2 / 19
2
しおりを挟む
「……し、白い結婚、とは……?」
ミレナシアは思わず聞き返した。
声がかすれて、自分でも驚くほど頼りない響きになっていた。
カインは静かにうつむく。
陽の光が差し込む窓辺で、黒髪が重たく揺れた。
「名ばかりの夫婦である、という意味です。互いに干渉せず、必要以上の接触を避け、王家と騎士団の関係を保つための形だけの婚姻に―─」
急に彼の声が遠退いたような気がした。
契約結婚、期間は三年。
遠くで聞こえる言葉の一つ一つが、胸の奥に沈んでいく。
沈んで、沈んで、やがてそれは痛みになった。
(形だけの……夫婦……)
ミレナシアは唇を引き結んだ。
――それでは、わたくしが望んだ結婚とは……きっと、異なるものになるのね。
憧れて、憧れて。
父王に頼み込んで叶えてもらった、この結婚。
それをすべて、仮りそめのものにするのだと………
(普通に考えて全然イヤですけれど………!?!!)
ポーカーフェイスを心掛けながら、ミレナシアは心の中で絶叫する。
この日をどれだけ望んだことか、そう考える彼女には到底受け入れられるものではない。
……けれど、問い詰めることもできなかった。
彼の真剣な眼差し。
まるで自らを責めるような、痛々しい表情。
その姿が、何よりも悲しくて。
「……そう、ですのね。あなたは、それを望まれるのですね」
「姫様を傷つけたくはありません。ただ、私は――」
言いかけて、カインは首を振った。
「戦場に生きてきた身です。血と泥にまみれ、王に仕えること以外の価値を知らぬ男です。そんな私が、姫様の伴侶になるなど……身に余る」
彼はまっすぐに頭を下げた。
その動作が、ひどく礼儀正しく、そして痛々しかった。
ミレナシアは沈黙のまま、指先でドレスの裾をつまんだ。
白い絹の生地が、少しだけ震えている。
「……カイン様」
「はい」
「わたくし、そのお申し出を――」
胸がきゅうっと痛む。
けれど、泣くわけにはいかない。
彼が、ここまで誠実に向き合ってくれたのだから。
ミレナシアは、そっと微笑んだ。
「――お受けいたしますわ」
カインの瞳がかすかに揺れた。
「……よろしいのですか?」
「ええ。わたくしは、あなたの選択を尊重いたします。三年の契約結婚だということでしたわね。でしたら、その間だけでも……あなたと共に過ごせるなら」
それは目に見えるような強がりだった。
本当は「三年だけ」など考えたくなかった。
けれど、拒めば彼がさらに苦しむと分かってしまう。
(せめて、彼のそばにいられるのなら)
そう思うだけで、胸が少しだけ温かくなった。
「……ありがとうございます、姫様」
カインは深く頭を垂れた。
彼女のその笑顔が、どんな涙をこらえてのものか知らぬまま。
ミレナシアは静かに頭を下げ、踵を返す。
足音が、広い謁見の間に淡く響いた。
扉が閉まる直前、そっと呟く。
「……白い結婚でも、構いませんわ」
だって――
息を吐く唇がかすかに震えた。
(あなたを好きになったことだけは、わたしの中の真実ですもの)
誰にも届かない、ひとりきりの誓い。
春の光が、沈むように薄れていった。
ミレナシアは思わず聞き返した。
声がかすれて、自分でも驚くほど頼りない響きになっていた。
カインは静かにうつむく。
陽の光が差し込む窓辺で、黒髪が重たく揺れた。
「名ばかりの夫婦である、という意味です。互いに干渉せず、必要以上の接触を避け、王家と騎士団の関係を保つための形だけの婚姻に―─」
急に彼の声が遠退いたような気がした。
契約結婚、期間は三年。
遠くで聞こえる言葉の一つ一つが、胸の奥に沈んでいく。
沈んで、沈んで、やがてそれは痛みになった。
(形だけの……夫婦……)
ミレナシアは唇を引き結んだ。
――それでは、わたくしが望んだ結婚とは……きっと、異なるものになるのね。
憧れて、憧れて。
父王に頼み込んで叶えてもらった、この結婚。
それをすべて、仮りそめのものにするのだと………
(普通に考えて全然イヤですけれど………!?!!)
ポーカーフェイスを心掛けながら、ミレナシアは心の中で絶叫する。
この日をどれだけ望んだことか、そう考える彼女には到底受け入れられるものではない。
……けれど、問い詰めることもできなかった。
彼の真剣な眼差し。
まるで自らを責めるような、痛々しい表情。
その姿が、何よりも悲しくて。
「……そう、ですのね。あなたは、それを望まれるのですね」
「姫様を傷つけたくはありません。ただ、私は――」
言いかけて、カインは首を振った。
「戦場に生きてきた身です。血と泥にまみれ、王に仕えること以外の価値を知らぬ男です。そんな私が、姫様の伴侶になるなど……身に余る」
彼はまっすぐに頭を下げた。
その動作が、ひどく礼儀正しく、そして痛々しかった。
ミレナシアは沈黙のまま、指先でドレスの裾をつまんだ。
白い絹の生地が、少しだけ震えている。
「……カイン様」
「はい」
「わたくし、そのお申し出を――」
胸がきゅうっと痛む。
けれど、泣くわけにはいかない。
彼が、ここまで誠実に向き合ってくれたのだから。
ミレナシアは、そっと微笑んだ。
「――お受けいたしますわ」
カインの瞳がかすかに揺れた。
「……よろしいのですか?」
「ええ。わたくしは、あなたの選択を尊重いたします。三年の契約結婚だということでしたわね。でしたら、その間だけでも……あなたと共に過ごせるなら」
それは目に見えるような強がりだった。
本当は「三年だけ」など考えたくなかった。
けれど、拒めば彼がさらに苦しむと分かってしまう。
(せめて、彼のそばにいられるのなら)
そう思うだけで、胸が少しだけ温かくなった。
「……ありがとうございます、姫様」
カインは深く頭を垂れた。
彼女のその笑顔が、どんな涙をこらえてのものか知らぬまま。
ミレナシアは静かに頭を下げ、踵を返す。
足音が、広い謁見の間に淡く響いた。
扉が閉まる直前、そっと呟く。
「……白い結婚でも、構いませんわ」
だって――
息を吐く唇がかすかに震えた。
(あなたを好きになったことだけは、わたしの中の真実ですもの)
誰にも届かない、ひとりきりの誓い。
春の光が、沈むように薄れていった。
174
あなたにおすすめの小説
【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!
ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。
ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~
小説家になろうにも投稿しております。
愛してしまって、ごめんなさい
oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」
初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。
けれど私は赦されない人間です。
最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。
※全9話。
毎朝7時に更新致します。
顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました
ラム猫
恋愛
セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。
ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
※全部で四話になります。
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
双子の姉に聴覚を奪われました。
浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』
双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。
さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。
三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。
【完結】もう一度あなたと結婚するくらいなら、初恋の騎士様を選びます。
紺
恋愛
「価値のない君を愛してあげられるのは僕だけだよ?」
気弱な伯爵令嬢カトレアは両親や親友に勧められるまま幼なじみと結婚する。しかし彼は束縛や暴言で彼女をコントロールするモラハラ男だった。
ある日カトレアは夫の愛人である親友に毒殺されてしまう。裏切られた彼女が目を覚ますと、そこは婚約を結ぶきっかけとなった8年前に逆行していた。
このままではまた地獄の生活が始まってしまう……!
焦ったカトレアの前に現れたのは、当時少しだけ恋心を抱いていたコワモテの騎士だった。
もし人生やり直しが出来るなら、諦めた初恋の騎士様を選んでもいいの……よね?
逆行したヒロインが初恋の騎士と人生リスタートするお話。
ざまぁ必須、基本ヒロイン愛されています。
※誤字脱字にご注意ください。
※作者は更新頻度にムラがあります。どうぞ寛大なお心でお楽しみ下さい。
※ご都合主義のファンタジー要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる