婚約破棄された悪役令嬢ですが、英雄にも聖女にもなりません

鷹 綾

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第25話 王都、仮面の中枢

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第25話 王都、仮面の中枢

 王都行きの馬車は、重たい音を立てて城門をくぐった。

 高い石壁。
 整えられた街路。
 人の流れは多いが、どこか息苦しい。

(……やっぱり、空気が違う)

 アルヴェルの雑多な温度とは正反対。
 王都は、秩序で縛られた場所だ。

 馬車を降りると、監査局の文官――昨日の男が、静かに先導した。

「こちらです。
 本日は、表の庁舎ではなく、地下の会議室を使います」

「……地下、ですか」

「余計な目を避けるために」

 その言葉に、皮肉を感じてしまう。

(余計な目を避けたいのは、私だけじゃない)

 通されたのは、王城の一角にある、装飾を極力排した部屋だった。
 机と椅子。
 壁際には、鑑定用の魔導具。

 そして――。

 すでに数人、待っている。

 白衣を纏った鑑定官。
 年配の魔導師。
 記録係の文官。

 その中に、一人だけ異質な存在がいた。

 黒を基調とした服装。
 金色の紋章。

(……王太子派)

 胸の奥が、ひやりと冷える。

「では、始めましょう」

 監査局の男が、淡々と告げる。

「匿名の技術者殿。
 今回の回復薬について、
 どの点が“意図的”だと判断されましたか」

 私は、深く息を吸った。

(……落ち着いて)

 感情は、必要ない。

「三点あります」

 私は、机に置かれた瓶を指差す。

「第一に、回復効率の設計です。
 これは“自然な回復”ではなく、
 魔力循環を強制的に加速させています」

 鑑定官たちが、頷く。

「第二に、反動の発生タイミング。
 使用者の魔力量が多いほど、
 反動が早く、強く出る構造です」

 年配の魔導師が、眉をひそめた。

「……偶然ではないな」

「第三に」

 私は、最後の瓶を取り上げる。

「量産前提の安定性です。
 素人が作ったものではありません」

 静まり返る部屋。

 やがて、王太子派らしき男が口を開いた。

「仮にそうだとしても、
 誰が、何の目的で?」

 ――来た。

 私は、首を横に振る。

「そこまでは、分かりません」

 本当だ。
 そして、嘘でもある。

(でも、ここで言う必要はない)

「私は、原因を示しただけです」

 沈黙。

 張りつめた空気の中、
 監査局の男が、ゆっくりと頷いた。

「十分です」

 彼は、きっぱりと言った。

「責任の所在を追うのは、我々の仕事だ」

 王太子派の男が、不満げに口をつぐむ。

 ――一線、守れた。

 会議は、それ以上踏み込むことなく終わった。

 部屋を出る際、監査局の男が、小声で言う。

「……今日の説明で、
 王都は、動かざるを得なくなりました」

「それでいいんです」

「あなたは……」

 一瞬、言葉を探すようにしてから、彼は微笑んだ。

「本当に、名を残さない方ですね」

「必要ありません」

 廊下を歩きながら、私は思う。

(ここは、仮面の中枢)

 誰もが、何かを隠し、
 何かを守り、
 何かを切り捨てている。

 その中で、私は――
 仮面を被らないまま、仮面の中に立っている。

 夕方、王都の空を見上げる。

 雲は低く、重たい。

(……長居はしない)

 役目は果たした。
 あとは、波がどう広がるか。

 馬車に乗り込みながら、私は静かに決める。

 王都は、舞台ではない。
 私は、役者でもない。

 ただ、答えを置いていくだけ。

 それで十分だ。

 王都の門が、ゆっくりと遠ざかっていく。

 この一日が、
 どれほど大きな歯車を動かしたか――
 今は、まだ誰も知らない。

 けれど確実に。

 王都の中枢は、もう後戻りできないところまで来ていた。
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