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第18話
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「ふぅ、終わった」
一方の私は、最後の一体を完璧に治療し終えると、部屋の掃除が終わったかのように、軽く息をついた。全然、疲れていない。むしろ、良い準備運動になったくらいだ。
研修室は、水を打ったように静まり返っていた。
その静寂を破ったのは、誰か一人の、呆然とした呟きだった。
「……す、ごい……」
それを皮切りに、ダムが決壊したかのように、爆発的な歓声と拍手が、研修室全体を揺るがした。
「先生! すごいっす! めちゃくちゃかっこよかったっす!」
「さすが俺の先生だ! 惚れ直したぜ!」
勝負が終わるや否や、オルフェウスと、いつの間にか現れていたアレリオが、私の両脇に飛びついてきた。二人とも、自分のことのように興奮して、目をキラキラさせている。
そして、レオナールが、ゆっくりと私の方へ歩いてきた。
その顔には、満面の笑みが浮かんでいる。
「だから言ったでしょう。セシリア先生と僕たちを比べるなんて、そもそも無理な話だと(先生の背中は、どこまでも遠くて……追いつくどころか、姿すら見失いそうになる)」
彼は、私の目の前で立ち止まると、その大きな手で、優しく私の頭を撫でた。
「……本当に、素晴らしいです、先生」
彼の瞳は、昔と少しも変わらない。少年のような純粋な憧れの色と、そして、今の私に対する深くて熱い愛情の色が、はっきりと浮かんでいた。その眼差しに、私の心臓が、また大きく跳ねる。
ふと、私の脳裏に、遠い日の記憶が浮かび上がった。
あれは、レオナールがまだ、私の教室に通っていた頃。彼は、その抜きん出た才能ゆえに、周囲の目は厳しく、彼はずっとひとりで苦しみを抱えていた。
あまりにも優秀だったために、公爵家の兄弟たちから疎まれ、心の安らぎを求めて田舎へやってきた。私の父や母が名のある医療魔法師であることを、公爵様はご存じだったのだろう。もちろん、父や母、そしてこの地の人々との関わりが、彼の人間性を含めて多方面にわたる成長をもたらしてくれると考えたのかもしれない。
ある雨の日、私は、教室の裏庭で一人、膝を抱えて静かに涙を流す彼の姿を見つけた。
私は、何も言わなかった。
『レオ、どうしたの?』とも『男の子が泣くんじゃない』とも言わなかった。
ただ、彼の隣にそっと座って、『あら、どうしたのかしら。強いあなたでも、泣きたい時くらい、あるわよね』とだけ言って、自分のハンカチを差し出した。
彼は、驚いたように顔を上げた後、子供のようにわっと声を上げて泣き出した。私がしたことは、本当に、それだけ。
後になって、彼は私に言ったのだ。『あの時、先生は僕を救ってくれたんです』と。
説教も、過剰な同情もせず、ただ、ありのままの弱い自分を認めてくれたことが、孤独だった彼の心を、どれだけ救ったか。
「先生」
レオナールが、私の手をそっと取る。
「僕は、あの日のあなたに救われた。だから、誓ったんです。いつか必ず、この人のために強くなろう。今度は僕が、この人を守れる男になろう、と」
彼の言葉が、あたたかい光のように、私の心の奥にそっと広がっていく。
私は、ゆっくりと彼の手を離すと、床に倒れているアナベルさんの元へ歩み寄った。そして、その額にそっと手をかざし、柔らかな治癒魔法をかける。
「……ん……」
ほどなくして、彼女は静かに目を覚ました。
「頑張ったわね、アナベルさん。あなたの魔法、とても力強くて、綺麗だったわ。あなたは、立派の医療魔法師よ」
私が微笑みかけると、彼女の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。それは、悔し涙ではなく、何かから解放されたような、澄んだ涙に見えた。
「セシリア様の、あまりの実力に、ただ立ち尽くすばかりでした。疑ってた自分がもう、恥ずかしくて穴にでも入りたいくらいで……っ」
アナベルさんはそう言って、涙ぐみながらも真剣なまなざしで言葉を紡いだ。その姿を見て私は、ああ、彼女はきっと、レオナールを尊敬し、純粋に彼を心から好いているのだ。
レオナールのファンクラブに入っているアナベルさん。誰かをまっすぐに応援できるって、それだけでとても素敵なことで愛おしい。清らかでやさしい気持ちを持つ人たちが、自然に集まる場所なんだと思う。私は彼女は、まっすぐで素直な、いい子なのだと感じた。
その光景を見ていた医療魔法師団の全員が、この日、確信しただろう。
私たちが迎えた特別指南役は、神のごとき技術を持つだけでなく、聖母のごとき慈愛をも持つ、とんでもない人物なのだ、と。
こうして、私の王都での、波乱に満ちた指南役としての日々が、本当の意味で幕を開けたのだった。
一方の私は、最後の一体を完璧に治療し終えると、部屋の掃除が終わったかのように、軽く息をついた。全然、疲れていない。むしろ、良い準備運動になったくらいだ。
研修室は、水を打ったように静まり返っていた。
その静寂を破ったのは、誰か一人の、呆然とした呟きだった。
「……す、ごい……」
それを皮切りに、ダムが決壊したかのように、爆発的な歓声と拍手が、研修室全体を揺るがした。
「先生! すごいっす! めちゃくちゃかっこよかったっす!」
「さすが俺の先生だ! 惚れ直したぜ!」
勝負が終わるや否や、オルフェウスと、いつの間にか現れていたアレリオが、私の両脇に飛びついてきた。二人とも、自分のことのように興奮して、目をキラキラさせている。
そして、レオナールが、ゆっくりと私の方へ歩いてきた。
その顔には、満面の笑みが浮かんでいる。
「だから言ったでしょう。セシリア先生と僕たちを比べるなんて、そもそも無理な話だと(先生の背中は、どこまでも遠くて……追いつくどころか、姿すら見失いそうになる)」
彼は、私の目の前で立ち止まると、その大きな手で、優しく私の頭を撫でた。
「……本当に、素晴らしいです、先生」
彼の瞳は、昔と少しも変わらない。少年のような純粋な憧れの色と、そして、今の私に対する深くて熱い愛情の色が、はっきりと浮かんでいた。その眼差しに、私の心臓が、また大きく跳ねる。
ふと、私の脳裏に、遠い日の記憶が浮かび上がった。
あれは、レオナールがまだ、私の教室に通っていた頃。彼は、その抜きん出た才能ゆえに、周囲の目は厳しく、彼はずっとひとりで苦しみを抱えていた。
あまりにも優秀だったために、公爵家の兄弟たちから疎まれ、心の安らぎを求めて田舎へやってきた。私の父や母が名のある医療魔法師であることを、公爵様はご存じだったのだろう。もちろん、父や母、そしてこの地の人々との関わりが、彼の人間性を含めて多方面にわたる成長をもたらしてくれると考えたのかもしれない。
ある雨の日、私は、教室の裏庭で一人、膝を抱えて静かに涙を流す彼の姿を見つけた。
私は、何も言わなかった。
『レオ、どうしたの?』とも『男の子が泣くんじゃない』とも言わなかった。
ただ、彼の隣にそっと座って、『あら、どうしたのかしら。強いあなたでも、泣きたい時くらい、あるわよね』とだけ言って、自分のハンカチを差し出した。
彼は、驚いたように顔を上げた後、子供のようにわっと声を上げて泣き出した。私がしたことは、本当に、それだけ。
後になって、彼は私に言ったのだ。『あの時、先生は僕を救ってくれたんです』と。
説教も、過剰な同情もせず、ただ、ありのままの弱い自分を認めてくれたことが、孤独だった彼の心を、どれだけ救ったか。
「先生」
レオナールが、私の手をそっと取る。
「僕は、あの日のあなたに救われた。だから、誓ったんです。いつか必ず、この人のために強くなろう。今度は僕が、この人を守れる男になろう、と」
彼の言葉が、あたたかい光のように、私の心の奥にそっと広がっていく。
私は、ゆっくりと彼の手を離すと、床に倒れているアナベルさんの元へ歩み寄った。そして、その額にそっと手をかざし、柔らかな治癒魔法をかける。
「……ん……」
ほどなくして、彼女は静かに目を覚ました。
「頑張ったわね、アナベルさん。あなたの魔法、とても力強くて、綺麗だったわ。あなたは、立派の医療魔法師よ」
私が微笑みかけると、彼女の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。それは、悔し涙ではなく、何かから解放されたような、澄んだ涙に見えた。
「セシリア様の、あまりの実力に、ただ立ち尽くすばかりでした。疑ってた自分がもう、恥ずかしくて穴にでも入りたいくらいで……っ」
アナベルさんはそう言って、涙ぐみながらも真剣なまなざしで言葉を紡いだ。その姿を見て私は、ああ、彼女はきっと、レオナールを尊敬し、純粋に彼を心から好いているのだ。
レオナールのファンクラブに入っているアナベルさん。誰かをまっすぐに応援できるって、それだけでとても素敵なことで愛おしい。清らかでやさしい気持ちを持つ人たちが、自然に集まる場所なんだと思う。私は彼女は、まっすぐで素直な、いい子なのだと感じた。
その光景を見ていた医療魔法師団の全員が、この日、確信しただろう。
私たちが迎えた特別指南役は、神のごとき技術を持つだけでなく、聖母のごとき慈愛をも持つ、とんでもない人物なのだ、と。
こうして、私の王都での、波乱に満ちた指南役としての日々が、本当の意味で幕を開けたのだった。
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