婚約破棄された公爵令嬢は真の聖女でした ~偽りの妹を追放し、冷徹騎士団長に永遠を誓う~

鷹 綾

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第9話: ガイアの訪問

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第9話: ガイアの訪問

魔物襲撃から三日後。  
黒薔薇の谷は、穏やかな日常を取り戻していた。

アプリリアの聖女の力で、村人たちの病はほぼ癒え、畑の作物も順調に育ち始めていた。  
子供たちの笑い声が響き、村の空気は明るく変わっていた。

「アプリリア様! 今日もお美しゅうございます!」  
ミアという少女が、花冠を持って駆け寄ってきた。

「ありがとう、ミアちゃん。  
あなたも可愛いわよ」

アプリリアは花冠を頭に載せ、少女を抱きしめた。  
リオが横で、にこにこしながら見守っている。

「アプリリア様、すっかり村のアイドルですね~」  
「アイドルだなんて、リオったら」

二人が笑い合っていると、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。

村人たちがざわつく。

「騎士団だ!」  
「また魔物か!?」

アプリリアが広場に出ると、そこにガイアがいた。  
銀髪を風に揺らし、黒い騎士服のまま馬を降りる。  
今回は一人ではなく、副官のカイルを連れていた。

赤髪の陽気そうな青年が、ガイアの後ろで手を振っている。

「よお! みんな元気か?」

ガイアは無言で村を見回し、アプリリアの前に立った。

「……視察に来た」

短い言葉。  
だが、三日前に比べて、少し柔らかい気がした。

アプリリアは優雅に一礼した。

「ガイア様、お越しいただきありがとうございます。  
カイル様も、ご一緒に」

カイルがにやりと笑う。

「カイルでいいよ! 団長の付き添いだけどさ。  
この領地、噂通り活気づいてるね。聖女様のおかげかな?」

アプリリアは少し頰を赤らめた。

「聖女だなんて、大げさです。  
ただ、少しお手伝いしているだけですよ」

ガイアが、静かに口を開いた。

「魔物の痕跡を調べに来た。  
前回の群れは、異常だった。  
普通なら、この時期にこんな数は来ない」

アプリリアの心に、予知の記憶がよぎる。  
魔物の増加――王宮の誰かの策略を感じていた。

「一緒に、森を回ってもいいか?」

ガイアの提案に、アプリリアは頷いた。

「ええ。  
私も、気になっていたんです」

四人で森へ向かった。  
リオは村に残り、村人たちの様子を見守ることにした。

森の中は、静かだった。  
魔物の死骸はすでに片付けられ、鳥の声だけが響く。

ガイアが地面を調べ、剣で土を掘り返す。

「魔力が、残っている。  
自然発生じゃない。  
誰かが、誘導している可能性がある」

アプリリアは頷いた。

「私も、そう感じていました。  
予知で……少し、ぼんやりと」

ガイアの青い瞳が、アプリリアをまっすぐに見つめた。

「予知もできるのか」

「はい。  
まだ、はっきりしないのですが……」

カイルが、軽い調子で割り込む。

「団長、聖女様の力ってほんとにすごいよな。  
治癒だけじゃなくて、予知に浄化にバリア……  
俺たち騎士団でも、そんな人材はいないぜ」

ガイアは小さく咳払いをした。

「……確かに、珍しい力だ」

アプリリアは微笑んだ。

「ガイア様こそ、すごかったですよ。  
あの剣さばき……まるで嵐のようでした」

ガイアの表情が、わずかに変わった。  
視線を逸らし、耳が少し赤い。

「……ただの仕事だ」

カイルが、後ろでくすくす笑っている。

森の奥で、休憩を取った。  
木陰に座り、持ってきた水とパンを分ける。

アプリリアが、ふと尋ねた。

「ガイア様は、なぜ騎士団長になられたんですか?  
お強いのに……どこか、寂しそうな瞳をなさっている気がして」

突然の質問に、ガイアの手が止まった。

カイルが、少し真剣な顔になった。

「団長の過去は……ちょっと、重い話でさ」

ガイアは静かに口を開いた。

「……昔、家族を魔物に皆殺しにされた」

短い言葉。  
だが、その声には深い痛みが込められていた。

アプリリアの胸が、締めつけられた。

「ごめんなさい……余計なことを」

ガイアは首を振った。

「いや。  
もう、十年以上前のことだ」

しかし、その瞳の奥に、消えない影がある。  
魔物を憎む理由。  
人を守る理由。

アプリリアは、そっと手を伸ばした。  
ガイアの手に、軽く触れる。

淡い光が、二人の間に広がった。

それは、治癒の光。  
体ではなく、心の傷を優しく包む。

ガイアの目が、わずかに見開かれる。

「……これは?」

「心の痛みを、少しだけ和らげる魔法です。  
完治はできませんけど……  
少しでも、楽になれば」

ガイアは黙って、光を見つめた。  
やがて、静かに言った。

「……温かい」

カイルが、遠くで感嘆の声を上げる。

「おお……団長の顔、ちょっと柔らかくなった!  
聖女様、すげえ!」

アプリリアは微笑み、手を離した。

「ガイア様が、これからも人を守り続けるなら、  
私も、少しお手伝いできればと思います」

ガイアは、アプリリアをまっすぐに見つめた。

「……感謝する」

その瞳に、初めて小さな光が灯った気がした。

森からの帰り道、三人は並んで歩いた。

カイルが、明るく話題を変える。

「そういえば、団長!  
この領地、なかなかいいとこだよな。  
聖女様の作ったパン、うまかったし!」

ガイアが、小さく頷く。

「……ああ」

アプリリアの心が、温かくなった。

館に戻ると、村人たちがガイアたちを迎えた。  
感謝の言葉と、手作りのお礼の品。

ガイアは少し戸惑いながら、それを受け取る。

別れの時。

ガイアが馬に乗りながら、アプリリアに言った。

「また、来る。  
魔物の調査が終わるまで、この辺りに駐留する」

アプリリアの胸が高鳴った。

「楽しみにしています」

ガイアは一瞬、視線を絡めた。

「……アプリリア」

初めて、名前を呼んだ。

その声が、耳に残る。

銀髪の騎士は、カイルと共に去っていった。

アプリリアは、しばらくその背中を見送っていた。

リオが、横から肘で突つく。

「アプリリア様~?  
顔、にやにやしてますよ~?」

「リオ! そんなことないわ!」

二人は笑い合った。

夕陽が、領地を赤く染める。

ガイアの過去の傷。  
アプリリアの力で、少し触れた。

これから、二人の距離は少しずつ近づいていく。

魔物の脅威は、まだ続く。  
だが、今は一人じゃない。

アプリリアは、静かに胸に手を当てた。

――ガイア様。

あなたの寂しさを、私が癒せたらいいのに。

新しい絆の芽生え。  
辺境の風が、優しく吹いていた。

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