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十二日目
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翌日、めずらしくX国から届け物があった。ひと抱えもある豪華な花束は、やさしい色合いで目を楽しませるとともに、芳しく爽やかな香りがする。
(え、差出人は親父?)
カードには『お見舞い』と書かれていた。ここY国でも多く見られる品種と、垢抜けたラッピングから、おそらく城下町にある花屋に発注したと推測する。
(なにかの暗号かな。花の種類に意味があるとか? でも俺、暗号とかあんま詳しくないんだけど……)
小さなカードの裏面には、ありきたりの見舞い文が書かれているだけで、ひねりも何も感じなかった。もしかすると火であぶってみたら、別の文字が浮かび上がるのかもしれない。ためしてみるか?
(いや火なんて、厨房へ行かないとないだろ。メイドさんに頼むと、変にあやしまれそうだし。うーん、どうしよう)
「……どうしようって、どうしたの?」
「うわっ」
背後には、いつの間にか殿下が立っていて、肩越しに俺が手にしたカードをのぞきこもうとしていた。俺はとっさに、カードをテーブルに伏せて隠してしまう。
殿下はきょとんとした顔で首をかしげると、後ろから囲い込むように俺の座る椅子の肘掛けに両手をのせた。
「それ、誰から?」
「……親父です」
「カード、なんて書いてあったの?」
ここで出し渋ると、変に勘繰られそうだ。一見、なんの変哲もないカードなので、見せても問題ないだろう。たぶん。俺は平静さを装って、一度見えないように伏せたカードをしれっと差し出した。
殿下は、受け取ったカードにサッと目を通すと、少し考えこむ様子で小さくうなった。
「……なるほどね」
「え、え、な、なんかおかしなことでも書いてありました?」
カードを手に、したり顔の殿下がめちゃくちゃ気になる。まさか俺が気づく前に、隠しメッセージとか読み取ったのではないかと不安になった。
「おかしなこと、と言えばそうかもね。分かりにくくて、えらく遠回しな愛情表現だ」
「は?」
「不思議な人だな。いや、難儀な人というべきか……僕には、あんなに感情まかせの文を送りつけてくるのにね」
「ええっ!?」
なに親父、殿下にも手紙書いたの? しかも感情まかせとか……あの、普段感情を面に出さない人間が? 中身がめちゃくちゃ気になる。
俺は殿下に返してもらったカードを、もう一度念入りに目を通した。やっぱりよくある見舞いの定型分だ。愛情表現とか、どこから感じたのだろう……殿下に問うような視線を向けると、楽しそうにこちらを見つめる萌黄色の瞳とぶつかった。
「知りたい?」
「知りたいです、ぜひ教えてください!」
俺がやや食い気味に返すと、なぜか殿下は顔を曇らせた。
「うん……君が一生懸命ねだってくれるのはうれしいけど、なんか妬けるね」
「はい?」
「知りたいのは、君のお父さんのことだけなの? もっと僕のことにも興味をもって欲しいな」
殿下は、不満そうな声音でおかしな文句を言いながらも、うれしそうに微笑んだ。理由は分からないが、殿下はよろこんでいるようだった。
「せっかく花とカードが届いたのだし、お父さんにお礼状書くでしょう。きれいなレターセットを用意させるね」
「え……それは」
殿下の提案に俺は面食らう。手元のカードが、やけに白々しく視界の端に映った。だって、これは単なる業務連絡に過ぎないのだから、礼状なんて書く必要ないはずだ。
「それにしても、お見舞いってなんのことですかね?」
俺がなにげなく口にした疑問に、殿下はとても驚いた顔をした。
「この間の、紅葉狩りの一件だよ。あんなにひどい目にあったのに、もう忘れたの!?」
「へっ、ああ、あれですか……」
首しめられて、ちょっとアザになったやつか。なんで親父が知ってんだ。見張りでもつけられてんのかな。
(まあ俺みたいな男が、任務とはいえ大国の国王の妾役とか、どう考えても不安だもんな……)
やはりこれは、見舞いにかこつけた業務連絡に間違いない。なぜなら前回の任務で入院してた時の方がひどいケガだったのに、ただの一度だって見舞いの品など届かなかった。
(回りくどい連絡方法だよな)
この花束とカードにこめられた意味はなんなのか、よく考えてみる必要がありそうだ。
(ウルスに相談したらまずいかな……でも俺ひとりじゃ、この暗号は解けそうにないからなあ)
俺が花束を前にあれこれ思い悩んでいると、頭上から深いため息とともに殿下の怒ったような声が響いた。
「用心深いのは、悪いことではないけどね……君はこの王宮で、僕をはじめとする多くの人間に守られていることを忘れないで。不審なものは何ひとつ通さない、だから安心していいんだよ?」
別に不審物が届いたと思ってない。殿下の言う通り、これは間違いなく親父から届いたものだろう。ただ、その意味が分からないから悩んでいるわけであって。
(これ以上は、説明しにくいな)
俺はあきらめて、にっこり笑うことでごまかした。
「殿下のおっしゃる通りです」
「……返事だけは素直だね」
殿下は、俺のうわべだけの従順さに、とっくに気づいている。
本当の俺は、うたぐり深くてひねくれたものの見方ばかりするってバレてる。バレたからって、どうしようもないが。
X国にある療養施設での日々は、まだ記憶に新しい。
前回の任務で、利き足にひどいケガを負った俺は、思いのほかリハビリが長引いた。
俺より後に入ってきた連中が、次々と回復して任務へ戻る姿を見送るたび、なんとも言えないむなしさを感じた。ひどい時は、しばらく体が食べ物や飲み物を受けつけなくなったほどだ。
(そういや部屋に飾られてた花を見て、ああコイツらみたいに突っ立ってるだけで水分が吸えたら楽なのになって思ったな……)
今思えば、あの切花だって生きるために、全力で花瓶の水を吸い上げてたはずだ。
どんな生き物も、生き残るために必死だ。理性を凌駕する生存本能が強いほど、最後まであがく気力を保てる。
(あきらめた時点で、生死の命運が分かれる任務ばっかだったからなあ)
今の俺に、必死にあがく気力は残っているだろうか。
ここは一見平和そうなくせに、あまりにも見えないものが多すぎる。だから死の影が忍び寄ってきても、うっかり見落としてしまいそうだ。
(え、差出人は親父?)
カードには『お見舞い』と書かれていた。ここY国でも多く見られる品種と、垢抜けたラッピングから、おそらく城下町にある花屋に発注したと推測する。
(なにかの暗号かな。花の種類に意味があるとか? でも俺、暗号とかあんま詳しくないんだけど……)
小さなカードの裏面には、ありきたりの見舞い文が書かれているだけで、ひねりも何も感じなかった。もしかすると火であぶってみたら、別の文字が浮かび上がるのかもしれない。ためしてみるか?
(いや火なんて、厨房へ行かないとないだろ。メイドさんに頼むと、変にあやしまれそうだし。うーん、どうしよう)
「……どうしようって、どうしたの?」
「うわっ」
背後には、いつの間にか殿下が立っていて、肩越しに俺が手にしたカードをのぞきこもうとしていた。俺はとっさに、カードをテーブルに伏せて隠してしまう。
殿下はきょとんとした顔で首をかしげると、後ろから囲い込むように俺の座る椅子の肘掛けに両手をのせた。
「それ、誰から?」
「……親父です」
「カード、なんて書いてあったの?」
ここで出し渋ると、変に勘繰られそうだ。一見、なんの変哲もないカードなので、見せても問題ないだろう。たぶん。俺は平静さを装って、一度見えないように伏せたカードをしれっと差し出した。
殿下は、受け取ったカードにサッと目を通すと、少し考えこむ様子で小さくうなった。
「……なるほどね」
「え、え、な、なんかおかしなことでも書いてありました?」
カードを手に、したり顔の殿下がめちゃくちゃ気になる。まさか俺が気づく前に、隠しメッセージとか読み取ったのではないかと不安になった。
「おかしなこと、と言えばそうかもね。分かりにくくて、えらく遠回しな愛情表現だ」
「は?」
「不思議な人だな。いや、難儀な人というべきか……僕には、あんなに感情まかせの文を送りつけてくるのにね」
「ええっ!?」
なに親父、殿下にも手紙書いたの? しかも感情まかせとか……あの、普段感情を面に出さない人間が? 中身がめちゃくちゃ気になる。
俺は殿下に返してもらったカードを、もう一度念入りに目を通した。やっぱりよくある見舞いの定型分だ。愛情表現とか、どこから感じたのだろう……殿下に問うような視線を向けると、楽しそうにこちらを見つめる萌黄色の瞳とぶつかった。
「知りたい?」
「知りたいです、ぜひ教えてください!」
俺がやや食い気味に返すと、なぜか殿下は顔を曇らせた。
「うん……君が一生懸命ねだってくれるのはうれしいけど、なんか妬けるね」
「はい?」
「知りたいのは、君のお父さんのことだけなの? もっと僕のことにも興味をもって欲しいな」
殿下は、不満そうな声音でおかしな文句を言いながらも、うれしそうに微笑んだ。理由は分からないが、殿下はよろこんでいるようだった。
「せっかく花とカードが届いたのだし、お父さんにお礼状書くでしょう。きれいなレターセットを用意させるね」
「え……それは」
殿下の提案に俺は面食らう。手元のカードが、やけに白々しく視界の端に映った。だって、これは単なる業務連絡に過ぎないのだから、礼状なんて書く必要ないはずだ。
「それにしても、お見舞いってなんのことですかね?」
俺がなにげなく口にした疑問に、殿下はとても驚いた顔をした。
「この間の、紅葉狩りの一件だよ。あんなにひどい目にあったのに、もう忘れたの!?」
「へっ、ああ、あれですか……」
首しめられて、ちょっとアザになったやつか。なんで親父が知ってんだ。見張りでもつけられてんのかな。
(まあ俺みたいな男が、任務とはいえ大国の国王の妾役とか、どう考えても不安だもんな……)
やはりこれは、見舞いにかこつけた業務連絡に間違いない。なぜなら前回の任務で入院してた時の方がひどいケガだったのに、ただの一度だって見舞いの品など届かなかった。
(回りくどい連絡方法だよな)
この花束とカードにこめられた意味はなんなのか、よく考えてみる必要がありそうだ。
(ウルスに相談したらまずいかな……でも俺ひとりじゃ、この暗号は解けそうにないからなあ)
俺が花束を前にあれこれ思い悩んでいると、頭上から深いため息とともに殿下の怒ったような声が響いた。
「用心深いのは、悪いことではないけどね……君はこの王宮で、僕をはじめとする多くの人間に守られていることを忘れないで。不審なものは何ひとつ通さない、だから安心していいんだよ?」
別に不審物が届いたと思ってない。殿下の言う通り、これは間違いなく親父から届いたものだろう。ただ、その意味が分からないから悩んでいるわけであって。
(これ以上は、説明しにくいな)
俺はあきらめて、にっこり笑うことでごまかした。
「殿下のおっしゃる通りです」
「……返事だけは素直だね」
殿下は、俺のうわべだけの従順さに、とっくに気づいている。
本当の俺は、うたぐり深くてひねくれたものの見方ばかりするってバレてる。バレたからって、どうしようもないが。
X国にある療養施設での日々は、まだ記憶に新しい。
前回の任務で、利き足にひどいケガを負った俺は、思いのほかリハビリが長引いた。
俺より後に入ってきた連中が、次々と回復して任務へ戻る姿を見送るたび、なんとも言えないむなしさを感じた。ひどい時は、しばらく体が食べ物や飲み物を受けつけなくなったほどだ。
(そういや部屋に飾られてた花を見て、ああコイツらみたいに突っ立ってるだけで水分が吸えたら楽なのになって思ったな……)
今思えば、あの切花だって生きるために、全力で花瓶の水を吸い上げてたはずだ。
どんな生き物も、生き残るために必死だ。理性を凌駕する生存本能が強いほど、最後まであがく気力を保てる。
(あきらめた時点で、生死の命運が分かれる任務ばっかだったからなあ)
今の俺に、必死にあがく気力は残っているだろうか。
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