婚約破棄して「無能」と捨てた元婚約者様へ。私が隣国の魔導予算を握っていますが、今さら戻ってこいなんて冗談ですよね?』

鷹 綾

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第6話 誰でもできる仕事の、誰にもできない結果

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第6話 誰でもできる仕事の、誰にもできない結果

 王都の朝は、いつもと同じように始まった。
 鐘が鳴り、兵士たちが持ち場につき、市井の人々が通りを行き交う。

 ――少なくとも、表向きは。

「……魔導障壁、第三区画の出力が不安定です」

 王宮魔導庁。
 緊急報告を受け取った次官ローディアスは、思わず机を叩いた。

「またか!」

 机の上には、ここ数日で急増した“異常報告”の束。
 どれも些細と言えば些細だ。
 出力が一%下がった、応答が遅れた、数値が揺れた――。

 だが、問題はその頻度だった。

「原因は?」

「……分かりません」

 若い官僚が、青ざめた顔で答える。

「設計書通りに調整は行いました。
 ですが、どの設計書が“現行仕様”なのかが……」

「そんなはずはないだろう!」

 ローディアスは叫びかけて、言葉を飲み込んだ。

 ――そんなはずは、ある。

 エルフレイド・ヴァルシュタインは、常に現行仕様を更新し続けていた。
 紙の設計書では追いつかない速度で。

「……誰が、最終判断を?」

「そ、それが……」

 官僚は、視線を逸らす。

「殿下は、『細かいことは現場に任せろ』と……」

 ローディアスは、頭を抱えた。

 その頃、王宮の上階では。

「まだ復旧しないのか!」

 アラルガン王太子が、苛立たしげに声を荒げていた。

「はい……現在、調整中で……」

「調整中? 昨日も同じことを聞いたぞ!」

 報告官は、冷や汗をかきながら言葉を探す。

「……その、以前の担当者が独自に組んでいた回路が多く……」

「だから言っただろう!」

 王太子は、苛立ちを隠そうともしない。

「誰でもできる仕事だと!
 あの女が、何か特別なことをしていたわけじゃない!」

 その隣で、“聖女”が不安げに胸元を押さえる。

「で、でも……王都の結界が揺れているって、噂が……」

「噂だ!」

 王太子は即座に切り捨てた。

「民が勝手に不安になっているだけだ。
 聖女である君が、祈ればいい」

「は、はい……」

 彼女は震える声で頷いた。

 だが、その祈りに応えるものは、何もない。

 午後。
 王都南区で、小さな事故が起きた。

 魔導街灯が一斉に消え、通りが一時的に混乱したのだ。
 負傷者は出なかったが、民衆はざわめいた。

「……結界、大丈夫なの?」

「最近、魔導具の調子がおかしくないか?」

「前は、こんなことなかったのに……」

 噂は、静かに、確実に広がる。

 魔導庁では、さらに悪い報告が届いていた。

「魔石輸入商から、連絡です」

「何だ?」

「……契約内容の再確認を求めています。
 “担当者が変わったことで、条件が不明確になった”と」

 ローディアスは、息を呑んだ。

 ――来たか。

 魔石輸入契約。
 それは、エルフレイドが最も神経を使って管理していた分野だ。

 価格交渉、輸送時期、備蓄量。
 すべてが、絶妙な均衡の上に成り立っていた。

「……時間を稼げ」

「は?」

「とにかく、今は時間を稼ぐんだ!」

 だが、その“時間”が、もう残っていないことを、誰もまだ理解していない。

 夜。

 王太子は、自室で苛立ちを募らせていた。

「……あの女」

 グラスを傾けながら、吐き捨てる。

「最後まで、余計な仕事を残しおって……」

 それは、完全な責任転嫁だった。

 エルフレイドは、すべてを整理し、警告し、引き継ぎの必要性を示していた。
 それを無視したのは、王太子自身だ。

 だが、人は都合の悪い事実を認めない。

「……戻ってくれば、多少は使ってやってもいい」

 独り言のように呟く。

 その言葉が、どれほど滑稽かを、彼はまだ知らない。

 一方、隣国。

 エルフレイドは、新たな報告書に目を通していた。

「……やはり、出始めましたね」

 ゼノスが、隣に立つ。

「予想通りか」

「ええ。むしろ、遅いくらいです」

 彼女は、淡々と告げる。

「これから先は、指数関数的に悪化します」

 ゼノスは、静かに頷いた。

「助けを求めてくるな」

「来ます」

 即答だった。

「そして、その時点で――」

 エルフレイドは、ペンを置く。

「もう、選択肢はありません」

 数字は、嘘をつかない。
 そして、判断を誤った者にだけ、容赦なく現実を突きつける。

 旧王国は、まだ“崩壊”していない。
 だが――

 壊れ始めた歯車は、もう元には戻らない。


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