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19.秋祭り
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十一月に入ってずいぶん肌寒くなってきた。今日は弁天様のお祭りだ。シューイチの家の前の埋め立て地は、露店でいっぱいだ。
真ん中に大きな見世物小屋ができて、その周りに、あっという間にたくさんの露店が立ち並んだ。いつもは何もない川沿いの埋め立て地だけど、今日ばかりは東京の浅草くらい店が並んで、どこもかしこも人が埋め尽くしている。
シューイチの家は、南小川をはさんで松林が少しあってその真ん前だ。本当にすぐ目の前に浅草がやってきたんだ。にぎやかを通り越して、うるさくてうるさくてかなわない。
おまけに今日シューイチは、父さん母さんを手伝って、引っ越しの荷造りに忙しい。
こんな日に、ドンドンピーヒャラって、朝から晩までうるさいぞ!
綿アメやカステラ焼き、リンゴアメなどの甘い匂いが、いっぱいに広がっている。お好み焼きやたこ焼き、そしてイカ焼きのソースのにおいなんかもみんな混じっていて、つい買ってみたくなるのがお祭りだ。これがお祭りに行かなくちゃいけない理由なんだ。金魚屋さんや、射撃、型抜きなど、子どもたちに人気の露店の前は、朝からずっと人だかりだ。
ドンドンヒャララピーヒャララ、あちこちの子ども会が繰り出したお囃子に会わせ、近くからも遠くからも人がどんどん集まってくる。村のはずれの鎮守様も、神輿でここまでお出ましだ。この町にこんなにたくさん人がいるとは知らなかった。
ここのお祭りには、『ヤブ』というオ二が出てくる。これがものすごく怖いオ二だ。元々は、各町内から神様に奉納した米俵を守るのが役目のオ二なんだそうだけど、先の割れた長い竹ざおを持っていて、地面を思い切りたたきながら子どもをおどかす。人に触ったりたたいたりはしないけれど、子どもばっかりやたらとおどして追いかけまわしてくる、とても乱暴なオ二だ。追いかけまわして疲れてしまったのか、オニたちはシューイチの家の前の木陰でお面を外して、昼前にはもう寝転がっている。
昼過ぎになって母さんが、
「遊んできていいよ」と言った。シューイチの気持ちが分かったんだろう。
でも、本当はそれどころじゃないんだ。自分の物だけでも荷造りをしなくちゃいけない。だけど、どうしても気持ちが引かれてしまう。お祭りの音と匂いに負けてしまうんだ。
シューイチはツヨシくんを誘って出かけた。二人で露店をあちこちと回ってみる。ユーイチとコウちゃんが、型抜き遊びに熱中していた。リューイチとタッちゃんもいた。寛太と健太が思いっきりたこ焼きをほお張って、
「ここのんは、タコが大きゅうてうまいんで」と、口をホカホカ動かしながら声をかけてくる。カナコさんは学校の友だち三人で、買いもしないのにあちこち露店の前を歩いている。三人とも着物姿だ。うれしそうに笑っている。わざと着物を見せるように、さっきから同じところばかり行ったり来たりしているのだ。
なんか、カナコさんに目を向けられない。今日はさすがに仕立屋さんもお休みのようで、ヒロくんはお父さんとお母さんの間にはさまれてにこにこしながら露店めぐりだ。みんな、みんな楽しそうだ。
ところがツヨシくんとシューイチの二人だけは、重苦しく暗い空気に包まれている。ドンドンヒャララと浮かれている場合じゃないんだ。
「いいか。絶対、まだ誰にも言うなよ。実はさ、オレ九州に引っ越す。明日なんだ」
「えっ!」
シューイチが突然言ったので、ツヨシくんは一瞬で固まってしまった。
「父さんの仕事の都合で、九州に行くんだ。でもさ、一年したらまたここにもどってくるらしいんだ」
「そうか・・・、そうなんか?」
ツヨシくんにも、シューイチの暗い気持ちが伝染した。
その後、二人で黙って歩いていた。にぎやかな人ごみの中を、二人だけが黙ったままでゆっくりゆっくり歩いていた。楽しいはずの露店巡りがちっとも楽しくなかった。
「ぼくねえ、昔空を飛んだことがあるんよ」
突然、ツヨシくんが変なことを言い出した。
「空を飛んだって、そりゃ飛行機かなんかだろ?」
「そうじゃないよ。自分で飛んだんだ。空を飛んだというか、空中に浮かんだというか・・・」
前からだけど、ツヨシってほんとに変わったやつだ。
「この埋立地が埋め立てられる前、宮前橋は長くて大きな橋じゃったんよ。南門から向こうのバス停までをつないだ長い長い橋じゃった。大きい車だって通る頑丈な橋じゃ。その横にね、人間が通るための細い木の橋がくっついていたんよ。こっちは、かなりぼろぼろの橋じゃった。ぼくらはそこを渡って学校に通ったりしたんじゃけど、横を大きなダンプカーが通ると、その細い橋がぐらぐら揺れて、今にも崩れてしまうんじゃないかと思うくらいぼろぼろの橋じゃった」
「そういう古い歩道橋って横浜にもあったなあ」
「あるときね、まだ小学校に入ったばっかりくらいじゃった。そこを学校帰りに渡っていたら、橋の真ん中あたりで板が一枚外れていたんよ。たった一枚の幅じゃから、いつもなら簡単に飛び越えることができたんじゃ。それくらいの幅の穴じゃった。だから、気にせずに飛び越えたんじゃ。うん、そう、飛び越えたはずじゃった」
「ところがね、ぴゅんと飛んで、気がついたら河原の柔らかい中州の砂地に尻もちをついていた。いつもなら簡単に飛び越えられた幅なんよ。けど、そのときは、背中に重たいランドセルがあることを考えてなかったんじゃ」
「うん、あるある。でも下が柔らかい中州で助かったっていうんだろ?」
「それがね、尻もちをついたところから上を見たら、橋からだいぶん離れた所なんじゃ。あとからみたらぼくの落ちた穴の真下には、大きい岩があったんよ。つまり、ぼくはその岩をよけて、空中を飛んで、それで柔らかい中州に落ちたんじゃ。自分でも思い出したら、危ないっ!と思って空を飛んでいたような、そんな記憶が残っとるんじゃ」
『あれっ!こいつ、とんでもないことを言い出したぞ。よりによって、こんないやな気分の時にこんな大ホラを吹くのか?』
「そのときのことを、今でも時々夢で見るんじゃけど、やっぱり空を飛んでるんじゃ。『あっ、しもうた!落ちたぞ』そう思って下を見たら、でっかい岩がある。こりゃあ、落ちたらおしまいじゃ、もうだめじゃ。そのとき、ふと前の方を向いたら、見守り台が見えとった。その上に誰かが立っていて、『こっちこい、こっちこい』と手招きしとるんじゃ。そうか、そっちに飛んで行けばええんじゃ。そう思って、一生けんめい、両手を鳥の羽みたいにバタバタさせて、空の上を飛んだ。一生けんめい、一生けんめいにじゃ。バタバタ、バタバタさせて、見守り台に向けて飛んだんじゃ。そうして気がついたら、河原の砂場じゃった」
そんなアホな・・・「ほんまかァ?」
「まあ、ぼくが空を飛んだってのは、どうでもいいことなんじゃがね。シューイチくん、生きてるといろんなことがあるもんなんよ」
今度はまじめな顔になって、大人みたいなことを言い出した。
「ぼくらが出会うたのも、離れていくのも今生きとるからなんよ。生きとるから別れもある。でも、何年も何十年も生きとったら、またどっかで出会うこともあるかもしれん。これからも、いくらでも会える時があるんじゃないかねえ」
『だから、一年したらまたここへ戻ってくるんだって』
なんか理屈っぽくて回りくどいけど、ツヨシくんは一生けんめいシューイチのことを励まそうとしてくれてるんだ。
急にカナコさんたちが声をかけてきた。
「ねえ、見せ物小屋にいっしょに入らん?」
「ウチらだけじゃちょっと怖いんよ」
「いいけど、シューイチくんどうする?」
「そりゃあいいけど」
見せ物小屋の前には、屋根の上から下までいっぱいの、大きくて不気味な絵看板がかかっている。首がひょろりと伸びたろくろっ首のお姉さんが、きばを向きだした大きな口を開けて、腕に巻き付いたヘビの頭にかみついて、だらだらと垂れる血をなめている姿だ。絵看板だけで気持ちが悪い。
『ろくろっ首には興味はないけど、まあいいや』
中に入ると、途中からだったみたいで、チャンバラをやっていた。このあとお目当てのろくろっ首が出てくるらしい。
「シューイチくん、ちょっと元気がないねえ。さては怖いんかな?」
カナコさんがからかうように言う。
「ちがうよ、シューイチくんはね、シューイチくんは今それどころじゃない。人生の中で一番つらい時なんじゃ。明日、九州へ引っ越しをするんじゃから」
『えっ!言うなよ。ツヨシのおしゃべり!』
「エッ!」
今度はカナコさんの顔が一瞬で曇った。そしてさっき入ったばかりなのに、すぐに見せ物小屋から飛び出していった。シューイチも後を追いかけた。
「ツヨシのやつ、言うなっていってたのに」
振り向いたカナコさんの目から涙があふれていた。
「しょうがないんだ。オレ引っ越し族だからさあ」
「そんなん・・・。でも、でもねヒロが泣くよ、ヒロは!これからだれが面倒見るんよッ!」
カナコさんはそう言って、家の方に走って帰って行った。
そばにいたヤブのお兄さんが行った。
「女の子を泣かしたら、弁天様が怒るんぞ!」
その夜、ヒロくんとカナコさんとおかあさんが、シューイチの家に挨拶に来た。
今年は悪天候のわりに豊年満作で、お祭りは夜になってもにぎわっているみたいだ。外は相変わらず笛や太鼓のにぎやかな音が鳴り響いている。
「シューイチくんにはずっと、ヒロがお世話になったわね。シューイチくんありがとう。これまでヒロとカナコを助けてくれて」
カナコさんのおかあさんが、これまでのお礼を言いに来たんだ。そのうしろのカナコさんはずっとうつむいたままだ。
「いいえ。こちらこそお世話になりました。せっかく慣れてきて、シューイチにもやっと友だちができたのにねえ。シューイチは一人っ子だから、いつもカナちゃんとヒロくんのことをうらやましそうに話していたのよ。ヒロくんのこと、本当の弟みたいだったのにねえ。でも、主人の今度の仕事は短いみたいだから、多分またこちらにもどってくることになると思います。だから、次に会える時までシューイチのことを忘れないでやってくださいね」
カナコさんがちょっと顔を上げた。ヒロくんもシューイチの方を見た。シューイチはなんにも言えなかった。カナコさんが、小さくあっかんべえ、をした。
その夜、シューイチは夢を見た。見張り台の夢だ。
見張り台の上にだれかいる。いや、人ではないのかもしれない。でも、何かいる。そいつが、じっとこちらを見ている。
『神様なのか。オニなのか。それともユーレイか。伝説の大グモ?ひょっとするとガミガミさんか。まてよ、見張り台の下にもだれかいるぞ。あれは、ツヨシかな?いや、ユーイチだよ。ユーイチ。またのぼろうとしてるんじゃないだろな。まてよ、なんか祈ってる。ユーイチが上を向いて、一生懸命祈ってるよ。そうか、こいつもだれかにたよりたいんだ』
見張り台の上、まぶしくてよく見えないが、上からみんなを見守ってる!だれかは分からない。でも、だれだっていいんだ。何だっていいんだ。お願いします、どうかヒロくんとカナコさんを、ずっと見守ってやってください。ついでに、ユーイチも、ツヨシくんも守ってやってください。
見守り台なんだろ。百番地のみんなを見守る、見守り台なんだろ。
監視塔がだんだん遠くなっていく。シューイチと父さんと母さんが乗った車が百番地からだんだん離れていく。ノースキャンプの見張り台が、どんどん小さくなっていく。小さくなって、やがてアーミーグリーンの三角屋根も遠くなって見えなくなった。
真ん中に大きな見世物小屋ができて、その周りに、あっという間にたくさんの露店が立ち並んだ。いつもは何もない川沿いの埋め立て地だけど、今日ばかりは東京の浅草くらい店が並んで、どこもかしこも人が埋め尽くしている。
シューイチの家は、南小川をはさんで松林が少しあってその真ん前だ。本当にすぐ目の前に浅草がやってきたんだ。にぎやかを通り越して、うるさくてうるさくてかなわない。
おまけに今日シューイチは、父さん母さんを手伝って、引っ越しの荷造りに忙しい。
こんな日に、ドンドンピーヒャラって、朝から晩までうるさいぞ!
綿アメやカステラ焼き、リンゴアメなどの甘い匂いが、いっぱいに広がっている。お好み焼きやたこ焼き、そしてイカ焼きのソースのにおいなんかもみんな混じっていて、つい買ってみたくなるのがお祭りだ。これがお祭りに行かなくちゃいけない理由なんだ。金魚屋さんや、射撃、型抜きなど、子どもたちに人気の露店の前は、朝からずっと人だかりだ。
ドンドンヒャララピーヒャララ、あちこちの子ども会が繰り出したお囃子に会わせ、近くからも遠くからも人がどんどん集まってくる。村のはずれの鎮守様も、神輿でここまでお出ましだ。この町にこんなにたくさん人がいるとは知らなかった。
ここのお祭りには、『ヤブ』というオ二が出てくる。これがものすごく怖いオ二だ。元々は、各町内から神様に奉納した米俵を守るのが役目のオ二なんだそうだけど、先の割れた長い竹ざおを持っていて、地面を思い切りたたきながら子どもをおどかす。人に触ったりたたいたりはしないけれど、子どもばっかりやたらとおどして追いかけまわしてくる、とても乱暴なオ二だ。追いかけまわして疲れてしまったのか、オニたちはシューイチの家の前の木陰でお面を外して、昼前にはもう寝転がっている。
昼過ぎになって母さんが、
「遊んできていいよ」と言った。シューイチの気持ちが分かったんだろう。
でも、本当はそれどころじゃないんだ。自分の物だけでも荷造りをしなくちゃいけない。だけど、どうしても気持ちが引かれてしまう。お祭りの音と匂いに負けてしまうんだ。
シューイチはツヨシくんを誘って出かけた。二人で露店をあちこちと回ってみる。ユーイチとコウちゃんが、型抜き遊びに熱中していた。リューイチとタッちゃんもいた。寛太と健太が思いっきりたこ焼きをほお張って、
「ここのんは、タコが大きゅうてうまいんで」と、口をホカホカ動かしながら声をかけてくる。カナコさんは学校の友だち三人で、買いもしないのにあちこち露店の前を歩いている。三人とも着物姿だ。うれしそうに笑っている。わざと着物を見せるように、さっきから同じところばかり行ったり来たりしているのだ。
なんか、カナコさんに目を向けられない。今日はさすがに仕立屋さんもお休みのようで、ヒロくんはお父さんとお母さんの間にはさまれてにこにこしながら露店めぐりだ。みんな、みんな楽しそうだ。
ところがツヨシくんとシューイチの二人だけは、重苦しく暗い空気に包まれている。ドンドンヒャララと浮かれている場合じゃないんだ。
「いいか。絶対、まだ誰にも言うなよ。実はさ、オレ九州に引っ越す。明日なんだ」
「えっ!」
シューイチが突然言ったので、ツヨシくんは一瞬で固まってしまった。
「父さんの仕事の都合で、九州に行くんだ。でもさ、一年したらまたここにもどってくるらしいんだ」
「そうか・・・、そうなんか?」
ツヨシくんにも、シューイチの暗い気持ちが伝染した。
その後、二人で黙って歩いていた。にぎやかな人ごみの中を、二人だけが黙ったままでゆっくりゆっくり歩いていた。楽しいはずの露店巡りがちっとも楽しくなかった。
「ぼくねえ、昔空を飛んだことがあるんよ」
突然、ツヨシくんが変なことを言い出した。
「空を飛んだって、そりゃ飛行機かなんかだろ?」
「そうじゃないよ。自分で飛んだんだ。空を飛んだというか、空中に浮かんだというか・・・」
前からだけど、ツヨシってほんとに変わったやつだ。
「この埋立地が埋め立てられる前、宮前橋は長くて大きな橋じゃったんよ。南門から向こうのバス停までをつないだ長い長い橋じゃった。大きい車だって通る頑丈な橋じゃ。その横にね、人間が通るための細い木の橋がくっついていたんよ。こっちは、かなりぼろぼろの橋じゃった。ぼくらはそこを渡って学校に通ったりしたんじゃけど、横を大きなダンプカーが通ると、その細い橋がぐらぐら揺れて、今にも崩れてしまうんじゃないかと思うくらいぼろぼろの橋じゃった」
「そういう古い歩道橋って横浜にもあったなあ」
「あるときね、まだ小学校に入ったばっかりくらいじゃった。そこを学校帰りに渡っていたら、橋の真ん中あたりで板が一枚外れていたんよ。たった一枚の幅じゃから、いつもなら簡単に飛び越えることができたんじゃ。それくらいの幅の穴じゃった。だから、気にせずに飛び越えたんじゃ。うん、そう、飛び越えたはずじゃった」
「ところがね、ぴゅんと飛んで、気がついたら河原の柔らかい中州の砂地に尻もちをついていた。いつもなら簡単に飛び越えられた幅なんよ。けど、そのときは、背中に重たいランドセルがあることを考えてなかったんじゃ」
「うん、あるある。でも下が柔らかい中州で助かったっていうんだろ?」
「それがね、尻もちをついたところから上を見たら、橋からだいぶん離れた所なんじゃ。あとからみたらぼくの落ちた穴の真下には、大きい岩があったんよ。つまり、ぼくはその岩をよけて、空中を飛んで、それで柔らかい中州に落ちたんじゃ。自分でも思い出したら、危ないっ!と思って空を飛んでいたような、そんな記憶が残っとるんじゃ」
『あれっ!こいつ、とんでもないことを言い出したぞ。よりによって、こんないやな気分の時にこんな大ホラを吹くのか?』
「そのときのことを、今でも時々夢で見るんじゃけど、やっぱり空を飛んでるんじゃ。『あっ、しもうた!落ちたぞ』そう思って下を見たら、でっかい岩がある。こりゃあ、落ちたらおしまいじゃ、もうだめじゃ。そのとき、ふと前の方を向いたら、見守り台が見えとった。その上に誰かが立っていて、『こっちこい、こっちこい』と手招きしとるんじゃ。そうか、そっちに飛んで行けばええんじゃ。そう思って、一生けんめい、両手を鳥の羽みたいにバタバタさせて、空の上を飛んだ。一生けんめい、一生けんめいにじゃ。バタバタ、バタバタさせて、見守り台に向けて飛んだんじゃ。そうして気がついたら、河原の砂場じゃった」
そんなアホな・・・「ほんまかァ?」
「まあ、ぼくが空を飛んだってのは、どうでもいいことなんじゃがね。シューイチくん、生きてるといろんなことがあるもんなんよ」
今度はまじめな顔になって、大人みたいなことを言い出した。
「ぼくらが出会うたのも、離れていくのも今生きとるからなんよ。生きとるから別れもある。でも、何年も何十年も生きとったら、またどっかで出会うこともあるかもしれん。これからも、いくらでも会える時があるんじゃないかねえ」
『だから、一年したらまたここへ戻ってくるんだって』
なんか理屈っぽくて回りくどいけど、ツヨシくんは一生けんめいシューイチのことを励まそうとしてくれてるんだ。
急にカナコさんたちが声をかけてきた。
「ねえ、見せ物小屋にいっしょに入らん?」
「ウチらだけじゃちょっと怖いんよ」
「いいけど、シューイチくんどうする?」
「そりゃあいいけど」
見せ物小屋の前には、屋根の上から下までいっぱいの、大きくて不気味な絵看板がかかっている。首がひょろりと伸びたろくろっ首のお姉さんが、きばを向きだした大きな口を開けて、腕に巻き付いたヘビの頭にかみついて、だらだらと垂れる血をなめている姿だ。絵看板だけで気持ちが悪い。
『ろくろっ首には興味はないけど、まあいいや』
中に入ると、途中からだったみたいで、チャンバラをやっていた。このあとお目当てのろくろっ首が出てくるらしい。
「シューイチくん、ちょっと元気がないねえ。さては怖いんかな?」
カナコさんがからかうように言う。
「ちがうよ、シューイチくんはね、シューイチくんは今それどころじゃない。人生の中で一番つらい時なんじゃ。明日、九州へ引っ越しをするんじゃから」
『えっ!言うなよ。ツヨシのおしゃべり!』
「エッ!」
今度はカナコさんの顔が一瞬で曇った。そしてさっき入ったばかりなのに、すぐに見せ物小屋から飛び出していった。シューイチも後を追いかけた。
「ツヨシのやつ、言うなっていってたのに」
振り向いたカナコさんの目から涙があふれていた。
「しょうがないんだ。オレ引っ越し族だからさあ」
「そんなん・・・。でも、でもねヒロが泣くよ、ヒロは!これからだれが面倒見るんよッ!」
カナコさんはそう言って、家の方に走って帰って行った。
そばにいたヤブのお兄さんが行った。
「女の子を泣かしたら、弁天様が怒るんぞ!」
その夜、ヒロくんとカナコさんとおかあさんが、シューイチの家に挨拶に来た。
今年は悪天候のわりに豊年満作で、お祭りは夜になってもにぎわっているみたいだ。外は相変わらず笛や太鼓のにぎやかな音が鳴り響いている。
「シューイチくんにはずっと、ヒロがお世話になったわね。シューイチくんありがとう。これまでヒロとカナコを助けてくれて」
カナコさんのおかあさんが、これまでのお礼を言いに来たんだ。そのうしろのカナコさんはずっとうつむいたままだ。
「いいえ。こちらこそお世話になりました。せっかく慣れてきて、シューイチにもやっと友だちができたのにねえ。シューイチは一人っ子だから、いつもカナちゃんとヒロくんのことをうらやましそうに話していたのよ。ヒロくんのこと、本当の弟みたいだったのにねえ。でも、主人の今度の仕事は短いみたいだから、多分またこちらにもどってくることになると思います。だから、次に会える時までシューイチのことを忘れないでやってくださいね」
カナコさんがちょっと顔を上げた。ヒロくんもシューイチの方を見た。シューイチはなんにも言えなかった。カナコさんが、小さくあっかんべえ、をした。
その夜、シューイチは夢を見た。見張り台の夢だ。
見張り台の上にだれかいる。いや、人ではないのかもしれない。でも、何かいる。そいつが、じっとこちらを見ている。
『神様なのか。オニなのか。それともユーレイか。伝説の大グモ?ひょっとするとガミガミさんか。まてよ、見張り台の下にもだれかいるぞ。あれは、ツヨシかな?いや、ユーイチだよ。ユーイチ。またのぼろうとしてるんじゃないだろな。まてよ、なんか祈ってる。ユーイチが上を向いて、一生懸命祈ってるよ。そうか、こいつもだれかにたよりたいんだ』
見張り台の上、まぶしくてよく見えないが、上からみんなを見守ってる!だれかは分からない。でも、だれだっていいんだ。何だっていいんだ。お願いします、どうかヒロくんとカナコさんを、ずっと見守ってやってください。ついでに、ユーイチも、ツヨシくんも守ってやってください。
見守り台なんだろ。百番地のみんなを見守る、見守り台なんだろ。
監視塔がだんだん遠くなっていく。シューイチと父さんと母さんが乗った車が百番地からだんだん離れていく。ノースキャンプの見張り台が、どんどん小さくなっていく。小さくなって、やがてアーミーグリーンの三角屋根も遠くなって見えなくなった。
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