11 / 38
第11話 静かな評価と、向けられる視線
しおりを挟む
第11話 静かな評価と、向けられる視線
ポーションを納品するようになってから、ギルドでの空気が少し変わった。
劇的な変化ではない。
誰かが大声で名前を呼ぶわけでも、周囲が騒ぎ立てるわけでもない。
ただ――。
「この回復薬、前より効きがいいな」 「在庫、もう一本出してくれ」 「……同じ銘柄だよな?」
そんな小さな声が、確実に増えていく。
私は受付に瓶を並べながら、内心で慎重に計算していた。
(売りすぎない。
数を絞る。
品質は安定させすぎない)
目立つのは、まだ早い。
「エレナ、今日も調合?」
赤毛の受付嬢が、いつもの調子で声をかけてくる。
「はい。基本回復薬を、少しだけ」
「“少しだけ”が、最近やけに売れるのよね」
冗談めかした言い方。
でも、その視線は鋭い。
「偶然です」
私は、にこりと笑ってそう答えた。
嘘ではない。
“偶然”を作っているだけだ。
調合室で作業を終え、昼過ぎにギルドを出ると、入口付近が少し騒がしかった。
「……騎士団だ」 「アルヴェルに? 珍しいな」
ざわめきの中心には、銀色の甲冑を纏った一団がいた。
王国騎士団。
その先頭に立つ男が、ふとこちらを見た。
(……まずい)
反射的に、私は視線を逸らす。
騎士団。
それだけで、王都と王家が連想される。
――まだ、関わりたくない。
足早に通り過ぎようとした、その時。
「そこの君」
低く、落ち着いた声。
背筋が、ぴんと張りつめる。
「……はい?」
振り返ると、先頭の騎士がこちらを見ていた。
年の頃は二十代後半。整った顔立ちだが、どこか鋭い目。
「冒険者か?」
「ええ。仮登録ですが」
短く答える。
彼は、私をじっと観察するように見つめてから言った。
「最近、この街で評判の回復薬があると聞いた」
――やっぱり。
「その話なら、ギルドに」
「すでに確認した。作り手が“新人の冒険者”だと」
言葉は穏やかだが、逃げ道を塞ぐような間合い。
「……それが、私だと?」
「可能性の話だ」
彼はそう言って、わずかに口元を緩めた。
「安心しろ。取り締まりではない。
ただ、少し興味を持っただけだ」
興味。
その言葉が、逆に怖い。
「私は、ただの冒険者です」
「だろうな」
彼は、あっさり頷いた。
「だからこそ、だ」
意味深な言葉を残し、騎士は踵を返す。
「名は?」
一瞬、迷ったが――。
「……エレナです」
「そうか。覚えておこう」
その背中を見送りながら、私は深く息を吐いた。
(……近づいてきてる)
噂。
評価。
視線。
すべてが、少しずつこちらへ向かっている。
でも。
(まだ、踏み込みすぎてはいない)
私は、拳を軽く握りしめた。
力を隠し、
名を隠し、
生き延びる。
それが、今の最優先事項。
宿へ戻る道すがら、夕日が街を染めていく。
「……大丈夫」
小さく、自分に言い聞かせる。
騎士団が来ようと、
噂が広がろうと。
私は、まだ“無名の冒険者”。
そして――
この程度の注目で、止まるつもりはなかった。
ポーションを納品するようになってから、ギルドでの空気が少し変わった。
劇的な変化ではない。
誰かが大声で名前を呼ぶわけでも、周囲が騒ぎ立てるわけでもない。
ただ――。
「この回復薬、前より効きがいいな」 「在庫、もう一本出してくれ」 「……同じ銘柄だよな?」
そんな小さな声が、確実に増えていく。
私は受付に瓶を並べながら、内心で慎重に計算していた。
(売りすぎない。
数を絞る。
品質は安定させすぎない)
目立つのは、まだ早い。
「エレナ、今日も調合?」
赤毛の受付嬢が、いつもの調子で声をかけてくる。
「はい。基本回復薬を、少しだけ」
「“少しだけ”が、最近やけに売れるのよね」
冗談めかした言い方。
でも、その視線は鋭い。
「偶然です」
私は、にこりと笑ってそう答えた。
嘘ではない。
“偶然”を作っているだけだ。
調合室で作業を終え、昼過ぎにギルドを出ると、入口付近が少し騒がしかった。
「……騎士団だ」 「アルヴェルに? 珍しいな」
ざわめきの中心には、銀色の甲冑を纏った一団がいた。
王国騎士団。
その先頭に立つ男が、ふとこちらを見た。
(……まずい)
反射的に、私は視線を逸らす。
騎士団。
それだけで、王都と王家が連想される。
――まだ、関わりたくない。
足早に通り過ぎようとした、その時。
「そこの君」
低く、落ち着いた声。
背筋が、ぴんと張りつめる。
「……はい?」
振り返ると、先頭の騎士がこちらを見ていた。
年の頃は二十代後半。整った顔立ちだが、どこか鋭い目。
「冒険者か?」
「ええ。仮登録ですが」
短く答える。
彼は、私をじっと観察するように見つめてから言った。
「最近、この街で評判の回復薬があると聞いた」
――やっぱり。
「その話なら、ギルドに」
「すでに確認した。作り手が“新人の冒険者”だと」
言葉は穏やかだが、逃げ道を塞ぐような間合い。
「……それが、私だと?」
「可能性の話だ」
彼はそう言って、わずかに口元を緩めた。
「安心しろ。取り締まりではない。
ただ、少し興味を持っただけだ」
興味。
その言葉が、逆に怖い。
「私は、ただの冒険者です」
「だろうな」
彼は、あっさり頷いた。
「だからこそ、だ」
意味深な言葉を残し、騎士は踵を返す。
「名は?」
一瞬、迷ったが――。
「……エレナです」
「そうか。覚えておこう」
その背中を見送りながら、私は深く息を吐いた。
(……近づいてきてる)
噂。
評価。
視線。
すべてが、少しずつこちらへ向かっている。
でも。
(まだ、踏み込みすぎてはいない)
私は、拳を軽く握りしめた。
力を隠し、
名を隠し、
生き延びる。
それが、今の最優先事項。
宿へ戻る道すがら、夕日が街を染めていく。
「……大丈夫」
小さく、自分に言い聞かせる。
騎士団が来ようと、
噂が広がろうと。
私は、まだ“無名の冒険者”。
そして――
この程度の注目で、止まるつもりはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?
白雲八鈴
恋愛
アルディーラ公爵夫人であるミレーネは、他の人からみれば羨ましいと思える立場にいた。
王妹の母譲りの美人の顔立ち、公爵夫人として注目を集める立場、そして領地の運営は革命と言えるほど領地に潤いを与えていた。
だが、そんなミレーネの心の中にあるのは『早く離婚したい』だった。
順風満帆と言えるミレーネは何が不満なのか。その原因は何か。何故離婚できないのか。
そこから始まる物語である。
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
10日後に婚約破棄される公爵令嬢
雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。
「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」
これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる