私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀

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頭痛

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 その後、ポーラが屋敷に戻ってくることはなかった。
 しかし使用人たちが気に留める気配はない。それどころか、どこか喜んでいる節すらあった。
 ダミアンが自室でワインを呷っていると、廊下から侍女たちの話し声が聞こえてくる。扉がうっすらと半開きになっていたのだ。

「今夜、ポーラ奥様はどちらにお泊まりなのかしら?」
「そんなのどうでもいいじゃない。あの人がいないだけで、屋敷の中が快適でいいわ」
「そんなこと言っちゃダメよ」
「だって! 些細なことで癇癪を起こして、文句を言うのよ? こっちが言い返せば、二言目には『ダミアン様に言いつけてやりますわ!』って……」
「ああ、あなたも言われたの?」

 ダミアンの知らないポーラの話をしている。アルコールで薄ぼんやりとしていた意識が一気に覚醒した。

「お前ら!」

 ワインボトルを掴んだまま、廊下に出る。ぎくりと表情を強張らせる侍女二人に向かって、ダミアンは怒号を上げた。

「どうしてそんな大事なことを僕に言わなかった!」
「はい?」
「お前らがあの女の本性を僕に教えなかったせいで、僕はなぁ!」
「……お言葉ですが、ポーラ様の振る舞いを報告したところで、ダミアン様はそれを叱ってくださったのですか?」

 ダミアンを見据える侍女たちの目は冷たい。

「むしろポーラ様の味方ばかりなさっていましたよね?」
「それは……つ、妻の言うことを信じるのは、夫として当然のことじゃないか」

 流石に無理のある言い分だとは自覚している。だが素直に認めたくはない。
 あんな女の甘言に惑わされていた。その事実を真っ向から受け入れたくなくて、自分に都合のいい言い訳を必死に探している。

「そのようなお考えの方が、私たちの話に耳を傾けてくださるとは思えませんでした」
「そんなことはない。いくら僕だって、そこまで愚かじゃない」
「…………では仕事がありますので、私たちはこれで失礼いたします」

 侍女たちが足早にその場から去って行く。言外に「愚かだ」と告げられた気がして、ダミアンはバリバリと頭を掻き毟りながら部屋に戻る。そして別のワインボトルの栓を開けた。

 ポーラが帰ってきたら、すぐに離婚の手続きをしよう。その後は……その後? 今は何も考えたくない。



 ダミアンが次に起きた時には、朝になっていた。カーテンが開かれたままの窓から陽光が差し込んでいる。
 二日酔いで痛む頭を押さえ、居間へと向かう。

 そこで待っていたのはアリシアだった。

「おはようございます、ダミアン様」
「…………」

 ダミアンはにっこりと微笑む側室から目を逸らした。
 この女も、ポーラに騙された自分を嘲笑っているのだろう。しかしアリシアの次の一言で、すぐに視線を戻した。

「早く支度をなさってください。ポーラ様がお待ちですよ」
「支度? ポーラ? 何の話だ」
「昨日、警察に連行されたそうですよ。男娼の方々とご一緒に」

 二日酔い以外に、頭痛の原因が出来た。
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