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第5話 三日で証明される価値と、覆せない現実
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第5話 三日で証明される価値と、覆せない現実
エルフレイド・ヴァルシュタインが隣国の執務室に入ってから、三日目の朝。
皇城の魔導庁は、異様な静けさに包まれていた。
――いや、正確には「静まり返っている」のではない。
皆が、様子を窺っているのだ。
「……数値、もう一度確認しろ」
「はい、ですが……間違いありません」
魔導庁の中堅官僚が、何度目かの再確認を終えて報告書を差し出す。
その表情は、半ば呆然としていた。
「魔導炉第二基、出力安定率が二一%向上。
第三基は維持費を削減しつつ、出力は現状維持。
魔石備蓄量、三日で一・五倍……」
誰かが、喉を鳴らした。
「……あり得るのか、こんなことが」
あり得る。
だが、それを“実行できる人間”が、いなかっただけだ。
エルフレイドは、自分の執務室で淡々と帳簿を閉じた。
机の上には、整理された新旧の予算案が整然と並んでいる。
「仮再編、第一段階終了……ですね」
独り言のように呟く。
彼女がやったことは、決して派手な改革ではない。
ただ、「あるべき数字を、あるべき場所に戻した」だけだ。
重複していた予算を一本化し、
形骸化した事業を凍結し、
現場の実情に合わない基準を修正した。
それだけで、国は呼吸を取り戻す。
「……不思議なものです」
王国では、何年もかけて却下され続けた提案。
ここでは、三日で結果が出た。
扉が、控えめに叩かれる。
「入ってください」
入ってきたのは、ゼノス・フォン・バルドールだった。
いつも通り、無駄のない動き。だが、その目には明確な熱が宿っている。
「報告を受けた」
そう前置きし、彼は机の上の書類に視線を落とした。
「三日だ」
「はい」
「三日で、我が国の魔導基盤は“安定した”」
断言だった。
「君は……どうやった?」
「特別なことは何も」
エルフレイドは、淡々と答える。
「数字は、嘘をつきません。
嘘をつくのは、解釈だけです」
ゼノスは、短く息を吐いた。
「……王国では、これを“無能”と呼んだのか」
その言葉には、怒りが混じっていた。
「彼らは、私が何をしていたかを理解しようとしませんでした」
責める口調ではない。
ただの事実。
「“誰でもできる仕事”だと」
エルフレイドは、一瞬だけ視線を伏せる。
「ならば、誰でもやればよかったのです」
ゼノスは、その言葉を聞いて、はっきりと理解した。
――彼女は、怒っていない。
失望も、悲嘆も、もう越えている。
だからこそ、恐ろしい。
「……君は、怒らないのか」
「怒る理由がありません」
エルフレイドは顔を上げる。
「彼らは、正しい判断ができなかった。
それだけです」
ゼノスは、しばらく黙って彼女を見つめていた。
そして、ゆっくりと言った。
「君を失うという選択肢は、非合理だ」
その言葉に、エルフレイドは瞬きをする。
「……陛下?」
「訂正する」
ゼノスは、一歩近づいた。
「致命的だ」
室内の空気が、わずかに張り詰める。
「君が去った王国が、どうなるか」
「……想像はつきます」
「こちらは、もう想像ではない」
ゼノスは、机に置かれた別の報告書を示した。
「魔導障壁の数値が、すでに乱れ始めている」
エルフレイドの指が、ぴくりと動いた。
「早いですね」
「君が思っていたより?」
「はい。最低でも、あと一週間は持つと」
ゼノスは、低く笑った。
「君の見積もりは、正確すぎる」
その笑みは、もはや冷酷なものではなかった。
獲物を確保した捕食者のそれだ。
「正式に、通達する」
彼は背筋を伸ばす。
「エルフレイド・ヴァルシュタイン。
君を、我が国の魔導予算統括責任者とする」
「……承知しました」
「待遇は、次期皇后級だ」
さらりと言われたその一言に、さすがのエルフレイドも言葉を失った。
「陛下、それは……」
「合理的判断だ」
即答。
「君の価値は、国家存亡に直結する。
ならば、それに見合う地位を与えるのは当然だ」
エルフレイドは、思わず小さく息を吐いた。
「……本当に、効率重視なのですね」
「君に関しては」
ゼノスは、視線を逸らさず言った。
「例外を作るつもりだ」
それは、告白ではない。
だが、宣言だった。
その夜、隣国の魔導基盤は、安定を取り戻した。
一方で、旧王国では――。
まだ誰も、公式には発表していない。
だが、歯車は確実に狂い始めている。
エルフレイドは、そのことを知りながらも、もう振り返らない。
ここには、彼女の仕事がある。
そして――彼女の価値を、正しく理解する皇帝がいる。
数字は、すでに答えを出していた。
エルフレイド・ヴァルシュタインが隣国の執務室に入ってから、三日目の朝。
皇城の魔導庁は、異様な静けさに包まれていた。
――いや、正確には「静まり返っている」のではない。
皆が、様子を窺っているのだ。
「……数値、もう一度確認しろ」
「はい、ですが……間違いありません」
魔導庁の中堅官僚が、何度目かの再確認を終えて報告書を差し出す。
その表情は、半ば呆然としていた。
「魔導炉第二基、出力安定率が二一%向上。
第三基は維持費を削減しつつ、出力は現状維持。
魔石備蓄量、三日で一・五倍……」
誰かが、喉を鳴らした。
「……あり得るのか、こんなことが」
あり得る。
だが、それを“実行できる人間”が、いなかっただけだ。
エルフレイドは、自分の執務室で淡々と帳簿を閉じた。
机の上には、整理された新旧の予算案が整然と並んでいる。
「仮再編、第一段階終了……ですね」
独り言のように呟く。
彼女がやったことは、決して派手な改革ではない。
ただ、「あるべき数字を、あるべき場所に戻した」だけだ。
重複していた予算を一本化し、
形骸化した事業を凍結し、
現場の実情に合わない基準を修正した。
それだけで、国は呼吸を取り戻す。
「……不思議なものです」
王国では、何年もかけて却下され続けた提案。
ここでは、三日で結果が出た。
扉が、控えめに叩かれる。
「入ってください」
入ってきたのは、ゼノス・フォン・バルドールだった。
いつも通り、無駄のない動き。だが、その目には明確な熱が宿っている。
「報告を受けた」
そう前置きし、彼は机の上の書類に視線を落とした。
「三日だ」
「はい」
「三日で、我が国の魔導基盤は“安定した”」
断言だった。
「君は……どうやった?」
「特別なことは何も」
エルフレイドは、淡々と答える。
「数字は、嘘をつきません。
嘘をつくのは、解釈だけです」
ゼノスは、短く息を吐いた。
「……王国では、これを“無能”と呼んだのか」
その言葉には、怒りが混じっていた。
「彼らは、私が何をしていたかを理解しようとしませんでした」
責める口調ではない。
ただの事実。
「“誰でもできる仕事”だと」
エルフレイドは、一瞬だけ視線を伏せる。
「ならば、誰でもやればよかったのです」
ゼノスは、その言葉を聞いて、はっきりと理解した。
――彼女は、怒っていない。
失望も、悲嘆も、もう越えている。
だからこそ、恐ろしい。
「……君は、怒らないのか」
「怒る理由がありません」
エルフレイドは顔を上げる。
「彼らは、正しい判断ができなかった。
それだけです」
ゼノスは、しばらく黙って彼女を見つめていた。
そして、ゆっくりと言った。
「君を失うという選択肢は、非合理だ」
その言葉に、エルフレイドは瞬きをする。
「……陛下?」
「訂正する」
ゼノスは、一歩近づいた。
「致命的だ」
室内の空気が、わずかに張り詰める。
「君が去った王国が、どうなるか」
「……想像はつきます」
「こちらは、もう想像ではない」
ゼノスは、机に置かれた別の報告書を示した。
「魔導障壁の数値が、すでに乱れ始めている」
エルフレイドの指が、ぴくりと動いた。
「早いですね」
「君が思っていたより?」
「はい。最低でも、あと一週間は持つと」
ゼノスは、低く笑った。
「君の見積もりは、正確すぎる」
その笑みは、もはや冷酷なものではなかった。
獲物を確保した捕食者のそれだ。
「正式に、通達する」
彼は背筋を伸ばす。
「エルフレイド・ヴァルシュタイン。
君を、我が国の魔導予算統括責任者とする」
「……承知しました」
「待遇は、次期皇后級だ」
さらりと言われたその一言に、さすがのエルフレイドも言葉を失った。
「陛下、それは……」
「合理的判断だ」
即答。
「君の価値は、国家存亡に直結する。
ならば、それに見合う地位を与えるのは当然だ」
エルフレイドは、思わず小さく息を吐いた。
「……本当に、効率重視なのですね」
「君に関しては」
ゼノスは、視線を逸らさず言った。
「例外を作るつもりだ」
それは、告白ではない。
だが、宣言だった。
その夜、隣国の魔導基盤は、安定を取り戻した。
一方で、旧王国では――。
まだ誰も、公式には発表していない。
だが、歯車は確実に狂い始めている。
エルフレイドは、そのことを知りながらも、もう振り返らない。
ここには、彼女の仕事がある。
そして――彼女の価値を、正しく理解する皇帝がいる。
数字は、すでに答えを出していた。
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