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十一日目
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いや、マジでまいった。まさか殿下が、あのタイミングでスイッチ入るとは思わなかった……俺は尻の違和感から極力意識をそらしつつ馬車に揺られていた。
今日はウルスに呼ばれて、奴の滞在先の高級ホテルへ向かっている。隣に並んで座るのは、近衛隊副隊長のウォータルだ。なんでも殿下の護衛をつとめるこの俺の、護衛だそうだ。
(なんで守る立場の俺が、守られなきゃならないんだよ)
でも表向きは、殿下の護衛じゃなくて妾だし、もはや自分の立ち位置がよく分からない。
「寝不足? 瞼が腫れてるね」
「いや、まあそうですかね……」
まさか尻の開発で、睡眠時間をゴリゴリ削られたとはとても言えない。代わりに質問をぶつけることにした。
「あのう、殿下が半年前の戦争のこと、すごく気に病んでるようなんですが……理由とか知ってます?」
「そりゃあ戦争と言えば、大なり小なり犠牲が伴うからね。一国の君主になられる方が、気に病んでも不思議ではないよ」
理屈は分からなくもない。でもそれだけじゃない気がする。納得いかずに黙っていると、ウォータルはすぐに口を割ってくれた。
「その戦いで、陣頭指揮をとられていた殿下の兄上、つまり先の国王陛下が大ケガを負ってね。陛下はそのケガが元で、亡くなられたんだ」
「そうだったのか……」
殿下が、やたら俺の傷の具合を気にしていたのも、きっとそのせいだろう。これで腑に落ちた。
(トラウマになってんのかな)
俺はこれまで、幾度となく大けがしたけど、なんとか生き延びてきた。いくら強欲で仕事第一主義の親父でも、ケガの回復を待たずして息子を任務先へ送りこむはずがない、と思いたい。いや、元気よ俺? ちゃんとリハビリ終わらせて退院したもの。
「ロキくんは、いろいろ無茶しそうだから、殿下も心配なんだろうね」
「俺はわりと、冷静沈着かつマイペースな方だと思ってるんですが」
「たしかに、君は冷静だね。なにか特殊な訓練でも受けたの?」
「さあ、どうでしょうね」
訓練というより、実践を通して身についたと言える。過酷な任務は、時に人を冷静かつ無感動にさせるのだ。でないといちいち感情が揺さぶられて、心が保てなくなるから。
ウルスの滞在先は、最上階の角部屋という、かなりの高待遇だった。
「それが、先週まではもっと下の階にある、せまい部屋にいたんだよ。それが急に滞在が延びたからって、この部屋に移らされてさあ」
ウルスは、俺とウォータルにお茶を淹れると、自分は水のボトルを手にため息をついた。帰国の日が延びて、少し落ちこんでいるようだった。
「上司から連絡があってな。今すぐ戻ると、ヤバい任務に回されるから、ほとぼり冷めてから帰国しろって」
「え、ヤバい任務って何だよ?」
「ウォータルさんの前で言えるわけねーだろ」
「俺のことは気にしなくていいよ」
ウルスは、ウォータルの軽口を笑い飛ばしながら、それ以上の詳細は話さなかった。
「まあなあ、今回の任務自体アレだもんな」
「そうだよな、アレだな」
「アレって?」
ウォータルの疑問はストレートだけど、その口調にはどこか悟った響きがあった。彼は無意識に、自分の右腕を撫でている……負傷した者がなんとなくケガしたとこに手をやってしまう、癖のようなものだろう。俺もウルスも、身に覚えがあった。
――『戦力外通告』
直接突きつけられたわけじゃないが、俺たちそれぞれの立場が、そいつをあからさまに示していた。
「こんな小綺麗な服着て、クソみたいに高い茶をすすってるんだ。国の仲間は、俺のことなんかとっくに見限ってるよな」
「やさぐれるなよウルス。デスクワークでも、仕事がありゃまだいい方じゃね?」
ウルスの憤りというより哀愁が漂う物言いに、俺はなんとか慰めの言葉を探すが、どうもうまくいかない。
「ロキはピンときてないみてーだけど、デスクワークはけっこうつらいぞ? 俺んとこの上司は腰痛が悪化して、先月手術したそうだ。当分コルセット外せねえってさ」
「ウルスはまだいいよ、刺客の捕縛も任務に入ってんだろ? 俺なんか……」
そこから先は、ウォータルを前にしてぶっちゃけていいか迷う。俺がなんちゃって妾の実は護衛だって、薄々気づいているだろう。でもはっきりと確認したわけじゃない。とりあえず俺の立場は、王宮内てもトップシークレット……というほどたいそうな事じゃないが、知るのは上層部の限られた人間だけだ。
俺が不自然に言葉を止めたせいか、一瞬変な空気になった。ウルスはどこか困った様子で、俺とウォータルを交互に眺めてる。
「あのさあ、君らは今の境遇に不満なわけ?」
ウォータルは、心底不思議そうにつぶやいた。
「俺は、今の立場に不満は無いから、君らの気持ちは分からないな。どんな仕事でも、仕事は仕事でしょ。任されたことに誇りを持ちなよ」
「いや、任されたというか、押しつけられたって言うか……」
「仕事を選べる人なんて、ほんのひと握りだよ? 大抵の人は、その都度縁があった仕事をするものじゃないの。君らがやらなきゃ、他の誰かがやる。他の誰かがその仕事をやってる姿を、君らは軽んじたりしないよね?」
ウルスは顔を赤らめて、うつむいてしまった。一方の俺は、彼の正論に胸を打たれた。
「第一線で活躍できなくても、二線や三線でがんばろうよ。俺たちがいなきゃ、回らないことはたくさんあるんだ。もっと自信持とう」
「兄貴……」
「兄貴だ」
俺たちの気持ちは、この部屋でひとつになった。ウォータル兄貴のおかげだ。今夜も、たとえ尻の開発でもなんでも、誇りを持ってがんばれる気がした。
今日はウルスに呼ばれて、奴の滞在先の高級ホテルへ向かっている。隣に並んで座るのは、近衛隊副隊長のウォータルだ。なんでも殿下の護衛をつとめるこの俺の、護衛だそうだ。
(なんで守る立場の俺が、守られなきゃならないんだよ)
でも表向きは、殿下の護衛じゃなくて妾だし、もはや自分の立ち位置がよく分からない。
「寝不足? 瞼が腫れてるね」
「いや、まあそうですかね……」
まさか尻の開発で、睡眠時間をゴリゴリ削られたとはとても言えない。代わりに質問をぶつけることにした。
「あのう、殿下が半年前の戦争のこと、すごく気に病んでるようなんですが……理由とか知ってます?」
「そりゃあ戦争と言えば、大なり小なり犠牲が伴うからね。一国の君主になられる方が、気に病んでも不思議ではないよ」
理屈は分からなくもない。でもそれだけじゃない気がする。納得いかずに黙っていると、ウォータルはすぐに口を割ってくれた。
「その戦いで、陣頭指揮をとられていた殿下の兄上、つまり先の国王陛下が大ケガを負ってね。陛下はそのケガが元で、亡くなられたんだ」
「そうだったのか……」
殿下が、やたら俺の傷の具合を気にしていたのも、きっとそのせいだろう。これで腑に落ちた。
(トラウマになってんのかな)
俺はこれまで、幾度となく大けがしたけど、なんとか生き延びてきた。いくら強欲で仕事第一主義の親父でも、ケガの回復を待たずして息子を任務先へ送りこむはずがない、と思いたい。いや、元気よ俺? ちゃんとリハビリ終わらせて退院したもの。
「ロキくんは、いろいろ無茶しそうだから、殿下も心配なんだろうね」
「俺はわりと、冷静沈着かつマイペースな方だと思ってるんですが」
「たしかに、君は冷静だね。なにか特殊な訓練でも受けたの?」
「さあ、どうでしょうね」
訓練というより、実践を通して身についたと言える。過酷な任務は、時に人を冷静かつ無感動にさせるのだ。でないといちいち感情が揺さぶられて、心が保てなくなるから。
ウルスの滞在先は、最上階の角部屋という、かなりの高待遇だった。
「それが、先週まではもっと下の階にある、せまい部屋にいたんだよ。それが急に滞在が延びたからって、この部屋に移らされてさあ」
ウルスは、俺とウォータルにお茶を淹れると、自分は水のボトルを手にため息をついた。帰国の日が延びて、少し落ちこんでいるようだった。
「上司から連絡があってな。今すぐ戻ると、ヤバい任務に回されるから、ほとぼり冷めてから帰国しろって」
「え、ヤバい任務って何だよ?」
「ウォータルさんの前で言えるわけねーだろ」
「俺のことは気にしなくていいよ」
ウルスは、ウォータルの軽口を笑い飛ばしながら、それ以上の詳細は話さなかった。
「まあなあ、今回の任務自体アレだもんな」
「そうだよな、アレだな」
「アレって?」
ウォータルの疑問はストレートだけど、その口調にはどこか悟った響きがあった。彼は無意識に、自分の右腕を撫でている……負傷した者がなんとなくケガしたとこに手をやってしまう、癖のようなものだろう。俺もウルスも、身に覚えがあった。
――『戦力外通告』
直接突きつけられたわけじゃないが、俺たちそれぞれの立場が、そいつをあからさまに示していた。
「こんな小綺麗な服着て、クソみたいに高い茶をすすってるんだ。国の仲間は、俺のことなんかとっくに見限ってるよな」
「やさぐれるなよウルス。デスクワークでも、仕事がありゃまだいい方じゃね?」
ウルスの憤りというより哀愁が漂う物言いに、俺はなんとか慰めの言葉を探すが、どうもうまくいかない。
「ロキはピンときてないみてーだけど、デスクワークはけっこうつらいぞ? 俺んとこの上司は腰痛が悪化して、先月手術したそうだ。当分コルセット外せねえってさ」
「ウルスはまだいいよ、刺客の捕縛も任務に入ってんだろ? 俺なんか……」
そこから先は、ウォータルを前にしてぶっちゃけていいか迷う。俺がなんちゃって妾の実は護衛だって、薄々気づいているだろう。でもはっきりと確認したわけじゃない。とりあえず俺の立場は、王宮内てもトップシークレット……というほどたいそうな事じゃないが、知るのは上層部の限られた人間だけだ。
俺が不自然に言葉を止めたせいか、一瞬変な空気になった。ウルスはどこか困った様子で、俺とウォータルを交互に眺めてる。
「あのさあ、君らは今の境遇に不満なわけ?」
ウォータルは、心底不思議そうにつぶやいた。
「俺は、今の立場に不満は無いから、君らの気持ちは分からないな。どんな仕事でも、仕事は仕事でしょ。任されたことに誇りを持ちなよ」
「いや、任されたというか、押しつけられたって言うか……」
「仕事を選べる人なんて、ほんのひと握りだよ? 大抵の人は、その都度縁があった仕事をするものじゃないの。君らがやらなきゃ、他の誰かがやる。他の誰かがその仕事をやってる姿を、君らは軽んじたりしないよね?」
ウルスは顔を赤らめて、うつむいてしまった。一方の俺は、彼の正論に胸を打たれた。
「第一線で活躍できなくても、二線や三線でがんばろうよ。俺たちがいなきゃ、回らないことはたくさんあるんだ。もっと自信持とう」
「兄貴……」
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俺たちの気持ちは、この部屋でひとつになった。ウォータル兄貴のおかげだ。今夜も、たとえ尻の開発でもなんでも、誇りを持ってがんばれる気がした。
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