差し指とを輪っかにして、メガネみたいに目にくっつけて、それから空を眺める。ずっと眺める。そんな一通りのことを必ずやって、そしてやっと登校する。時間がかかる登校だ。けれど、そういうきまりなのだ。だからシューイチが学校に連れて行くんじゃなくて、学校に行くヒロくんのあとをついて行くのがシューイチなのだ。なんでだかわからないが、いつの間にか、そういうことになってしまった。

 ケイコちゃんも、南門を通って中町小学校に通っている。ユーイチと同じ五年生だ。アイジエンという児童施設に住んでいる。ユーイチのおかあさんやコウちゃんのおばさんは、ケイコちゃんのことを好きではないらしい。でもケイコちゃんは元気で明るい女の子だから、子どもたちの中ではだれからも好かれている。
 ただコウちゃんとはたびたび言い合いになってしまう。どちらも言い出したら人の話を聞かないんだ。だから、間に入ったユーイチはどうすればよいか困ってしまう。 
 ケイコちゃんには、トモコちゃんという四年生の妹と、ジョージという中学生のお兄さんがいる。いつもケイコちゃんとトモコちゃんは二人でいる。男子の中ではトモコちゃんの方が人気者だ。ケイコちゃんと違っておとなしいし優しいんだ。それに三つ編みのおさげが似合ったかわいい子なのだ。ユーイチもトモコちゃんのことが大好きだ。
 ユーイチは去年の十一月ごろ百番地に引っ越してきたから、それまでのことはあまり知らない。それ以前からケイコちゃんたちは百番地にいたのだ。でも、学校が違うし、登下校も南門と草むらの鉄条網じゃ全然出会うことなんてない。四人でよく遊ぶようになったのは五年生になってからだ。

 大クスノキのそばに水道局のポンプ場があって、その前に土管がたくさん置いてある。コウちゃんとユーイチは学校の帰りがけに、よくその土管にもぐって、一緒に宿題をしたり給食で残したパンを食べたりしていた。
 五年生になって間もないころ、ケイコちゃんとトモコちゃんもそこにいて、ケイコちゃんの方から声をかけてきた。
「ねえ、今年あんたたちの学校に転勤した、土山先生って知ってる?」
「ああ知っとるよ。オレらの担任の先生じゃから」
「ああそうか!良かった。去年までウチの担任の先生じゃったんよ」
「なにが良かったもんか。オレはあの先生は大っきらいじゃ。ちょっといたずらしたぐらいで、すぐにバツじゃと言うて、『漢字千字を書きなさい!』と命令する。漢字千字やぞお。千字も漢字を書くのがどれだけしんどかったか、分かるんか?」
土山先生は、叱るときけっこう言葉のきつい女の先生だ。ユーイチもどちらかというと苦手だ。
「そんなことを言わんでよ!とってもいい先生なんじゃから。ウチの大好きな先生なんじゃけえ」
「わたし教えてもらったことはなかったけど、いつも声をかけてくれるやさしい先生だったよ」
トモコちゃんも一緒になって、土山先生の肩を持った。
「始業式の日にみんなにノートを配るから、ふつうみんなにくれるんかと思うて、落書きくらいするじゃろ?ところが、『これは先生とみなさんとの連絡ノートに使いましょう』ってよ。そんなことあとになって言うなよ。あわてて落書きを消したぞ!」
そういえば、コウちゃんはそのことで先生から注意を受けていた。
「なんじゃあ!自由に使うていい自由帳じゃないんか。『先生に相談したいことや、いつも思ってることをなんでも書いて、毎朝先生に渡してください』なんちゅうて、結局、いやなことがあったら先生に言いつけろって、言いつけノートみたいなもんじゃないか。だいたいが、直接話せんようなことを、わざわざ書いて相談することなんかできるかい!」
「ああ、連絡ノートね。今年もやってるんじゃね。言いつけノートなんて、そんなんじゃなくて、自分が思ってることを書きたいときだけ書けばいいんよ。出したいときに出せばええってそう言われたじゃろ!」
ケイコちゃんは少し腹を立てたように言った。
「まあ、川上小に来たばっかりじゃし、新しいクラスじゃからね。今はまだ、みんなが恐ろしい先生と思うているみたいじゃけど、慣れりゃそうでもないんかもね」
ユーイチは仕方なく間に入った。
「そうよ、すぐに好きになるよ。絶対いい先生じゃからね」
そう言ってケイコちゃんは離れていった。
 ところが、もう一度もどってきて、
「土山先生にねえ、ウチらのこと元気じゃから、と言っておいてね」
そう頼まれた
 ユーイチは、さっそくケイコちゃんとトモコちゃんのことを連絡ノートに書いた。
 次の日、ノートを見た土山先生はユーイチに言った。
「ケイコちゃんも、トモコちゃんも元気みたいね。よかった。ユーイチくんとコージくんが一緒なら安心だわ。仲良くしてあげてね」
 なにが安心なのかよくわからなかった。でも、ユーイチはおしゃべりも書くことも全然平気だ。なんだって、人前ではやたらと言いたくなるのだ。だから、できるだけケイコちゃんのことを連絡ノートに書いてみようと思った。少しだけ土山先生のことを好きになれそうな気がした。
 そのことをコウちゃんに話したら、
「ふーん・・・」
とだけ言った。コウちゃんなら先生に相談したいようなことなんてないだろう。
 当分新しい担任の先生と気が合わないだろうな、そうユーイチは思った。
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