ノースキャンプの見張り台

こいちろう

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1.見張り台

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 北古新町百番地。
 古い町なのだか新しい町なのだか北古新町。大川と南大川に挟まれた三角州に出来た町。ノースキャンプはその三角形の先っぽだ。少し前まで進駐軍のキャンプ地だった。進駐軍が引き上げて、そのまんまが住宅地になった。
 そのキャンプ地跡が百番地。周りとはずいぶん違った不思議な町だ。建物はたくさんあるのにノースキャンプの全体をひっくるめて百番地だ。配達なんてずい分困っただろうに、どの家もみんな百番地。
 元々は日本海軍の偉い人が住む官舎だったらしい。戦争が終わって進駐軍がやってきて、ノースキャンプになったのだ。外国の兵隊が家族と一緒に暮らしていた。日本の建物だから、外国人には住みにくかったようだ。住むのにずい分苦労したんだろう。家の中全部にスチームを通して温かくした。和式のトイレを洋式のトイレに変えた。和室を板の間に変えて、床の間をつぶしてレンガで暖炉をこしらえた。
 家じゅうがいろんな色だ。むちゃくちゃにペンキを塗りたくったんだ。カベや柱や押し入れまで塗り替えて、屋根も窓わくも、門だって派手な色をした建物に変えていった。
 ところが、進駐軍が引き上げて、また日本人がこの町で暮らすようになった。そんな派手な家じゃはずかしい。洋風のトイレなんて使いにくい。だから、また少しずつ日本風に戻された。そんな洋風と和風が混ざった町、それが北古新町百番地だ。
 最初の東京オリンピックがあった前の年の昭和三十八年。日本国中に新しい建物が建ち始めたころで、でもまだまだ戦争の残がいや古い建物がたくさん残っていた。


 リューイチの家の前には高い土手があって、その前を大川が流れている。その川の向こう側がノースキャンプだ。真法寺橋という古めかしい木の橋を渡っていく。まるで時代劇みたいな木造の橋で、その橋の向こうの町がノースキャンプ。江戸時代の橋を渡ったら、突然戦争映画のセットに入ってしまう。まるで映画村だ。
 ノースキャンプの出入口、アーミーグリーンのしかめっ面をした北門だ。そこを入ったらすぐ横に巨大な監視塔がある。さび付いた鉄骨の塔だ。銃を持った兵隊が、その上から周りをぐるっと見張っているんじゃないか。うかつに近寄ったら撃たれるぞ。兵隊なんているわけないのに、そんな気持ちにさせる不気味な気配の監視塔。要さいみたいな有刺鉄線だらけのノースキャンプを、そいつがしっかり見張っているのだ。
 リューイチのじーちゃんは百番地のことを、
「あそこはのう、見張りが必要な番外地なんじゃ」と言っていた。どうも監視塔が気に入らないみたいだ。
 じーちゃんだけじゃない。川北町のものはみんな監視塔が嫌いだ。川北小学校の子たちも、大川の向こうの監視塔を見ては、
「周りから攻められんように見張っとるんじゃ。銃を持った番兵が、オレらが入るのを警戒して、毎日双眼鏡で見張っとる。怖いところなんじゃ!」と言っている。
 へえ!百番地ってまだ戦争中なんか?小さいころはそう思ったこともある。
 でも、そこにはリューイチの母親の実家があって、松本のじーじとばーばが住んでいる。だから、リューイチはよく一人で百番地の中に遊びに行った。監視塔の前だってそのたびに通った。全然怖くなんかなかった。もちろん、戦争なんてしていなかった。
 松本のおじいちゃんのことを、小さいころからじーじとよんでいる。友だちから
「ジージーぜみみたいじゃ」とからかわれるが、小さいころからうちのおじいちゃんはじーちゃん、松本のおじいちゃんはじーじなのだ。
 じーじには監視塔のことを何度も聞いた。
「じーじ、あれ監視塔なんじゃろ?何を監視してるん?」
じーじはいつもただ笑って黙っていた。
 最近は、北門を通るたびに真下からじっと見上げてみる。空に向かってどーんと突っ立った鉄塔だ。そのてっぺんに濃緑のトタン屋根をかぶった小さな監視小屋。
 確かに、百番地の外に住んでいるリューイチたちのことを、
「それ以上は近づくんじゃないぞ!」
とおどしているみたいにも見える。
「いいか、そこから一歩でも近寄ってみろ。子どもだって撃つからな!」
見張りの兵隊さんが、あのてっぺんから銃を向けてきそうな感じだ。

 五年生になって、いつものようにリューイチは監視塔の周りをぐるっと回りながら見上げていた。すると
「上にのぼってみたいんじゃろう!」
突然近寄ってきた子に、そう声をかけられた。
 ユーイチだ。去年百番地に越してきた同じ五年生で、川上小学校に通っている。ユーイチとは絵画教室でいつも一緒になる。お調子者でちょっと出しゃばりなところがあって、でもいつも面白いことを言うから、絵画教室ではすぐに人気者になった。
「ダメなんよ。のぼっちゃダメなんよ。ほら『立入禁止』って書いてあるじゃろ。ずっと前からダメなんよ。のぼりたくても、のぼっちゃ絶対ダメなんじゃ」
リューイチがそう返事をすると、
「そうかなあ。でも、ぼくはもう何べんもあがったよ。見張り台からの景色は最高なんじゃ」
自慢そうな顔で言う。
「ユーイチくんたちは見張り台って言うんか。でも、この監視塔は危険なんじゃろ。ここへ近寄っちゃあ絶対いけん!っていつも言われてるよ」
「監視塔でも見張り台でも、どっちでもええけど、上からの見晴らしはのぼったやつにしかわからん。よく言うじゃろ!ほらほら、えーっと、山があるからのぼるんじゃってね。見張り台なんて山みたいなものなんよ。ほら、ここに階段をつけてるじゃろ。これが悪いんじゃ。階段があったらみんな上にあがりたくなるじゃないか」
「そりゃあそうじゃが」
 こいつ本当にのぼったのか?お調子者のユーイチだ。格好をつけて言ってるに違いないのだ。でも、
「リューイチくん、ぼくを信用してないな。よし、ついてこいよ。今から二人で上までのぼろうや!」
そんなに言われると、リューイチだってのぼってみたくなる。
 鉄条網でぐるぐるに囲まれてるくらいだ。絶対入っちゃいけないんだ。絵画教室のガミガミさんからも、絶対近づくなと言われているし。でも、リューイチだって本当のところ、この階段をのぼってみたい。小さいころから、ユーイチなんかよりずっと前からそう思って見上げていたのだ。そこにユーイチからの誘惑だ。
 よし、決めた!
 こっそり二人でのぼりはじめた。見張り台の周りには、何重にも巻きつけられたトゲトゲの鉄条網がある。まるでクギの先っぽのような、トゲがいっぱい突き出した鉄条網だ。それをくぐり抜けるのだ。下のやつを踏みつけて、上をぐっと持ち上げて通れる幅に広げる。よっぽど気を付けないと、すぐにひっかき傷をつくってしまうのだ。
「何べんもあがったぞ!」
ユーイチはそう自慢した。でも、こいつ、そんなにトゲをくぐり抜けるのはうまくない。いやへたくそだ。リューイチよりもずっとへたくそだ。とても何べんもあがったとは思えない。見ていてとても危なっかしいのだ。
「ありゃっ、また服を引っかけたよぉっ。母さんに叱られる」
しょっちゅうそんなことをブツブツ言いながら、でもあぶなっかしいけどなんとかくぐり抜けていく。
 リューイチはユーイチが通ったあとを続いてくぐるんだから、わりと楽にトゲをよけることができた。
「ユーイチくん、だいじょうぶなんか?」
「ハアハアハア、だいじょうぶだいじょうぶ。だいじょうぶに決まっとるじゃろ。これに引っかからんようにくぐり抜けるのが、一番むずかしいんじゃ。でも、ほらもうちょっとで全部抜けられる。だいじょうぶじゃって。こんなの簡単じゃ!」
 全然だいじょうぶそうには見えない。鉄条網をくぐり抜けるだけで、ゼイゼイ息を切らしているのだ。
「本当にのぼったことがあるんか?」
小さい声でつぶやいた。
 さて、いよいよ階段だ。今度は垂直にのぼる。せまいハシゴみたいな階段だ。手すりはさびついて赤っ茶けているし、ふみ板だってほとんどひびが入って、割れかけた腐りかけの板だ。ふみ破ったら、そのまま鉄条網のトゲの山に真っ逆さまだ。恐る恐る階段をこわさないようにはい上がっていくしかない。
「リューイチくん、いいか、気をつけろよ。ここの階段、ほんとに危ないんじゃ。手すりをしっかりつかんで一歩ずつ上がるからね。ふみはずしたら下は針山地獄じゃから」
言った本人がとたんにズルッ。
「痛てっ!」
ユーイチの左足が、割れかけた板を踏み外して落ちてきた。すぐ下のリューイチの左肩にまっすぐドン。
 痛かったァ、
 びっくりした。
「アッごめん!すべってしもうたわ」
「ユーイチくん、本当にだいじょうぶなんか?」
「へへへっ!だからぼくは何回も上がったことがあるベテランじゃって言うたろ。これくらいだいじょうぶだいじょうぶ」
 やっぱりなあ・・・
 こいつっていつもこんな調子だ。一緒に上がる相手を間違えた。
「下から丸見えじゃから、だれかに見つかったら大声で叱られるんじゃないか?」
「心配ない、心配ない」
「この階段は垂直に立っとるじゃろ。下の方を見たら恐ろしくなるよ。本当にだいじょうぶなんか?」
「心配ない心配ない。だったら下を見なけりゃいいじゃろ」
 やっと見張り台の上に到着だ。心臓がバクバクしている。
 てっぺんの監視小屋は、がんじょうな鉄骨作りの吹きっさらしだ。カベ板がリューイチの肩の高さまでしかない。背の低いユーイチなんてすぐ下の方を見ることができないから怖くないのだ。でも、リューイチはしっかり真下をのぞくことができる。真下にあるのは今くぐってきた鉄条網だ。赤茶けたさび色のかたまりになって、トゲトゲが上に向かって牙をむいている。落ちでもしたら、下には針山地獄が待っているのだ。
 だけど、景色は確かに最高だった。
「これはすごい!ユーイチくんの言ったとおり最高だよ、やっぱり最高だ!」
命がけでのぼっただけの値打ちがある。
 見張り台からは三百六十度すべてが見渡せる。リューイチたちの川北町だって全部が見えるのだ。
「ほら、真法寺橋を渡って川向こうに見えてる土手沿いの町。山と川との間の狭くて細長い町じゃけど、あれがぼくらが住んどる川北町じゃ。こんなに近くに見えるんか。それから、あの先っぽの方に赤い瓦屋根が見えるじゃろ。あれが川北小学校、ぼくらの学校じゃ」
「そうか、あの赤い屋根が川北小か。ぼくらの川上小はこっち。ほら、今ちょうど日が当たってカベがクリーム色に光ってる。あれがぼくらの川上小学校じゃ。それから、反対側の向こうの方に、ほら、黒い屋根の長い建物。中町小学校だ。これもよく見えてるよ」
  百番地の子どもは中町小学校か川上小学校のどちらかに通う。見張り台からならどちらもよく見える。西にある中町小と東にある川上小は、どちらも自分たちの学校を自慢し合って、言い合いになったりすることがある。だけどリューイチたちの川北小学校はあまり百番地には来ないから、ほとんど相手にされない。見張り台から見ていると三校ともそんなに離れていないけど、真法寺橋を渡るのがいやなんだろうか。見張り台からは三つの学校とも同じくらいよく見えてるのに。
 見張り台って監視塔だろ?どっちだっていいけど、戦争が残した建物だろ?敵を監視してるんだろ?でも、ここから見ていると、どっちを向いたって全部平和じゃないか。
 そうリューイチは思った。
 百番地は、町全体を有刺鉄線でぐるっと囲まれている。
「見張り台で守られているんだ」ってユーイチは言う。
 でも、守るって?
 百番地を守るって、何のためだ。何が攻めてくるっていうんだ。見張り台から見ると、百番地だってその回りの町だって、みんなふつうの町だぞ。
 レンガ造りの暖炉のえんとつがあって、かべや窓わくを緑や黄色のにぎやかなペンキでぬり変えて、屋根まで赤くしたり青くしたり、周りの町とはずいぶんと違った家ばかりだ。でも、なんで有刺鉄線が必要なんだ?監視塔ってなんでいるんだ?あちこちに空き地があって、木がたくさん植えられて、子どもがいっぱいいて、ふつうの町だよ。守ってもらわなくてもふつうに平和な町だ。
 ユーイチが言った。
「この上からね、時々赤い光が見えるんよ。だれに言っても信用せんけど、ぼくは何回も見たんよ。ほんの一瞬じゃけどピカッと光るんじゃ。絶対ここには何かがおる」
「そりゃあ、なんかで光が反射したんじゃないか。でも、この見張り台には光るようなものなんか何にもないけどなあ」
「いいや。何かがおるんじゃ。絶対何かがおる!」
リューイチはそう言った。きっとユーイチがホラをふいてるんだ。そんなこと、だれも信用するわけがない。
 だけど、ユーイチは百番地のことならなんでも夢中で話す。百番地のふしぎが自慢で仕方ないのだろう。

  ユーイチがなんべんも見張り台にのぼったというのはうそっぱちだ。本当はこれで二回目だ。でも何度でものぼってみたいと思っている。ただ、ユーイチだって一人ではのぼれない。
 ユーイチは同じ市内の町から、四年生の二学期に引っ越してきた。まだ一年もたっていない。引っ越してきて最初におどろいたのが、このさびついた見張り台だった。すぐ友だちになったコウちゃんと、さっそく上までのぼった。そのコウちゃんだってのぼるのは初めてだった。
 見張り台から遠くを見渡しながらコウちゃんが言った。
「川上小学校の裏に山があるじゃろう。その裏にも山が見えとる。その裏にもその裏にも、たぶんずっと山があると思うんじゃ。ずっとずっと山があって、そのずっと先には何があるんじゃろうか?」
 ユーイチたちの通う川上小学校の後ろには、三角むすびのようなとんがった頭の山がある。みんなはその山を『おむすび山』と言っていた。下から見ると、そのおむすび山の後ろの方にも山があるなんて分からない。でも、見張り台からなら、おむすび山の後ろに大きくて青黒い山のかたまりみたいなのが、いくつもいくつも並んで続いているのがよく分かる。
「よう分からんが、あのおむすび山のてっぺんまで登ってみたら、後ろの後ろのその後ろの方までどうなっとるかが分かるんじゃなかろうか」
ユーイチがそう言うと、コウちゃんは
「なるほどのう」
そうつぶやいた。
「でも、ここみたいに簡単には登れそうな山じゃあないのう」
 そして、今度は反対側の方を向いて、遠くを見ながら言った。
「ユーイチはあの向こうの町から転校してきたんじゃろ。あの町の向こうの方に海が見えとるじゃないか」
「えっ!どこに?」
 確かにユーイチは、町の向こうの、海のそばの小学校から引っ越してきた。でも、そんなずっと向こうまで見えるのか?一生けんめい見ようと背伸びをしたけれど、背の低いユーイチにはどこにも海らしいものは見えなかった。
「全然見えんけどのう・・・」
ユーイチが不満そうに答えると、コウちゃんはひとりごとのように言った。
「海は広いんじゃろ。広いよのお。海もずっとずっと海なんよのお。あの海の向こうは、いったいどこまでが海なんじゃろうか」
広い海なんか見えもしない。けれど、コウちゃんは真剣な顔をして遠いところを見ている。
 ひょっとしてコウちゃん、ものすごいことを考えとるんじゃないか?そうユーイチは思った。
 川上小の五年生はユーイチとコウちゃんの二人だけだ。だから、家に帰ったらずっとコウちゃんと二人で遊ぶ。
 コウちゃんが言ったらさからえない。コウちゃんは六年生と比べても一番大きいくらいの大男だ。チビのユーイチからしたら、まるで見張り台を見上げているようなもんだ。だからユーイチはコウちゃんにはさからわない。なんたって、強いコウちゃんと一緒にいるから百番地は楽しいのだ。





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