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第6話: 辺境への到着と新たな始まり
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第6話: 辺境への到着と新たな始まり
馬車が石畳の道を離れ、荒れた土の道に入ってから半日。
ようやく、辺境の領地が見えてきた。
ロズウェル家の領地の中でも、最も遠く、最も貧しい場所――
「黒薔薇の谷」と呼ばれる小さな盆地だった。
周囲を深い森と険しい山に囲まれ、魔物の出没も多い。
土壌は痩せ、作物は育ちにくい。
税収は少なく、領民はわずか数百人。
かつては父レオンハルト公爵が、アプリリアに「将来の化粧料」として与えた名ばかりの土地だった。
馬車が領地の入り口にある小さな門をくぐると、
数人の衛兵が驚いた顔で出迎えた。
「ロ、ロズウェル様……? 本当に、お越しになられたのですか?」
衛兵長らしき中年男性が、慌てて馬車に駆け寄る。
彼の鎧は錆びつき、武器も古びていた。
アプリリアは馬車から降り、穏やかに微笑んだ。
「ええ。ここが、私の新しい家ですわ。
これからよろしくお願いします」
衛兵たちは顔を見合わせ、信じられないという表情を浮かべる。
王宮で起きた婚約破棄の噂は、ここまで届いていなかったらしい。
領地の中心にある館は、小さな城というより古い屋敷だった。
石造りの壁は苔むし、窓ガラスは一部割れている。
庭は雑草に覆われ、噴水は水が出ていない。
それでも、アプリリアは満足げに頷いた。
「素敵な場所ね。
少し手をかければ、きっと綺麗になるわ」
リオが、荷物を抱えながら小声で言った。
「アプリリア様……本当に、ここで暮らすんですか?
王宮に比べたら……」
「だからこそ、いいのよ。
ここなら、私の力で変えられる」
二人が館に入ると、数人の使用人たちが集まってきた。
料理人、庭師、清掃婦――全員で十人に満たない。
皆、疲れた顔をしていたが、アプリリアを見ると驚きを隠せない。
「アプリリア様……どうしてこんなところに……」
年配の料理人が、声を震わせる。
アプリリアは全員に向かって、深く一礼した。
「突然の訪問で、ご迷惑をおかけします。
でも、私はこれからここに住むつもりです。
皆さんと一緒に、この領地を良くしていきたいと思っています」
使用人たちは、最初は戸惑っていた。
だが、アプリリアの真剣な瞳と言葉に、少しずつ表情が和らいでいった。
その日の午後、アプリリアは領地を歩いて回った。
村は館から少し離れた場所にあった。
木造の家々がまばらに並び、畑は荒れ、道は泥だらけ。
子供たちは痩せ、老いた人々は病気を抱えている様子だった。
村の広場で、アプリリアは立ち止まった。
数人の子供が、遠くからこちらを覗いている。
一人の少女が、咳をしながら地面に座っていた。
アプリリアは近づき、少女の前に跪いた。
「お名前は?」
少女は驚いて目を丸くする。
「……ミア、です……」
「ミアちゃんね。
咳が辛そうだけど、診せてくれる?」
ミアが怯えたように頷くと、アプリリアはそっと手を少女の胸にかざした。
淡い光が、静かに広がる。
咳が止まり、ミアの顔に血色が戻る。
周囲の村人たちが、息を呑んだ。
「咳が……治った……?」
「魔法……?」
アプリリアは立ち上がり、村人たちに向き直った。
「私は、少し特別な力を持っています。
病気を癒したり、作物を良くしたり……
皆さんのお役に立てると思います」
最初は誰も信じなかった。
だが、次にアプリリアが荒れた畑に手を触れると、
枯れかけた麦がみるみるうちに緑を取り戻し、背丈が伸び始めた。
村人たちが、歓声を上げた。
「奇跡だ……!」
「神様が、遣わしてくれたんだ……!」
その日の夕方、村の広場には全員が集まっていた。
アプリリアは一人一人を診て、病気を癒した。
古傷、慢性の痛み、子供たちの熱――
すべてが、光とともに消えていった。
村長である老人が、涙を流しながらアプリリアの前に跪いた。
「アプリリア様……我々は、もう何年も苦しんでおりました。
税は重く、魔物は怖く、病は治らず……
あなたは、我らの救い主です」
アプリリアは老人を優しく起こした。
「救い主だなんて、大げさですよ。
私はただ、ここに住む領主です。
これから、皆さんと一緒に暮らしていくだけ」
夜、館に戻ったアプリリアは、疲れ果てながらも満足げだった。
リオが、温かいスープを運んできた。
「アプリリア様、すごかったです!
村の人たち、みんなアプリリア様のこと大好きになってましたよ!」
「ありがとう、リオ。
でも、まだ始まったばかりよ」
窓の外を見ると、遠くの森に不穏な気配を感じた。
予知の力で、魔物の群れが近づいているのがわかった。
――明日、きっと襲ってくる。
アプリリアは静かに立ち上がった。
「リオ、明日は早起きしてね。
少し、忙しくなるわ」
その夜、領地の空には満天の星が輝いていた。
王宮では見られなかった、澄んだ星空。
アプリリアはベランダに出て、空を見上げた。
――ここが、私の新しいスタートライン。
聖女の力で、領地を豊かにする。
人々を守り、愛され、
やがて、その噂は王宮に届く。
ルキノとエテルナは、今頃どうしているだろう。
後悔しているだろうか。
それとも、まだエテルナの偽りの力にすがっているだろうか。
アプリリアは、静かに微笑んだ。
――待っていて。
私は、必ず戻る。
もっと強くなって、
あなたたちを、華麗に追い抜いて。
その時、遠くの森から、銀色の光が一瞬閃いた。
――誰か、いる?
予知の力で、強い存在を感じた。
騎士のような、冷たく鋭い気配。
アプリリアの心が、わずかに揺れた。
明日の魔物の襲撃。
その時、きっと出会う。
新しい出会いが、彼女の運命をさらに動かし始める。
辺境の夜は静かだった。
だが、アプリリアの胸には、熱い炎が灯っていた。
新たな始まりの夜。
黒薔薇の谷に、真の聖女が降り立った。
馬車が石畳の道を離れ、荒れた土の道に入ってから半日。
ようやく、辺境の領地が見えてきた。
ロズウェル家の領地の中でも、最も遠く、最も貧しい場所――
「黒薔薇の谷」と呼ばれる小さな盆地だった。
周囲を深い森と険しい山に囲まれ、魔物の出没も多い。
土壌は痩せ、作物は育ちにくい。
税収は少なく、領民はわずか数百人。
かつては父レオンハルト公爵が、アプリリアに「将来の化粧料」として与えた名ばかりの土地だった。
馬車が領地の入り口にある小さな門をくぐると、
数人の衛兵が驚いた顔で出迎えた。
「ロ、ロズウェル様……? 本当に、お越しになられたのですか?」
衛兵長らしき中年男性が、慌てて馬車に駆け寄る。
彼の鎧は錆びつき、武器も古びていた。
アプリリアは馬車から降り、穏やかに微笑んだ。
「ええ。ここが、私の新しい家ですわ。
これからよろしくお願いします」
衛兵たちは顔を見合わせ、信じられないという表情を浮かべる。
王宮で起きた婚約破棄の噂は、ここまで届いていなかったらしい。
領地の中心にある館は、小さな城というより古い屋敷だった。
石造りの壁は苔むし、窓ガラスは一部割れている。
庭は雑草に覆われ、噴水は水が出ていない。
それでも、アプリリアは満足げに頷いた。
「素敵な場所ね。
少し手をかければ、きっと綺麗になるわ」
リオが、荷物を抱えながら小声で言った。
「アプリリア様……本当に、ここで暮らすんですか?
王宮に比べたら……」
「だからこそ、いいのよ。
ここなら、私の力で変えられる」
二人が館に入ると、数人の使用人たちが集まってきた。
料理人、庭師、清掃婦――全員で十人に満たない。
皆、疲れた顔をしていたが、アプリリアを見ると驚きを隠せない。
「アプリリア様……どうしてこんなところに……」
年配の料理人が、声を震わせる。
アプリリアは全員に向かって、深く一礼した。
「突然の訪問で、ご迷惑をおかけします。
でも、私はこれからここに住むつもりです。
皆さんと一緒に、この領地を良くしていきたいと思っています」
使用人たちは、最初は戸惑っていた。
だが、アプリリアの真剣な瞳と言葉に、少しずつ表情が和らいでいった。
その日の午後、アプリリアは領地を歩いて回った。
村は館から少し離れた場所にあった。
木造の家々がまばらに並び、畑は荒れ、道は泥だらけ。
子供たちは痩せ、老いた人々は病気を抱えている様子だった。
村の広場で、アプリリアは立ち止まった。
数人の子供が、遠くからこちらを覗いている。
一人の少女が、咳をしながら地面に座っていた。
アプリリアは近づき、少女の前に跪いた。
「お名前は?」
少女は驚いて目を丸くする。
「……ミア、です……」
「ミアちゃんね。
咳が辛そうだけど、診せてくれる?」
ミアが怯えたように頷くと、アプリリアはそっと手を少女の胸にかざした。
淡い光が、静かに広がる。
咳が止まり、ミアの顔に血色が戻る。
周囲の村人たちが、息を呑んだ。
「咳が……治った……?」
「魔法……?」
アプリリアは立ち上がり、村人たちに向き直った。
「私は、少し特別な力を持っています。
病気を癒したり、作物を良くしたり……
皆さんのお役に立てると思います」
最初は誰も信じなかった。
だが、次にアプリリアが荒れた畑に手を触れると、
枯れかけた麦がみるみるうちに緑を取り戻し、背丈が伸び始めた。
村人たちが、歓声を上げた。
「奇跡だ……!」
「神様が、遣わしてくれたんだ……!」
その日の夕方、村の広場には全員が集まっていた。
アプリリアは一人一人を診て、病気を癒した。
古傷、慢性の痛み、子供たちの熱――
すべてが、光とともに消えていった。
村長である老人が、涙を流しながらアプリリアの前に跪いた。
「アプリリア様……我々は、もう何年も苦しんでおりました。
税は重く、魔物は怖く、病は治らず……
あなたは、我らの救い主です」
アプリリアは老人を優しく起こした。
「救い主だなんて、大げさですよ。
私はただ、ここに住む領主です。
これから、皆さんと一緒に暮らしていくだけ」
夜、館に戻ったアプリリアは、疲れ果てながらも満足げだった。
リオが、温かいスープを運んできた。
「アプリリア様、すごかったです!
村の人たち、みんなアプリリア様のこと大好きになってましたよ!」
「ありがとう、リオ。
でも、まだ始まったばかりよ」
窓の外を見ると、遠くの森に不穏な気配を感じた。
予知の力で、魔物の群れが近づいているのがわかった。
――明日、きっと襲ってくる。
アプリリアは静かに立ち上がった。
「リオ、明日は早起きしてね。
少し、忙しくなるわ」
その夜、領地の空には満天の星が輝いていた。
王宮では見られなかった、澄んだ星空。
アプリリアはベランダに出て、空を見上げた。
――ここが、私の新しいスタートライン。
聖女の力で、領地を豊かにする。
人々を守り、愛され、
やがて、その噂は王宮に届く。
ルキノとエテルナは、今頃どうしているだろう。
後悔しているだろうか。
それとも、まだエテルナの偽りの力にすがっているだろうか。
アプリリアは、静かに微笑んだ。
――待っていて。
私は、必ず戻る。
もっと強くなって、
あなたたちを、華麗に追い抜いて。
その時、遠くの森から、銀色の光が一瞬閃いた。
――誰か、いる?
予知の力で、強い存在を感じた。
騎士のような、冷たく鋭い気配。
アプリリアの心が、わずかに揺れた。
明日の魔物の襲撃。
その時、きっと出会う。
新しい出会いが、彼女の運命をさらに動かし始める。
辺境の夜は静かだった。
だが、アプリリアの胸には、熱い炎が灯っていた。
新たな始まりの夜。
黒薔薇の谷に、真の聖女が降り立った。
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