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幕間 ミスリル銀は夢を見ない③
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竜人族には固有の病気がある。
強過ぎる魔力が制御出来なくなって発熱し、全身に魔力の鱗が飛び出して触るものを傷つけてしまう病気だ。
高熱を発するので意識が朦朧とし、水や食事も摂れなくなる。
特効薬はなく自然治癒を待つしかないが、回復するまでに衰弱して亡くなってしまう患者もいた。
回復魔導は効かない。むしろ他人の魔力を注ぎこむことで悪化する。
元々回復魔導は怪我にしか効かない。病人に使っても『病気』を元気にしてしまうのだと言われていた。
昨今は魔物の活発化や作物の魔物化が示すように世界中の魔力が高まっているため、この病気が悪化して死に至るものが増えているという。
──ユーノがそれに発病した。
『番』を選んで彼女とその母親を捨てた父親から受け継いだ血のせいだ。
なにも出来ないまま看病を続けて、鱗が突き刺さっても彼女の手を握り締めて、名前を呼んで水を飲ませて、栄養のある野菜や果物を摩り下ろして飲み込ませて──だけど、彼女が回復する日は来なかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
人間を始めとする生き物の中で、魔導の発動に使う魔力はわずかなものだ。
実際は魔導者などが感知するより遥かに多くの魔力が体内に満ちている。
手足が動くのも魔力の循環によるものだ。魔道具と同じ、核の命令で動くという魔導を発動している。
ユーノを喪って、僕はパルミエリ辺境伯様にお暇をいただいた。
ありがたいことに何度も引き留めていただいたが、自分がやろうとしている忌まわしいことに辺境伯様を巻き込むわけにはいかない。
僕は死者を蘇らせる。ユーノを生き返らせるのだ。それは大陸中、いや世界中、どの国どの民族でも許されない禁忌だった。
死んだユーノの心臓は、父親から譲り受けた強い魔力のせいか魔物のように魔石化していた。これを燃料とする。
体を動かす大切な場所に術式を刻んだミスリル銀を埋め込む。
髪と瞳だけでなく、ユーノの体すべてが真白きミスリル銀に覆われた。僕のユーノは自分の心臓が変じた魔石を燃料に、少しだけ動いて崩れ落ちた。
僕はカサヴェテス竜王国へ渡った。
元から魔物蔓延る土地の上に、今は世界的に魔力が高まっている。
辺境伯様の専属魔道具職人としてもらっていた金で傭兵を雇い、ユーノの燃料になる魔石を持っていそうな強い魔物を狩らせた。でも、どんな魔物の魔石もユーノを一瞬しか動かせない。
ユーノの心臓が魔石化していたように、強い魔力を持つ竜人族の心臓は魔石化するのかもしれない。
毒を飲ませても無意識に解毒し、怪我を負わせてもすぐ回復する竜人族だけど、回復する前に一瞬で心臓を抉れば倒すことが出来る。僕は魔道具を改良して、傭兵として雇った竜人族達を屠っていった。
でも竜人族達の心臓も、一瞬しかユーノを動かせない。
竜王なら、カサヴェテス竜王国の竜人族の頂点に立つものなら、巨竜に変じるほどの強い魔力を持つものの心臓ならば、僕のユーノは生き返るだろうか。
魔物の魔石を燃料にしたせいか、ユーノはもう人の姿をしていない。
竜人族の心臓を燃料にすると、自然に魔力の鱗を纏ってトカゲ人間の姿になる。竜王の心臓を燃料にしたら、巨竜の姿になるのだろうか。巨竜というのも結局は、魔力の鱗を大量に纏った姿でしかない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はっ!」
全身にびっしり汗を掻いて、カサヴェテス竜王国へ向かう馬車の中で目を覚ます。
海に面していない竜王国へは陸路でしか行けない。夏の半ばにリナルディ王国を出発したが、夏の終わりまでには竜王国へ到着出来るのだろうか。
僕の前には魔力の鱗を纏ったユーノが横たわっている。あの日、貴族の坊ちゃんから逃げるために纏っていた鱗よりも鋭利で、抱き締める僕の手も包んだ毛布も穴だらけにする鱗だ。
「……はあ、はあ……」
息が荒い。
僕は水に湿らせた布を彼女の口へ運んだ。
ユーノは生きている。さっき見た悪夢と違い、この病気を治せる人もいる。僕を専属魔道具職人として雇ってくれたパルミエリ辺境伯様の従妹で、カサヴェテス竜王国の竜王に嫁いだリナルディ王国の王女ディアナ様だ。
辺境伯様のお力で、ディアナ様にユーノを診てもらえることになっていた。
夢の中でユーノが死んだのは秋の初めで、竜王の心臓を欲しいと思い始めたのは冬の初めだったけど、今はまだ夏さえ終わってない。
春に雇われて夏の初めにユーノが発病したから、辺境伯様の専属魔道具職人としての仕事はまるでしていない。ユーノが助かったら、これからの人生すべてを辺境伯様に捧げよう。
「ユーノ。大丈夫だよ、ユーノ。絶対に助かるからね」
僕が手を握り締めると、ユーノは辛そうに首を横に振る。
「駄目よ、ルキウス。私の手を握ったらルキウスの手に穴が開いちゃう……」
彼女の意識は朦朧としている。現状を理解しているわけではないのだ。
それなのに、自分のほうが遥かに苦しいだろうに、ユーノは僕を案じてくれている。
愛しさが胸にこみ上げて、僕は涙を飲み込んだ。秋が来る前にカサヴェテス竜王国に到着出来たら彼女は助かるのではないかと、根拠のない考えが頭を過ぎる。
どうか彼女を助けてくださいと、カサヴェテス竜王国にいるという精霊王様に祈りを捧げた。
辺境伯様の従妹でリナルディ王国の王女でもあった竜王国の王妃様は、嫁いでから精霊王様の加護を受けて愛し子になられたのだという。
強過ぎる魔力が制御出来なくなって発熱し、全身に魔力の鱗が飛び出して触るものを傷つけてしまう病気だ。
高熱を発するので意識が朦朧とし、水や食事も摂れなくなる。
特効薬はなく自然治癒を待つしかないが、回復するまでに衰弱して亡くなってしまう患者もいた。
回復魔導は効かない。むしろ他人の魔力を注ぎこむことで悪化する。
元々回復魔導は怪我にしか効かない。病人に使っても『病気』を元気にしてしまうのだと言われていた。
昨今は魔物の活発化や作物の魔物化が示すように世界中の魔力が高まっているため、この病気が悪化して死に至るものが増えているという。
──ユーノがそれに発病した。
『番』を選んで彼女とその母親を捨てた父親から受け継いだ血のせいだ。
なにも出来ないまま看病を続けて、鱗が突き刺さっても彼女の手を握り締めて、名前を呼んで水を飲ませて、栄養のある野菜や果物を摩り下ろして飲み込ませて──だけど、彼女が回復する日は来なかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
人間を始めとする生き物の中で、魔導の発動に使う魔力はわずかなものだ。
実際は魔導者などが感知するより遥かに多くの魔力が体内に満ちている。
手足が動くのも魔力の循環によるものだ。魔道具と同じ、核の命令で動くという魔導を発動している。
ユーノを喪って、僕はパルミエリ辺境伯様にお暇をいただいた。
ありがたいことに何度も引き留めていただいたが、自分がやろうとしている忌まわしいことに辺境伯様を巻き込むわけにはいかない。
僕は死者を蘇らせる。ユーノを生き返らせるのだ。それは大陸中、いや世界中、どの国どの民族でも許されない禁忌だった。
死んだユーノの心臓は、父親から譲り受けた強い魔力のせいか魔物のように魔石化していた。これを燃料とする。
体を動かす大切な場所に術式を刻んだミスリル銀を埋め込む。
髪と瞳だけでなく、ユーノの体すべてが真白きミスリル銀に覆われた。僕のユーノは自分の心臓が変じた魔石を燃料に、少しだけ動いて崩れ落ちた。
僕はカサヴェテス竜王国へ渡った。
元から魔物蔓延る土地の上に、今は世界的に魔力が高まっている。
辺境伯様の専属魔道具職人としてもらっていた金で傭兵を雇い、ユーノの燃料になる魔石を持っていそうな強い魔物を狩らせた。でも、どんな魔物の魔石もユーノを一瞬しか動かせない。
ユーノの心臓が魔石化していたように、強い魔力を持つ竜人族の心臓は魔石化するのかもしれない。
毒を飲ませても無意識に解毒し、怪我を負わせてもすぐ回復する竜人族だけど、回復する前に一瞬で心臓を抉れば倒すことが出来る。僕は魔道具を改良して、傭兵として雇った竜人族達を屠っていった。
でも竜人族達の心臓も、一瞬しかユーノを動かせない。
竜王なら、カサヴェテス竜王国の竜人族の頂点に立つものなら、巨竜に変じるほどの強い魔力を持つものの心臓ならば、僕のユーノは生き返るだろうか。
魔物の魔石を燃料にしたせいか、ユーノはもう人の姿をしていない。
竜人族の心臓を燃料にすると、自然に魔力の鱗を纏ってトカゲ人間の姿になる。竜王の心臓を燃料にしたら、巨竜の姿になるのだろうか。巨竜というのも結局は、魔力の鱗を大量に纏った姿でしかない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はっ!」
全身にびっしり汗を掻いて、カサヴェテス竜王国へ向かう馬車の中で目を覚ます。
海に面していない竜王国へは陸路でしか行けない。夏の半ばにリナルディ王国を出発したが、夏の終わりまでには竜王国へ到着出来るのだろうか。
僕の前には魔力の鱗を纏ったユーノが横たわっている。あの日、貴族の坊ちゃんから逃げるために纏っていた鱗よりも鋭利で、抱き締める僕の手も包んだ毛布も穴だらけにする鱗だ。
「……はあ、はあ……」
息が荒い。
僕は水に湿らせた布を彼女の口へ運んだ。
ユーノは生きている。さっき見た悪夢と違い、この病気を治せる人もいる。僕を専属魔道具職人として雇ってくれたパルミエリ辺境伯様の従妹で、カサヴェテス竜王国の竜王に嫁いだリナルディ王国の王女ディアナ様だ。
辺境伯様のお力で、ディアナ様にユーノを診てもらえることになっていた。
夢の中でユーノが死んだのは秋の初めで、竜王の心臓を欲しいと思い始めたのは冬の初めだったけど、今はまだ夏さえ終わってない。
春に雇われて夏の初めにユーノが発病したから、辺境伯様の専属魔道具職人としての仕事はまるでしていない。ユーノが助かったら、これからの人生すべてを辺境伯様に捧げよう。
「ユーノ。大丈夫だよ、ユーノ。絶対に助かるからね」
僕が手を握り締めると、ユーノは辛そうに首を横に振る。
「駄目よ、ルキウス。私の手を握ったらルキウスの手に穴が開いちゃう……」
彼女の意識は朦朧としている。現状を理解しているわけではないのだ。
それなのに、自分のほうが遥かに苦しいだろうに、ユーノは僕を案じてくれている。
愛しさが胸にこみ上げて、僕は涙を飲み込んだ。秋が来る前にカサヴェテス竜王国に到着出来たら彼女は助かるのではないかと、根拠のない考えが頭を過ぎる。
どうか彼女を助けてくださいと、カサヴェテス竜王国にいるという精霊王様に祈りを捧げた。
辺境伯様の従妹でリナルディ王国の王女でもあった竜王国の王妃様は、嫁いでから精霊王様の加護を受けて愛し子になられたのだという。
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