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十三日目
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今朝は早くから、人の出入りが激しかった。
「この人たちは、一体……?」
「君の婚礼衣装を作る為に、集まってもらった。城下町でも腕利きの職人ばかりで、身元もしっかりしてるから安心して」
俺はミルク粥をゴクリと飲み込むと、まだ残っている朝食の皿を断念するかどうか迷う。向かいの殿下は、聴衆が見守る中でもあわてず、なんとも優雅に果物を召し上がっていた。
そんな俺たちの様子を、職人さんたちは扉の近くに控えながら、微笑ましそうに眺めていた。
「殿下」
「なに?」
「残りは後で食べるんで、お先に失礼して、皆さんのご用を済ませていいですか」
「ご飯は残さず食べるのが、君のポリシーではなかったの」
「ええ、ですから後で食べるので、お皿を残しておいていただければ……」
「料理が冷めちゃうよ?」
いや、ハムとかトーストとか、もうとっくに冷めてるから。なんならハムはもともと冷たいから。これから冷めるとすれば、お茶くらいだ。
俺が微妙に困っていると、職人さんたちがそっと声を掛けてくれた。
「王妃様、お気づかいは無用です。約束の時間より早く来たのは、我々の勝手ですから」
「そうですよ、本来ならば廊下でお待ちするはずが、セレスタン王太子殿下殿のご厚意で、こちらの部屋に入れていただいたんです」
そうだったのか。でもずっと立ったまま待ってもらうのは心苦しいし、少し気まずい。俺はメイドさんにお願いして、温かいお茶を配ってもらった。
俺の様子を、殿下はただ楽しそうに眺めていた。
「君にピッタリの、素敵な衣装ができそうで楽しみだね」
「そうですね」
「ふふ、きっとみんな、はりきって作ってくれるよ」
殿下は、終始ご機嫌のまま朝食を平らげると、いつものように仕事へ向かわれた。
「さあ王妃様、まずは採寸からはじめましょう」
「あ、俺は王妃じゃなくて……」
「もう二週間で婚礼の儀が執り行われるのですから、王妃様でよろしいではありませんか」
意外にも口をはさんできたのは、レイクドル隊長だった。みんなの手前だからか、俺に対する口調がやたらかしこまっていて落ち着かない。
ところで、さっきから気になっていたけど、なんでここにいるんだろう。
「あのう、殿下についてなくていいんですか?」
「ええ。その殿下ご本人の指示で、こちらに控えております。きっと、ご心配なのでしょう」
レイクドルによると、殿下にはウォータル副隊長が護衛についてるらしい。
(心配ってどっちだ? 身の安全? それとも浮気?)
殿下はなぜか、俺とウォータルの関係が恋愛へと発展しないか心配してるのだ。ウォータルは少し軽薄な雰囲気があるから、そういった誤解を受けやすくて損してる。根は真面目で、硬派な兄貴なのに。
「それにしても……これはスカートですか」
品の良い、光沢のある黄緑色の生地は、殿下の瞳を彷彿とさせる色合いだ。そこは別にいいけど、裾の長さは床に引きずれるほど長く、まるでスカートのようである。
「いえ、上着の一部ですよ。下はズボンをお作りします」
「……そうですか。でもコレは? まるでティアラですよね?」
「髪飾りの一部ですよ。国王陛下の王冠と、対で作られた品物です」
そう言われては、嫌とか言えない。もともと言うつもりもないが。
俺が、この衣装着ることはない。着るのはもっと、殿下改めて国王陛下の隣に相応しい誰かだ。
(あと二週間か……)
刻々と別れの日は近づいている。時間の流れは止められない。後でふりかえると、あっという間だったなと思うだろう。
「王妃様? いかがされました?」
「なんか、具合が……」
実際、俺はひどい顔色だったようだ。レイクドル隊長は貧血かもしれない、とメイドに指示して医者を呼びにやらせてしまった。
俺は訂正する気も起きず、かと言ってなんて説明すればいいかも分からず、でも一人になりたくて皆に出ていってもらった。せっかく来てもらった医者も、扉の前で帰ってもらった。
おそらく俺は、気をゆるませすぎてた。自分の、ここでの役目はなんなのか、やるべきことはなんなのか、もっとしっかり心にとめておくべきだった。
今回の任務は、感情的にならないよう、細心の注意をしてあたるべきだ。特に夜になって、殿下と閨に入る時や、素肌でやさしく抱きしめられた時ほど、心を無防備にさらけ出してはならない。
(情がわいたら、最終的につらくなるのは自分だ)
このところ、ひとりでいる時間が激減した。私室がなくなり、殿下の部屋で過ごすようになったのも大きい。
朝から殿下がそばにいる。朝食の後は仕事に出かけてしまうが、一人になるチャンスは少ない。
日中はメイドさんたちが部屋の掃除にやってくるので、散歩がてら王宮の中をうろついている。でも必ず護衛の兵士が二、三人ついてくる。どうやら十名ほどでローテーションを組んでるようで、そこそこ時間を過ごすうちに会話も増え、すっかり顔馴染みになってしまった。
そして夜は一晩中、殿下がそばにいて、否応なしに人肌の温もりを与えられる。もう、勘弁して欲しい……。
(こうなったら、早く国へ帰りたいなあ……そういや刺客が片付いたら、任務終了で帰国できるんだっけ?)
「めずらしく、呼び出してないのにやってきたかと思えば」
久しぶりに宰相補佐の執務室を訪れると、相変わらず嫌そうな顔した眼鏡の男が、ぶしつけな視線をよこした。
「こちらは、あなたがしでかした余計なことで、余計な仕事が増えて迷惑しているのですよ」
「それは、余計なことばかり、申し訳ありません」
心当たりはなんとなくある。紅葉狩りの一件や、殿下の部屋にうつったことや、周りがやたら過保護になったことや、そんなとこだろうか。
「刺客の捕縛は進んでますか」
「残っているのは、あと一人です」
「一人! もうすぐ終わるんですね!?」
俺の明るい声に、宰相補佐は不機嫌そうに舌打ちする。
「最後の一人が、一番やっかいなのです。なんといっても、相手は王宮の関係者ですから」
「えっ、身元は割れてるんですか?」
「まだ割れてません。ですが王宮内に潜伏してます」
そして宰相補佐は、俺を憐れむような視線を向けた。
「あなた……あまり殿下を舐めてはいけませんよ」
「えっ」
「あなたの考えも行動も読まれてます。今のうちにうまく離れないと、逃げるチャンスを失いますよ。いいのですか」
「逃げ損ねたら、どうなります?」
宰相補佐は、ますます不機嫌そうに眉をひそめた。
「おそらく、あなたが望まない結果になるでしょうね」
「この人たちは、一体……?」
「君の婚礼衣装を作る為に、集まってもらった。城下町でも腕利きの職人ばかりで、身元もしっかりしてるから安心して」
俺はミルク粥をゴクリと飲み込むと、まだ残っている朝食の皿を断念するかどうか迷う。向かいの殿下は、聴衆が見守る中でもあわてず、なんとも優雅に果物を召し上がっていた。
そんな俺たちの様子を、職人さんたちは扉の近くに控えながら、微笑ましそうに眺めていた。
「殿下」
「なに?」
「残りは後で食べるんで、お先に失礼して、皆さんのご用を済ませていいですか」
「ご飯は残さず食べるのが、君のポリシーではなかったの」
「ええ、ですから後で食べるので、お皿を残しておいていただければ……」
「料理が冷めちゃうよ?」
いや、ハムとかトーストとか、もうとっくに冷めてるから。なんならハムはもともと冷たいから。これから冷めるとすれば、お茶くらいだ。
俺が微妙に困っていると、職人さんたちがそっと声を掛けてくれた。
「王妃様、お気づかいは無用です。約束の時間より早く来たのは、我々の勝手ですから」
「そうですよ、本来ならば廊下でお待ちするはずが、セレスタン王太子殿下殿のご厚意で、こちらの部屋に入れていただいたんです」
そうだったのか。でもずっと立ったまま待ってもらうのは心苦しいし、少し気まずい。俺はメイドさんにお願いして、温かいお茶を配ってもらった。
俺の様子を、殿下はただ楽しそうに眺めていた。
「君にピッタリの、素敵な衣装ができそうで楽しみだね」
「そうですね」
「ふふ、きっとみんな、はりきって作ってくれるよ」
殿下は、終始ご機嫌のまま朝食を平らげると、いつものように仕事へ向かわれた。
「さあ王妃様、まずは採寸からはじめましょう」
「あ、俺は王妃じゃなくて……」
「もう二週間で婚礼の儀が執り行われるのですから、王妃様でよろしいではありませんか」
意外にも口をはさんできたのは、レイクドル隊長だった。みんなの手前だからか、俺に対する口調がやたらかしこまっていて落ち着かない。
ところで、さっきから気になっていたけど、なんでここにいるんだろう。
「あのう、殿下についてなくていいんですか?」
「ええ。その殿下ご本人の指示で、こちらに控えております。きっと、ご心配なのでしょう」
レイクドルによると、殿下にはウォータル副隊長が護衛についてるらしい。
(心配ってどっちだ? 身の安全? それとも浮気?)
殿下はなぜか、俺とウォータルの関係が恋愛へと発展しないか心配してるのだ。ウォータルは少し軽薄な雰囲気があるから、そういった誤解を受けやすくて損してる。根は真面目で、硬派な兄貴なのに。
「それにしても……これはスカートですか」
品の良い、光沢のある黄緑色の生地は、殿下の瞳を彷彿とさせる色合いだ。そこは別にいいけど、裾の長さは床に引きずれるほど長く、まるでスカートのようである。
「いえ、上着の一部ですよ。下はズボンをお作りします」
「……そうですか。でもコレは? まるでティアラですよね?」
「髪飾りの一部ですよ。国王陛下の王冠と、対で作られた品物です」
そう言われては、嫌とか言えない。もともと言うつもりもないが。
俺が、この衣装着ることはない。着るのはもっと、殿下改めて国王陛下の隣に相応しい誰かだ。
(あと二週間か……)
刻々と別れの日は近づいている。時間の流れは止められない。後でふりかえると、あっという間だったなと思うだろう。
「王妃様? いかがされました?」
「なんか、具合が……」
実際、俺はひどい顔色だったようだ。レイクドル隊長は貧血かもしれない、とメイドに指示して医者を呼びにやらせてしまった。
俺は訂正する気も起きず、かと言ってなんて説明すればいいかも分からず、でも一人になりたくて皆に出ていってもらった。せっかく来てもらった医者も、扉の前で帰ってもらった。
おそらく俺は、気をゆるませすぎてた。自分の、ここでの役目はなんなのか、やるべきことはなんなのか、もっとしっかり心にとめておくべきだった。
今回の任務は、感情的にならないよう、細心の注意をしてあたるべきだ。特に夜になって、殿下と閨に入る時や、素肌でやさしく抱きしめられた時ほど、心を無防備にさらけ出してはならない。
(情がわいたら、最終的につらくなるのは自分だ)
このところ、ひとりでいる時間が激減した。私室がなくなり、殿下の部屋で過ごすようになったのも大きい。
朝から殿下がそばにいる。朝食の後は仕事に出かけてしまうが、一人になるチャンスは少ない。
日中はメイドさんたちが部屋の掃除にやってくるので、散歩がてら王宮の中をうろついている。でも必ず護衛の兵士が二、三人ついてくる。どうやら十名ほどでローテーションを組んでるようで、そこそこ時間を過ごすうちに会話も増え、すっかり顔馴染みになってしまった。
そして夜は一晩中、殿下がそばにいて、否応なしに人肌の温もりを与えられる。もう、勘弁して欲しい……。
(こうなったら、早く国へ帰りたいなあ……そういや刺客が片付いたら、任務終了で帰国できるんだっけ?)
「めずらしく、呼び出してないのにやってきたかと思えば」
久しぶりに宰相補佐の執務室を訪れると、相変わらず嫌そうな顔した眼鏡の男が、ぶしつけな視線をよこした。
「こちらは、あなたがしでかした余計なことで、余計な仕事が増えて迷惑しているのですよ」
「それは、余計なことばかり、申し訳ありません」
心当たりはなんとなくある。紅葉狩りの一件や、殿下の部屋にうつったことや、周りがやたら過保護になったことや、そんなとこだろうか。
「刺客の捕縛は進んでますか」
「残っているのは、あと一人です」
「一人! もうすぐ終わるんですね!?」
俺の明るい声に、宰相補佐は不機嫌そうに舌打ちする。
「最後の一人が、一番やっかいなのです。なんといっても、相手は王宮の関係者ですから」
「えっ、身元は割れてるんですか?」
「まだ割れてません。ですが王宮内に潜伏してます」
そして宰相補佐は、俺を憐れむような視線を向けた。
「あなた……あまり殿下を舐めてはいけませんよ」
「えっ」
「あなたの考えも行動も読まれてます。今のうちにうまく離れないと、逃げるチャンスを失いますよ。いいのですか」
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