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16.運動会
しおりを挟む二学期が始まって一週間が過ぎた。涼しい風が吹くようになってきたけど、昼間はやっぱり暑い。
ツヨシくんが全然学校に来ない。月曜日から始まったから、もう六日も続けて休んでいる。ツヨシくんの担任の先生に頼まれて、シューイチが給食のパンやプリントを渡しに行くのだけれど、いつもおばさんが、「毎日ごめんね」というだけで、ツヨシくんの様子は全然わからない。
「どうしたんだろう?」と思っていたら、日曜日の絵画教室に出てきた。
「だいじょうぶなのか?」と聞くと、だまって口に人差し指をあてて、
「しーっ!」と言って笑った。元気そうなので少し安心した。
ガミガミさんからうれしい発表があった。カナコさんの絵が、市のコンクールで入選したんだそうだ。それも六年生で一番の優秀賞だそうだ。
「学校に賞状を送っておくから、今度の全校朝礼で表彰してもらいなさい」
そうガミガミさんが言っていた。カナコさんは照れて黙っていたが、代わりにヒロくんがしっかり手をたたいて喜んだ。
「もう一人、見守り台を描いて入選した人がいます」
ガミガミさんがそう言った。
「リューイチくん。君も入選だったよ」
リューイチも五年生の部で優秀賞をもらっていた。
「ほらやっぱりね。リューイチくんの絵は、なんかこう、人の心をえぐるんじゃ」
絵心もないのに、ユーイチは批評家みたいなことを言って自慢した。
シューイチもその作品を見たけれど、やっぱりうまい。大川にかかった、まるで時代劇みたいな木の橋と、その後ろにデンと監視塔がそびえていた。主役はやっぱり見張り台だ。
絵画教室の帰りがけ。ツヨシくんが、気まずそうな顔をして「話がある」と言う。
築山の裏で、丸太のベンチにすわって二人で話をした。カナコさんが心配そうについて来ようとしたが、ツヨシくんは、「男同士の話だから」と、強い口調で断った。
二人になると、ツヨシくんはとたんに暗い表情になった。
「ぼく、二学期になってまだいっぺんも学校に行っとらんじゃろう?」
「うん、風邪を引いたって聞いてたけど、だいじょうぶなのかい?」
「今はなんともないんよ。なんともないんじゃ。でもこれが夕方になって、明日は学校に行こう、と思うじゃろ。そうしたらだんだん腹が痛うなって、痛うて痛うて、ずっとトイレにしゃがみ込んで・・・。それで少し治まったと思うたら、今度は頭が痛うなって、体じゅうがみんな痛うなって、それから立ち上がる力も出んようになるんよ」
ツヨシくんは力なくそう言った。なんかすごい病気なのか?
「病院には行ってるの?」
「うん、ようわからんが、夏風邪じゃろうって・・・」
どうみても風邪じゃない。よくしゃべるし、見た目は普通のツヨシくんだ。
「あのねえ・・・」ツヨシくんが急に話を変えた。
「学校で運動会の話が出てるころじゃろ?」
小さな声で気まずそうに聞いた。
「ああいろいろ出てるよ。きのうは六年生の種目発表があった」
「地区児童会はもうあったか?」
「いや、それは明日だったんじゃないかな」
「そうかあ、まだか。まだなんかあ。あれがねえ・・・」
ツヨシくんはますます声を小さくする。
「ぼくが北古新町の児童会長になってるじゃろう。地区児童会でもね、運動会のことを決めにゃあいけんと思うんじゃ」
「そうなるだろうね」
「運動会に地区対抗リレーというのがあってね、ぼくらは南古新町との連合チームになるんじゃけど、いずれにせよ六年生の男子はぼく一人なんじゃ。今はシューイチくんもおるけど、前からおるのはぼく一人なんじゃ」
ツヨシくんは、フーッとため息をついた。
「リレーの選手は、学年ごとに男子と女子を一人ずつ選ぶようになるんよ。去年までは南古新町に同級生の男子がいたから、その子が選ばれてたんじゃが、転校していなくなった。会長になったとき、今年のリレーはお願いね、そう南古新町の女子から言われて、もうぼくが走ることに決まってしもうたようなものなんよ」
ツヨシくんの声がどんどんかぼそくなってくる。まるでひとりごとをつぶやいているみたいなしゃべり方だ。
「なんでそうなるんかのぅ。ぼくは走るのがきらいなんじゃ。本当にいやなんじゃ」
なんだ、そういうことだったんだ。
「いいよ、オレが走るから。オレ走るのはきらいじゃないからさ。そんなに早くはないけど、逃げ足なら負けないぜ。だからリレーくらい、いくらだってオレが代わりに走るよ」
「えっ!いいの?」
ツヨシくんの顔がパッと明るくなった。
やっぱりそのことが気になって、ツヨシくんは学校に行くことができなかったんだ。
「でもね、うちの学校の地区対抗リレーはむちゃくちゃなんよ。大人も子どもも声援がむちゃくちゃすごくて、もう大変なんよ」
「むちゃくちゃ声援してくれるんだろ。いいじゃないか。オレは好きで出るっていってんだからさ。そんなこと、心配すんなよ」
次の日、ツヨシくんは元気で学校に登校した。登校中、カナコさんとツヨシくんはいつも通り楽しそうに話をしていた。久しぶりに、全員そろっての登校だ。シューイチも、なんかうれしかった。
さっそく地区児童会があった。南古新町と合同の児童会だ。議題は夏休みの反省が中心だったが、子どもたちの関心は、なんといっても、運動会の地区対抗リレーにだれが出るか、そのメンバー選びだった。なんか聞くところによると、地区対抗リレーは午前中の最後の種目で、大人や卒業生まで集まって、それぞれの地区の声援がものすごいんだそうだ。去年までシューイチがいた横浜の小学校にも、同じようなのはあったけれど、たいして盛り上がるような競技ではなかったのに。
一年生から三年生までは、男子と女子が順番で学年順に走る。でも、四年生から六年生までは、それぞれが作戦を立てて順番を自分たちで考える。この作戦を考えるのが楽しいんだ。シューイチたちは後半に勝負をかけることにした。
アンカーはシューイチだ。五年生のケイコちゃんからバトンを受ける。このケイコちゃんがとても速いらしい。
この順番は、他のチームには絶対秘密のはずだった。ところが、次の日にカナコさんはもう知っていた。カナコさんはとなりの中新町地区で走ることになっているのだ。
「シューイチくんがアンカーだって?がんばってね、ウチもアンカー走るから」
自信満々にそう言った。
『ふん!オレの足の速さを知らないで!』
何年か前に駐留軍のジープと競争して勝ったことがある足なんだぞ。なんたって都会じゃ渋滞のない歩道のほうが速いんだ!
予行演習の日、全校児童の前で走った。最終走者までは抜いたり抜かされたりのレースになった。そして、シューイチとカナコさんは同時にバトンを受け取った。
『同時スタートなら余裕でオレの勝ち』
そう思っていた。
ところが、これがびっくり!カナコさんの速いこと速いこと。
あっという間に差がついた。あわててシューイチも、直線コースに入ってから必死で追い込んだ。それでもカナコさんの圧勝だった。
『負けちまったあ!悔しいー』
藤田先生のそばでじっと見ていたヒロくんは大喜びだった。そりゃそうだな。やっぱり本当のお姉ちゃんを応援するよな。
「オレさ、今日は予行だからちょっと気を抜いたんだ。でも本番では負けないよ」
「ウチも今日は本気じゃなかったんよ。だから本番じゃあ半周くらい差をつけるよ」
カナコさんは余裕しゃくしゃく、なまいきなこと。
『くそお。本番で泣きべそをかくなよ』
運動会まであと三日だ。特訓するぞ!シューイチは、夕方一人で百番地の周りを走った。ところが、街灯もついていないうす暗い道を、反対回りで走っている女の子がいる。カナコさんだ。
『さては、ずっと前からここを走って練習していたんだな』
シューイチを見ると、カナコさんはべえっと舌を出してみせた。
それから、何周走っても、かならず同じ家の前で顔を合わせた。ちょっとスピードを上げてみた。でも、同じ家の前でカナコさんと出会う。先にやめるのはしゃくだ。だから、何周も走った。
『先にへこたれてたまるかい!』
でも、何周走っても、どれだけスピードをあげても、かならず同じところでカナコさんに出会った。とうとう何周目だったか出会ったところで、どちらもが、
「もうやめようや!」
というように足を止めた。
運動会当日。
予行演習のあとで、それぞれのチームは作戦を立て直してメンバーを変えてきた。シューイチたちのチームは全然変えなかった。入場門に集合して並んだとき、中新町もやっぱりカナコさんがアンカーだった。
「がんばってね」
そう言ってニコッと笑う。まるで勝ち誇ったように、余裕しゃくしゃくの顔だ。
『チキショウ、今に見てろよ!』
一年生の男子がスタート!いよいよ始まった。中新町は全員が強くてずっと先頭を走る。南北古新町は最初少し出遅れたが、それでもケイコちゃんが三位まで上げてきた。カナコさんは余裕の顔で「お先に」と言って走り出す。シューイチもすぐにバトンを受けとってあとを追いかける。
「負けるもんか!」
あっという間に二位の選手を追い抜いた。そして直線コースに入ってカナコさんに並んだ。
カナコさんも必死だ!
でもシューイチはそれ以上に必死だ!
カナコさんが逃げる!
でも逃がすもんか!
でも、カナコさんは逃げる!
必死で逃げる!
そして
「ゴール!」
シューイチ、勝った!
一歩だけ先にゴールした。
ゴール近くで、お母さんと見ていたヒロくんが大喜び。両手を挙げてお母さんの周りを飛び跳ねている。
「あれっ!オレが勝ったんでいいんだよなあ?」
でもヒロくんは予行演習の時以上にはしゃいぎまわって大喜びだ。いつまでもいつまでも。飛んで、跳ねて・・・
「負けちゃった!」
カナコさんもにこにこ笑って、ヒロくんに手を振った。
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