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7 王太子のいない国
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今日私は三人の側妃のお茶会に招かれている。第一側妃ポリーヌのティールームだ。
「あのお付きの侍女、元孤児らしいわよ」
「それであんなに野蛮なのね。お~嫌だ。王宮が汚れるわ」
配膳をするポリーヌの侍女たちが陰口を叩く。孤児とは壁際で控えているエヴァのことだろう。エヴァは顔色ひとつ変えず、じっと視線を前にしたままだ。
私が王都で人攫いにあいかけた時、屈強な男どもを棒切れ一本でのしたのが孤児のエヴァだった。エヴァを気に入った私が父に頼み込んで城に連れ帰り、それ以来姉妹のように育ってきた。
「孤児のいる側妃の部屋になど陛下を行かせられるものですか」
またこれ見よがしに陰口が聞こえた。
あれから陛下のお渡りは何度かあった。しかし、その度にポリーヌからの嫌がらせが入り、陛下との夜は実っていない。
陛下の突然の体調不良。
通路に残飯が撒かれて部屋に入れない。
王宮の端でボヤ騒ぎ。
ご自慢の格はどうしたの、ポリーヌ?
品格をかなぐり捨て、なりふり構っていないその様子はよほど私が怖いのか?
ポリーヌは自分の侍女たちの口をふさぐこともなく涼しげにお茶を飲んでいる。用心した私はお茶に口をつけたふりをして飲まないままでいた。
「これは大丈夫ですわよ。イーリス様」
私の隣の席に座っているマリアが私にささやいて飲んで見せた。
親切な方。
ライバルに違いないだろうに。
私は小さく会釈をしてマリアに応えた。
この国には今、王太子がいない。
正確に言えば、まだどの王子も王太子として指名されていなかった。
これは陛下の判断だった。陛下はどうしても王妃が産んだ王子を王太子にしたかったのだろう。陛下はロビンやオリヴァーが産まれたあとも、王妃の死後も、王太子の任命を引き延ばしてきた。
ロビンがあんな様子ではたして王太子が務まるのかも疑問だっただろうし、だからといって年下のオリヴァーを王太子にしてしまうと、第一側妃の家が黙っていないだろう。それで仕方なく問題を先延ばしにした感はあった。
「みごもる気配はあるのかしら?」
ポリーヌが私に言葉の剣を突きつけてきた。
「ご心配痛み入ります」
あなたが邪魔さえしなければとっくに。
私は内心剣で返しながらも、けなげに答えた。
「おやめになって」
マリアが険悪な雰囲気を察し、止めに入った。
「あなたは運がよかったわね」
「何のことでしょう」
「しらじらしい」
ポリーヌは何やらマリアに突っかかっている。
運が良かったって何のこと?
私は二人だけの話の内容に少し引っ掛かるものがあった。
「お腹の赤子の様子がおかしくなったすぐ後に王妃様は亡くなられて。タイミングがよかったこと」
何と不躾な。
「ポリーヌ様、そのおっしゃり様はあんまりです」
私はたまらず口を挟んだ。
「呑気なものね」
ポリーヌは私を一瞥し、向こうを向いた。
「あなたもいつまで王宮にいられるかしらね」
ポリーヌはぬけぬけと私にそう言い放った。
「私がいなくなっても大丈夫なのですか?」
私は逆に質問で返した。我が家の支援が途絶えれば、この国は破産しかない。
「確かにあなたは金づるだわ。でもどうにでもなるわ。あなたがいなくなっても民が働いてくれる。もっと税金を取れば済む話よ」
やはり頭にあるのはそんなことか。
搾取にも限度があるだろうに。
「最後にひとついいこと教えてあげる」
お開きのあと、席を立とうとした私にポリーヌが話しかけた。
「王妃様は外国の王女だったわ。この国では外国から嫁いだ王妃はよく死ぬのよ」
「え?」
ポリーヌの不吉な言葉は私の暗い未来を予感させた。
「あのお付きの侍女、元孤児らしいわよ」
「それであんなに野蛮なのね。お~嫌だ。王宮が汚れるわ」
配膳をするポリーヌの侍女たちが陰口を叩く。孤児とは壁際で控えているエヴァのことだろう。エヴァは顔色ひとつ変えず、じっと視線を前にしたままだ。
私が王都で人攫いにあいかけた時、屈強な男どもを棒切れ一本でのしたのが孤児のエヴァだった。エヴァを気に入った私が父に頼み込んで城に連れ帰り、それ以来姉妹のように育ってきた。
「孤児のいる側妃の部屋になど陛下を行かせられるものですか」
またこれ見よがしに陰口が聞こえた。
あれから陛下のお渡りは何度かあった。しかし、その度にポリーヌからの嫌がらせが入り、陛下との夜は実っていない。
陛下の突然の体調不良。
通路に残飯が撒かれて部屋に入れない。
王宮の端でボヤ騒ぎ。
ご自慢の格はどうしたの、ポリーヌ?
品格をかなぐり捨て、なりふり構っていないその様子はよほど私が怖いのか?
ポリーヌは自分の侍女たちの口をふさぐこともなく涼しげにお茶を飲んでいる。用心した私はお茶に口をつけたふりをして飲まないままでいた。
「これは大丈夫ですわよ。イーリス様」
私の隣の席に座っているマリアが私にささやいて飲んで見せた。
親切な方。
ライバルに違いないだろうに。
私は小さく会釈をしてマリアに応えた。
この国には今、王太子がいない。
正確に言えば、まだどの王子も王太子として指名されていなかった。
これは陛下の判断だった。陛下はどうしても王妃が産んだ王子を王太子にしたかったのだろう。陛下はロビンやオリヴァーが産まれたあとも、王妃の死後も、王太子の任命を引き延ばしてきた。
ロビンがあんな様子ではたして王太子が務まるのかも疑問だっただろうし、だからといって年下のオリヴァーを王太子にしてしまうと、第一側妃の家が黙っていないだろう。それで仕方なく問題を先延ばしにした感はあった。
「みごもる気配はあるのかしら?」
ポリーヌが私に言葉の剣を突きつけてきた。
「ご心配痛み入ります」
あなたが邪魔さえしなければとっくに。
私は内心剣で返しながらも、けなげに答えた。
「おやめになって」
マリアが険悪な雰囲気を察し、止めに入った。
「あなたは運がよかったわね」
「何のことでしょう」
「しらじらしい」
ポリーヌは何やらマリアに突っかかっている。
運が良かったって何のこと?
私は二人だけの話の内容に少し引っ掛かるものがあった。
「お腹の赤子の様子がおかしくなったすぐ後に王妃様は亡くなられて。タイミングがよかったこと」
何と不躾な。
「ポリーヌ様、そのおっしゃり様はあんまりです」
私はたまらず口を挟んだ。
「呑気なものね」
ポリーヌは私を一瞥し、向こうを向いた。
「あなたもいつまで王宮にいられるかしらね」
ポリーヌはぬけぬけと私にそう言い放った。
「私がいなくなっても大丈夫なのですか?」
私は逆に質問で返した。我が家の支援が途絶えれば、この国は破産しかない。
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やはり頭にあるのはそんなことか。
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「最後にひとついいこと教えてあげる」
お開きのあと、席を立とうとした私にポリーヌが話しかけた。
「王妃様は外国の王女だったわ。この国では外国から嫁いだ王妃はよく死ぬのよ」
「え?」
ポリーヌの不吉な言葉は私の暗い未来を予感させた。
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