私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀

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奇遇

 警察署へ急ぐと、粗末な服を着せられたポーラが応接間で椅子に座っていた。硬くて尻が痛いと喚いているが、警察官は耳を貸そうとしない。
 よく見ると頬には殴られた痕が、喉には首を絞められたような痕が残っている。男娼から暴行を受けたのだろうか。

(……あの後、僕が置いていったせいで?)

 嫌な予感に冷や汗が流れる。その責任を取らされるなんて、真っ平ごめんだ。

「おはようございます、ポーラ様。お体は大丈夫ですか?」

 目を大きく見開いて立ち尽くす夫を余所に、アリシアが笑顔でポーラに尋ねる。直後、ポーラは目を吊り上げて喚き始めた。

「アリシアッ! あんたが警察を呼んだんでしょ!?」
「あなた方が大暴れしている頃、私は屋敷で執務をしておりました。警察を連れてきたのは、娼館の店主です」
「嘘よっ! 全部あんたが仕組んだことだって、分かってるんだから! あんたのせいで、ダミアン様に全部バレて……っ」
「そのダミアン様なら、こちらにいらっしゃいますが?」

 アリシアが後ろで棒立ちしているダミアンを指差すと、ポーラはすぐさま笑顔を取り繕った。

「ダ、ダミアン様、迎えに来てくれましたのねっ」
「いや、僕は……」
「酷いですのよ、あの人たち! 寄ってたかって私を……」
 
 声を震わせて自分の身に起こった悲劇を語ろうとしたところで、警察官が口を挟む。

「この女、男娼たちに向かって椅子を振り回したり、股間に噛み付いたり暴れまくってたんだよ」
「え……」
「まあ、先に暴行を振るってきたのはあいつらだから、正当防衛が成立するだろうがな。従業員の大半が捕まったんだ。あの娼館はもう終わりだ」
「…………」

 椅子を振り回したり、股間に噛み付いたり……
 想像しただけで身震いしてしまう。

「早く帰りましょう、ダミアン様?」
「い、嫌だ! お前なんて連れて帰りたくない! 離婚するって言っただろ!」
「ちょっ……まだそんなこと仰ってますの? 私が本当に愛しているのは、あなただけですわ! ねぇってば!」
「黙れ、暴力女!」

 しつこく食い下がってくるポーラを突き飛ばし、後退りをする。

「僕の……僕の妻はアリシアだけだ!」

 股の緩い暴力女だったら、可愛げがないだけの男爵女のほうがよほどマシだ。
 いや改めて考えると、アリシアはかなり有能な女ではないだろうか。
 見た目はポーラに劣るものの、人望が篤く執務をこなせる。王家からも一目置かれている。

(拒絶するのではなく懐柔してやれば、色々使えるんじゃないのか?)

 そもそも、当主にこだわる理由などない。地位と名誉が得られるだけで、多忙の日々を迎えることになる。
 だったら仕事をすべてアリシアに押し付けていたほうが、楽に生きられるだろう。そして自分はポーラ以外の妻を娶り、毎日を楽しく過ごす。

(アリシアも当主になれて、一石二鳥じゃないか。うん、それがいい。そうしよう)

 どうして今までつまらない意地を張っていたのか。ダミアンはアリシアの両手を握り締め、甘い声で囁いた。

「アリシア……今まで辛い思いをさせてすまなかった。これからは君をもっと大事にしてみせる」
「それはつまり……私を正妻にしてくださるということですか?」
「ああ! ポーラとは離婚しよう!」

 背後からポーラの怒声が聞こえてくるが、無視して手に力を込める。
 アリシアもダミアンの言葉に、珍しく満面の笑みを浮かべ、

「あら、奇遇ですわね。私もあなたとは離婚しようと思っていましたのよ」
「はっ?」

 この女は何を言っているのだろう。ダミアンはポカンと口を開けた。
 しかしアリシアは笑顔で言葉を続ける。

「だって、私に関する妙な噂を信じ込む人を夫だとは思いませんから」
「い、いや、それは……」
「それに茶会の場で、私の醜聞を広めようとしていたそうですね」
「う……っ!」

 そこまで筒抜けになっていたとは。
 あの時、夫人会に出席してしまったことを猛烈に後悔する。

「い、いいのか? 君がいなくなったら、この僕がラクール公爵家の当主になるんだぞ?」
「いいえ、家督は私が継ぎます」
「何を言っている? 君は屋敷を出て行くんじゃ……」
「出て行かれるのは、あなた方です」

 アリシアの斜め上をいく発言に、ダミアンは言葉を失った。
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