処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka

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第5章「信頼の再契約」

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朝の訓練場は、金属音で満ちていた。
剣と剣がぶつかり合う音。騎士たちの掛け声。指導官の叱咤。
セリーヌは訓練場の端に立ち、その光景を眺めた。
十数人の騎士が、それぞれ組になって剣術の稽古をしている。若い者もいれば、ベテランもいる。
その中に、一人の若い騎士がいた。
レオン。
茶色の髪。引き締まった体格。真剣な眼差し。
今、彼は年上の騎士と組手をしている。相手は三十代のベテラン。体格も大きい。
だが、レオンは一歩も引かない。
相手の剣を受け、払い、踏み込む。動きに無駄がない。
ベテラン騎士が大振りの一撃を放つ。レオンはそれを避け、懐に入る。剣を相手の喉元に突きつける。
「参った」
ベテランが笑った。
「相変わらず速いな、レオン」
「ありがとうございます」
レオンは剣を下ろし、一礼した。
その時、彼の視線がセリーヌに気づいた。
目が合う。
レオンは驚いた表情を見せ、急いで駆け寄ってきた。
「殿下、こんなところに。何か御用でしょうか」
汗で髪が額に張り付いている。息が少し上がっている。
セリーヌは微笑んだ。
「訓練を見に来ました。邪魔でしたか」
「いえ、そんなことは。ただ、女性が訓練場に来ることは珍しいもので」
確かに。前の時間軸で、セリーヌが訓練場を訪れたことは一度しかなかった。
それは、レオンが国境警備に送られる前日だった。別れを告げに来た。
だが、今は違う。
今、セリーヌには目的がある。
「レオン、少しお話しできますか」
レオンは戸惑った様子を見せた。
「私なんかが、殿下とお話を」
「あなたに頼みたいことがあるのです」
セリーヌの真剣な声に、レオンは頷いた。
「わかりました。どちらへ」
二人は訓練場を離れ、中庭のベンチに座った。
木陰で、少し涼しい。噴水の音が心地よい。
セリーヌは言葉を選んだ。
何をどう話すべきか。
時間を巻き戻したことは言えない。陰謀のことも、証拠がないうちは話せない。
だが、何かを話さなければ、レオンは動かない。
「レオン、あなたは王家に仕えて何年になりますか」
「五年です。十七の時に騎士見習いとして宮廷に入りました」
「なぜ騎士に?」
レオンは少し驚いた顔をした。おそらく、そんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。
「父が騎士でした」
彼は遠くを見た。
「父は先王陛下——殿下の祖父に仕えていました。誠実な騎士でした。私が十歳の時、山賊討伐で命を落としました」
「ごめんなさい」
「いえ。父は誇りを持って死にました。王家を守ることが、父の生きる意味でした」
レオンは腰の剣に手を置いた。
「これは父の剣です。父が亡くなった後、王家から贈られました。私はこの剣を受け継ぎ、父と同じ道を歩むと決めました」
その声に、嘘はなかった。
セリーヌは知っている。この男は、本当に忠義に厚い。
前の時間軸で、レオンは最後までセリーヌを信じた。処刑の直前まで、無実を訴え続けた。
だが、彼一人では何もできなかった。
国境に送られ、戻ってきた時には全てが終わっていた。
今度は違う。
今度は、彼を巻き込む前に準備をする。
「レオン、私はあなたを信頼しています」
レオンは驚いて顔を上げた。
「殿下」
「あなたは誠実で、強く、そして正義を重んじる。それは見ていればわかります」
レオンは俯いた。
「もったいないお言葉です」
「だから、お願いがあります」
セリーヌは深呼吸した。
「これから、もし私が困難に直面したら、力を貸してください」
レオンは真剣な顔でセリーヌを見た。
「困難、とは」
「具体的なことは、まだ言えません。ただ、予感があるのです。これから王宮で、何か良くないことが起こるかもしれない」
レオンの表情が引き締まった。
「殿下は、何かご存じなのですか」
セリーヌは首を振った。
「確証はありません。ただ、不安なのです。父上の健康、王位継承の問題、宮廷内の空気」
全て、嘘ではない。
ただ、理由を明かしていないだけだ。
レオンは腕を組んだ。
「殿下が不安を感じておられるなら、それは軽視できません。私にできることがあれば、何でもおっしゃってください」
「ありがとう」
セリーヌは安堵した。
だが、まだ足りない。
もう一歩、踏み込む必要がある。
「レオン、もう一つ聞いてもいいですか」
「はい」
「もし、王家の中に裏切り者がいたとしたら、あなたはどうしますか」
レオンの顔が強ばった。
「裏切り者」
「仮定の話です。もし、王位を狙う者がいて、それが王家の一員だったら」
沈黙。
レオンはしばらく考え込んでいた。
そして、静かに答えた。
「私の忠誠は、王家ではなく、王に対してです」
「王に?」
「はい。エドワード陛下に、私は誓いを立てました。陛下と、陛下の血を引く正統な後継者を守ると。それが私の使命です」
正統な後継者。
つまり、セリーヌだ。
「もし王家の者が陛下に害をなそうとするなら」
レオンは剣の柄を握った。
「私はそれを阻止します。相手が誰であろうと」
その目に、迷いはなかった。
セリーヌは胸が熱くなった。
この男は、本物だ。
利害ではなく、信念で動く。
だからこそ、前の時間軸でも最後まで裏切らなかった。
「レオン、あなたは立派な騎士です」
「いえ、私はまだ未熟です」
「謙遜しないでください。あなたの強さは、剣だけではない。心です」
レオンは顔を赤らめた。
「殿下、そんな」
「これから、あなたに頼ることがあるかもしれません。その時は、どうか力を貸してください」
「承知しました」
レオンは膝をついた。
「私の剣は、殿下のために」
騎士の誓い。
セリーヌは手を差し伸べた。
「立ってください。私はあなたを対等の仲間として見ています」
レオンは驚いた顔をしたが、手を取って立ち上がった。
その手は、硬く、温かかった。
訓練で鍛えられた手。
剣を握り、人を守るための手。
「ありがとう、レオン」
二人はしばらく無言で立っていた。
噴水の音だけが響く。
やがて、レオンが口を開いた。
「殿下、一つよろしいですか」
「何でしょう」
「もし、具体的な脅威があるなら、教えてください。私は殿下を守ります。それが私の務めです」
セリーヌは頷いた。
「わかりました。その時が来たら、必ず」
レオンは敬礼した。
「では、訓練に戻ります。いつでもお呼びください」
彼は訓練場へ向かって歩き出した。
セリーヌはその背中を見送った。
最初の味方を得た。
まだ全てを話していない。レオンはまだ、何が起ころうとしているか知らない。
だが、それでいい。
今はまだ、準備の段階だ。
証拠を集め、計画を立て、そして適切なタイミングで動く。
セリーヌは立ち上がり、自室へ向かった。
廊下を歩きながら、次の一手を考える。
マルセル商会の調査。
バルドとロベルトの密会の記録。
父王の薬の分析。
そして、他の味方を探すこと。
レオン一人では足りない。
評議会の中にも、味方が必要だ。
グレン侯爵は可能性がある。彼は前の時間軸でも、比較的中立だった。
マルコも、商人だけに利害で動く。正しい取引を提示すれば、味方につけられるかもしれない。
だが、慎重にならなければならない。
下手に動けば、ロベルトに察知される。
前の時間軸では、セリーヌは何も知らずに破滅した。
今は、知っているがゆえに、動き方が難しい。
知りすぎていることを隠し、自然に振る舞い、証拠を積み上げる。
それは綱渡りだ。
だが、やるしかない。
セリーヌは自室に入り、引き出しから羊皮紙を取り出した。
記録を続ける。
日付。レオンとの会話。彼の誓い。
そして、次の行動計画。
羽根ペンを走らせながら、セリーヌは窓の外を見た。
青い空。白い雲。
一年後、あの空の下で処刑台に立つはずだった。
だが、それは起こらない。
絶対に、起こさせない。
セリーヌはペンを置き、手を握りしめた。
戦いは始まったばかりだ。
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