婚約破棄された公爵令嬢は真の聖女でした ~偽りの妹を追放し、冷徹騎士団長に永遠を誓う~

鷹 綾

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第12話: 領地の繁栄へ

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第12話: 領地の繁栄へ

野営の朝は、爽やかな霧に包まれていた。

アプリリアはガイアの隣で目を覚ました。  
もちろん、別々の毛布だったが、夜の語らいの余韻がまだ体に残っている。  
頰に触れた唇の感触。  
心の奥に灯った温かな炎。

ガイアはすでに起きていて、剣の手入れをしていた。  
銀髪が朝陽に輝き、クールな横顔が少し優しく見える。

「おはようございます、ガイア様」

アプリリアが声をかけると、ガイアは軽く視線を上げた。

「……おはよう」

耳が、わずかに赤い。

カイルが遠くから、大きな声でからかう。

「おおー! 団長、朝から聖女様とご対面か!  
昨夜のキスシーン、みんなに見られてたぜ~?」

騎士たちがどっと笑う。

ガイアが剣を鞘に収め、冷たく睨む。

「黙れ、カイル」

アプリリアは顔を赤らめながらも、くすりと笑った。

――みんなにバレてたのね。

でも、恥ずかしいけど……嬉しい。

一行は朝食を済ませ、領地へ帰還した。

村人たちは、門の前で出迎えた。  
リオが先頭で、涙目でアプリリアを抱きしめる。

「アプリリア様! 無事でよかったです!  
心配で心配で、昨夜は一睡もできなかったんですから!」

村長が、騎士たちに深く頭を下げた。

「魔物の巣窟を壊していただいたと聞き及びます。  
これで、皆安心して暮らせます」

ガイアは短く頷き、騎士たちに撤収の指示を出した。

「これで、この辺りの脅威は一段落だ。  
だが、完全に消えたわけではない。  
引き続き、警戒を」

アプリリアが、ガイアに歩み寄った。

「ガイア様……本当に、ありがとうございました。  
騎士団の皆さんも」

ガイアはアプリリアだけに聞こえる声で言った。

「約束だ。  
後で、話そう」

その瞳に、優しさが宿っていた。

騎士団が去った後、領地は本格的な繁栄への道を歩み始めた。

アプリリアの聖女の力で、土壌は豊かになり、作物は驚異的な速さで育った。  
病は根絶され、子供たちは元気に遊び、大人たちは笑顔で働いた。

館の庭も、リオや村人たちの手で美しく整備された。  
黒薔薇の花が咲き乱れ、領地の名に相応しい風景になった。

数日後、兄ゼストからの手紙が届いた。

王宮の様子を、密かに伝えてくる内容だった。

『アプリリア、元気か?  
お前の力が覚醒したと聞き、俺は喜んだ。  
父上も、最初は動揺していたが、今は後悔しているようだ。  
王宮は乱れている。  
エテルナの「聖女の力」が、最近ほとんど発揮できなくなっている。  
ルキノ殿下は苛立ち、王妃様も失望を隠せない。  
お前の噂が、少しずつ広まっている。  
「真の聖女は辺境にいる」と。  
支援物資を送る。  
金と物資、護衛も少し。  
父上には内緒だ。  
いつか、必ずお前を迎えに行く。  
兄より』

アプリリアは手紙を胸に押し当て、微笑んだ。

――お兄様、ありがとう。

支援物資はすぐに届き、領地の再建が加速した。  
新しい家が建ち、井戸が掘られ、道が整備された。

ガイアは、約束通り頻繁に領地を訪れるようになった。  
表向きは「魔物調査」だが、誰もが本当の理由を知っていた。

ある夕暮れ、アプリリアとガイアは館の庭を散歩していた。

黒薔薇の花が、風に揺れている。

「領地が、こんなに変わったな」

ガイアが、静かに言った。

「皆の努力です。  
ガイア様が守ってくださったおかげで、皆安心して働けました」

ガイアは足を止め、アプリリアの手を取った。

「俺は……お前がいるから、来る」

アプリリアの頰が熱くなる。

「ガイア様……」

「名前で、呼んでくれ」

「……ガイア」

ガイアの瞳が、優しく細められた。

二人は自然と、唇を重ねた。

今度は、野営の時より少し大胆に。  
庭の薔薇の香りに包まれ、甘い時間。

離れた時、ガイアが小声で言った。

「俺は、不器用だ。  
だが、お前を……守りたい。  
ずっと」

アプリリアは、ガイアの胸に顔を埋めた。

「私も……ガイアのそばにいたい」

二人の絆は、日ごとに深まっていった。

しかし、平和な日々は長くは続かなかった。

その夜、アプリリアの予知が強く閃いた。

王宮から、使者が来る。

――悪い知らせ。

いや、陰謀の始まり。

翌朝、館の門前に馬車が止まった。

王宮の紋章が入った、豪奢な馬車。

降りてきたのは、王宮の重臣の一人。

「アプリリア・フォン・ロズウェル様。  
王妃イザベラ様より、緊急の召喚状です。  
王国を脅かす大規模な魔物の脅威が迫っており、  
『真の聖女』の力が必要だと」

アプリリアは、静かに手紙を受け取った。

内容は、丁寧だが強制力があった。

――王宮に戻れ。

ルキノとエテルナの名前は出てこない。  
だが、明らかに彼らの影響下。

ガイアが、アプリリアの隣に立っていた。

「……行くのか?」

アプリリアは、静かに頷いた。

「ええ。  
でも、今度は一人じゃない」

ガイアの手を、強く握る。

「私も、行く。  
お前を守るために」

リオが、館から駆け寄ってきた。

「アプリリア様! 私もついていきます!」

村人たちが、集まってくる。

「アプリリア様……行ってしまうんですか?」  
「でも、王国を救うためなら……」

アプリリアは皆に向かって、深く頭を下げた。

「皆さん、ありがとう。  
この領地は、私の大切な家です。  
必ず、戻ってきます」

村人たちの目には、涙が浮かんでいた。

だが、誰も引き止めなかった。  
アプリリアが王国を救う存在だと、信じていたから。

領地の繁栄は、確かなものになった。

黒薔薇の谷は、もう貧しい辺境ではない。  
豊かな、希望に満ちた土地。

アプリリアは、ガイアとリオと共に、王宮への馬車に乗った。

心に、決意を宿して。

――今度は、逃げない。

ルキノとエテルナに、  
すべてを、清算する。

華麗なる逆転の、序曲が始まる。

馬車が、ゆっくりと動き出した。

領地の皆が見送る中、  
アプリリアは窓から手を振った。

ガイアが、隣で静かに言った。

「何があっても、俺がいる」

アプリリアは微笑んだ。

「ええ。  
一緒に、行きましょう」

王宮への道は、長かった。

だが、二人の手は、固く繋がれていた。

繁栄した領地を背に、  
新たな戦いが始まろうとしていた。

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