婚約破棄された悪役令嬢ですが、英雄にも聖女にもなりません

鷹 綾

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第10話 ポーションという、戦わない武器

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第10話 ポーションという、戦わない武器

 翌朝、私はいつもより早く目を覚ました。

 薄暗い宿の部屋。
 窓の外では、まだ街が眠っている。

(……今日から、少しやり方を変える)

 昨日思いついた“次の一手”。
 それを、試す日だ。

 私は簡単に身支度を整え、ギルドへ向かった。
 朝のギルドは比較的静かで、受付周りも混み合っていない。

「おはようございます」

「おはよう。珍しいわね、こんな時間に」

 赤毛の受付嬢が、書類から顔を上げる。

「相談があって……調合室を使わせていただけませんか?」

 その言葉に、彼女は一瞬だけ目を瞬かせた。

「調合? ああ、ポーションか」

 視線が、私を上から下まで一度だけなぞる。

「……初心者には、あまり勧めないけど?」

「分かっています。でも、素材は自分で用意しますし、危険なものは作りません」

 しばらく考えたあと、彼女は肩をすくめた。

「いいわ。空いてる時間だけよ。失敗しても、ギルドは責任持たないから」

「ありがとうございます」

 胸の奥で、小さく安堵する。

 案内された調合室は、石造りの簡素な部屋だった。
 棚には、基本的な薬草と瓶、古びた器具。

(……十分)

 私は、昨日集めておいた薬草を取り出し、机に並べた。

 回復ポーション。
 最低ランクの、誰もが知っているもの。

 ――だからこそ、差が出る。

(前世の知識では……)

 有効成分の抽出温度。
 攪拌の速度。
 そして、魔力の“触れさせ方”。

 私は、鍋に水を張り、火を入れる。
 温度が上がるにつれ、意識を集中させた。

 魔力を、ほんの薄く。
 溶け込ませるように。

 ぐつり、と液体が静かに反応する。

「……うまくいってる」

 手応えがあった。

 完成したポーションは、澄んだ淡緑色。
 見た目は普通。
 けれど――。

(回復効率、少しだけ上がってるはず)

 私は、自分の指先をほんの少し切り、ポーションを一滴垂らした。

 ひり、とした痛みが、すぐに消える。
 皮膚が、なめらかに塞がった。

「……成功」

 思わず、息を吐く。

 派手さはない。
 奇跡でもない。

 けれど、確実に“良いもの”だ。

 その後も、同じ手順で数本を調合する。
 失敗は一度もなかった。

 昼前、調合室を出ると、受付嬢が待っていた。

「終わった?」

「はい。こちらを……」

 私は、完成したポーションを一本差し出した。

 彼女は半信半疑で瓶を受け取り、少し揺らしてから言った。

「……鑑定、かけるわよ」

 水晶に触れさせると、淡い光が走る。

「回復量……基準値より一割増し?」

 彼女の声が、わずかに上ずる。

「これ、初心者が作ったの?」

「……運が良かっただけです」

 そう答えると、彼女はじっと私を見た。

 探るような視線。
 けれど、追及はしなかった。

「……買い取るわ。ギルド価格で」

「お願いします」

 銀貨を受け取った瞬間、胸が静かに満たされる。

 戦っていない。
 目立つ魔法も使っていない。

 それでも、確実に評価されている。

(……これなら)

 私のやり方で、生きていける。

 ギルドを出ると、外はすっかり昼の顔になっていた。
 人々が行き交い、街が動いている。

 その中で、私は一人、静かに歩く。

 剣を振るわなくてもいい。
 名を叫ばれなくてもいい。

 ポーションという、小さな瓶。
 それが、私の“戦わない武器”。

「……悪くない選択ね」

 私は、誰にも聞こえない声で呟いた。

 この一歩が、
 やがて“謎の天才魔導士”と呼ばれる始まりになるとは――
 まだ、誰も知らないまま。
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