恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

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第3章

セディの選択

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僕は、君がいないと生きていられないだろう。
だから、僕は――、
腕輪を握りしめて、僕は気持ちを抑えていた。



シルヴィが学園を卒業してから一月余り。
僕と世界との間にできた膜を辛うじて突き破って、殿下の一言がはっきりと頭に入ってきた。

「ダニエルという者が、シルヴィの護衛を務めることになったそうだ」

あの竜巻の魔法使いか
瞬間、シルヴィを危ない目に遭わせたことへの憎悪に似た感情がこみ上げた。
どんな感情であれ、ここまで高ぶるのは久しぶりのことだ。
殿下はそれを感じたのだろう、ニヤリと口角を引き上げていた。

「ハリーが認めた魔法使い、ということだな」

僕の動揺を誘おうとした発言だろうが、残念ながら「今の」僕が動揺するはずもない。
昔の自分なら椅子から立ち上がっていただろう、と頭の片隅で考える始末だった。
殿下は溜息を吐き、書面に目を移しながら続けた。

「なかなか骨のある人物だ。ハリーは魔法以外でも認めたようだな」

ハリーがシルヴィの傍にいることを認めた人物なら、それは当然だろう。
僕は自分の受け持ちの書類に目を通していた。

「ダニエルが私の天使に向ける視線には、熱いものがあった」

驚いたことに僕は書類に皴を作ってしまっていた。
今の自分でも動揺できるのだろうか…?
作ってしまった皺を見つめた時、腕輪が震えた気がした。

…?

袖の裾をまくって腕輪を見ると、実際に震えている。
心臓を氷漬けにされたような衝撃が走った。
間髪入れず、厳しいまでの清らかな声が貫かんばかりに頭に響き渡る。
『無事だ!私が転移している。お前は殿下を守れ!』

反射的に部屋に球形結界を張っていた。
殿下はそれに気づき、表情を消してゆっくりと立ち上がる。
「ハリーが指示を…」
殿下への説明は深く染みとおる声に遮られた。
『もう、大丈夫だ。今回は思念だけで終わったようだ』
意味が不明な部分があるものの、結界は解いた。
物言いたげな殿下にハリーの言葉を伝えながら、ふと頭をかすめた思いがあったが、それが何かわかる前に消えてしまった。

会議に呼び出され殿下と赴くと、既に面々がそろっていた。
シルヴィが笑顔を向けてくれる。気持ちが和らいだ気がしたが、シルヴィの顔を見る限り、表には現れなかったらしい。
見る間にシルヴィの顔は陰ってしまい、目も伏せられてしまった。
会議の場でなければ、近寄って何とか心の中から言葉を取り出し、淡い青の瞳を開かせられるのに。 いや、今の自分にそれができるだろうか。
片隅でそんなことを思いながら、会議の発言に耳を傾けていた。

お披露目の会が決行されるとなると、もし暗殺がそれに合わせてなされると――かなりの確率でそうなるだろうが――招待客への警護は一切の漏れが許されないものになる。
殿下と同等、もしくはそれ以上の人員を割かなければいけない。
会議の後に、早速、大将と侍従を交えて打ち合わせを始める必要がある。

あれこれと今後の課題を考えているとき、シルヴィの発言があった。
赤い光から純粋な殺意と悪意が放たれる。
部屋の皆が呻いている中、僕は一人平然としていた。
膜にもいいことがあったのかと、歪な自分を笑うしかない状況だった。
腕輪が光を増した気がする。これがなければ、正気を保てていないだろう。
そんな狂気の淵での思考を、震える声が引き戻した。

「私にはまだあの魔力が体に残っている気がします」

…魔力?どういうことだ?
それは予知の範囲を超えている。
―――『今回は思念だけで終わったようだ』
背筋に寒いものが駆け上った。
シルヴィの予知に、あの敵が「現実に」入り込んだのか…!
『落ち着くのだ。あの敵はシルヴィを特定するまでには至っていない』
接点はできてしまったのだろう。いつでも特定できて―
『私が断ち切った。あの敵は、今、私を探っている』

ようやくハリーが会議の部屋とは別に、城全体に微弱な結界を張っていることに気が付いた。所々に反応がある。あの敵は遠方から確実に場所を特定しているようだ。
それだけの強さを持つ相手なら、いつシルヴィに気づいてしまうか不安を覚える。

『ダニエルはシルヴィの次に魔力の強い、意志の強さも持った魔法使いだ』
自分もシルヴィを護って――

『お前には殿下を護る責務がある』

その言葉は膜を貫き通して、僕を揺さぶった。
確かに、その通りだ。傍近くにいる自分が殿下を護らなければ、この国は乱れてしまう。
だけど、刹那、分かったことがあった。

シルヴィが生きていなければ、自分は生きていられない。
だから、
自分は、きっと、殿下とシルヴィのどちらかを選ぶなら、躊躇わずシルヴィを選ぶのだろう。
殿下の夢を支える約束をして、それは自分自身の夢でもあるのに、僕は迷わず殿下を捨てシルヴィを選ぶ。


皆が殿下を護る策を検討する中、僕は殿下への裏切りを抱えながら、淡々と殿下のための意見を述べていた。
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