恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

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第3章

苛立ちが生まれた日(ダニエル)

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何だかもやもやしたものを感じる。

俺はそんな気持ちを抱えながら、離れた席に端然と座る、そこらの美しいと言われる女性よりもはるかに美しい男を見ていた。



一月ぶりに会ったあいつ、シルヴィアは、何か様子がおかしかった。
再会の最初こそ、思わず目を逸らしてしまうほどの輝く笑顔があったが、それも長くは続かなかった。
身体からにじみ出る魔力も少し勢いがないように思えた。
仕事に慣れるために無理をしているのだろうかと思ったが、殿下の部屋から下がったあいつを見て、それは違うことに気が付いた。

あいつは、怒っているような、泣き出しそうな、笑っているような、一つでは表せない感情が出ていた。
一体、何を抱えているのか、揺さぶって聞き出したかったが、あいつはそれを望んでいなかった。
あいつが家へと下城してから、守護師に詰め寄って事情を聞き出そうとしたが、あの強い眼差しは、「セドリックに会えばわかる」の一言以外は何も教えてくれなかった。

セドリックは、覆面の騎士であいつのイヤリングを作ったやつだ。
学園であいつは必ずイヤリングをしていた。実に丁寧に魔力が組み立てられていて、俺は密かに感心したものだ。
あんなイヤリングを贈る相手が、あいつにとってどういう存在なのかは推して知るべし、といったところだろう。

一瞬、学園にいる間にあいつより大事な存在ができたのかと考えたが、すぐにそれは否定した。最後の試合の時、劇場の客席からあの騎士はあいつを案じて魔力を立ち上らせていた。
あんな魔力を立ち上らせて、あいつより大事な存在ができているなどあり得ない。

一体、あいつに、セドリックに、何があったんだ。

俺はもやもやしたものを抱えていた。

だが、そんな俺の気持ちどころか日常の何もかもを吹き飛ばす予知があいつによってもたらされた。
あいつの予知に立ち会った結果、俺はなし崩し的に国を揺るがす大事に関わることになってしまった。

気が付けば、秘密裏に集われた会議の中に、俺も座らされていた。
魔法使い以外には、宰相、外相、軍のトップである大将、肩書はよく分からないあいつの父親が並んでいた。
守護師が見事な結界を部屋に張っている。
俺がその結界に見惚れていると、守護師が眉をひそめた。
ドアの近くだけ結界が解かれ――その細かな技術に俺は唸らされた――殿下ともう一人、微かにあいつの魔力をまとっている男が入って来た。
わずかに溢れ出た淡い緑の魔力から、その男が『セドリック』だと思われたが、自信がなかった。
学園で見た騎士の魔力は、騎士にしておくのが惜しい程の強さがあったが、今のセドリックにはそれが感じ取れなかった。
隠している訳でもなさそうだ。生気自体に強さがない。
それでも、あいつはセドリックが部屋に入ってきた途端、顔を明るいものにして魔力を立ち上らせた。

いい顔だ。俺が見たかった顔だ。

セドリックはあいつの視線に気づき、微かに口角を上げそれに応えていた。
しかし、セドリックの溢れ出る魔力の量に変化はほとんど見られなかった。
あいつの片思いだったのか…?
いや、それは違ったはずだ。
シルヴィアはすっと目を伏せ明るさを無くした。そして、ごく僅かな量の魔力を、セドリックの手首に送り込んだ。手首にあいつの魔力の固まりが感じられる。どうやら魔法石を渡しているようだ。
セドリックは魔力の補充がされていることに気が付いていないようだった。
表情が全く動かない。
生きているのか疑問に覚えてしまう顔つきだった。

俺が違和感に囚われている間に、会議は始まった。
半年後に行われる殿下のお披露目の会は決行すること、城の警備を厚くすることは、反対も出ず即座に決まった。
大将は国境の警備も厚くするべきだと主張したとき、あいつが手を上げた。
「少数で敵に向き合うことになり、騎士の方が危険にさらされます。城で迎え撃つ方がよいと思います」
「騎士は守ることが使命だ。皆、それは覚悟している」
大将の声が尖った。あいつは微かに頭を振り、守護師を見遣った。
「叔父様、力を貸してください」
守護師が頷くと、あいつは両手を掲げた。
「皆さんで感じて下さい」
瞬間、頭の中に底なしの闇のような瞳が現れ、赤い光が放たれると、混じり気のない殺意と悪意が体に駆け巡った。
胸を掴まれ、つぶされたような感覚が起こり、俺は冷や汗が滲んだ。
あいつが、予知の間で苦しんだ訳が分かる。
部屋の誰もが微かな呻きを漏らしていたが、セドリックは眉を上げただけだった。

あの男は、感覚が麻痺しているのか?

それに気を取られている内に、白金の光が放たれ温かい治癒の魔力が体を満たした。
身体が解れ、気持ちも和らいでいく。
あいつに感謝を伝えようと目を向けると、あいつは固い顔のままだった。

「私が予知で見たものは、これだけでなく、さらにこれまで出会ったことのない程の強い魔力が秘められていました」

――それは、守護師を超えるということなのか!? 

俺の衝撃に答えるかのように、深く染みとおる声が部屋に響き渡った。
「あの魔力が平時のものであるなら、私の魔力より強いものだろう」

部屋の空気が凍りついたようだった。
どこかで、いざとなれば守護師が護ってくれると頼る気持ちがあった。それは俺だけでなく守護師の力を感じることのできる人間なら誰しも思うことだろう。

「騎士の方に、そして普通の魔法使いにも、あの瞳の持ち主に勝つことは難しいと思います。」
あいつは震える声で続けた。
「私にはまだあの魔力が体に残っている気がします」
セドリックの肩がピクリと動いたのを俺は視界の端で感じた。
震える手で胸を押さえたあいつに、大将はもう異論は唱えなかった。
「殿下に城から出てどこかに避難して頂くべきだろうか」
「私は、避難はしない」
断固とした意思を載せた声が部屋に響いた。
「私が避難しても、それだけの魔力の持ち主なら居所はすぐに知れるだろう。
 無意味に被害が及ぶ範囲を広げるだけだ」
大将は目を閉じた。
部屋に沈黙が訪れた。
「あれだけ強い魔力なら、結界を要所に張れば、移動はつかめる」
身体にまで染みとおるような声で守護師は告げた。
「国にいる魔法使いたちに、身近な場所に結界を張らせよう。破られたところに民への被害が出ていないか確認する必要もある」

守護師の意見が引き金となって、皆が意見を出し始める。
「王都では騎士と魔法使いが組になって見回ればいいか?」
「王都の結界はどれぐらいまで増やせるのだ?」
「予知の回数を増やせないのか」
「あの瞳の持ち主以外の輩にも注意が…」

誰もが策を練るため手振り身振りを交えて意見を戦わせている中、セドリックは表情も変えず端然と座り続けている。
所々で意見を述べてはいるものの、明らかに周りと温度が違う。
隣の席の殿下と、あいつがちらちらと視線を向けても感じていない様子だった。
あいつの顔が憂いを含んだものになっていく。

あいつにあれだけ想われていて、あんな顔しか、させられないのか。

俺は、非の打ちどころがなく整った顔を睨みつけそうになり、目の前のテーブルを凝視していた。
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