15 / 41
十一日目
しおりを挟む
いや、マジでまいった。まさか殿下が、あのタイミングでスイッチ入るとは思わなかった……俺は尻の違和感から極力意識をそらしつつ馬車に揺られていた。
今日はウルスに呼ばれて、奴の滞在先の高級ホテルへ向かっている。隣に並んで座るのは、近衛隊副隊長のウォータルだ。なんでも殿下の護衛をつとめるこの俺の、護衛だそうだ。
(なんで守る立場の俺が、守られなきゃならないんだよ)
でも表向きは、殿下の護衛じゃなくて妾だし、もはや自分の立ち位置がよく分からない。
「寝不足? 瞼が腫れてるね」
「いや、まあそうですかね……」
まさか尻の開発で、睡眠時間をゴリゴリ削られたとはとても言えない。代わりに質問をぶつけることにした。
「あのう、殿下が半年前の戦争のこと、すごく気に病んでるようなんですが……理由とか知ってます?」
「そりゃあ戦争と言えば、大なり小なり犠牲が伴うからね。一国の君主になられる方が、気に病んでも不思議ではないよ」
理屈は分からなくもない。でもそれだけじゃない気がする。納得いかずに黙っていると、ウォータルはすぐに口を割ってくれた。
「その戦いで、陣頭指揮をとられていた殿下の兄上、つまり先の国王陛下が大ケガを負ってね。陛下はそのケガが元で、亡くなられたんだ」
「そうだったのか……」
殿下が、やたら俺の傷の具合を気にしていたのも、きっとそのせいだろう。これで腑に落ちた。
(トラウマになってんのかな)
俺はこれまで、幾度となく大けがしたけど、なんとか生き延びてきた。いくら強欲で仕事第一主義の親父でも、ケガの回復を待たずして息子を任務先へ送りこむはずがない、と思いたい。いや、元気よ俺? ちゃんとリハビリ終わらせて退院したもの。
「ロキくんは、いろいろ無茶しそうだから、殿下も心配なんだろうね」
「俺はわりと、冷静沈着かつマイペースな方だと思ってるんですが」
「たしかに、君は冷静だね。なにか特殊な訓練でも受けたの?」
「さあ、どうでしょうね」
訓練というより、実践を通して身についたと言える。過酷な任務は、時に人を冷静かつ無感動にさせるのだ。でないといちいち感情が揺さぶられて、心が保てなくなるから。
ウルスの滞在先は、最上階の角部屋という、かなりの高待遇だった。
「それが、先週まではもっと下の階にある、せまい部屋にいたんだよ。それが急に滞在が延びたからって、この部屋に移らされてさあ」
ウルスは、俺とウォータルにお茶を淹れると、自分は水のボトルを手にため息をついた。帰国の日が延びて、少し落ちこんでいるようだった。
「上司から連絡があってな。今すぐ戻ると、ヤバい任務に回されるから、ほとぼり冷めてから帰国しろって」
「え、ヤバい任務って何だよ?」
「ウォータルさんの前で言えるわけねーだろ」
「俺のことは気にしなくていいよ」
ウルスは、ウォータルの軽口を笑い飛ばしながら、それ以上の詳細は話さなかった。
「まあなあ、今回の任務自体アレだもんな」
「そうだよな、アレだな」
「アレって?」
ウォータルの疑問はストレートだけど、その口調にはどこか悟った響きがあった。彼は無意識に、自分の右腕を撫でている……負傷した者がなんとなくケガしたとこに手をやってしまう、癖のようなものだろう。俺もウルスも、身に覚えがあった。
――『戦力外通告』
直接突きつけられたわけじゃないが、俺たちそれぞれの立場が、そいつをあからさまに示していた。
「こんな小綺麗な服着て、クソみたいに高い茶をすすってるんだ。国の仲間は、俺のことなんかとっくに見限ってるよな」
「やさぐれるなよウルス。デスクワークでも、仕事がありゃまだいい方じゃね?」
ウルスの憤りというより哀愁が漂う物言いに、俺はなんとか慰めの言葉を探すが、どうもうまくいかない。
「ロキはピンときてないみてーだけど、デスクワークはけっこうつらいぞ? 俺んとこの上司は腰痛が悪化して、先月手術したそうだ。当分コルセット外せねえってさ」
「ウルスはまだいいよ、刺客の捕縛も任務に入ってんだろ? 俺なんか……」
そこから先は、ウォータルを前にしてぶっちゃけていいか迷う。俺がなんちゃって妾の実は護衛だって、薄々気づいているだろう。でもはっきりと確認したわけじゃない。とりあえず俺の立場は、王宮内てもトップシークレット……というほどたいそうな事じゃないが、知るのは上層部の限られた人間だけだ。
俺が不自然に言葉を止めたせいか、一瞬変な空気になった。ウルスはどこか困った様子で、俺とウォータルを交互に眺めてる。
「あのさあ、君らは今の境遇に不満なわけ?」
ウォータルは、心底不思議そうにつぶやいた。
「俺は、今の立場に不満は無いから、君らの気持ちは分からないな。どんな仕事でも、仕事は仕事でしょ。任されたことに誇りを持ちなよ」
「いや、任されたというか、押しつけられたって言うか……」
「仕事を選べる人なんて、ほんのひと握りだよ? 大抵の人は、その都度縁があった仕事をするものじゃないの。君らがやらなきゃ、他の誰かがやる。他の誰かがその仕事をやってる姿を、君らは軽んじたりしないよね?」
ウルスは顔を赤らめて、うつむいてしまった。一方の俺は、彼の正論に胸を打たれた。
「第一線で活躍できなくても、二線や三線でがんばろうよ。俺たちがいなきゃ、回らないことはたくさんあるんだ。もっと自信持とう」
「兄貴……」
「兄貴だ」
俺たちの気持ちは、この部屋でひとつになった。ウォータル兄貴のおかげだ。今夜も、たとえ尻の開発でもなんでも、誇りを持ってがんばれる気がした。
今日はウルスに呼ばれて、奴の滞在先の高級ホテルへ向かっている。隣に並んで座るのは、近衛隊副隊長のウォータルだ。なんでも殿下の護衛をつとめるこの俺の、護衛だそうだ。
(なんで守る立場の俺が、守られなきゃならないんだよ)
でも表向きは、殿下の護衛じゃなくて妾だし、もはや自分の立ち位置がよく分からない。
「寝不足? 瞼が腫れてるね」
「いや、まあそうですかね……」
まさか尻の開発で、睡眠時間をゴリゴリ削られたとはとても言えない。代わりに質問をぶつけることにした。
「あのう、殿下が半年前の戦争のこと、すごく気に病んでるようなんですが……理由とか知ってます?」
「そりゃあ戦争と言えば、大なり小なり犠牲が伴うからね。一国の君主になられる方が、気に病んでも不思議ではないよ」
理屈は分からなくもない。でもそれだけじゃない気がする。納得いかずに黙っていると、ウォータルはすぐに口を割ってくれた。
「その戦いで、陣頭指揮をとられていた殿下の兄上、つまり先の国王陛下が大ケガを負ってね。陛下はそのケガが元で、亡くなられたんだ」
「そうだったのか……」
殿下が、やたら俺の傷の具合を気にしていたのも、きっとそのせいだろう。これで腑に落ちた。
(トラウマになってんのかな)
俺はこれまで、幾度となく大けがしたけど、なんとか生き延びてきた。いくら強欲で仕事第一主義の親父でも、ケガの回復を待たずして息子を任務先へ送りこむはずがない、と思いたい。いや、元気よ俺? ちゃんとリハビリ終わらせて退院したもの。
「ロキくんは、いろいろ無茶しそうだから、殿下も心配なんだろうね」
「俺はわりと、冷静沈着かつマイペースな方だと思ってるんですが」
「たしかに、君は冷静だね。なにか特殊な訓練でも受けたの?」
「さあ、どうでしょうね」
訓練というより、実践を通して身についたと言える。過酷な任務は、時に人を冷静かつ無感動にさせるのだ。でないといちいち感情が揺さぶられて、心が保てなくなるから。
ウルスの滞在先は、最上階の角部屋という、かなりの高待遇だった。
「それが、先週まではもっと下の階にある、せまい部屋にいたんだよ。それが急に滞在が延びたからって、この部屋に移らされてさあ」
ウルスは、俺とウォータルにお茶を淹れると、自分は水のボトルを手にため息をついた。帰国の日が延びて、少し落ちこんでいるようだった。
「上司から連絡があってな。今すぐ戻ると、ヤバい任務に回されるから、ほとぼり冷めてから帰国しろって」
「え、ヤバい任務って何だよ?」
「ウォータルさんの前で言えるわけねーだろ」
「俺のことは気にしなくていいよ」
ウルスは、ウォータルの軽口を笑い飛ばしながら、それ以上の詳細は話さなかった。
「まあなあ、今回の任務自体アレだもんな」
「そうだよな、アレだな」
「アレって?」
ウォータルの疑問はストレートだけど、その口調にはどこか悟った響きがあった。彼は無意識に、自分の右腕を撫でている……負傷した者がなんとなくケガしたとこに手をやってしまう、癖のようなものだろう。俺もウルスも、身に覚えがあった。
――『戦力外通告』
直接突きつけられたわけじゃないが、俺たちそれぞれの立場が、そいつをあからさまに示していた。
「こんな小綺麗な服着て、クソみたいに高い茶をすすってるんだ。国の仲間は、俺のことなんかとっくに見限ってるよな」
「やさぐれるなよウルス。デスクワークでも、仕事がありゃまだいい方じゃね?」
ウルスの憤りというより哀愁が漂う物言いに、俺はなんとか慰めの言葉を探すが、どうもうまくいかない。
「ロキはピンときてないみてーだけど、デスクワークはけっこうつらいぞ? 俺んとこの上司は腰痛が悪化して、先月手術したそうだ。当分コルセット外せねえってさ」
「ウルスはまだいいよ、刺客の捕縛も任務に入ってんだろ? 俺なんか……」
そこから先は、ウォータルを前にしてぶっちゃけていいか迷う。俺がなんちゃって妾の実は護衛だって、薄々気づいているだろう。でもはっきりと確認したわけじゃない。とりあえず俺の立場は、王宮内てもトップシークレット……というほどたいそうな事じゃないが、知るのは上層部の限られた人間だけだ。
俺が不自然に言葉を止めたせいか、一瞬変な空気になった。ウルスはどこか困った様子で、俺とウォータルを交互に眺めてる。
「あのさあ、君らは今の境遇に不満なわけ?」
ウォータルは、心底不思議そうにつぶやいた。
「俺は、今の立場に不満は無いから、君らの気持ちは分からないな。どんな仕事でも、仕事は仕事でしょ。任されたことに誇りを持ちなよ」
「いや、任されたというか、押しつけられたって言うか……」
「仕事を選べる人なんて、ほんのひと握りだよ? 大抵の人は、その都度縁があった仕事をするものじゃないの。君らがやらなきゃ、他の誰かがやる。他の誰かがその仕事をやってる姿を、君らは軽んじたりしないよね?」
ウルスは顔を赤らめて、うつむいてしまった。一方の俺は、彼の正論に胸を打たれた。
「第一線で活躍できなくても、二線や三線でがんばろうよ。俺たちがいなきゃ、回らないことはたくさんあるんだ。もっと自信持とう」
「兄貴……」
「兄貴だ」
俺たちの気持ちは、この部屋でひとつになった。ウォータル兄貴のおかげだ。今夜も、たとえ尻の開発でもなんでも、誇りを持ってがんばれる気がした。
113
あなたにおすすめの小説
【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい
雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。
延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます
こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる