4 / 40
第4話 初日から壊れる前提を、彼女は見逃さない
しおりを挟む
第4話 初日から壊れる前提を、彼女は見逃さない
隣国皇城の執務区画は、王国のそれとはまるで違っていた。
装飾は最低限、廊下は直線的で無駄がなく、書類の保管棚は用途別に完全に分かれている。
――合理的。
エルフレイドは、その事実に小さく安堵していた。
感情や見栄ではなく、「機能」で設計された空間。
ここなら、話が通じる。
「こちらが、君の執務室だ」
ゼノスが示した扉を開けると、そこは想像以上だった。
広い机。壁一面の資料棚。
そして、すでに積み上げられている大量の帳簿と魔導計測書。
「……初日から、これはなかなか」
エルフレイドは思わず苦笑する。
「我が国の魔導関連予算、直近三年分だ」
ゼノスは淡々と言った。
「把握しているつもりだったが、君の前では自信がない」
「正しい判断です」
即答だった。
ゼノスの眉が、わずかに動く。
「では、失礼して」
エルフレイドは椅子に腰を下ろすと、迷いなく一冊目の帳簿を開いた。
紙をめくる速度は速いが、決して雑ではない。
数字が、頭の中で立体的に組み上がっていく。
「……魔導炉第三基」
彼女は独り言のように呟いた。
「出力安定化予算、過剰です。逆に第二基は不足している」
「なぜそう言える」
ゼノスが問う。
「第三基は、新型回路を採用しています。初期投資は高いですが、維持費は低い。
この配分は“旧型基準”のままです」
次のページを開く。
「魔導兵装部門。ここも無駄が多い。
同じ性能の回路を、三系統で別々に開発していますね」
「……競争原理だ」
「失敗例です」
ぴしゃり、と切り捨てた。
「競争は“完成形が見えてから”行うもの。
基礎段階で分散させれば、予算だけが消えます」
ゼノスは、黙って聞いていた。
遮らない。否定しない。
それだけで、エルフレイドの思考はさらに加速する。
「魔石輸入。契約国が多すぎます」
「リスク分散のためだ」
「分散しすぎです。
結果として、価格交渉力を失っています」
彼女は、紙にさらさらと数字を書き込む。
「上位三国に集約すれば、単価は一割下がる。
浮いた分で、備蓄を二割増やせます」
ゼノスの視線が、初めて鋭くなった。
「……それは、我が国の軍事力に直結する話だ」
「はい」
エルフレイドは顔を上げる。
「だからこそ、初日に確認しました。
この国は――まだ壊れていません」
その言葉に、ゼノスは一瞬、息を止めた。
「“まだ”?」
「ええ」
彼女は淡々と続ける。
「今のままでは、五年以内に破綻します。
ですが、今なら修正が効く」
その断言には、迷いがなかった。
「……何日で?」
「全体再編ですか?」
「そうだ」
「七日ください」
即答。
ゼノスは、ゆっくりと笑った。
それは、氷が軋むような、低い笑みだった。
「面白い」
彼は机に手をつく。
「権限を与える。
予算、人員、契約。すべて君の裁量だ」
周囲の側近たちが、息を呑む。
「陛下、それは――」
「私が決めた」
ゼノスは一言で黙らせる。
そして、エルフレイドを見た。
「期待している」
その言葉に、彼女はわずかに目を見開いた。
「……ありがとうございます」
その後の執務は、嵐のようだった。
エルフレイドは各部門を呼び出し、説明を求め、即座に判断を下す。
無駄な会議は切り捨て、必要な決裁だけを通す。
「これは不要です」
「それは後回し」
「この案件、凍結」
迷いのない声。
夕方には、すでに仮の再編案が完成していた。
「……一日で、ここまで」
側近の一人が呆然と呟く。
「三日あれば、数字は揃います」
エルフレイドは言った。
「七日で、安定させます」
その夜。
ゼノスは自室で、一人、報告書を眺めていた。
――拾い物だと思っていた。
だが、違う。
「……これは」
彼は、静かに呟く。
「国の根幹だ」
氷の皇帝は、その夜初めて理解した。
エルフレイド・ヴァルシュタインという存在が、
失ってはならないものであるということを。
そして同時に――
他国が、愚かにも手放した理由も。
---
隣国皇城の執務区画は、王国のそれとはまるで違っていた。
装飾は最低限、廊下は直線的で無駄がなく、書類の保管棚は用途別に完全に分かれている。
――合理的。
エルフレイドは、その事実に小さく安堵していた。
感情や見栄ではなく、「機能」で設計された空間。
ここなら、話が通じる。
「こちらが、君の執務室だ」
ゼノスが示した扉を開けると、そこは想像以上だった。
広い机。壁一面の資料棚。
そして、すでに積み上げられている大量の帳簿と魔導計測書。
「……初日から、これはなかなか」
エルフレイドは思わず苦笑する。
「我が国の魔導関連予算、直近三年分だ」
ゼノスは淡々と言った。
「把握しているつもりだったが、君の前では自信がない」
「正しい判断です」
即答だった。
ゼノスの眉が、わずかに動く。
「では、失礼して」
エルフレイドは椅子に腰を下ろすと、迷いなく一冊目の帳簿を開いた。
紙をめくる速度は速いが、決して雑ではない。
数字が、頭の中で立体的に組み上がっていく。
「……魔導炉第三基」
彼女は独り言のように呟いた。
「出力安定化予算、過剰です。逆に第二基は不足している」
「なぜそう言える」
ゼノスが問う。
「第三基は、新型回路を採用しています。初期投資は高いですが、維持費は低い。
この配分は“旧型基準”のままです」
次のページを開く。
「魔導兵装部門。ここも無駄が多い。
同じ性能の回路を、三系統で別々に開発していますね」
「……競争原理だ」
「失敗例です」
ぴしゃり、と切り捨てた。
「競争は“完成形が見えてから”行うもの。
基礎段階で分散させれば、予算だけが消えます」
ゼノスは、黙って聞いていた。
遮らない。否定しない。
それだけで、エルフレイドの思考はさらに加速する。
「魔石輸入。契約国が多すぎます」
「リスク分散のためだ」
「分散しすぎです。
結果として、価格交渉力を失っています」
彼女は、紙にさらさらと数字を書き込む。
「上位三国に集約すれば、単価は一割下がる。
浮いた分で、備蓄を二割増やせます」
ゼノスの視線が、初めて鋭くなった。
「……それは、我が国の軍事力に直結する話だ」
「はい」
エルフレイドは顔を上げる。
「だからこそ、初日に確認しました。
この国は――まだ壊れていません」
その言葉に、ゼノスは一瞬、息を止めた。
「“まだ”?」
「ええ」
彼女は淡々と続ける。
「今のままでは、五年以内に破綻します。
ですが、今なら修正が効く」
その断言には、迷いがなかった。
「……何日で?」
「全体再編ですか?」
「そうだ」
「七日ください」
即答。
ゼノスは、ゆっくりと笑った。
それは、氷が軋むような、低い笑みだった。
「面白い」
彼は机に手をつく。
「権限を与える。
予算、人員、契約。すべて君の裁量だ」
周囲の側近たちが、息を呑む。
「陛下、それは――」
「私が決めた」
ゼノスは一言で黙らせる。
そして、エルフレイドを見た。
「期待している」
その言葉に、彼女はわずかに目を見開いた。
「……ありがとうございます」
その後の執務は、嵐のようだった。
エルフレイドは各部門を呼び出し、説明を求め、即座に判断を下す。
無駄な会議は切り捨て、必要な決裁だけを通す。
「これは不要です」
「それは後回し」
「この案件、凍結」
迷いのない声。
夕方には、すでに仮の再編案が完成していた。
「……一日で、ここまで」
側近の一人が呆然と呟く。
「三日あれば、数字は揃います」
エルフレイドは言った。
「七日で、安定させます」
その夜。
ゼノスは自室で、一人、報告書を眺めていた。
――拾い物だと思っていた。
だが、違う。
「……これは」
彼は、静かに呟く。
「国の根幹だ」
氷の皇帝は、その夜初めて理解した。
エルフレイド・ヴァルシュタインという存在が、
失ってはならないものであるということを。
そして同時に――
他国が、愚かにも手放した理由も。
---
0
あなたにおすすめの小説
勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。
いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。
ただし、後のことはどうなっても知りませんよ?
* 他サイトでも投稿
* ショートショートです。あっさり終わります
【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?
綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
「エステファニア・サラ・メレンデス――お前との婚約を破棄する」
婚約者であるクラウディオ王太子に、王妃の生誕祝いの夜会で言い渡された私。愛しているわけでもない男に婚約破棄され、断罪されるが……残念ですけど、私と結婚しない王太子殿下に価値はありませんのよ? 何を勘違いしたのか、淫らな恰好の女を伴った元婚約者の暴挙は彼自身へ跳ね返った。
ざまぁ要素あり。溺愛される主人公が無事婚約破棄を乗り越えて幸せを掴むお話。
表紙イラスト:リルドア様(https://coconala.com/users/791723)
【完結】本編63話+外伝11話、2021/01/19
【複数掲載】アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアップ+
2021/12 異世界恋愛小説コンテスト 一次審査通過
2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
彼女の離縁とその波紋
豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる