婚約破棄された公爵令嬢は真の聖女でした ～偽りの妹を追放し、冷徹騎士団長に永遠を誓う～

第13話: 王宮の乱れ

第13話: 王宮の乱れ

王宮の空気は、重く淀んでいた。

アプリリアが辺境へ去ってから、数ヶ月。  
当初は誰もが「婚約破棄された令嬢の失脚」と嘲笑っていたが、  
今、王宮の内部は静かな混乱に包まれていた。

王太子の居室。

ルキノ・エドワードは、苛立った様子で書類を投げ捨てた。

「またか！ また魔物の被害が増えているだと！？  
騎士団は何をしている！」

金髪を乱し、碧眼に怒りの色を浮かべる。  
かつての優雅な王子様の面影は薄れ、顔には疲労と焦りが刻まれていた。

側近が恐縮しながら報告する。

「殿下、騎士団は全力で対応しておりますが……  
魔物の数は異常です。  
しかも、被害は王都近郊に集中しており……」

ルキノは拳を握りしめた。

「エテルナはどうした？  
聖女の力で、何とかできないのか！」

その名を呼ばれ、部屋の奥からエテルナ・フォン・ロズウェルが現れた。

金髪の巻き髪は少し乱れ、顔色は優れない。  
かつての可憐な微笑みは、どこか引きつっていた。

「ルキノ殿下……申し訳ありません。  
最近、力が……うまく出なくて……」

エテルナは両手を掲げ、淡い光を放とうとした。

しかし、光は弱々しく、すぐに消えてしまう。

ルキノの顔が、ますます険しくなる。

「どういうことだ！  
お前は聖女だろう！  
王国を救う力があると言ったじゃないか！」

エテルナは唇を噛み、涙を浮かべた。

「私だって、わからないんです……  
お姉様が去ってから、力が弱くなって……  
きっと、お姉様の嫉妬の呪いか何か……」

その言葉に、ルキノは一瞬黙った。

アプリリアの名を出されるたび、胸が疼く。

あの儀式の日。  
突然現れた、圧倒的な聖女の光。

あれが、本物だった。

自分が捨てたのが、本物の聖女だった。

後悔が、日ごとに大きくなっていた。

「エテルナ……お前は、本当に聖女だったのか？」

ルキノの呟きに、エテルナの顔が青ざめた。

「ルキノ殿下！？ そんな……信じていませんか？  
私はあなたのために、すべてを……」

「すべて？  
お前がアプリリアを陥れるために、偽の手紙を作ったこともか？」

最近、噂が流れ始めていた。  
婚約破棄の理由が、でっち上げだった可能性。

エテルナは慌ててルキノの腕にすがった。

「違うんです！ あれは、お姉様の本当の性格を……  
私はただ、殿下を愛しているだけです！」

ルキノは、エテルナの手を振り払った。

「……出て行け。  
今は、一人になりたい」

エテルナは涙を流しながら部屋を出た。

廊下で、ヴェゼル侯爵令嬢が待っていた。

「エテルナ様、どうされましたか？」

エテルナは、ヴェゼルにすがりつく。

「ヴェゼル……ルキノ殿下が、私を信じてくれない……  
すべて、あのお姉様のせいよ！  
辺境にいるって噂の、あの偽聖女のせい！」

ヴェゼルは、陰険な笑みを浮かべた。

「でしたら、もっと強く排除しましょう。  
刺客を雇うとか……  
私のおじに、いい傭兵がいますわ」

エテルナの瞳に、暗い光が宿った。

「……そうね。  
あの女がいなくなれば、すべて元に戻るわ」

二人は、廊下の影で囁き合った。

その頃、王妃の居室。

イザベラ王妃は、重臣たちと深刻な顔で話し合っていた。

「魔物の脅威が、王都にまで迫っている。  
このままでは、王国が危ない」

重臣の一人が、進言した。

「王妃様……辺境から、噂が届いております。  
ロズウェル家のアプリリア様が、本物の聖女の力を持っていると」

イザベラの表情が、複雑に歪んだ。

「あの娘が……？  
婚約破棄の時、確かに驚くべき光を見せたが……」

もう一人の重臣が、続ける。

「領地は驚異的に繁栄しているそうです。  
病は消え、作物は豊作。  
魔物も、ほとんど出なくなったと」

イザベラは、静かに目を閉じた。

ルキノの判断が、誤りだった可能性。

エテルナの力が、偽物だった可能性。

そして、自分がそれを容認したこと。

「……召喚状を出したのは、正解だったようね」

王妃は、アプリリアを呼び戻す手紙を、すでに送っていた。

だが、心のどこかで、不安があった。

あの娘は、戻ってくるだろうか。

屈辱を与えた王宮に。

夕刻、王太子の庭園。

ルキノは一人で、薔薇の木を見つめていた。

アプリリアと、よくここで語り合った場所。

「あの時……俺は、何を信じたんだ……」

偽の手紙。  
エテルナの涙。  
周囲の噂。

すべてが、アプリリアを陥れるための策略だったのかもしれない。

ルキノは、膝をついた。

「アプリリア……すまなかった……」

だが、後悔だけでは、取り戻せない。

王国は乱れ、  
自分の無能さが、露呈し始めていた。

民の不満も、高まっている。

王位継承の危機さえ、囁かれ始めていた。

エテルナの部屋。

妹は、鏡の前で独り言を呟いていた。

「すべて、あのお姉様のせい……  
私が聖女なのに……  
私が、ルキノ殿下の隣にいるはずなのに……」

嫉妬の炎が、燃え上がる。

「絶対に、許さない……  
刺客を送って、殺すわ」

ヴェゼルが、すでに手配を進めていた。

王宮は、表面の華やかさとは裏腹に、  
暗い陰謀と後悔が渦巻いていた。

アプリリアの噂は、日ごとに大きくなっていた。

「真の聖女は、辺境にいる」

「王太子が、誤って本物を捨てた」

民の間で、アプリリアの名が、希望の象徴になり始めていた。

王妃イザベラは、窓から夕陽を見上げた。

「……あの娘が、戻ってきてくれることを祈るしかないわね」

だが、アプリリアはもう、昔のアプリリアではない。

聖女の力で強くなり、  
愛する人もでき、  
領地を守る使命を得た。

王宮の乱れは、  
彼女の逆転の、絶好の舞台となる。

暗い夜が、王宮を覆っていた。

だが、辺境では、  
希望の光が、静かに輝いていた。

アプリリアが、戻る時が近づいている。

王宮の乱れは、  
ザマアの、始まりの合図。