21 / 30
頭痛
しおりを挟む
その後、ポーラが屋敷に戻ってくることはなかった。
しかし使用人たちが気に留める気配はない。それどころか、どこか喜んでいる節すらあった。
ダミアンが自室でワインを呷っていると、廊下から侍女たちの話し声が聞こえてくる。扉がうっすらと半開きになっていたのだ。
「今夜、ポーラ奥様はどちらにお泊まりなのかしら?」
「そんなのどうでもいいじゃない。あの人がいないだけで、屋敷の中が快適でいいわ」
「そんなこと言っちゃダメよ」
「だって! 些細なことで癇癪を起こして、文句を言うのよ? こっちが言い返せば、二言目には『ダミアン様に言いつけてやりますわ!』って……」
「ああ、あなたも言われたの?」
ダミアンの知らないポーラの話をしている。アルコールで薄ぼんやりとしていた意識が一気に覚醒した。
「お前ら!」
ワインボトルを掴んだまま、廊下に出る。ぎくりと表情を強張らせる侍女二人に向かって、ダミアンは怒号を上げた。
「どうしてそんな大事なことを僕に言わなかった!」
「はい?」
「お前らがあの女の本性を僕に教えなかったせいで、僕はなぁ!」
「……お言葉ですが、ポーラ様の振る舞いを報告したところで、ダミアン様はそれを叱ってくださったのですか?」
ダミアンを見据える侍女たちの目は冷たい。
「むしろポーラ様の味方ばかりなさっていましたよね?」
「それは……つ、妻の言うことを信じるのは、夫として当然のことじゃないか」
流石に無理のある言い分だとは自覚している。だが素直に認めたくはない。
あんな女の甘言に惑わされていた。その事実を真っ向から受け入れたくなくて、自分に都合のいい言い訳を必死に探している。
「そのようなお考えの方が、私たちの話に耳を傾けてくださるとは思えませんでした」
「そんなことはない。いくら僕だって、そこまで愚かじゃない」
「…………では仕事がありますので、私たちはこれで失礼いたします」
侍女たちが足早にその場から去って行く。言外に「愚かだ」と告げられた気がして、ダミアンはバリバリと頭を掻き毟りながら部屋に戻る。そして別のワインボトルの栓を開けた。
ポーラが帰ってきたら、すぐに離婚の手続きをしよう。その後は……その後? 今は何も考えたくない。
ダミアンが次に起きた時には、朝になっていた。カーテンが開かれたままの窓から陽光が差し込んでいる。
二日酔いで痛む頭を押さえ、居間へと向かう。
そこで待っていたのはアリシアだった。
「おはようございます、ダミアン様」
「…………」
ダミアンはにっこりと微笑む側室から目を逸らした。
この女も、ポーラに騙された自分を嘲笑っているのだろう。しかしアリシアの次の一言で、すぐに視線を戻した。
「早く支度をなさってください。ポーラ様がお待ちですよ」
「支度? ポーラ? 何の話だ」
「昨日、警察に連行されたそうですよ。男娼の方々とご一緒に」
二日酔い以外に、頭痛の原因が出来た。
しかし使用人たちが気に留める気配はない。それどころか、どこか喜んでいる節すらあった。
ダミアンが自室でワインを呷っていると、廊下から侍女たちの話し声が聞こえてくる。扉がうっすらと半開きになっていたのだ。
「今夜、ポーラ奥様はどちらにお泊まりなのかしら?」
「そんなのどうでもいいじゃない。あの人がいないだけで、屋敷の中が快適でいいわ」
「そんなこと言っちゃダメよ」
「だって! 些細なことで癇癪を起こして、文句を言うのよ? こっちが言い返せば、二言目には『ダミアン様に言いつけてやりますわ!』って……」
「ああ、あなたも言われたの?」
ダミアンの知らないポーラの話をしている。アルコールで薄ぼんやりとしていた意識が一気に覚醒した。
「お前ら!」
ワインボトルを掴んだまま、廊下に出る。ぎくりと表情を強張らせる侍女二人に向かって、ダミアンは怒号を上げた。
「どうしてそんな大事なことを僕に言わなかった!」
「はい?」
「お前らがあの女の本性を僕に教えなかったせいで、僕はなぁ!」
「……お言葉ですが、ポーラ様の振る舞いを報告したところで、ダミアン様はそれを叱ってくださったのですか?」
ダミアンを見据える侍女たちの目は冷たい。
「むしろポーラ様の味方ばかりなさっていましたよね?」
「それは……つ、妻の言うことを信じるのは、夫として当然のことじゃないか」
流石に無理のある言い分だとは自覚している。だが素直に認めたくはない。
あんな女の甘言に惑わされていた。その事実を真っ向から受け入れたくなくて、自分に都合のいい言い訳を必死に探している。
「そのようなお考えの方が、私たちの話に耳を傾けてくださるとは思えませんでした」
「そんなことはない。いくら僕だって、そこまで愚かじゃない」
「…………では仕事がありますので、私たちはこれで失礼いたします」
侍女たちが足早にその場から去って行く。言外に「愚かだ」と告げられた気がして、ダミアンはバリバリと頭を掻き毟りながら部屋に戻る。そして別のワインボトルの栓を開けた。
ポーラが帰ってきたら、すぐに離婚の手続きをしよう。その後は……その後? 今は何も考えたくない。
ダミアンが次に起きた時には、朝になっていた。カーテンが開かれたままの窓から陽光が差し込んでいる。
二日酔いで痛む頭を押さえ、居間へと向かう。
そこで待っていたのはアリシアだった。
「おはようございます、ダミアン様」
「…………」
ダミアンはにっこりと微笑む側室から目を逸らした。
この女も、ポーラに騙された自分を嘲笑っているのだろう。しかしアリシアの次の一言で、すぐに視線を戻した。
「早く支度をなさってください。ポーラ様がお待ちですよ」
「支度? ポーラ? 何の話だ」
「昨日、警察に連行されたそうですよ。男娼の方々とご一緒に」
二日酔い以外に、頭痛の原因が出来た。
1,561
あなたにおすすめの小説
──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。
「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」
正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。
「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」
「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」
オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。
けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。
──そう。
何もわかっていないのは、パットだけだった。
溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。
心から愛しているあなたから別れを告げられるのは悲しいですが、それどころではない事情がありまして。
ふまさ
恋愛
「……ごめん。ぼくは、きみではない人を愛してしまったんだ」
幼馴染みであり、婚約者でもあるミッチェルにそう告げられたエノーラは「はい」と返答した。その声色からは、悲しみとか、驚きとか、そういったものは一切感じられなかった。
──どころか。
「ミッチェルが愛する方と結婚できるよう、おじさまとお父様に、わたしからもお願いしてみます」
決意を宿した双眸で、エノーラはそう言った。
この作品は、小説家になろう様でも掲載しています。
わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。
ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」
人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。
「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」
「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」
一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。
「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」
「……そんな、ひどい」
しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。
「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」
「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」
パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。
昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。
「……そんなにぼくのこと、好きなの?」
予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。
「好き! 大好き!」
リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。
「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」
パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、
「……少し、考える時間がほしい」
だった。
私を見ないあなたに大嫌いを告げるまで
木蓮
恋愛
ミリアベルの婚約者カシアスは初恋の令嬢を想い続けている。
彼女を愛しながらも自分も言うことを聞く都合の良い相手として扱うカシアスに心折れたミリアベルは自分を見ない彼に別れを告げた。
「今さらあなたが私をどう思っているかなんて知りたくもない」
婚約者を信じられなかった令嬢と大切な人を失ってやっと現実が見えた令息のお話。
私のことはお気になさらず
みおな
恋愛
侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。
そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。
私のことはお気になさらず。
あなたがわたしを本気で愛せない理由は知っていましたが、まさかここまでとは思っていませんでした。
ふまさ
恋愛
「……き、きみのこと、嫌いになったわけじゃないんだ」
オーブリーが申し訳なさそうに切り出すと、待ってましたと言わんばかりに、マルヴィナが言葉を繋ぎはじめた。
「オーブリー様は、決してミラベル様を嫌っているわけではありません。それだけは、誤解なきよう」
ミラベルが、当然のように頭に大量の疑問符を浮かべる。けれど、ミラベルが待ったをかける暇を与えず、オーブリーが勢いのまま、続ける。
「そう、そうなんだ。だから、きみとの婚約を解消する気はないし、結婚する意思は変わらない。ただ、その……」
「……婚約を解消? なにを言っているの?」
「いや、だから。婚約を解消する気はなくて……っ」
オーブリーは一呼吸置いてから、意を決したように、マルヴィナの肩を抱き寄せた。
「子爵令嬢のマルヴィナ嬢を、あ、愛人としてぼくの傍に置くことを許してほしい」
ミラベルが愕然としたように、目を見開く。なんの冗談。口にしたいのに、声が出なかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる