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29・たとえ遠く離れていても
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「暑くないですか?」
収穫祭の日が来ました。
闇の魔力の表れである黒い髪に紫の瞳の私は、光の魔力の強い竜人族の住むカサヴェテス竜王国では目立つので、マントのフードを深く被って誤魔化しています。
秋も深まり朝晩肌寒い日が続くようになっていましたが、収穫祭を祝う王都の人いきれの中は夏に戻ったような暑さです。
「大丈夫ですよ、ソティリオス様。ご用意してくださったマントは生地も薄いし風通しも良いですから」
「ご無理はなさらないでくださいね。果実水でもお飲みになりますか?」
「ありがとうございます」
ソティリオス様が辺りの出店を見回します。
私も一緒に視線を動かします。
この辺りは串焼きのお店が多いようです。焼かれているのは牛・豚・鶏、たまに魔物肉もあるようです。鶏肉の串を精霊王様へのお土産にしましょうか。
「どこのお店からも美味しそうな匂いが漂って来ますね。……あ」
肉を焼く匂いの中に、ひとつだけ異質なものを感じました。
海に接していないカサヴェテス竜王国では珍しい──私は足を止めて、匂いの主を探しました。
潮の香り、海の香り、リナルディ王国で暮らしていたころ、お父様やお母様とお忍びで行った王都に近い港町で嗅いだのと同じ匂いです。
「……いらっしゃい」
店の前に立った私に気づいて意外そうな表情で顔を上げたのは、黒髪の獣人族でした。耳や尻尾からして、おそらく犬獣人でしょう。
竜人族はもちろんヒト族よりも魔力が弱い獣人族では、あまり魔導の才は重視されません。
そのため魔導の才がないものの特徴だと言われている黒髪も厭われてはいないのです。
リナルディ王国よりも南へ進むと獣人族の住む国があると言います。
国土のほとんどが海に面していて、海に浮かぶ島に住む人々もいらっしゃるそうです。
私は店で売られている商品を眺めました。
「イカ焼きだけですか? 貝はないのでしょうか」
「あー、貝はないな。この店の商品は魔道具で冷凍にして運んできたんだが、それでも俺達獣人族が住む土地からじゃ遠過ぎるんで、リナルディ王国で仕入れてきたものなんだ」
最初から魔力が弱く魔導の才を重視していない獣人族は、その代わりにかヒト族の国で開発された魔道具を積極的に買い込んでいるのだと聞いています。
闇の魔力を大量に持っていた私と違い、獣人族は魔力が少なくても普通に魔道具を使えるようです。
「ほら、十年くらい前の大暴走であそこの辺境伯領が壊滅しただろう? 若いご領主様が再建に尽力してるって話だけど、まだ貝は戻って来てないみたいなんだ」
パルミエリ辺境伯領は海産物がよく採れることで知られていました。
その反面、大暴走になると陸だけでなく海からも魔物が押し寄せる大変な土地でもありました。
「そうですよね。では、そのイカ焼きを……ソティリオス様もお食べになりますか?」
振り返って、私は彼がいないことに気づきました。
潮の香りに誘われて動いたせいで、はぐれてしまったようです。
形だけとはいえ王妃として他国に嫁いだ十八歳の王女だというのに迷子になるなんて、自分が恥ずかしくてたまりません。
「お客さん、友達とはぐれちまったのか? この人出だ、下手に動かないほうが良い。料金は後でいいから、うちのイカ焼きでも食べながら見つけてもらうのを待ってなよ」
店主が苦笑して、私にイカ焼きを差し出してくれました。
とても美味しそうな匂いがします。板状に切って串に刺し、タレを塗りながら焼いたものです。
投獄されるまでは王宮で、よく海産物も食べていましたっけ。
「ありがとうございます」
「あんた、竜人族じゃないだろう? 海産物を食べ慣れてるリナルディ王国からの旅人かな?」
「……そんなようなものです」
来年の春になれば竜王国を出て行くのですから旅人のようなものでしょう。
私はイカ焼きを受け取って、口に運びました。
何度か噛んで飲み込んで、思わず口元が綻びます。
「美味しいです! タレの甘みが良いですね」
「そう言ってくれると嬉しいよ。俺が作ったタレなんだ。海産物が珍しいカサヴェテス竜王国ならバカ売れするかと思って安いイカを買い込んで来たんだが、珍し過ぎて少しも売れない」
「お魚のほうが良かったかもしれませんね。川魚ならたまに食卓に並びますから……」
ふっと、私は振り向きました。
背後の人混みから漂ってきた香りがあるのです。
それは爽やかで清々しい麝香草の──
「ディアナ!」
人混みをかき分けるようにして、銀の髪に銀の瞳の近衛騎士隊長が現れました。
ソティリオス様は持っていた果実水を落とし、両腕を広げて私を抱き締めました。
離れていたときから感じていた麝香草の香りが私を包みます。
収穫祭の日が来ました。
闇の魔力の表れである黒い髪に紫の瞳の私は、光の魔力の強い竜人族の住むカサヴェテス竜王国では目立つので、マントのフードを深く被って誤魔化しています。
秋も深まり朝晩肌寒い日が続くようになっていましたが、収穫祭を祝う王都の人いきれの中は夏に戻ったような暑さです。
「大丈夫ですよ、ソティリオス様。ご用意してくださったマントは生地も薄いし風通しも良いですから」
「ご無理はなさらないでくださいね。果実水でもお飲みになりますか?」
「ありがとうございます」
ソティリオス様が辺りの出店を見回します。
私も一緒に視線を動かします。
この辺りは串焼きのお店が多いようです。焼かれているのは牛・豚・鶏、たまに魔物肉もあるようです。鶏肉の串を精霊王様へのお土産にしましょうか。
「どこのお店からも美味しそうな匂いが漂って来ますね。……あ」
肉を焼く匂いの中に、ひとつだけ異質なものを感じました。
海に接していないカサヴェテス竜王国では珍しい──私は足を止めて、匂いの主を探しました。
潮の香り、海の香り、リナルディ王国で暮らしていたころ、お父様やお母様とお忍びで行った王都に近い港町で嗅いだのと同じ匂いです。
「……いらっしゃい」
店の前に立った私に気づいて意外そうな表情で顔を上げたのは、黒髪の獣人族でした。耳や尻尾からして、おそらく犬獣人でしょう。
竜人族はもちろんヒト族よりも魔力が弱い獣人族では、あまり魔導の才は重視されません。
そのため魔導の才がないものの特徴だと言われている黒髪も厭われてはいないのです。
リナルディ王国よりも南へ進むと獣人族の住む国があると言います。
国土のほとんどが海に面していて、海に浮かぶ島に住む人々もいらっしゃるそうです。
私は店で売られている商品を眺めました。
「イカ焼きだけですか? 貝はないのでしょうか」
「あー、貝はないな。この店の商品は魔道具で冷凍にして運んできたんだが、それでも俺達獣人族が住む土地からじゃ遠過ぎるんで、リナルディ王国で仕入れてきたものなんだ」
最初から魔力が弱く魔導の才を重視していない獣人族は、その代わりにかヒト族の国で開発された魔道具を積極的に買い込んでいるのだと聞いています。
闇の魔力を大量に持っていた私と違い、獣人族は魔力が少なくても普通に魔道具を使えるようです。
「ほら、十年くらい前の大暴走であそこの辺境伯領が壊滅しただろう? 若いご領主様が再建に尽力してるって話だけど、まだ貝は戻って来てないみたいなんだ」
パルミエリ辺境伯領は海産物がよく採れることで知られていました。
その反面、大暴走になると陸だけでなく海からも魔物が押し寄せる大変な土地でもありました。
「そうですよね。では、そのイカ焼きを……ソティリオス様もお食べになりますか?」
振り返って、私は彼がいないことに気づきました。
潮の香りに誘われて動いたせいで、はぐれてしまったようです。
形だけとはいえ王妃として他国に嫁いだ十八歳の王女だというのに迷子になるなんて、自分が恥ずかしくてたまりません。
「お客さん、友達とはぐれちまったのか? この人出だ、下手に動かないほうが良い。料金は後でいいから、うちのイカ焼きでも食べながら見つけてもらうのを待ってなよ」
店主が苦笑して、私にイカ焼きを差し出してくれました。
とても美味しそうな匂いがします。板状に切って串に刺し、タレを塗りながら焼いたものです。
投獄されるまでは王宮で、よく海産物も食べていましたっけ。
「ありがとうございます」
「あんた、竜人族じゃないだろう? 海産物を食べ慣れてるリナルディ王国からの旅人かな?」
「……そんなようなものです」
来年の春になれば竜王国を出て行くのですから旅人のようなものでしょう。
私はイカ焼きを受け取って、口に運びました。
何度か噛んで飲み込んで、思わず口元が綻びます。
「美味しいです! タレの甘みが良いですね」
「そう言ってくれると嬉しいよ。俺が作ったタレなんだ。海産物が珍しいカサヴェテス竜王国ならバカ売れするかと思って安いイカを買い込んで来たんだが、珍し過ぎて少しも売れない」
「お魚のほうが良かったかもしれませんね。川魚ならたまに食卓に並びますから……」
ふっと、私は振り向きました。
背後の人混みから漂ってきた香りがあるのです。
それは爽やかで清々しい麝香草の──
「ディアナ!」
人混みをかき分けるようにして、銀の髪に銀の瞳の近衛騎士隊長が現れました。
ソティリオス様は持っていた果実水を落とし、両腕を広げて私を抱き締めました。
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