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幕間 ミスリル銀は夢を見ない②
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リナルディ王国の王立魔導学園は三年制だ。
卒業式も近いある日、僕はユーノを探して裏庭を歩いていた。
僕の卒業後の進路はもう決まっている。パルミエリ辺境伯様の専属魔道具職人になるのだ。自分でも信じられないほどの幸運だった。
「この化け物がっ!」
貴族の坊ちゃんが叫び声を上げて去っていく。
僕は裏庭の雑木林の中、木陰に隠れて彼をやり過ごした。
魔道具職人を目指す生徒の中では出世頭の僕だけど、魔力の乏しさは変わっていない。三年間学んでも、攻撃力のある魔導を発動させることは出来なかった。
坊ちゃんの足音が消えたのを合図に、僕は彼が出てきた茂みの奥へ入った。
そこにはトカゲ人間がいた。
いや、魔力の鱗で全身を覆ったユーノだ。彼女の魔力で出来た鱗は、普段の美しい髪や瞳と同じ白金だ。白金よりも真白く、ミスリル銀に近い。
「だから言ったんだよ」
「……」
「君を自領の工房に誘うような貴族なんているわけないって」
「……どーせ」
「うん?」
「どーせ私は才能がないわよ。三年間勉強して、やっと照明の術式が刻めるようになったところだもん。しかも安定した刻印が出来ていないから、一度発動させればミスリル銀が溶けちゃうし」
「いやー、初日にミスリル銀を百枚溶かしたことを考えれば成長したと言えるんじゃない?」
だれも考えていなかった。
竜人族の父親から強い魔力を受け継いだ彼女が、ヒト族の母親と同じ魔道具職人に本気でなりたがっているなんて。
魔道具学の授業の単位くらい攻撃魔導学の実習で補える。貴族の生徒の多くは、最初から魔道具学の授業には出席すらしない。
「だからさ、僕が前から言ってるように、騎士団か傭兵団に所属して戦闘員として活躍しながら、たまに団内の工房に顔を出して趣味として魔道具作りを続けていけば?」
「嫌なの。私は魔道具職人になりたいの。母さんの後を継ぐの」
彼女の母親は魔導学園入学前に亡くなっていた。
番が見つかったと言って姿を消した竜人族の父親は、もうユーノの家族ではない。彼女の家族は亡くなった母親だけだ。
竜人族が疎まれるのはその強過ぎる魔力のせいだけではない。美しい外見でヒト族や獣人族を虜にして弄んでおきながら、自分達にだけ特別な『番』という言葉で逃げ出す所業も嫌われているのだ。
「難しいと思うよ」
「……知ってる。優等生のルキウスに三年間付きっ切りで教えてもらったのに、使い捨て照明術式しか刻めないんだもんね」
教師は有り余る情熱に反して一向に上達しない彼女に匙を投げ、僕に押し付けてきた。
最初は面倒だと思った。
だけど彼女が本当に母親を尊敬し、その仕事に憧れているのだと気づいてからは気持ちが変わった。僕の宝物、市販の魔道具を分解して取り出したミスリル銀(分解は禁止されてます)の中で一番美しく刻まれた術式は、彼女の母親の仕事だった。
「僕の助手になる?」
「え?」
「ある程度形になったら辺境伯領の魔道具工房に協力を仰ぐけど、それ以前のふわっとした状態の研究のとき、意見を交換したり資料を探したりしてくれる人員が欲しいんだよね」
「いいの、ルキウス!」
「僕が納得出来る術式が刻めるようになるまでは、ミスリル銀は触らせないけど」
今は、彼女が休日の魔物退治で稼いだ金で購入したミスリル銀で練習させている。これ以上学校の備品は使わないでくれと、教師に泣きつかれたからだ。
……どう考えても攻撃魔導者のほうが向いてると思うんだけどなあ。
僕は、魔力の鱗が消えて、普段の美貌に戻って微笑むユーノを見つめた。魔力の鱗は激しい感情で発動する。貴族の坊ちゃんに襲われかけた恐怖と怒りからは解放されたってことだ。
「ありがとう、ルキウス!」
「うん」
もっと早く言ってあげれば良かったんだろうけど、せっかく専属魔道具職人に選んでくれた辺境伯様に勝手な要望を出すのは気が引けたし、さっきの貴族の坊ちゃんと変わらない僕の下心を悟られるのも怖かったんだ。
僕は──ユーノが好きだ。
夢を見ないミスリル銀のような真白き美貌はもちろんだけど、魔道具職人を夢見て必死に足掻いている心はもっと好きだ。ふたりで市販の魔道具を分解して(禁止されています)取り出した核のミスリル銀に刻まれた術式を見つめている時間が大好きだ。
本当は、さっきの貴族の坊ちゃんからも僕が助けてあげたかった。
ユーノは美しいから、昔からよく貴族や富豪の坊ちゃんに絡まれる。
入学当初に助けようとして、結局ボロボロになってユーノに助けてもらったんだよね。あれからは、却って足手纏いになると理解したので迂闊に首を突っ込まないようにしている。
「……ねえ、ルキウス。ミスリル銀に術式刻まなかったら練習出来なくない?」
「魔石筆は貸してあげるから、石に刻んで練習して」
いくら惚れた弱みがあっても、彼女のために溶かされるだけのミスリル銀の代金を辺境伯様に要求出来るほど僕の金銭感覚は壊れていない。
それにミスリル銀が可哀相だと思うんだよ。
今は同級生だし彼女の金で買ったミスリル銀だから止められないけど、上司なら止めていいよね。ミスリル銀に塗る保護液の研究もしたけれど、良い結果が出たヤツは手に入り難い原料のものだったから、もったいなくてユーノの練習用のミスリル銀には使えないんだよなー。
卒業式も近いある日、僕はユーノを探して裏庭を歩いていた。
僕の卒業後の進路はもう決まっている。パルミエリ辺境伯様の専属魔道具職人になるのだ。自分でも信じられないほどの幸運だった。
「この化け物がっ!」
貴族の坊ちゃんが叫び声を上げて去っていく。
僕は裏庭の雑木林の中、木陰に隠れて彼をやり過ごした。
魔道具職人を目指す生徒の中では出世頭の僕だけど、魔力の乏しさは変わっていない。三年間学んでも、攻撃力のある魔導を発動させることは出来なかった。
坊ちゃんの足音が消えたのを合図に、僕は彼が出てきた茂みの奥へ入った。
そこにはトカゲ人間がいた。
いや、魔力の鱗で全身を覆ったユーノだ。彼女の魔力で出来た鱗は、普段の美しい髪や瞳と同じ白金だ。白金よりも真白く、ミスリル銀に近い。
「だから言ったんだよ」
「……」
「君を自領の工房に誘うような貴族なんているわけないって」
「……どーせ」
「うん?」
「どーせ私は才能がないわよ。三年間勉強して、やっと照明の術式が刻めるようになったところだもん。しかも安定した刻印が出来ていないから、一度発動させればミスリル銀が溶けちゃうし」
「いやー、初日にミスリル銀を百枚溶かしたことを考えれば成長したと言えるんじゃない?」
だれも考えていなかった。
竜人族の父親から強い魔力を受け継いだ彼女が、ヒト族の母親と同じ魔道具職人に本気でなりたがっているなんて。
魔道具学の授業の単位くらい攻撃魔導学の実習で補える。貴族の生徒の多くは、最初から魔道具学の授業には出席すらしない。
「だからさ、僕が前から言ってるように、騎士団か傭兵団に所属して戦闘員として活躍しながら、たまに団内の工房に顔を出して趣味として魔道具作りを続けていけば?」
「嫌なの。私は魔道具職人になりたいの。母さんの後を継ぐの」
彼女の母親は魔導学園入学前に亡くなっていた。
番が見つかったと言って姿を消した竜人族の父親は、もうユーノの家族ではない。彼女の家族は亡くなった母親だけだ。
竜人族が疎まれるのはその強過ぎる魔力のせいだけではない。美しい外見でヒト族や獣人族を虜にして弄んでおきながら、自分達にだけ特別な『番』という言葉で逃げ出す所業も嫌われているのだ。
「難しいと思うよ」
「……知ってる。優等生のルキウスに三年間付きっ切りで教えてもらったのに、使い捨て照明術式しか刻めないんだもんね」
教師は有り余る情熱に反して一向に上達しない彼女に匙を投げ、僕に押し付けてきた。
最初は面倒だと思った。
だけど彼女が本当に母親を尊敬し、その仕事に憧れているのだと気づいてからは気持ちが変わった。僕の宝物、市販の魔道具を分解して取り出したミスリル銀(分解は禁止されてます)の中で一番美しく刻まれた術式は、彼女の母親の仕事だった。
「僕の助手になる?」
「え?」
「ある程度形になったら辺境伯領の魔道具工房に協力を仰ぐけど、それ以前のふわっとした状態の研究のとき、意見を交換したり資料を探したりしてくれる人員が欲しいんだよね」
「いいの、ルキウス!」
「僕が納得出来る術式が刻めるようになるまでは、ミスリル銀は触らせないけど」
今は、彼女が休日の魔物退治で稼いだ金で購入したミスリル銀で練習させている。これ以上学校の備品は使わないでくれと、教師に泣きつかれたからだ。
……どう考えても攻撃魔導者のほうが向いてると思うんだけどなあ。
僕は、魔力の鱗が消えて、普段の美貌に戻って微笑むユーノを見つめた。魔力の鱗は激しい感情で発動する。貴族の坊ちゃんに襲われかけた恐怖と怒りからは解放されたってことだ。
「ありがとう、ルキウス!」
「うん」
もっと早く言ってあげれば良かったんだろうけど、せっかく専属魔道具職人に選んでくれた辺境伯様に勝手な要望を出すのは気が引けたし、さっきの貴族の坊ちゃんと変わらない僕の下心を悟られるのも怖かったんだ。
僕は──ユーノが好きだ。
夢を見ないミスリル銀のような真白き美貌はもちろんだけど、魔道具職人を夢見て必死に足掻いている心はもっと好きだ。ふたりで市販の魔道具を分解して(禁止されています)取り出した核のミスリル銀に刻まれた術式を見つめている時間が大好きだ。
本当は、さっきの貴族の坊ちゃんからも僕が助けてあげたかった。
ユーノは美しいから、昔からよく貴族や富豪の坊ちゃんに絡まれる。
入学当初に助けようとして、結局ボロボロになってユーノに助けてもらったんだよね。あれからは、却って足手纏いになると理解したので迂闊に首を突っ込まないようにしている。
「……ねえ、ルキウス。ミスリル銀に術式刻まなかったら練習出来なくない?」
「魔石筆は貸してあげるから、石に刻んで練習して」
いくら惚れた弱みがあっても、彼女のために溶かされるだけのミスリル銀の代金を辺境伯様に要求出来るほど僕の金銭感覚は壊れていない。
それにミスリル銀が可哀相だと思うんだよ。
今は同級生だし彼女の金で買ったミスリル銀だから止められないけど、上司なら止めていいよね。ミスリル銀に塗る保護液の研究もしたけれど、良い結果が出たヤツは手に入り難い原料のものだったから、もったいなくてユーノの練習用のミスリル銀には使えないんだよなー。
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