婚約破棄して「無能」と捨てた元婚約者様へ。私が隣国の魔導予算を握っていますが、今さら戻ってこいなんて冗談ですよね?』

鷹 綾

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第4話 初日から壊れる前提を、彼女は見逃さない

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第4話 初日から壊れる前提を、彼女は見逃さない

 隣国皇城の執務区画は、王国のそれとはまるで違っていた。
 装飾は最低限、廊下は直線的で無駄がなく、書類の保管棚は用途別に完全に分かれている。

 ――合理的。

 エルフレイドは、その事実に小さく安堵していた。
 感情や見栄ではなく、「機能」で設計された空間。
 ここなら、話が通じる。

「こちらが、君の執務室だ」

 ゼノスが示した扉を開けると、そこは想像以上だった。

 広い机。壁一面の資料棚。
 そして、すでに積み上げられている大量の帳簿と魔導計測書。

「……初日から、これはなかなか」

 エルフレイドは思わず苦笑する。

「我が国の魔導関連予算、直近三年分だ」

 ゼノスは淡々と言った。

「把握しているつもりだったが、君の前では自信がない」

「正しい判断です」

 即答だった。

 ゼノスの眉が、わずかに動く。

「では、失礼して」

 エルフレイドは椅子に腰を下ろすと、迷いなく一冊目の帳簿を開いた。
 紙をめくる速度は速いが、決して雑ではない。

 数字が、頭の中で立体的に組み上がっていく。

「……魔導炉第三基」

 彼女は独り言のように呟いた。

「出力安定化予算、過剰です。逆に第二基は不足している」

「なぜそう言える」

 ゼノスが問う。

「第三基は、新型回路を採用しています。初期投資は高いですが、維持費は低い。
 この配分は“旧型基準”のままです」

 次のページを開く。

「魔導兵装部門。ここも無駄が多い。
 同じ性能の回路を、三系統で別々に開発していますね」

「……競争原理だ」

「失敗例です」

 ぴしゃり、と切り捨てた。

「競争は“完成形が見えてから”行うもの。
 基礎段階で分散させれば、予算だけが消えます」

 ゼノスは、黙って聞いていた。
 遮らない。否定しない。

 それだけで、エルフレイドの思考はさらに加速する。

「魔石輸入。契約国が多すぎます」

「リスク分散のためだ」

「分散しすぎです。
 結果として、価格交渉力を失っています」

 彼女は、紙にさらさらと数字を書き込む。

「上位三国に集約すれば、単価は一割下がる。
 浮いた分で、備蓄を二割増やせます」

 ゼノスの視線が、初めて鋭くなった。

「……それは、我が国の軍事力に直結する話だ」

「はい」

 エルフレイドは顔を上げる。

「だからこそ、初日に確認しました。
 この国は――まだ壊れていません」

 その言葉に、ゼノスは一瞬、息を止めた。

「“まだ”?」

「ええ」

 彼女は淡々と続ける。

「今のままでは、五年以内に破綻します。
 ですが、今なら修正が効く」

 その断言には、迷いがなかった。

「……何日で?」

「全体再編ですか?」

「そうだ」

「七日ください」

 即答。

 ゼノスは、ゆっくりと笑った。
 それは、氷が軋むような、低い笑みだった。

「面白い」

 彼は机に手をつく。

「権限を与える。
 予算、人員、契約。すべて君の裁量だ」

 周囲の側近たちが、息を呑む。

「陛下、それは――」

「私が決めた」

 ゼノスは一言で黙らせる。

 そして、エルフレイドを見た。

「期待している」

 その言葉に、彼女はわずかに目を見開いた。

「……ありがとうございます」

 その後の執務は、嵐のようだった。

 エルフレイドは各部門を呼び出し、説明を求め、即座に判断を下す。
 無駄な会議は切り捨て、必要な決裁だけを通す。

「これは不要です」

「それは後回し」

「この案件、凍結」

 迷いのない声。

 夕方には、すでに仮の再編案が完成していた。

「……一日で、ここまで」

 側近の一人が呆然と呟く。

「三日あれば、数字は揃います」

 エルフレイドは言った。

「七日で、安定させます」

 その夜。

 ゼノスは自室で、一人、報告書を眺めていた。

 ――拾い物だと思っていた。

 だが、違う。

「……これは」

 彼は、静かに呟く。

「国の根幹だ」

 氷の皇帝は、その夜初めて理解した。

 エルフレイド・ヴァルシュタインという存在が、
 失ってはならないものであるということを。

 そして同時に――
 他国が、愚かにも手放した理由も。


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