たとえ番でないとしても

豆狸

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41・たとえすべてが終わるとしても

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「まあ、お綺麗ですわ」

 メイドに言われて鏡を見ると、見知らぬ娘が映っていました。
 普段使いの軽装なドレスなら自分ひとりで脱ぎ着出来ますが、夜会に出席するためのドレスともなるとメイドの助けが必要になります。そのため私が散策に出ているときなどに庭師と掃除係が来るだけだった離宮に、今夜は何人ものメイドが来ています。
 そういえば、初めてこのカサヴェテス竜王国へ来た日は白銀色の巨竜と化したソティリオス様に運んでいただいた直後だったので、ドレスはドレスでも旅装でしたね。到着してから着替えるつもりだったのに、なんだかんだでドタバタしてそのまま竜王陛下の御前に出てしまいました。そんな恰好で御前に出るとは無礼だと、あの場で処されなかっただけマシだったのかもしれません。

 パルミエリ辺境伯領へ戻った魔道具職人のルキウスとユーノは、精力的に新製品を開発して、私のところへ送って来てくれています。
 精霊王様のおかげで自分の持つ闇の魔力は扱えるようになった私ですが、光の魔力を基本にして考えられた魔道具は上手く使えないままです。
 熱風を起こして髪を整えるというルキウスの新魔道具は、私のために来てくれたメイド達が作動してくれました。私の髪を整えながら感動していたようなので、この魔道具はきっとカサヴェテス竜王国で人気商品になることでしょう。

 鏡の中、重い印象を与える私の黒髪はふわりと膨らんで、春が始まったとはいえ時期的にはまだ早い薄紅に色づく白い花びらを纏っています。
 精霊王様がお力で少しだけ早く咲かせて届けてくださったのです。集めてくれたのはお子様達だといいます。
 花びらだけでなく、細い銀の鎖が柔らかく髪をまとめていました。これはソティリオス様が贈ってくださったのです。

 最後だから私の衣装は竜王ニコラオス陛下がご用意してくださるという話もあったのですけれど、離縁するのだからおかしいのではないかという話が出て、花びらのような一部のものを除いてソティリオス様がご用意してくださることになったのです。
 ああ、もちろん前のときと違って、これまでの生活にかかった費用はすべて竜王国が出してくださっていました。
 普段使いのドレスも季節ごとに届けてもらっていましたよ。

 ソティリオス様に宴のドレスをいただくのもおかしいような気もしたのですが、一年お仕えした最後のご奉公です、と言われては断れませんでした。
 断って自分ひとりでどうにか出来るものではありませんし、前と違って今回の近衛騎士隊は監視でなく護衛をしてくださっていました。
 竜王陛下の命だったとはいえ、私に仕えてくれていたと思っても良いのかもしれません。

 宴用のドレスはリナルディ王国にいたときですら着たことがなかったほど豪奢なものです。
 けして派手な意匠ではありませんけれど、揺れると銀の煌めきを零す紫色の布地も縫い目すらわからないくらい丁寧に縫い合わされた作りも、ところどころに見える全体を引き立てる飾りも一流の職人によるものなのは間違いありません。
 少し胸を強調し過ぎな気もしますが、夜会なので仕方がありませんね。

 開き過ぎて感じる胸元には銀鎖に紫水晶の首飾り。
 自分のものではないかのように柔らかく広がった黒髪から覗く耳元には、精霊王様を思わせる黒曜石の耳飾り。
 指先の真珠の指輪は、従姉のミネルヴァ様がパルミエリ辺境伯領で採れた真珠で作って送ってくださったものです。竜王国で冬の大暴走スタンピードが起こらなかっただけでなく、大陸全体で進んでいた魔物の活性化が収まったようで、辺境伯領は少しずつ復興してきていると聞きました。ルキウス達の作る新しい魔道具のおかげもあるようです。

「……妃殿下、ソティリオス殿下がいらっしゃいました」

 王家の血を引く大公家のご長男なので、近衛騎士隊長の任務に当たっていらっしゃらないときのソティリオス様は殿下の尊称で呼ばれています。
 竜王ニコラオス陛下にお子様がいらっしゃらないので、今のところ陛下以外で巨竜化出来るただひとりのソティリオス様が次代の竜王候補でいらっしゃるからもあるでしょう。
 本来なら形だけの王妃とはいえ、夫である竜王陛下がエスコートするのが普通です。けれど今夜で離縁するわけですし、陛下には主催としてほかの方々をもてなすお役目がおありです。それで離宮から王宮の大広間まではソティリオス様がエスコートしてくださることになりました。

「わかりました」

 メイドに頷いて、離宮の別室で待つソティリオス様のところへ向かいます。
 ソティリオス様にいただいたドレスですが、着るのも着た姿をお見せするのもこれが初めてです。

「お待たせしました、ソティリオス様。大広間までよろしくお願いいたします」
「待ってなどいませんよ、妃殿下……」
「ソティリオス様?」
「ああ、いえ、なんでもありません。一緒に行きましょう、最後の宴に」

 ソティリオス様は私を見て一瞬言葉を失いました。
 どうしてでしょう。もしかして似合っていないのでしょうか。
 先ほどのメイドの言葉はお世辞だったのかもしれません。これまで牢や離宮に引き籠っていた私は、王侯貴族の流行や好みを理解していません。

 ……それでも、ソティリオス様がおっしゃったように最後の宴なのです。
 形だけの王妃として、竜王ニコラオス陛下の妻としての最後の夜。
 鼻で笑われるだけかもしれませんが伝えましょう。初めて会ったときから私が感じていたことを。世界が終わり時間が戻っても、たとえそれがすべて幻だったとしても変わらなかった想いを。
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