地方の田舎に住む女性、妹に幼馴染の彼をとられたけど、生徒に溺愛される医療魔法師

佐藤 美奈

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第19話

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セシリアが、かつての教え子レオナールに招かれ、王国直属の医療魔法師団で指南役に任じられてから、早くも一ヶ月が経った。田舎の医療魔法師が、王都の中心で名声を得るなど、誰が予想しただろう。
けれど、その快進撃は誰も止められなかった。

それというのも──
セシリアは、王太子エリアス殿下の命をじわじわと削っていた不治の病を、たった一度の術式で癒してしまったのだ。それは奇跡とも、神の御業ともたたえられ、瞬く間に彼女の名は王都中を駆け巡った。

だが、セシリアの目覚ましい活躍を、苦々しく思う者がひとりいた。
実の妹、ローラである。姉の婚約者だったエリオットを奪い、今や伯爵夫人として王都で贅沢のかぎりを尽くした日々を送っていた。

「……あの女さえいなければ」

屋敷の奥、厚いカーテンで日の光を閉ざした部屋で、ローラは深い怒りを燃やしていた。その声は低く湿っていて、誰かを呪うようだった。
机の上に並んだ香水瓶をなぎ払い、近くにいた侍女を怒鳴りつける。

「何度言えばわかるの!? このドレス、刺繍の位置が違うって言ってるでしょう!」

「も、申し訳ありません、奥様……っ」

「あいつなんて……消えてしまえばいいのに」

侍女の手は小刻みに震えていた。ローラは、聞きたくもない名前が耳に入るたびに、心を乱していた。ローラの目に浮かんでいたのは、単なる妬みではない。あれはもう、自分も他人も巻き込むような、危うい執念だった――

ぱりん、と甲高い音がした。
私が床に叩きつけたティーカップの、無惨な最後の悲鳴。白い陶器の破片が、小さな星たちがはじけたみたいに、艶やかな床にきらめいていた。

「またですか、奥様……」

侍女の呆れたような、それでいて怯えたような声が、やけに私の神経を逆撫でする。
うるさい。もう、本当にうっとうしいわ。
あんたなんかに、私の気持ちがわかってたまるものか。

「何か文句でもある?」

「い、いえ……奥様、滅相もございません」

怯えたように立ちすくむ侍女に目を向けて、私はなおも叫んだ。

「あいつの名前は出さないで!」

そう。元はと言えば、こいつらが悪いのだ。
ぺちゃくちゃと、聞きたくもない噂話に花を咲かせて。私の耳に入れて。私の心をかき乱して。

『セシリア様、すごいわね』

『王都中の噂ですもの。医療魔法師団の新しい指南役様』

『なんでも、誰も治せなかった第一王子の不治の病を、いとも簡単に治してしまわれたとか』

『まさに奇跡のお方ね』

――セシリア。

その名前を聞くたびに、胸の奥が煮え立つような思いがこみ上げてくる。
私の、姉。
いつも私の前を歩き、私の欲しいものをすべて、いとも簡単に手に入れていく女。

「いつまで私の邪魔をするの!」

ティーカップの次に何を投げつけてやろうかと部屋を見渡した時、がしりと腕を掴まれた。驚いて振り返ると、そこにいたのは愛しい旦那様。エリオット伯爵、その人だった。

「落ち着いて、ローラ! 君は悪くない!」

彼の焦ったような、でも優しい声が鼓膜を揺らす。
エリオット。私の、エリオット。
姉から奪い取った。唯一にして最高の戦利品。

「エリオット様……だって、あいつらが……」

「わかっている。だが、物に当たるのは感心しない。メイドたちも怖がっているだろう?」

彼は私の腕を掴んだまま、もう片方の手で侍女たちに下がれと合図する。彼女たちは、嵐が過ぎ去るのを待つ小動物みたいに、慌てて部屋から出ていった。
途端に、二人きりの静寂が訪れる。
エリオットは、私のめちゃくちゃなヒステリーを真正面から受け止めてくれる、唯一の人。

「すまない、皆。片付けは後で」

扉の向こうに聞こえるように彼が言うと、私はなんだか急に冷静になって、なんという愚かしい真似をしたのかと、自分を恥じて目を伏せた。
姉のことで頭に血が上って、またやってしまった。
最近、こればっかりだ。
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