7 / 17
第7話 その小さな身体に
しおりを挟む
朝の光が差し込むと同時に、マールはぱちりと目を覚ました。
ふかふかの布団は、納屋の小麦袋を並べた寝床とは、比べものにならないほど快適だった。小さな身体を包み込むような柔らかさに、思わず頬がゆるむ。
(……ここが、レグルスおじさんたちの家……)
これまでとはまるで違う、静かで、安心できる空気。マールは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、布団からそっと抜け出した。
階下に降りると、小さな拠点の一階では、すでに三人の隊員が思い思いに朝の準備をしていた。
「……いち、に、さんっ……ふんっ!」
アッポロが外で丸太を担ぎ上げ、筋肉を隆起させながらトレーニング中。
「弓の張りは問題ないっすね。矢羽のバランスも……よし」
フリッツは無駄のない動きで武器の整備をしている。真剣な横顔は、どこか職人のようだ。
「ふふ……私の毒たちも朝日を浴びて気持ちがよさそうですね」
ドクペインは……なぜか朝から毒瓶を並べて調合を始めている。にこやかなのに内容が物騒だ。
マールはキョロキョロと視線を動かし、レグルス隊の“日常”に目を輝かせていた。
(すごい……みんな、朝から楽しそう……!)
「起きたか、マール」
低い声に振り向けば、レグルスが腕を組んで立っていた。いつもと変わらぬ鋭い金の瞳――だけど、その奥にほんの少しだけ柔らかさがあるように思えて、マールは嬉しくなる。
「おはよう、レグルスおじさん」
「――え」
一瞬、空気が止まった。
レグルスの眉がぴくりと動く。目の端がかすかに震え、喉の奥で何か言いかけて飲み込んだような表情になる。
「……おじ、さん……?」
低くつぶやくレグルスの背後で、三人の隊員が即座に反応した。
「そりゃそうっすよ、隊長。八歳の子からしたら、三十代はオジサンっす」
フリッツが口元を押さえて笑いをこらえる。
「まあ、実際見た目もおじさんだしな!」
アッポロは豪快に笑う。レグルスの金の瞳がすっと細くなる。
「レグルスおじさん……ふふ、隊長よりも親しみがあっていいですねぇ」
ドクペインが満面の笑みで毒瓶を揺らす。
「…………」
レグルスは額に手を当て、深く息を吐いた。
(まぁ、元気になってよかったのか? 出会った頃よりだいぶ喋るようになったし、少しは心を開いてくれたようだが……)
うなるように悩み始めたレグルスの姿を見て、マールは首をかしげる。
「? レグルスおじさん、どうしたの?」
「……いや。昨日はよく眠れたか?」
「うん!」
安心したように頷いたレグルスだったが、マールはあることを思い出し、勢いよく手をあげた。
「ねぇ、レグルスおじさん! マール、みんなの仕事についていってもいい?」
「仕事って、魔の森での依頼ってことか?」
「うん! マール、お手伝いしたいの。果物だって、たぁ~くさん採れるよ?」
両手を上げ全身でアピールする彼女の姿に、アッポロやフリッツ達は互いに顔を見合わせた。
だが彼らの表情は、純粋に喜んでいるというよりも、戸惑いの方が大きいようだ。
レグルスはその空気の変化を敏感に察し、そっとマールの前にしゃがみ込んだ。
「……どうして魔の森に行きたいんだ? 心配しなくとも、この家にいれば飯は食えるし、安全だ。お前を傷つける奴もいない」
優しく言ったつもりなのに、その言葉を受けたマールの肩がびくっと揺れた。マールの大きな瞳が、不安に濡れたように揺らぐ。
「……っ、でも……」
小さな拳がぎゅっと握られる。喉の奥がつまったように声が震え、言葉にならない息が漏れる。
「マール……なにもしてないのに、ここに居ても、いいの……?」
絞り出すような声。
「マール、要らない子になりたくない……」
その瞬間、空気がひやりと止まった。
アッポロは丸太を肩に担いだまま固まり、フリッツは手にしていた矢を落とし、ドクペインは毒瓶の蓋を閉め忘れるほど驚いた。
マールの頬が涙でふるふると揺れる。
「だって……お手伝いできなかったら……追い出されるかもって……。もとのお家では、マール……なにもできないから、いつも……邪魔って……っ」
言葉を続けるほど、幼い胸の奥に隠していた不安がぽろぽろと零れ落ちる。
「ここにいていいなら……がんばりたいの。マール、ちゃんと役に立ちたい……! おじさんたちに、いらないって言われたくない……っ」
涙目で訴えるその表情は、あまりにも幼くて、必死で、痛いほどいじらしかった。
レグルスの喉がかすかに鳴る。
彼の金の瞳に、一瞬だけ鋼のような決意が宿った。
「……マール」
レグルスの声は、いつもより一段低かった。
「お前の気持ちは嬉しい。……だけどな、魔の森は危険だぞ?」
「え……」
マールはしゅんと肩を落とした。意地悪で言っているのではないのは分かる。分かるのだけれど――。
「隊長の言うことは正しい。森は危ねぇんだ」
アッポロが腕を組んで頷く。
「今は無理をせず、この家でお留守番するだけでも十分だ」
フリッツは淡々と、しかし優しく付け加えた。
「死んだら料理が食べられなくなりますよ。そんなのは嫌でしょう?」
ドクペインの妙に的確な言葉に、マールはむむっと頬を膨らませる。
そんなマールを見て、レグルスは小さく息をついた。
「……俺たちの指示に“必ず従う”こと。その約束が守れるのなら、一度連れて行こう」
その声音は厳しさの奥に、確かな優しさが宿っていた。
「ほんとに? マールも仲間に入れてくれる?」
「あぁ、本当だ。約束する」
マールは少しだけ元気を取り戻し、こくりとうなずいた。
「……ありがとう! マール、がんばるね!」
こうして、マールの新生活と“最初の一歩”が始まった。
ふかふかの布団は、納屋の小麦袋を並べた寝床とは、比べものにならないほど快適だった。小さな身体を包み込むような柔らかさに、思わず頬がゆるむ。
(……ここが、レグルスおじさんたちの家……)
これまでとはまるで違う、静かで、安心できる空気。マールは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、布団からそっと抜け出した。
階下に降りると、小さな拠点の一階では、すでに三人の隊員が思い思いに朝の準備をしていた。
「……いち、に、さんっ……ふんっ!」
アッポロが外で丸太を担ぎ上げ、筋肉を隆起させながらトレーニング中。
「弓の張りは問題ないっすね。矢羽のバランスも……よし」
フリッツは無駄のない動きで武器の整備をしている。真剣な横顔は、どこか職人のようだ。
「ふふ……私の毒たちも朝日を浴びて気持ちがよさそうですね」
ドクペインは……なぜか朝から毒瓶を並べて調合を始めている。にこやかなのに内容が物騒だ。
マールはキョロキョロと視線を動かし、レグルス隊の“日常”に目を輝かせていた。
(すごい……みんな、朝から楽しそう……!)
「起きたか、マール」
低い声に振り向けば、レグルスが腕を組んで立っていた。いつもと変わらぬ鋭い金の瞳――だけど、その奥にほんの少しだけ柔らかさがあるように思えて、マールは嬉しくなる。
「おはよう、レグルスおじさん」
「――え」
一瞬、空気が止まった。
レグルスの眉がぴくりと動く。目の端がかすかに震え、喉の奥で何か言いかけて飲み込んだような表情になる。
「……おじ、さん……?」
低くつぶやくレグルスの背後で、三人の隊員が即座に反応した。
「そりゃそうっすよ、隊長。八歳の子からしたら、三十代はオジサンっす」
フリッツが口元を押さえて笑いをこらえる。
「まあ、実際見た目もおじさんだしな!」
アッポロは豪快に笑う。レグルスの金の瞳がすっと細くなる。
「レグルスおじさん……ふふ、隊長よりも親しみがあっていいですねぇ」
ドクペインが満面の笑みで毒瓶を揺らす。
「…………」
レグルスは額に手を当て、深く息を吐いた。
(まぁ、元気になってよかったのか? 出会った頃よりだいぶ喋るようになったし、少しは心を開いてくれたようだが……)
うなるように悩み始めたレグルスの姿を見て、マールは首をかしげる。
「? レグルスおじさん、どうしたの?」
「……いや。昨日はよく眠れたか?」
「うん!」
安心したように頷いたレグルスだったが、マールはあることを思い出し、勢いよく手をあげた。
「ねぇ、レグルスおじさん! マール、みんなの仕事についていってもいい?」
「仕事って、魔の森での依頼ってことか?」
「うん! マール、お手伝いしたいの。果物だって、たぁ~くさん採れるよ?」
両手を上げ全身でアピールする彼女の姿に、アッポロやフリッツ達は互いに顔を見合わせた。
だが彼らの表情は、純粋に喜んでいるというよりも、戸惑いの方が大きいようだ。
レグルスはその空気の変化を敏感に察し、そっとマールの前にしゃがみ込んだ。
「……どうして魔の森に行きたいんだ? 心配しなくとも、この家にいれば飯は食えるし、安全だ。お前を傷つける奴もいない」
優しく言ったつもりなのに、その言葉を受けたマールの肩がびくっと揺れた。マールの大きな瞳が、不安に濡れたように揺らぐ。
「……っ、でも……」
小さな拳がぎゅっと握られる。喉の奥がつまったように声が震え、言葉にならない息が漏れる。
「マール……なにもしてないのに、ここに居ても、いいの……?」
絞り出すような声。
「マール、要らない子になりたくない……」
その瞬間、空気がひやりと止まった。
アッポロは丸太を肩に担いだまま固まり、フリッツは手にしていた矢を落とし、ドクペインは毒瓶の蓋を閉め忘れるほど驚いた。
マールの頬が涙でふるふると揺れる。
「だって……お手伝いできなかったら……追い出されるかもって……。もとのお家では、マール……なにもできないから、いつも……邪魔って……っ」
言葉を続けるほど、幼い胸の奥に隠していた不安がぽろぽろと零れ落ちる。
「ここにいていいなら……がんばりたいの。マール、ちゃんと役に立ちたい……! おじさんたちに、いらないって言われたくない……っ」
涙目で訴えるその表情は、あまりにも幼くて、必死で、痛いほどいじらしかった。
レグルスの喉がかすかに鳴る。
彼の金の瞳に、一瞬だけ鋼のような決意が宿った。
「……マール」
レグルスの声は、いつもより一段低かった。
「お前の気持ちは嬉しい。……だけどな、魔の森は危険だぞ?」
「え……」
マールはしゅんと肩を落とした。意地悪で言っているのではないのは分かる。分かるのだけれど――。
「隊長の言うことは正しい。森は危ねぇんだ」
アッポロが腕を組んで頷く。
「今は無理をせず、この家でお留守番するだけでも十分だ」
フリッツは淡々と、しかし優しく付け加えた。
「死んだら料理が食べられなくなりますよ。そんなのは嫌でしょう?」
ドクペインの妙に的確な言葉に、マールはむむっと頬を膨らませる。
そんなマールを見て、レグルスは小さく息をついた。
「……俺たちの指示に“必ず従う”こと。その約束が守れるのなら、一度連れて行こう」
その声音は厳しさの奥に、確かな優しさが宿っていた。
「ほんとに? マールも仲間に入れてくれる?」
「あぁ、本当だ。約束する」
マールは少しだけ元気を取り戻し、こくりとうなずいた。
「……ありがとう! マール、がんばるね!」
こうして、マールの新生活と“最初の一歩”が始まった。
79
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で
重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。
魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。
案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。
離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リセラは、夫である王子ルドルフから突然の離婚を宣告される。理由は、異世界から現れた聖女セリーナへの愛。前世が農業大学の学生だった記憶を持つリセラは、ゲームのシナリオ通り悪役令嬢として処刑される運命を回避し、慰謝料として手に入れた辺境の荒れ地で第二の人生をスタートさせる!
前世の知識を活かした農業改革で、貧しい村はみるみる豊かに。美味しい作物と加工品は評判を呼び、やがて隣国の知的な王子アレクサンダーの目にも留まる。
「君の作る未来を、そばで見ていたい」――穏やかで誠実な彼に惹かれていくリセラ。
一方、リセラを捨てた元夫は彼女の成功を耳にし、後悔の念に駆られ始めるが……?
これは、捨てられた悪役令嬢が、農業で華麗に成り上がり、真実の愛と幸せを掴む、痛快サクセス・ラブストーリー!
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる