たとえ番でないとしても

豆狸

文字の大きさ
28 / 60

22・たとえ夏の終わりが来ても

しおりを挟む
「……あ」

 離宮でお茶を飲んでいて、私は気づきました。

「どうなさいましたか、妃殿下」

 朝食に付き合ってくれていたソティリオス様に問われて、微笑みを返します。

「先日、農地を見回りに行ったとき魔物化したカボチャから助けていただいたでしょう?」
「はい。あのときは作物を無駄にしてしまって申し訳ありませんでした」
「ソティリオス様のせいではありませんわ。なかなか魔導を発動出来なかった私が悪いのです」
「とんでもありません。魔物化した作物を鎮めるだなんて、だれにでも出来ることではありません。竜王陛下に護衛を命じられたこの俺が、妃殿下が落ち着いて魔導を発動出来るよう努めなくてはならなかったのです」

 いろいろと思うことはありますが、ソティリオス様は近衛騎士隊の隊長で竜王ニコラオス陛下の従弟、ガヴラス大公家の跡取りでもいらっしゃいます。
 今のカサヴェテス竜王国で、竜王陛下以外でただひとり巨竜化出来る方でもあるのです。
 そんな方を護衛につけてくださっているということは、つがいではない形だけの花嫁のこともそれなりに大事に思ってくださっているということにほかなりません。……だったら嬉しいのに、と私は思うのです。

「あのとき、ソティリオス様から清々しくて懐かしい香りがしたのです」

 謝罪合戦を続けていても埒が明かないので、私は本題に入りました。

「ずっと気になっていたのですけれど、今気づきました。麝香草タイムの香りです」
「ああ……」

 ソティリオス様が微笑みます。

「妃殿下にいただいた麝香草タイムのお茶を毎日飲んでいるからでしょう。清々しい香りと刺激で頭がさっぱりするので夜勤のときに助かっております」

 ソティリオス様のおかげで離宮に庭師や掃除係が来てくれるようになったのですが、香草の植えられた一角だけは私が世話をしています。
 夏の前には予定通り麝香草タイムの枝を刈りました。
 麝香草タイムは一年中収穫できる香草です。枝を刈っても次から次へと収穫出来るので、乾かしたものをソティリオス様にもらっていただいたのでした。花の時期は夏の初めまででした。白い小さな花を懐かしく感じます。

 夏はもうすぐ終わりです。
 私は、結構上手くやったのではないかと自惚れています。
 前の夏で話題になっていた作物の魔物化を鎮め、制御出来ない魔力によって引き起こされた病気で苦しむ竜人族の人々を治療しました。さすがに日帰り出来ない場所にまで足を延ばすことは出来ませんでしたが、王都周辺の農地の魔力を鎮めたことで竜王国全体の魔力も落ち着いているようです。

「ソティリオス様、お体は大丈夫ですか? ほかの方は交代で勤務なさるのに、ソティリオス様はお休みの日がないような気がします。毎晩の夜勤の上に、こうして私の話相手までしてくださって」
「妃殿下をお守りするのは竜王陛下に命じられた俺の大切な任務です。……ご迷惑でなければ、このまま妃殿下とお食事をさせてください」
「迷惑だなんて!……だれかとお話しながら食事をするのは、とても楽しいですわ」
「でしたら良かったです」

 ソティリオス様に甘え過ぎている自覚はあります。
 彼の大切な主君である竜王陛下をお助けすることでご恩をお返し出来たら、と思っています。
 その反面このまま夏が終わってもなにも起こらない平穏な日々が続いて、精霊王様がご覧になった未来も私が覚えている記憶も幻だったということになれば良いとも願っているのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

間違えられた番様は、消えました。

夕立悠理
恋愛
※小説家になろう様でも投稿を始めました!お好きなサイトでお読みください※ 竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。 運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。 「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」 ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。 ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。 「エルマ、私の愛しい番」 けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。 いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。 名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

かつて番に婚約者を奪われた公爵令嬢は『運命の番』なんてお断りです。なのに獣人国の王が『お前が運命の番だ』と求婚して来ます

神崎 ルナ
恋愛
「運命の番に出会ったからローズ、君との婚約は解消する」  ローズ・ファラント公爵令嬢は婚約者のエドモンド・ザックランド公爵令息にそう言われて婚約を解消されてしまう。  ローズの居るマトアニア王国は獣人国シュガルトと隣接しているため、数は少ないがそういった可能性はあった。  だが、今回の婚約は幼い頃から決められた政略結婚である。  当然契約違反をしたエドモンド側が違約金を支払うと思われたが――。 「違約金? 何のことだい? お互いのうちどちらかがもし『運命の番』に出会ったら円満に解消すること、って書いてあるじゃないか」  確かにエドモンドの言葉通りその文面はあったが、タイミングが良すぎた。  ここ数年、ザックランド公爵家の領地では不作が続き、ファラント公爵家が援助をしていたのである。  その領地が持ち直したところでこの『運命の番』騒動である。  だが、一応理には適っているため、ローズは婚約解消に応じることとなる。  そして――。  とあることを切っ掛けに、ローズはファラント公爵領の中でもまだ発展途上の領地の領地代理として忙しく日々を送っていた。  そして半年が過ぎようとしていた頃。  拙いところはあるが、少しずつ治める側としての知識や社交術を身に付けつつあったローズの前に一人の獣人が現れた。  その獣人はいきなりローズのことを『お前が運命の番だ』と言ってきて。        ※『運命の番』に関する独自解釈がありますm(__)m

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

処理中です...