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第2話: 公衆の面前での屈辱
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第2話: 公衆の面前での屈辱
大広間の空気が、凍りついた。
ルキノ・エドワードの声が、静寂の中で響き渡る。
「アプリリア・フォン・ロズウェルとの婚約を、ここに解除する」
最初は、誰もが聞き違えたと思った。
貴族たちの顔に浮かんだのは、驚愕と困惑。やがて、それが徐々にざわめきへと変わっていく。
アプリリアは、ただ立ち尽くしていた。
ルキノの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
婚約解除。
王妃に相応しくない。
性格が悪い――。
「ルキノ殿下……それは、どういう……」
ようやく絞り出した声は、震えていた。
ルキノは壇上からアプリリアを見下ろし、静かに続けた。
「アプリリア、君は確かに美しい。教養もあり、気品もある。
しかし、王妃として必要なのは、それだけではない。
優しさ、慈悲、そして……民を思いやる心だ」
周囲から、どよめきが上がる。
誰もが知っている。アプリリアは慈善活動に熱心で、孤児院への寄付や病人の見舞いを欠かさない令嬢だった。
そんな彼女を「民を思いやらない」と言うのは、明らかな矛盾だった。
だが、ルキノは言葉を止めない。
「最近、君の行動に疑問を抱いていた。
領民への冷遇、召使いたちへの苛烈な態度……
そして、エテルナに対する嫉妬と嫌がらせ」
「そんな……そんなことは――」
アプリリアの反論は、途中で遮られた。
エテルナが、静かに壇上へ上がった。
白いドレスが灯りに映え、まるで聖女のように見える。
彼女は涙を浮かべながら、ルキノの隣に立つ。
「ルキノ殿下……どうか、お姉様をこれ以上責めないでください。
お姉様は、ただ私が突然公爵家に来たことを受け入れられなかっただけで……」
その言葉に、貴族たちが一斉に頷く。
エテルナの「聖女の力」はすでに噂になっていた。
可憐で優しく、しかも神に祝福された存在。
それに対し、アプリリアは「嫉妬深い姉」として描かれていく。
ヴェゼル侯爵令嬢が、取り巻きたちと一緒に嘲笑を漏らした。
「まあ、さすが妾腹の娘を認めたくないなんて、ロズウェル家の長女らしいですわ」
「聖女候補のエテルナ様をいじめるなんて、許せませんわね」
声は小さかったが、アプリリアの耳にははっきりと届いた。
リオが、アプリリアの袖を強く握った。
「アプリリア様……!」
メイドの声は怒りに震えていた。だが、ここで騒げば主人の名誉がさらに傷つく。
アプリリアはリオの手をそっと握り返し、首を横に振った。
父、レオンハルト公爵は玉座近くの貴賓席に座っていた。
しかし、彼は何も言わない。ただ静かに目を伏せているだけだ。
兄のゼストは遠くにいて、こちらを見ていた。
その瞳には激しい怒りが宿っていたが、政治的な立場から動けない様子だった。
アプリリアは、ゆっくりとルキノを見上げた。
「ルキノ殿下……私は、一度もあなたを裏切ったことはありません。
エテルナに対しても、嫌がらせなどした覚えは――」
「証拠がある」
ルキノが冷たく言い切った。
彼が手招きすると、召使いが一枚の紙を持ってきた。
それは、アプリリアの筆跡を模した手紙だった。
『エテルナなど、妾腹の分際で私の邪魔をするな。
近いうちに、事故に見せかけて始末してやる』
――偽物だ。
アプリリアは一目でわかった。
筆跡は似せているが、微妙に違う。
しかも、彼女はそんな下品な言葉を使うはずがない。
しかし、貴族たちは信じた。
いや、信じたいと思っていたのかもしれない。
完璧すぎる公爵令嬢が、実は裏で陰険だった――という物語の方が、面白いからだ。
エテルナが、涙をぽろぽろとこぼした。
「お姉様……どうしてそんなことを……
私はただ、お姉様のように愛されたかっただけなのに……」
その演技は完璧だった。
周囲から同情の声が上がり、アプリリアへの非難の視線が集中する。
ルキノが、最後の宣告を下した。
「アプリリア・フォン・ロズウェル。
本日をもって、君との婚約を破棄する。
また、王宮への出入りも、当面禁止とする」
――王宮追放。
それは、貴族令嬢にとって死にも等しい宣告だった。
アプリリアの体が、ふらりと揺れた。
視界がぼやける。
耳鳴りがする。
だが、彼女は倒れなかった。
ゆっくりと、深く息を吸って、立ち直る。
「……承知いたしました」
静かな声だった。
しかし、大広間に響き渡るほどに澄んでいた。
アプリリアは優雅にスカートを摘み、一礼した。
「ルキノ殿下、エテルナ。
お二人のお幸せを、心よりお祈り申し上げます」
その言葉に、ルキノの表情がわずかに揺れた。
後悔か、罪悪感か。
だが、すぐにエテルナが彼の腕にすがりつき、視線を遮った。
アプリリアは振り返らず、大広間を後にした。
背中に向けられる嘲笑と同情の入り混じった視線を、すべて受け止めながら。
廊下に出た瞬間、リオが駆け寄ってきた。
「アプリリア様! あんなの嘘です! みんなわかってるはずです!
どうして、どうして誰も――!」
リオの目には涙が溢れていた。
アプリリアは、静かにメイドを抱きしめた。
「リオ、ありがとう。
でも……今は泣かないで」
自分の声が、驚くほど落ち着いていることに気づいた。
胸の奥で、何かが音を立てて砕け落ちていく感覚があった。
ルキノへの愛。
王太子妃になる夢。
すべてが、粉々に。
だが、同時に――
別の何かが、静かに目覚め始めていた。
アプリリアは、遠くの窓から見える夜空を見上げた。
――これで、終わりじゃない。
心の奥底で、静かな炎が灯った。
明日から、破棄の正式な儀式が行われる。
そこで、すべてが決まる。
アプリリアは、リオの手を握りしめたまま、王宮の長い廊下を歩き始めた。
背後で、パーティーの音楽が再び鳴り始めた。
まるで、何事もなかったかのように。
大広間の空気が、凍りついた。
ルキノ・エドワードの声が、静寂の中で響き渡る。
「アプリリア・フォン・ロズウェルとの婚約を、ここに解除する」
最初は、誰もが聞き違えたと思った。
貴族たちの顔に浮かんだのは、驚愕と困惑。やがて、それが徐々にざわめきへと変わっていく。
アプリリアは、ただ立ち尽くしていた。
ルキノの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
婚約解除。
王妃に相応しくない。
性格が悪い――。
「ルキノ殿下……それは、どういう……」
ようやく絞り出した声は、震えていた。
ルキノは壇上からアプリリアを見下ろし、静かに続けた。
「アプリリア、君は確かに美しい。教養もあり、気品もある。
しかし、王妃として必要なのは、それだけではない。
優しさ、慈悲、そして……民を思いやる心だ」
周囲から、どよめきが上がる。
誰もが知っている。アプリリアは慈善活動に熱心で、孤児院への寄付や病人の見舞いを欠かさない令嬢だった。
そんな彼女を「民を思いやらない」と言うのは、明らかな矛盾だった。
だが、ルキノは言葉を止めない。
「最近、君の行動に疑問を抱いていた。
領民への冷遇、召使いたちへの苛烈な態度……
そして、エテルナに対する嫉妬と嫌がらせ」
「そんな……そんなことは――」
アプリリアの反論は、途中で遮られた。
エテルナが、静かに壇上へ上がった。
白いドレスが灯りに映え、まるで聖女のように見える。
彼女は涙を浮かべながら、ルキノの隣に立つ。
「ルキノ殿下……どうか、お姉様をこれ以上責めないでください。
お姉様は、ただ私が突然公爵家に来たことを受け入れられなかっただけで……」
その言葉に、貴族たちが一斉に頷く。
エテルナの「聖女の力」はすでに噂になっていた。
可憐で優しく、しかも神に祝福された存在。
それに対し、アプリリアは「嫉妬深い姉」として描かれていく。
ヴェゼル侯爵令嬢が、取り巻きたちと一緒に嘲笑を漏らした。
「まあ、さすが妾腹の娘を認めたくないなんて、ロズウェル家の長女らしいですわ」
「聖女候補のエテルナ様をいじめるなんて、許せませんわね」
声は小さかったが、アプリリアの耳にははっきりと届いた。
リオが、アプリリアの袖を強く握った。
「アプリリア様……!」
メイドの声は怒りに震えていた。だが、ここで騒げば主人の名誉がさらに傷つく。
アプリリアはリオの手をそっと握り返し、首を横に振った。
父、レオンハルト公爵は玉座近くの貴賓席に座っていた。
しかし、彼は何も言わない。ただ静かに目を伏せているだけだ。
兄のゼストは遠くにいて、こちらを見ていた。
その瞳には激しい怒りが宿っていたが、政治的な立場から動けない様子だった。
アプリリアは、ゆっくりとルキノを見上げた。
「ルキノ殿下……私は、一度もあなたを裏切ったことはありません。
エテルナに対しても、嫌がらせなどした覚えは――」
「証拠がある」
ルキノが冷たく言い切った。
彼が手招きすると、召使いが一枚の紙を持ってきた。
それは、アプリリアの筆跡を模した手紙だった。
『エテルナなど、妾腹の分際で私の邪魔をするな。
近いうちに、事故に見せかけて始末してやる』
――偽物だ。
アプリリアは一目でわかった。
筆跡は似せているが、微妙に違う。
しかも、彼女はそんな下品な言葉を使うはずがない。
しかし、貴族たちは信じた。
いや、信じたいと思っていたのかもしれない。
完璧すぎる公爵令嬢が、実は裏で陰険だった――という物語の方が、面白いからだ。
エテルナが、涙をぽろぽろとこぼした。
「お姉様……どうしてそんなことを……
私はただ、お姉様のように愛されたかっただけなのに……」
その演技は完璧だった。
周囲から同情の声が上がり、アプリリアへの非難の視線が集中する。
ルキノが、最後の宣告を下した。
「アプリリア・フォン・ロズウェル。
本日をもって、君との婚約を破棄する。
また、王宮への出入りも、当面禁止とする」
――王宮追放。
それは、貴族令嬢にとって死にも等しい宣告だった。
アプリリアの体が、ふらりと揺れた。
視界がぼやける。
耳鳴りがする。
だが、彼女は倒れなかった。
ゆっくりと、深く息を吸って、立ち直る。
「……承知いたしました」
静かな声だった。
しかし、大広間に響き渡るほどに澄んでいた。
アプリリアは優雅にスカートを摘み、一礼した。
「ルキノ殿下、エテルナ。
お二人のお幸せを、心よりお祈り申し上げます」
その言葉に、ルキノの表情がわずかに揺れた。
後悔か、罪悪感か。
だが、すぐにエテルナが彼の腕にすがりつき、視線を遮った。
アプリリアは振り返らず、大広間を後にした。
背中に向けられる嘲笑と同情の入り混じった視線を、すべて受け止めながら。
廊下に出た瞬間、リオが駆け寄ってきた。
「アプリリア様! あんなの嘘です! みんなわかってるはずです!
どうして、どうして誰も――!」
リオの目には涙が溢れていた。
アプリリアは、静かにメイドを抱きしめた。
「リオ、ありがとう。
でも……今は泣かないで」
自分の声が、驚くほど落ち着いていることに気づいた。
胸の奥で、何かが音を立てて砕け落ちていく感覚があった。
ルキノへの愛。
王太子妃になる夢。
すべてが、粉々に。
だが、同時に――
別の何かが、静かに目覚め始めていた。
アプリリアは、遠くの窓から見える夜空を見上げた。
――これで、終わりじゃない。
心の奥底で、静かな炎が灯った。
明日から、破棄の正式な儀式が行われる。
そこで、すべてが決まる。
アプリリアは、リオの手を握りしめたまま、王宮の長い廊下を歩き始めた。
背後で、パーティーの音楽が再び鳴り始めた。
まるで、何事もなかったかのように。
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